第111話マリア対グラハム3
「俺たちの仲間にならねえか? 話は聞いてねえが、おおよそはわかる。あの国は、また裏切ったんだろ? 俺とお前は同じ立場だ。信じてた相手に、仕えていた相手に裏切られ、ここに流れ着いた。だが、裏切られてもなお、騎士であることを捨てきれない。な、同じだろ? だから、嬢ちゃんなら俺たちの仲間になる資格はある。どうだ?」
これだ。こんな理由があったから、さっきから私のことを殺さないでいたんだ。
ふざけないで。国から捨てられたんだとしても、私は騎士だ。誰かを傷つけることを良しとする組織になんて加わることできるわけがない。
たとえこの人が……グラハムが私と同じ境遇で、私も同じ組織にって誘ってくれたんだとしても、私はそんな組織になんて入らない。
「……あなたは、どうしてここで裏ギルドなんてやってるんですか?」
でも……そんな想いとは裏腹に、私の口は聞かなくてもいいことを勝手に問いかけた。
確かに興味がないわけではない。私と同じ境遇の人がどうして裏ギルドに入ることになったのか、気にならないわけがないもの。
でもこれじゃあ、まるで私が裏ギルドに入りたいと思ってるみたいじゃない。
グラハムもそう思ったみたいで、心なしか警戒を薄れさせた態度でスッと私から視線を外してとある方向を見た。
「まあ、あいつ……俺たちのボスに誘われたからだな。あいつは、一つの考えに固執してる。妄執と言っても良いかもな。それでも、その妄執が目指す先に光があると思っちまったからだ。我ながら馬鹿馬鹿しいと思わねえでもねえんだがな」
グラハムが視線を向けたその先には、アルフ君と戦ってる輝く剣を持った男がいた。多分この男の人の方は、さっきまでローブを被って顔を隠していた人だと思う。どうやら、あの人は幹部じゃなくって組織のボスだったみたい。
自分達のボスに対する言葉にしては、妄執、だなんて言葉は相応しくないように思う。
でも、そういったグラハムは決して相手を馬鹿にしているわけではなく、むしろ敬意を持っているのがわかった。
その理由は、多分この人自身が言った『目指す先』が関係してるんだと思う。
「知ってっか? この街は、俺たちが裏のトップになるまでは今よりももっと多くの奴が不幸に嘆いてたんだぜ。裏をまとめるもの、トップに君臨する者がいねえから、そりゃあ混沌としてたもんだ」
それは理解できる。どんな場所だって、どんな集団だって、トップに立つ人がいなければまとまらない。そして、ある程度の地位にいる人たちは、自分こそがトップになるんだ、って争い始める。その争いに巻き込まれて傷つく人がいることを理解せずに。
仮にトップが決まったところで、引き摺り下ろそうとする暗闘はあると思う。けど、それでも表立って何かがあるわけじゃない分傷つく人は減る。
「『揺蕩う月』はトップ争いをしていたが、トップそのものではなかった。それを俺達がトップになることで止めて、んでちったあ状況もまともになったんだよ。悪事は確かに『悪い事』だ。だからまあ悪事っつーわけだしな。だが、その悪事で訪れる平和もある。むしろ、悪事だからこそ作れる平和もあるんだよ。綺麗なだけの幻想じゃ、守りたいもんは守れねえ。誰かが傷つくことで別の誰かを救うことができる。だから俺は、少数の誰かに犠牲を強いることで、それ以外の奴らの平和を守ってやる」
そう言い終えたグラハムは、尚も私を取り込もうと剣をおろしたまま動かない。
……途中までは、私もグラハムの考えは理解できたし、そうかもしれないって思えた。
確かに、この人の言ってることは正しいんだと思う。
悪いことだとしても、それで助けられる人はいる。正しいだけじゃどこかで行き詰まる。
けど、悪いことを受け入れたからって、全部ひっくるめて助けることができるわけでもないし、そんな人なんていない。
どれだ頑張ってもどこかで取りこぼしは出るし、助けようとしても手が届かない人たちもいる。だから、助けられる人たちを確実に助けるって言うのは、うん。確かに間違いではないんだと思う。
