第86話俺たちじゃ勝てねえ

「おい、ダメだ。こいつはまずい。俺たちじゃ勝てねえ!」


 増援が来た。これで勝てる。

 相手方としてはそう思うのが普通だろう。

 だが、ロドリゴは戻ってきたロナを見て顔を顰めると、俺から視線を外さないまま声に若干の震えを混ぜて告げた。


「え? 大丈夫よ。強いのはわかってるわ。けど、これだけの人数を揃えたんだからできるはずよ」


 だが、そんなロドリゴの言葉の真意を理解することはできなかったようで、ロナはただ単純に俺が想定よりも強いから警告を促したと思ったらしい。

 まあ、その考えもあながち間違いではないだろう。こいつらの想定よりも強いというのは間違いではないのだから。


「いや、そうじゃねえ。いやそれもあるが、そうじゃねえんだ」

「ロドリゴ! 黙ってろ! そいつが何であろうと関係ねえ! てめえらやるぞ! 狙いはそのガキだ。金は払ってんだからその分は働きやがれ!」

「グレイ!」


 恐れを前面に出して一歩後退りしたロドリゴの弱気を挫くように、金髪の男——グレイが現れた援軍に呼びかけた。

 あの援軍は金で雇ったと言っていたから、おそらくは傭兵の類だろうが、殺しの依頼を受けたところから考えるに、裏に属する者だろうな。傭兵というよりも、どちらかといえば暗殺者か?


「おい、ま——」


 ロドリゴが静止の声を口にしたが、それは遅かった。

 グレイの指示を受けた暗殺者達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。


「暗殺者か。となると、この街の裏ギルドと手を組んだか。ふっ、騎士がそのような者と手を組むとは、世も末だな」


 世の中綺麗事だけではうまくいかないことは理解している。だが、そうだと理解しつつも、それでも綺麗事を目指して進むのが騎士ではないのか。

 綺麗事を胸に抱いたまま、苦難の中を進んでいくのが騎士ではないのか。


 この者らも騎士を目指した事があったはずだ。

 であれば、こんな裏の者どもなど使ってほしくはなかったのだがな。


 とはいえ、それは俺の勝手な願望だ。こいつらに強制するものでもないし、現実としてこのような状況になってしまったのだから仕方がない。


「掛け声もなしに同時攻撃。なるほど、それなりの腕を持っているようだ。——だが」


 音もなく襲いかかってきた暗殺者達。それに加えて、ロナとグレイという二人の騎士。先ほどグレイやロナのことを止めようとしただけあって、ロドリゴはどうすべきか迷いを見せていたが、他の者達が動いたことで追従するように足を踏み出した。


 今俺が手に持っている武器は剣の鞘だけであり、これで対処し切るのは流石に少しばかり手間がかかる。手間がかかるだけで不可能ではないが。


「あぶない!」


 だが、俺の実力を知らないマリアは暗殺者と騎士達が同時に襲いかかってきたことにまずいと感じたのだろう。そこで見ていろと物陰に置いてきたにもかかわらず、こちらに向かって駆け寄ってこようとしていた。


 しかし、今まさに俺の体に凶刃を突き立てんと迫ってきていた暗殺者と騎士達よりも速く移動し、俺を守ることなどできるはずもなく、マリアがたどり着く前に敵の刃が俺の体へと触れる——その直前。

 俺を中心として展開された熱風の渦に焼かれ、暗殺者も騎士達も、肌を灼かれながら弾き飛ばされた。


「すまないが、その程度でやられるほど弱くはないのだ」


 今までは鈍と呼んでもいい中古の剣だけで対応していたが、流石にこれだけの数を相手にするとなれば魔法を使わせてもらう。でなければこちらが怪我をする程度にはこの者らは強いのだ。


「やろう……手えぬいてたのかよ」

「さて、人を連れて来たのであろう? ならば、かかってこい」


 熱風に焼かれて吹き飛ばされたグレイが、地面に手をついて体を起こしながら文句を口にした。

 その目はまだ諦めていないとばかりにギラギラとした光を宿しているので、ここで終わりというわけではないだろう。


「合計八人か。もっと用意しても良かったとは思うが、まあこんなものか」


 比較的距離が開いていた騎士達はまだ意識を保っていられるようだが、刃が当たる寸前まで近づいてきた暗殺者達はモロにその攻撃を受けてしまったようで、手足があらぬ方向へ曲がり、肌が焼けているにも関わらず、悲鳴一つあげる事なく地面に倒れ伏している。


 あっけなくはあったが、これで暗殺者達はいないものとして考えてもいいだろう。


「化け物が……」

「俺に才能があることを才能を否定するつもりはないが、これは努力の結果だ」


 純然たる事実として、『アルフレッド・トライデン』の肉体は才能に溢れていた。学んだことは忘れず、鍛えた分だけ成長し、そもそも元からの性能が他者より優れていた。それこそ、天才と呼べるほどに。


