第165話予選の相手

 ——◆◇◆◇——


 時間となるまで待機して、ようやく自身の試合が始まるのだと舞台に向かったのだが……


「——まさか、ルージェの言葉が本当になるとは思わなかったな」


 今俺の周囲には他の予選参加者達の姿があり、正面には因縁の相手——ロイド・トライデンがこちらを睨みつけながら立っていた。

 本戦でぶつかることになるだろうと思っていたのに、まさか予選だったとはな。いや、手を出して組み合わせを変えたわけではなく、ただ単純に予選で被ってしまっただけか? 人数が多く、同じ班になりづらいとはいえ、絶対ではない。

 しかしどのみちぶつかり合うことは決まっているのだから、予選だろうと本戦だろうと変わりはしないか。


「アルフレッド……ようやくお前を消すことができる」


 そう思っていたのだが、ロイドが話しかけてきたことで……正確にはその表情を見ることでこれが偶然の組み合わせではなく、意図して仕組んだ結果だということを理解した。

 まあ、予選であれば弄るのは簡単だからな。対戦の組み合わせ表を弄らずとも、俺の番号を調べた上で他の参加者と番号を交換すればそれでいいのだ。簡単だし、バレづらい。未だ公爵家の力全てを自由に使うことができるというわけでもないのだから、この男にとってはちょうどいいやり方だっただろう。

 問題なのは、登録時に番号と名前を登録しておくので交換すればバレる可能性があるということだが、その程度ならば係の下っぱを買収すればどうとでもできることだ。少なくとも本戦の組み合わせをいじるよりはよほど楽である。


「そうか、お前が手を出したのか」

「なんのことだ?」

「そのように下手な嘘をつかずとも良い。お前の顔を見れば理解できる」


 それに、周囲にいる者達を見ればわかる。乱戦だというのに、なぜかすぐそばにいるロイドには敵意を向けず、俺に対しては敵意も武器も向けている。そんな者達が俺を囲うように配置されていれば、いやでも気づくというものだ。


 組み合わせを弄っただろう、と暗に告げると、ロイドはつまらなそうに表情を曇らせ、一つ舌打ちをした。


「その生意気な態度……追い出されたってのに変わらないもんだな」

「それはそうだろう。人の在り様など、そうそう変わるものでもないのだ。多少の振る舞いに差は出たとしても、俺が俺であることに変わりはない」


 思うところはあった。変わったこともあるはずだ。だが、根底にあった想いだけは変わらなかった。人など、絶望を感じて人生を曲げられることとなったとしても、そう簡単には変わる者ではない。それだけの話だ。


「……前っからそうだ。お前のそのスカした態度が気に入らなかった」


 特段気取ったことなどないのだがな。まあ公爵家の次期当主として相応しい振る舞いをしようと心がけてはいたが、それは仕方ないだろう。他の貴族家の次期当主も同じような振る舞いだったはずだ。

 にもかかわらず俺だけが気に入らないというのは、俺が血縁だったからか? あるいは、俺が虐げた学園生の中にいたか?

 どちらにしても、八つ当たりだと思うがな。俺が虐げた者は、元々素行が悪い者しかいなかったのだから。俺に害されたというのならば自業自得というものだ。


「そうか。それならそれで構わない。私は、誰ぞに気に入られるために生きているのではないのだからな」


 俺はこいつに好かれたいから努力してきたわけではない。ただ、自分が果たすべきことのために努力してきただけだ。その結果他人から嫌われたのだとしても、それを気にするつもりはない。


「ちっ……どうやら槍を用意したみたいだが、そんなごみみたいな普通の槍で俺をどうにかできるとでも思ってんのかよ」

「お前を、と限るつもりはないが、まあそれなりのところへはいけるだろう。お前に限った話をするのであれば、この槍でも問題なく、と言ったところだ」


 流石に本戦に出場するような強者達であればこの程度の槍で相手するのは厳しいものがあるだろうが、こいつ程度の実力の相手であればなんの問題もない。見たところ周囲にいる他の参加者達もそれほど実力がある相手でもないようだし、槍だけで本戦へと進む事ができるだろう。