——でも、それは私の目指した『騎士』じゃない。
騎士っていうのは、華々しい勝利を勝ち取る存在——なんかじゃない。
そんなのはただ表面的なもので、政治的に必要だから、その方がみんなを安心させることができるから、騎士を目指す人が増えるから喧伝してるだけ。
本来の騎士はそんなものじゃなくて、もっと泥臭いもの。
困っている人たちのために必死に足掻いて、共に困難を突き進む存在。それこそが本当の騎士。
なのに、助けを求めている誰かに犠牲を強いることなんてできない。
たとえどんなに難しくても、どんなに危険で、最後には失敗してしまうことでも、それでも私は困ってる誰かを助けたい。助けを求めてる誰かに手を差し伸べたい。
苦しい思いをしている人のそばで一緒に苦しんで、その苦しみを少しでも防いであげたい。
つらさを完全に取り除くことはできなくても、他に誰も助けようとする人がいなかったとしても、それでも私だけはつらさに嘆く人に寄り添いたい。
たとえ私が騎士王国から捨てられたんだとしても。
私が誰かを助けるのは自分が騎士でいるためなんだとしても。
そんなの全部関係ない。
私が騎士として自己満足を得るために困ってる人を助けたんだとしても、今はそんなことどうでもいい。それはあとで考えればいいこと。
今考えるべきは、私が何をしたいか。それだけよ。
なら、その答えはもうとっくに……それこそ最初っから決まってる。
どんな場所にいたとしても、どんな状況にあったとしても、誰から嫌われたとしても、誰かに何を言われたとしても、私は私の目指した『騎士』であり続ける。
そのために、私は私の目についた困ってる人全員を助けてみせる。
そうすることが私の生き様であり、覚悟だから。
「……私は、誰かが傷つくことでできる平和なんて間違ってると思う」
そう口にしながら、まだ取りこぼすことなく手の中にあった盾を握りしめ、真っ直ぐ正面を向く。
「困ってる誰かを助け、苦難から守る盾であるって決めたんだから!」
私の言葉を受けて、グラハムは小さくため息を吐くとそれまで脱力していた体に力を込め、剣を構えて私と向かい合った。
「私は、誰かを守れる盾であってみせる。困ってる誰もを支える騎士であってみせる。だから、誰かに困難を押し付けるあなたの仲間にはなれないわ」
「……そうかい。なら、お別れだな」
「ええ。でも、感謝してるわ。私にはそういう道もあったんだってわかったから。その上で、この道を選ぶんだって決められたから。あなたのおかげで、どこにいても、どんな状況でも私が目指す場所があるんだって、自分を見つめ直すことができたわ」
「見直すことができて早々悪いが、お前はここで止めさせてもらうぞ。文句があるってんなら俺を殺していけ——騎士様」
「元守護二勲騎士、グラハム・オリバー」
「元守護一勲騎士、マリア・」
そうして改めて名乗りをあげ、お互いに武器を構えたまま向かい合い、数秒、数十秒と経っていく。
そしてついに、グラハムが動いた。
突如走り出したグラハムは、先ほどと同じように上段から剣を振り下ろしてくる。
私はそれを盾で流し、続く攻撃も盾を突き出すことで弾き、同時に相手の体を押し出すことで隙を作ろうとする。
グラハムは突き出された盾を交わすように一歩後方へ下がりつつ、持っている剣で牽制の一撃を放つ。
けど、そこで違和感を感じた。
さっきまでだったら、避けた後に動いて盾の側面に回るか、魔法の一つでも放ってきたはず。
なのに今は、ただ一歩引いて剣を振っただけで、それ以外の動きはない。
騎士として教えられた基本の動きに忠実だ、と言うことはできるけど、さっきまでの動きと違いがあるせいで違和感しかない。
魔力が切れた? ううん。そんなんじゃない。だって、まだ身体強化は切れていないし、不安定にもなっていない。
ならどうして、と思ってグラハムの顔を見つめて様子を伺うことにした。