 だが、それは所詮初期性能であり、そのまま何もせずただ漫然としていただけであればこいつらに勝つことなどできなかっただろう。ましてや、守護騎士などもってのほかだ。


 俺がこいつらに勝つ事ができたのも、過去に様々な者達に勝つ事ができたのも、全ては相応に努力をしてきたからに他ならない。

『俺』としては、まあ『アルフレッド・トライデン』という肉体に偶然宿っただけだと言えるから、運が良かったという言葉で済ませても構わない。

 だが『私』は違う。『俺』が意識を取り戻す前の『私』は幼いながらも自身を追い詰めて鍛え続けてきた。そんな努力を、ただ『化け物』だなどという言葉一つで否定されるのは、その努力を知っている『俺』からすれば業腹だ。


 だがしかし、そう言いたくなる気持ちも理解できる。努力をしたところで、結局のところ才能がなければ実を結ぶことはないのだから。俺がここまでこれたのも、結局は才能があったからに他ならない。才能がない者からすれば、努力だ云々と言われても納得できるはずがないだろう。


「とはいえ、そんな言葉で納得できはしないだろうが、そこは諦めてもらうしかない」


 そう話を終えてから数秒ほど見つめあっていた俺たちだが……ようやく準備ができた。

 これで終わりにするべく、一歩、前へと足を踏み出した。


「散開!」

「逃すと思うか?」


 俺が足を踏み出した瞬間。もっというのなら足を踏み出そうと体を動かした瞬間、先ほどの攻撃による被害がもっとも薄い騎士のロドリゴが悲鳴のように撤退を告げて足を動かした。


 ——だが、そううまくはいかなかった。


「なんだこれは!?」

「布? 新手!?」

「このっ……放しやがれ!」


 ロドリゴの言葉で動き出そうとしていた騎士の三人だが、どこからともなく現れた布が、その動きを縛りつけた。


 布——まあ、わかるだろうが俺の魔創具だ。先ほどの熱風で周囲を一掃した際についでにといくつか辺りにばら撒いておいた。

 それを操り、騎士達の動きを抑えているというわけだ。


 だが縛り付けているとはいっても、まともに縛れているのはリオハルトとロナの二人だけだ。ロドリゴは、傷が浅かったこともあって、縛れてはいるが左腕一本だけだ。

 それでも動きを止めることはできているが、何かあれば逃げ出されてしまいそうだ。ここは追加で縛っておくか。


「……?」


 新たにマントを生成しようと刻印に力を込めたのだが、どうにも新たに生成される様子はない。どういうことだろうか?

 考えられる要因としては、魔創具の生成を阻害するような魔法、あるいは道具が使用された可能性だが、これはないと考えてもいいだろう。目の前の者達にそんなものを使う余裕などなかったはずだからな。


 ではなぜ、と考えたところで、理由に思い至った。


 ……そうか。〝量〟が原因か。


 元々魔創具というのは無限に作れるものでもない。

 以前やったように元となる素材を使ってある程度の効果を付与することはできるが、魔創具として自在に作り出すには最初に使用した素材の量が影響してくる。

 最初に刻印を刻むときに多くの素材を使っていればいくつもの魔創具を生み出す事ができ、使っている量が少なければ一つしか生み出すことはできない。


 俺は元々鎧を作ろうと大量の素材を使用した。それが鎧からマントになったことで、一つあたりの使用する素材の量が減り、結果として何枚も使用する事ができたわけだが、それでも無限に、というわけではない。

 現在は俺とスティアとルージェ。それからマリアにも渡しているし、こいつらを拘束するのにも使っている。ついでに、何かあってもいいようにそこらへんに数枚放ってある。これ以上は流石に取り込んだ素材の量が足りないということだろう。


 仕方ない。ここは手早く処理するしかないか。

 ひとまずはまともに拘束してある二人を無力化し、それから万全の態勢でロドリゴに相対するとしよう。


「くそがっ! なんで切れねえんだよ! ただの布だろうが!」

「残念ながら、ただの布ではないのだ。切ろうと思ったら、ドラゴンの鱗を切ることができるだけの力を籠めよ」


 金髪の騎士リオハルトが、拘束されながらもなんとか体を動かして自身の魔創具で拘束している布を切ろうとしているが、あいにくとそのような威力の乗っていない剣で切れるほどやわではないのだ。本来であれば、ドラゴンの牙ですら噛み砕く事ができぬ鎧となるはずだったもの。生半な攻撃では傷をつける事どころか、汚すことも不可能だ。


「ひとまず、眠っておけ」


 拘束されているリオハルトに近づき、その頭部に向かって手を伸ばして魔法を使う。


「あまり精神干渉系統の魔法は得意ではないのだが、聞いたようで何よりだ」


 俺の使用する魔法は、攻撃性のある魔法の方が多い。なぜなら、その方が得意だからだ。

 補助や回復なども、できないわけではない。だが、その効力が攻撃性のある魔法に比べて弱く、使いづらいという感覚を覚える。

 とはいえ、ただ少し使いづらいというだけで、使えないわけでもない。今のように疲労や混乱などという普段とは違った状況下であれば抵抗なく眠らせることも可能だ。

 これが一流の達人などになると、多少の疲労や混乱などであっても魔法を跳ね除けて抵抗するのだが、まあこの男はそれほどの人物ではなかったということだ。


 続けて捕らえられている女へと近づき、同じように眠らせる。


 あとはもう一人、ロドリゴというくたびれた騎士を眠らせれば、あとは色々と尋問し、衛兵に引き渡せば終いだ。


 だが、そう思って息を吐いた瞬間——

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