第150話王の剣と貴族の剣

「——それにしても、こうして刃を交えたのは久しぶりだったな」


 自身の心構えについて改めて考え直していると、感慨深そうにオルドスが口を開いた。


「およそ一年と言ったところか。もっとも、こちらは武器が違うがな。だがお前は、相変わらず凄まじい威力の剣だ。とても王族が振るう剣とは思えないものだぞ」


 最後の一撃は剛剣と言っていいのかわからないが、威力は凄まじいものがあった。案内力の攻撃をしてくる王族など、そう居るものではないだろうな。


「これでも次期国王だからな。国王が剣を振るう機会など、本来はあってはならない。国王が剣を振らなくてはならない状況となった時点で、もう最悪の状況に陥っていると言うことだからな。故に、騎士のように誰かを守るための剣ではなく、傭兵のように生き残るための剣でもない。ただ一人でも多くの敵を道連れにするための剣を鍛えるのだ。自身の体を貫かれようと、内臓を潰されようと、それに構わず敵を切るための剣を」


 知っている。そして、それとは逆に騎士達の武は敵を倒すためのものではなく、王を守り、生き延びるためのものだ。敵を殺せるなら殺すが、無理はしないで守りを固めるための武。

 貴族はその中間といったところか。敵に殺される前に敵を殺す。それを目的とした武を修めるが、いざという時には王族を生かすことができるように守りのための武を修める。簡単に言えば攻守のどちらも伸ばすということだ。

 もっとも、王族のところまで敵に攻め込まれることがなく、貴族達も自身らの領にて王のように振る舞っている現状であれば、王族を守るために武を鍛える者は減っただろうが。


 だが、それらを考えてもオルドスの剣は随分と殺意が高いように感じる。あれだけの威力の攻撃を全方位に放つなど、馬鹿げている。


「随分と野蛮なことだ。肉を切らせて骨を断つどころか、心臓を差し出し首を刈るようなものだろう? 優雅さを求める貴族達が聞いたら絶句するだろうな」

「奴らは王族は剛剣を使うことしか知らないからな。その意味までは理解していないだろう。もっとも、意味を理解したところでそのあり方を受け入れるとは思わないけどな」

「そうだろうな。貴族とは、掲げている言葉に反して自己愛がすぎる。民のため、国のためと本気で考えている者など、ごくわずかでしかなく、大半が自身の虚栄心を守るために生きているだけだ」


 本来は相手を道連れにし、王族を守るための武ではあったが、今の貴族達は何も考えずにただ自分が生き残るための剣技や、ただ威力があるだけでしかない見栄えのする武を修めようとしている。

 魔物を相手にするのであれば必ずしも間違いだとは言い切れないが、少なくとも俺はその在り方を好ましいとは思わない。


「だが、お前は違うだろ? お前は本気で民のためを思い、本物の貴族として生きてきたはずだ」

「……そうだといいのだがな。だがそれも、所詮は『そう生きている自分』を感じるため……自己満足のためだったのかもしれないと思うことはある」

「自己満足でもいいだろ。それで民が幸福になれるのであれば、それで誰も不幸にならずに済むのであれば、貴族としての役割を果たすことができるのであれば、なんの問題もないさ」


 それはそうかもしれないが、だが貴族とはそういうものではないだろう。

 貴族など、所詮は民から税を吸い上げている存在……言い換えれば、命を奪っていき繋いでいるだけの存在でしかない。

 であれば、その吸い上げた命を無駄にしないために、もっと真摯に貴族としての役割を果たすべきだ。


「お前は、昔から理想が高すぎたんだ。人は、そんなに素晴らしい生き物なんかじゃないんだよ」

「そうかもしれんな。だからこそ、俺は——」


 貴族に相応しくない者を殺してきた。

 そう口にしようとしたところで、それまでとは違って厳しい空気を身に纏ったオルドスが言葉を遮った。


「アルフレッド。その先は言うな。その先を聞けば、俺はお前に本気で剣を向ける必要ができてしまう」

「……やはり、知っていたか」

「これでも王族の力を使って調べたのだ。スティア姫からの話もある。諸々を考えれば、そうだろうなと予想することぐらいはできるさ」


 まあ、わからないわけがないか。実行犯が誰なのか、という詳しいことまではわからずとも、『揺蕩う月』が貴族狩りの犯人候補として名が上がるくらいのことは十分に考えられることだ。


 しかし、それはあくまでも予想でしかない。にもかかわらず俺がここまで口にしても驚いた様子がないということは、オルドスは俺が候補の一人ではなく、本当の犯人であると分かっていたのだろう。


