第177話五勲騎士の試合
——◆◇◆◇——
・エルライト
「……武器も立場も随分と変わったようではあるが、全てが変わったというわけでもないようだな」
以前一度立ち会いをしたことがあり、その進退によって私の周りにも影響を与えたことで探していた少年の姿を見かけ、私は思わず笑みを浮かべながら呟いた。
「このまま勝ち進めばいずれは再び見えることとなるだろうが、それまでお互い残ることができるだろうか?」
正直に言って、今回の天武百景はかなりレベルが高い。アルフレッド殿はもちろんのこと、先の試合で彼と戦ったリゲーリアの王女も、武人としてではないもののかなりの力を持っていた。
他にも、ネメアラの王女だという人物は今までの二試合とも驚異的な能力を発揮して相手を圧倒して下している上、リゲーリアからは六武の一人である『無尽』も出ている。このまま勝ち進めていくことは厳しいやもしれないな。
だが、だからと言って負けるつもりなど毛頭ない。誰が相手であろうと勝ち抜き、優勝して見せよう。優勝時の願い自体は国のために使うことが決まっている。だが、それとは別にアルフレッド殿のことを願い出ても良いだろう。天武百景の優勝者の言葉であれば、その程度の願いは私に取り入りたいものが叶えてくれるはずだ。
そうすれば、アルフレッド殿は元の立場に戻ることができ、我々……教会との関係も元に戻ることができるだろう。
しかし、そのためにはまず目の前に迫っている戦いに勝たなければな。
そう思い、たった今姿を見せた対戦相手のことを観察してみたのだが……
「なんだと……?」
通路から姿を見せたのはローブをかぶって顔が見えないようにした二人の人物だった。
これは一対一の戦いだと言うのに、二人とはどういうことだ? そう思い審判を見るが、なんの反応も見せない。どうやらあの者らは二人でいることを大会側から認められているようだ。
観客達が騒いでいないところを見るに、おそらくこれまでの試合もそうだったのだろう。あいにくと、私は立場というものがあって席を外すことがあり、全ての試合を見ることは叶わなかったが、おそらくはその時に戦っていたのだろう。
改めて観察してみるが、片方はフードをかぶっているが、隙間から見える顔は相応に歳をとっているのだろうと思えるほどに皺が浮かんでいる。
なるほど。詳細は分からないが、その人物からはなかなかの気を感じるな。武芸に進むもののようには感じられないが、リゲーリアのシルル王女殿下のように魔法で戦う者という可能性は十分に考えられる。なにやら不気味な気配を感じることも相まって、油断すべきではない相手だろう。
だがそれは良いとしても、気になるのはもう片方の相手だ。
もう一人の方へと視線を向けて観察するが、その人物は小柄で、まだ子供なのではないかと思えるほどに小さく、細い。とてもではないが、戦う者だとは思えない見た目だ。
……そんな二人を見て思いついたことは、二人が親子、あるいはそれに類する関係なのではないかということだ。大人の方が大会に参加することにしたが、自身が戦っている間子供の方を一人にするのは不安だから共に連れている。それならば二人で出てきたことも、誰も文句を言わないのも理解できようというものだ。
だが、そんな私の考えは的外れなものだったようだ。
舞台の上に姿を見せたのは大人の方ではなかった。ゆっくりと小さな歩幅で歩いてくる子供が舞台の上に上がったことで、観客は盛り上がりを見せるが、その声が、この子供が対戦相手で間違いないのだという証明となった。
フードをかぶっていることで年齢はわからないが、その背格好から察するにまだ子供であろう。それも、相応に幼く、とてもではないが戦場に出てくるようには思えない歳の子供。
……いや、そうか。子供が大人に付き添っているのではなく、大人が子供に付き添っていたのか。
確かにこんな戦いの場に出てくるのだ。いくら力を持っていたとしても、身内としては心配になる者だろう。だからこそ、いつでも助けられるように付き添っているのかもしれない。あるいは、子供では何か問題があった時に困ることも出てくるだろうから、その時のために保護者が近くにいるのだろう。
対戦相手が二人で姿を見せたことについて、私はそう納得し、改めて目の前に立っている人物について観察を行った。
子供が相手だからと言って侮るようなことはしない。そう彼との戦いで学んだ。
だが、いくらなんでもこれは幼すぎるのではないだろうか?