「このっ……いつまでも調子に乗って! お前はもうトライデンの後継じゃねえってことを理解させてやる……!」


 何を今更そのようなことを言っているのだ、こいつは。そんなことはとうに理解している。俺が調子に乗っていると感じたのであれば、それはトライデンだからではなく、それが俺だからだ。


 そもそも、事ここに至って何を話すことがあるというのか。

 恨みがある、文句がある。殴りたい、痛めつけたい、殺したい。

 そう思っているのであれば、ここは絶好の場だ。死んだところで仕方ないと片付けられる状況なのだから、殺しに来ればいい。今ならば観衆の前で大々的に俺を殺すことができるぞ。……もっとも、お前が俺よりも強ければ、の話ではあるがな。


「その様なこと、お前に言われずともとうに理解している。それに、お前も武人であるのならば、そのような無駄話にではなく、心も頭も、俺を倒すために使え」

「武人ん〜〜? はっ! 立場でも魔創具でも勝てないからって、武人だなんて言って俺と対等になろうってか? そもそもなんだよ武人って。ただ武器を持って戦うしか能がない奴らが、偉そうに調子に乗るための名前でしかねえだろ! んな肩書きを名乗ったからって立派な存在になったと勘違いしてんじゃねえよ!」


 今まで俺は自身の魔創具が馬鹿にされようと、すでにトライデンではないのだと言われようとどうでもよかった。いや、スティア達に言わせればそれでも俺は怒っていたようなのだが、自覚はしていないあった。

 だが、今は自分でもはっきりとわかるほどに怒りの感情が湧いているのが理解できた。


「……やはり、この程度の者であったか」


 ここまで言ってもまだ自身の理屈で他者を見下そうとするとはな。どうやらこいつは口で言っただけでは理解できないようだ。……もっとも、そのようなことは初めから分かっていたがな。


 しかも、今の一言は俺だけではなく周囲にいる者達からも不興を買ったぞ。何せこの場には、お前のいうところの『武器を持って戦う』者達で、優れた武人という肩書きを手に入れるためにこの場にいるのだから。


 かく言う俺も、今のこいつの言葉には怒りを感じている。

 武人として名を上げたいと思っているわけではない。だが、武人として野道を進もうと決め、歩んできた者達の覚悟と努力は素晴らしいものだと思っている。


 どのような武器にしても、鍛えるには相応に辛い思いをしてくる必要があったはずだ。街の中で暮らすだけであれば必要ではない技術であり、自分を追い詰めるような覚悟を持っていなければ一定以上に強くなることはできない。


 それでも今日この場にいる者達は強くなろうと必死になってきた。

 その覚悟と努力は素晴らしいもののはずだ。こいつはそれを馬鹿にした。その事を好ましいと感じるわけがなかろう。


「なんだと?」

「自身の武勇で語るのではなく、言葉で他者を威圧し、傷つけるのは武人の在り方ではないと言っているのだ。とはいえ、貴様は武人ではなかったな。武門の家系であるトライデン次期当主出あるにもかかわらず。……はぁ」


 もしこれでこの男が真に実力があり、他者を見下しているというのであれば、気に入らないが認めよう。強いという結果を出しているのだから、認めないわけにはいかない。

 だが、そうではないのだ。単なる雑魚が、気に入らないからと悪意を垂れ流しているだけ。


 トライデンの次期当主がこれかと思うと、ため息も出ると言うものだ。


「てめっ——」

「文句があるのであれば、大会にて語れ。お前が勝ち残るのであれば、いずれ戦う時も来よう。その時に自身の武を持って俺に勝利すれば良い」


 ロイドは俺の態度にまだ何か言いたそうだったが、こちらはもう話すことなどない。と言うよりも、話しているだけでこちらの精神が損耗していく。これが俺を弱体化させるやつの作戦だと言うのであれば見直さないでもないが、おそらくそうではないだろうな。


『えー、皆様お待たせいたしました! 天武百景予選第五試合、開始させていただきます!』


 と、愚か者と話しているうちに全ての準備が整ったようで、司会の声が会場中に響き渡り、戦いの開始を告げた。

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