けど、そうして顔を見つめたことで、どうしてそんな動きをしているのか理解できた。顔を、と言うよりも、眼を見つめたことで、かな。
私のことを見つめるグラハムの眼はとても真っ直ぐで、〝騎士として〟の戦いを望んでいるんだとすぐにわかった。
だから、私はその願いに応えるべく、あれこれと考えるのをやめて戦いに挑むことにした。
私はそれまで相手の攻撃を受けるばかりで自分から攻撃しようとはしなかったけど、そのことを伝えるために一歩、それまでよりも深く踏み込んで剣を振るった。
グラハムは私の行動の変化に一瞬だけ眼を見開いたけど、すぐにニッと口元に笑みを浮かべて剣を振り、私の剣を迎撃した。
それからはお互いに魔法なんて使うことなく、動き回って相手の不意を吐こうとすることもなく、ただ純粋に技量を比べあった。
片方が剣を振り、もう片方がそれに応えるように剣で迎え撃つ。
グラハムが剣を薙げば、私は盾を構えて攻撃を弾く。
私が攻撃を盾で弾いた直後に剣を振ろうとすれば、グラハムはあえて盾を押すことで私の体勢を崩させる。
そんなことを何度も繰り返し、そして……ついに終わりが来た。
「っ!」
まだ倒れないのか。負けるわけにはいかない。
そんなことを考えながら剣を振り続けていると、不意に私の剣がグラハムの剣を弾いた。
このまま剣の応酬がずっと続くように思えていたのに、まさかそんなことになるなんて思ってもおらず、突然のことに私は動きを止めてしまった。
それは明らかに隙だったはずで、剣を無くしてたと言ってもまだまだ動くことのできるグラハムからすれば絶好のチャンスでしかなかったはず。
でも、グラハムは攻撃を仕掛けてくることはなく、それどころかもう戦う気はないのだとでも言うかのように全身から脱力して見せた。
そして、その無防備な状態のまま動こうとはしなかった。
「どうして……」
逃げるでも、剣を拾うでもなく、まだ武器を持っている私の前で立ちすくんでいるグラハムの考えがわからなくて、私は思わずそう口にしてしまった。
「……騎士王国では、俺は本物の騎士様ってやつに会ったことがなかった。強いやつはいた。ご高説を垂れるやつもいた。周りからもてはやされる奴もいた。だが、俺にはその全部が偽物に思えてならなかった。しかも、最後にはあの扱いだ。他の奴らは関わっていないとはいえ、あそこの連中を信じろってのは無理な話だった」
そう言いながらグラハムは兜を脱ぎ、ガシャンと音を立てさせながらその兜を軽く放り捨てた。
「だが、そんな奴らを見たからだろうな。俺みたいなやつでも、あんな偽物よりはいい『騎士』になれると思った。騎士を名乗るあいつらが悪事を働いてるんだったら、俺も悪を成してでも輝くことができる騎士になれるんじゃないかって思ったんだ」
なんで兜を、なんて思っているとグラハムは歩き出した。その先には、さっき私が弾いた剣があるけど、どうやら拾いに行くみたい。
それを邪魔した方がいいんだとは思う。けど、なんでか邪魔をしない方がいいような、そんな気がしたため、私は動くことができずその様子を見ていることしかできなかった。
「だが……はっ。勘違いも甚だしいな。所詮偽物は偽物だったってわけだ。お前を見て〝本物だ〟なんて思っちまった時点で負けを認めたようなもんだ」
そう言ってから、グラハムは拾った剣を〝自分に向けて〟構え出した。
その様子を見て、私は彼が何をしようとしているのかを理解した。多分彼は、自分の命を断とうとしている。
それがなんでなのかはわからない。でもとにかく、今は彼を止めないと。
そう思って走り出すけど、それまでの戦闘で疲労が溜まっていたこともあって、足をもつれさせてしまった。
「気張れよ、『騎士』様。その覚悟が折れないことを願ってるぜ……」
「え……あ、ちょっと! ふざけないでよ!」
「お前はこんなところで無駄に殺しをする必要はねえよ。自分の始末くらい、自分でつけられる——っ!?」
そう言ったグラハムが剣で喉を貫こうとしたその瞬間、グラハムの剣を弾くように光る半透明の何かがグラハムの喉と剣の間に発生し、剣を弾いた。