いや、もしかしたら身長が低いだけの種族という可能性もあるか。あるいは、強大な魔法使いという可能性もある。肉体の成長度合いを変化させることも不可能ではないと聞くからな。
それに、感じる気配は随分と危ういものに思える。ともすれば、今にでも襲いかかってきそうなほどに。
『それでは天武百景三回戦第八試合、開始!』
開始と同時に襲いかかってくるものだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「……先手は譲ろう。いつでもかかってくるといい」
相手を舐めているつもりはない。だが、騎士として子供……らしき人物を相手に先に攻撃を仕掛けるというのは、些か憚られる。
それに、攻撃することを捨てて守りに意識を集中させることで、相手がどのような行動をとっても対応できるようにすることもできる。
そう考え、先手を譲ったのだが、相手は本当に子供なのだろう。フードに隠れた頭がこてんと少し傾げられたように見えた。
だが、こちらの言葉を理解したようで、相手は首を元の位置に戻すと、次の瞬間には私の目の前に立っていた。
「っ——!」
直後、いつのまに取り出したのかその手にあった剣を下から掬い上げるように振るってきた。
「くっ……」
予想外の速さに目を見開きつつも、持っていた盾で剣を防ぐ。だが、速さが予想以上であれば、力強さもまた予想以上だった。
これは、この子供の力だけではないな。子供が出すにしては強すぎる。おそらくは持っている武器の能力だろう。
「まだ……甘いっ!」
相手は盾で防いだ剣をまだこちらに押し込もうと力を入れている。このまま力押しでどうにかするつもりなのだろう。だが、そうはいかない。
剣を防いでいる盾を一瞬だけ引き、力で押し込もうとしていた相手の体がよろめく。
その瞬間を狙って盾で相手の剣を勝ち上げ、無防備になったところを私の剣で弾き飛ばす。
「これで武器は——何っ!?」
これで相手の武器はなくなった。そう思ったのだが、相手の手の中には武器が存在していた。
だがその武器は、先程のような剣ではなく、先端が二股に裂けた槍だった。
それが魔創具なのか別の何かなのかはわからない。だが……剣と槍、どちらにしても……
「ハアアッ!」
剣の代わりに突き出してきた槍を盾で弾き、逸らす。
今度は体勢を崩さなかったが、だからと言って手がないというわけではない。
複数の武器を……それもかなり高性能なものを持っていることは素晴らしいと思う。だが、その扱いがあまりにも拙すぎる。子供が強力な武器を振り回しているだけであれば、対処することはそう難しいことではない。
もっとも、その強力な武器の『強力さ』が厄介なこと極まりないのだが。あの武器一つで街が落とせるものだぞ。あれらは、聖剣と呼んで差し支えない、というよりも、そう呼ぶべき代物だ。だが、その質はどうやら悪性によっているように感じられる。聖剣というよりも、魔剣と呼んだ方が正しいようなもの。だがそこに秘められている力は聖剣と遜色ない。
あのような子供がいったいなぜあれほどの聖剣を所有しているのか……
そのようなことを考えつつも、盾で防ぎ、剣で相手の槍を弾き飛ばした。
「っ……! まだあるのか!」
だが、まただ。また新たな武器が相手の手の中にあった。剣に槍ときて、今度は斧が振り下ろされた。
振り下ろされた斧を受け止めるが、重い。やはり、これはこの武器の力と考えるべきだろう。であればこれもそうだが、先程までの武器も魔創具ということになるのだが、三本もの魔創具とはいったいどういうことだ?