 さてどうするか。流石に殺しはしないが、俺たちの関係も、今の『揺蕩う月』の状況も、これから変わっていくことになるんだろうか。


 しかし、そんな俺の考えに反してオルドスは大きくため息を吐くと、首を横に振った。


「だが、あくまでも予想であり、証拠など何もない。例えば、本人が口にでもしない限りはどうすることもできないさ」

「それでいいのか? 王族としては放置するのは間違いではないのか?」


 貴族を殺している組織を放置するなど、国が荒れる要因になるだろうに。王族であるこいつはそのようなことは見逃してはいけないのではないか?


「犯人の狙いがはっきりしている上、殺されたのは王家としてもそのうち手を打たなければならないと思っていたものばかり。国の法を無視して殺しが行われていることは問題ではあるし、貴族達がなすすべなく殺されていることは奴らのプライドに傷がついているが、言ってしまえばそれだけだ。先のことを考えれば、奴らはここで死んでもらった方がありがたいとすら言える」


 自国の貴族が死に、少なからず混乱があるだろうにもかかわらず死んでもらった方がありがたいとは……。まあ確かにそういったクズだけしか狙ってこなかったが、それでも王族の言う言葉ではないだろうに。


「それに、他の貴族達が殺されたからと今守りを固めようとすれば、それはやましいことがあると言っているようなものだ。本人達は賊に備えるため、などと言い訳をするだろうが、それはそれで構わない。こちらとしては目をつけておかなければならない対象がはっきりするだけでもありがたいことだ。まあ、今の時期はやめてほしいことは確かだがな」


 今は天武百景を目前としているからな。確かにここで問題を起こせば天武百景の運営にも支障が出てくるか。


「確約はできないが、実行者には控えるように伝えるくらいはしておこう」


 あくまでも俺たちはろくでなしの情報をルージェに与えて、装備の支援などをしているだけで、実際に動いているのはルージェだ。だから俺は関係ない、などと口にするつもりはないが、ルージェの気分次第であるところがあるため、絶対に動かないという保証はできない。


「ああ。それから、できればで構わないが、今度からは実行に移す前にこちらにも報せを入れろ。そうしてもらえれば、処理した後の対応が楽になる」


 確かに事後処理が楽になるだろうが、そのようなことをすれば犯人と繋がりがあるどころか、王族が貴族を処理しているという話になりかねない。内密に手紙を出すにしても、信頼できる部下に伝言するにしても、どこでどう漏れるか分かったものではないからな。

 実際、今回は俺の存在がどこからか漏れてしまい、キュオリア殿がここにくる事になった。どれほど警戒していても、情報など漏れるときは漏れるものだ。


「だが、それでは王族が〝処理〟に関わることになるぞ。貴族にバレれば王族が主導したとして反乱が起こる可能性が高い。であれば、初めから知らぬ存ぜぬで通した方が良いのではないか?」

「では、バイデントを経由するのはどうだ? バイデントの通行許可を出しておくから、直接私の元へ手紙なり伝言なりを届けさせれば、外に漏れる心配もないだろう? どうせ実行するのはお前達なんだ。こちらは次の覚悟ができていればいいだけだから、前もって動く必要もない」

「それをあいつらが承諾すればだな。あるいは、こちらから適当な人員を出すからお前の部下とすることもできるな」

「ああ、ならその方がいいか? 流石にバイデントをずっと拘束し続けるわけにもいかないからな」


 バイデントであれば、少なくとも俺は全幅の信を置くことができるが、だからと言ってそれを強制することはできない。受けるのであれば危ない橋を渡ることになるのだし、受けるにしても受けないにしてもあいつら次第となる。


「まあその話は後で詰めよう。ひとまず今日のところはここの惨状について領主に説明しなければな」


 そういってオルドスは改めて息を吐き出すと、周囲を見回した。

 オルドスの動きに釣られて俺も周囲へと顔を向けるが、キュオリア殿との戦いほどではないが、先ほどよりも余計に荒れた大地が目に入った。


「何か手を貸した方がいいか?」

「いらないさ。ただ、また明日お前のところに出向くから、歓迎の準備でもしておけ。今の派遣の話も、魔創具の再構成の話も、その時にするとしよう」

「……ああ、わかった。では、最高のもてなしで待つとしよう」


 そうして俺たちは無駄話に華を咲かせつつ街に戻り、それぞれのやるべきことのために別れていった。

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