その何かとは、私が作り出した魔法の盾。これだけは、って思って他を犠牲にしてでも魔創具に組み込んだ私の覚悟の形。いつでもどこでも、私が望んだ場所に盾を生み出すことができる能力。
「勝手なこと言わないで! 自分の始末ってなに!? そんなの見逃せるわけないじゃない!」
予想外に剣が弾かれたことで、グラハムは剣を取り落として呆然としていたけど、私はそんなのは無視してグラハムへと駆け寄り、掴み掛かった。
「だが、これだけの騒ぎを起こしたんだ。これが負けたやつのけじめの取り方ってもんだろ」
「違う! そんなの間違ってるわ!」
命を失わなくちゃいけない〝けじめ〟なんて間違ってる。
「ならどうするって? これだけの騒ぎだ。生き残ったところで、捕まったら死ぬことになるぞ。捕まる相手が衛兵じゃなく『揺蕩う月』や、他の組織だとしても、どのみち同じだ。この街から逃げ出すにしても、その前に死ぬことになるだろうよ」
グラハムの言う通り、今この場はかなりの騒ぎになってる。周りの家は壊れてるし、燃えてるものもある。倒れている人もいるし、それを介抱している人も怪我を負ってる。
これだけの騒ぎの元凶であるグラハムたちが、なんのお咎めもなく終わるとは思えない。
なんでここを襲ったのか、その詳細はわからないけど、本来だったらグラハムたちが勝って目的を達成して終わりだったんだと思う。
そうなっていたら、どうにかして自分たちが逃げ仰ることができたんだろうけど、そうはならなかった。私たちが邪魔したから。
だからグラハムたちは逃げることはできず、裁きを受けることになる。
けど、それでも私は、死んで終わりなんてことは間違ってると思う。
死ななければならないようなことをする人がいるのは知ってる。
何をしても、何を言っても反省せずに悪事を繰り返す人がいるのは理解してる。
でも、グラハムはそうじゃない。やったことは確かに悪いことだけど、救いようがない悪人なんかじゃない。
だったら、やっぱり死んで終わりなんて結末になっていいわけがない。
「それにだ。自分の主人と決めたやつを信じてねえわけじゃねえ。……だが、あっちの戦いは多分、俺達のボスの負けで終わる。それだけあの男は規格外だ。そして、ボスは負けたら死ぬことを選ぶだろうよ。他の奴らは、ボスが強かったから組織としてまとまってただけだ。この戦いの後に生き延びたとしても、またまとまることなんてできやしない。それなのに、俺だけ残されてまた一人で彷徨えって、それは酷じゃねえか?」
「うるさい! あなたは騎士だったんでしょ? 今もまだ騎士に憧れてるんでしょ? だったら、負けたんなら潔く勝者の言葉を聞きなさい!」
「……負けたら潔く自決するのも、騎士らしさだと思うけどな」
確かに、それも騎士らしさといえばそうかもしれない。でも、私は嫌。だから認めないわ。
「そんなのは認めないわ。私はみんなを守れる騎士になる。それなのに、目の前で死のうとしてる人を放って置くわけないじゃない」
自分でも強引だな、って思うけど、それでも私はこの人を止めることを諦めるつもりはない。
そんな私の意志を感じ取ったようで、グラハムは仕方ないとばかりにゆるく顔を横に振りながらため息を吐いた。
「……はあ。俺は負けたんだ。どうなるにしても、今は捕虜として言うことを聞いておくとするか」
これでよし! あとはどうなるかなんてわからない。
けど、私は私の手が届く全ての人に寄り添って生きるって決めたんだもの。ここで見捨てることなんてできないわ。
だから私の願いのためにも、〝私のために助けられて〟もらうわね。
「それじゃあ、私はみんなを助けてくるから、あなたは休んでて。間違っても死んじゃダメよ!」
それだけ言い残して、私はまた戦いが続いている『揺蕩う月』の建物へと向かっていった。
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