だが、それだけで終わりではなかった。
「なんっ——!?」
宙に浮かぶ無数の武具。その中には先ほど弾き飛ばした剣もある。だが、なんだ? 先ほどよりも禍々しさが増している? よく見れば細部にも生物的な変化が加えられているように感じる。なんと言えば良いだろうか……剣身に血管のようなものが浮き出ていたり、柄や鍔の部分が肉腫でもできたかのように僅かに盛り上がっているように見える。
本来魔創具とは、一度生成すればそれ以降形が変わることなどあり得ないはずだ。にもかかわらずここでこれだけの変化を見せたとなると……いったいなにが起きたと言うのだ。
しかし、その変化について深く考える時間はなかった。
「これは……」
宙に浮いているいくつもの聖剣が、そこに籠められている効果を発現させ、こちらを狙い澄ます。
十以上も存在し、宙に浮いているあの全てが聖剣だとすれば、そこに籠められた力が全て放たれれば大変なことになる。
この会場は観客に被害が出ないように結界を張ってあるが、おそらくその程度では防ぎ切ることはできないだろう。そして、観客どころかこの会場の外にすらも害が出ることだろう。
そんな力を、いくら天武百景とはいえたかが遊びで使用するなど、ありえない。
だが、そんなありえないことが目の前で起こりかけている。
であれば、使用される前に潰す他ない。
そのためにはこちらも魔創具の全力を解放しなければならないが……仕方ない。そんなことをすれば、結界を破壊してしまうかもしれないが、それでもあれらの聖剣の効果が全て発現された時よりは遥かにマシになるはずだ。
ただし、その場合は目の前にいる相手もまとめて吹き飛ばしてしまうことになるが……それでも、やらねばならない。
「すまないが、無理矢理にでも止めさせてもらう! ハアアアアッ!」
私の魔創具に込められた術は、基本的な身体強化などを除けば二つある。
一つは魔力を溜めること。剣に魔力を流すと、それを保管し、いつでも引き出すことができるというもの。
そしてもう一つが、溜めた魔力を放出することだ。それまでに溜めた魔力を一気に放出することで、剣の直線上にあるものを薙ぎ払うことができる、正真正銘の一撃必殺。
現在私の魔創具には私自身の最大許容量の何倍もの量の魔力が保管されている。それをたった一度の攻撃に全て注ぎ込めば、これだけの聖剣が相手であろうとも処理し切ることができるだろう。
問題は、角度だ。このまま放てば、観客ごと巻き込み、その後ろにある街並みも破壊することになるだろう。
それを避けるために、まずは相手の懐に潜り込み、剣を振るう角度が空に向かうようにしなければならない。
「いくぞっ!」
その掛け声と共に走り出し、そんな私を狙うように宙に浮いている聖剣とは別の武具が襲いかかる。
炎が意思を持ったようにうねり、水が津波となって襲い掛かり、見えない斬撃が脇腹を深く切り裂き、巨大な斧が道を塞ぐように振り下ろされ、斧を打ち砕きながら円錐形の塊が螺旋を描き襲いかかってくる。
だが、その全てを耐え切り、ようやく目的の場所まで辿り着いた。そして……
「——消え去れっ!」
宙に浮かぶいくつもの聖剣に向かって、渾身の一撃を放つ。
剣から放たれた光は宙を切り裂いて進み、浮いていた聖剣を……そして、聖剣の主人である子供を飲み込んだ。
「これで……ごふっ?」
なに、が……
衝撃を感じた腹部へと視線を下すと、背中側から突き出した腹を破って剣が見えた。
それでもと動こうとしたが、そんな私の動きを邪魔するかのように追加でいくつもの武具が私の体に襲いかかった。
そうして地面に倒れた私が最後に見た光景は、砕けた聖剣を自分の体に突き刺している少女と、徐々に少女の体に取り込まれていく聖剣の残骸だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます