第76話傭兵ギルドへの案内
——◆◇◆◇——
「あ、お疲れ様」
俺たちが街の中へと入ると、門前の広場ではすでにルージェが待機しており、俺たちのことを出迎えた。
「何だ。もう調べ終わったのか?」
「うん。まあ、そんなに難しいことでもないしね。教会の周辺で武装してる子供見つければそれでおしまいだったよ」
「ああ、確かにそれなら確実だな」
街中で武装している者であれば傭兵か兵士だが、教会の周辺にいる子供となれば孤児院の者である可能性が高い。なので、そういったものを数人当たればすぐに見つかるだろう。
「それより、そっちは問題なかったの? 流石にその量だと止められたんじゃない?」
俺がルージェの手際に感心していると、今度はこちらに問いがかけられた。
どうやら、ルージェは俺達が門で止められると予想していたようだ。だがそれは、間違えてなどいない。実際に俺たちは門で止められたのだから。
「止められはしたが、違法を行ったわけではないのでな。すぐにとおることができた。もっとも、俺の反応を見ていたことから考えるに、俺が貴族の子息であるとでも思ったのだろう」
「あー、面倒ごとを避けようとしたってわけだね」
俺の振る舞いは、以前のトライデン家として生きていた時の癖が抜けないので、未だ貴族としての振る舞いのままとなっている。
別に家名を名乗ったわけではないが、貴族がお忍びで傭兵になったり狩りを行ったりすることはよくあることなので、俺もそれと同じだと思われたのだろう。
「おそらくな。それよりも、案内してくれ。流石に街中でこの量をとなると目立って仕方がない」
「はいはい。それじゃあ行くよ……っと。そうだ。スティアの持ってる獲物はまたボクが持ち直した方がいいのかな?」
「え? ああこれ? いいわよこの程度。そんな重くないんだし、サクッと進んじゃいましょ」
「……外から見てると改めて思うけど、それが重くないって本当にすごいよね」
アージェは改めて呆れたような呟きを溢してから身を翻し、俺たちを案内するために歩き出した。
俺たちもその後に続いて歩いていったのだが、住民達からの視線を浴びながら歩くことしばらく。ついに目的としていた場所にたどり着いた。正確には、目的地への繋ぎとなる場所だが、まあどちらでも大した違いはない。
「それで、ここがその教会? ……あ、孤児院だっけ?」
「どちらでも大して変わらんだろう。どのみち同じ者が運営しているのだから」
「って言っても、目的はここじゃないけどね。まあすぐ近くだけど。それより早く行こうよ。一応教会には先に話はつけてあるけど、流石に警戒されてるよ」
それはそうだろうな。こんな道を塞ぐような大荷物を引きずっている者がやってきたとなったら、なにが起こるんだと警戒するのは当たり前の話だ。
「こんにちはー。さっき来たばっかりだけど、話してた売り物を持ってきたよ」
「ルージェ。本当に来たの——すっげえええ! 何だそれ! そんなに獲物を持ってきたのか!」
ルージェが慣れたような態度で教会の敷地に入っていき、声をかけると、一人の少年が歪に削られた木剣を持って姿を見せ、俺たちの獲物を見て叫んだ。
「うん? あー、えっとザックだっけ? ゴルドはいる?」
「おっちゃんは解体所の準備をするから、ルージェが来たら案内しろって」
「そ。じゃあ案内してよ」
「こっちだ。ついてこい!」
どうやら傭兵ギルドへの繋ぎはスムーズにいったようで、俺たちは少年の案内を受けて再び歩き出した。
「姉ちゃんすげえな! 何でそんなにいっぱい持てるんだ!?」
「ふふん! 私くらいになるとこれくらい余裕なのよ! あなたも、私みたいになりたいんだったら精進しなさい!」
「おう! 俺はもっと強くなってチビ達を守るんだ。だからぜってー強くなってみせるぜ!」
歩きながらも、少年——ザックはこれだけの獲物を狩ってきた俺たちに興味があるのか、興奮した様子でスティアに話しかけている。
そんなザックの態度に気を良くしたようで、スティアは胸を張って自慢している。
しかし、チビ達か……おそらくそれは孤児院の他の子供達のことなのだろうが、どの程度いるのだろうか?
「ザックと言ったか。チビ達とは、他の孤児達か? どの程度いるのだ?」
「あ? 何だにいちゃん。何でそんなこと聞くんだよ」
警戒しているのか? まあ、当たり前ではあるか。孤児院の内情など、普通のものは気にしないだろうからな。気にする者がいるとしたら、それは普通ではない者ということになる。
他の市民達に比べて、自分たちのことを守ってくれる存在は少ないと知っている孤児からすれば、そんな普通ではない者は警戒すべき対象なのだろう。
「なに、単なる興味も混じってはいるが、それ以上にこの後の予定について考えなければならんからな。人数次第ではこの獲物の処理も時間がかかろう」
こちらの獲物は十程度。それに対して二、三人程度しか孤児がいないのであれば、相応に作業が遅くなる。
だが逆に、孤児の数が多すぎれば、それはそれで問題ではないかとも思う。俺たちの依頼する解体や買取としては問題ないだろうが、純粋にそれで生活していけるのかという疑問があるのだ。
そのようなことは俺が心配することでもないのかもしれないが、少し前まで教会に寄付を行なっていた者としては、教会や孤児院の状況というものは気になるのだ。
しかし、警戒されている以上は無理に踏み込んで話を聞くべきではないな。
そう思い、肩を竦めながら冗談めかした態度で話を流すことにした。
俺の態度を見て、それ以上警戒する必要はないと判断したのだろう。ザックは視線を俺の後ろにある獲物達へ移すと、少しだけ顔を顰めて口を開いた。
「ってか、にいちゃんの獲物それだけかよ。こっちのねえちゃんはこんないっぱい持ってんのに、重いものを持たせるなんて男としてどうなんだよ」
む……確かにその通りではあるのだが、その言葉はこの獲物達の重量を知らないからこその言葉だろう。でなければ、二頭も持っている俺を批難することなどないはずだ。一頭の重さを知っているのであれば、俺を批難するのではなくスティアを恐れるのが 普通の反応だろう。
だが、所詮は子供の戯言だ。それほど気にすることでもな……
「ププ〜。言われてやんの〜」
……気にするほどのことでもないが、間違いを正すのが先人としての務めであろうな。
「……ザックよ。それほど言うのならばこれを持ってみるといい」
そう言いながら、俺は引きずっていたロープをザックへと差し出す。
初めは意味がわからなそうにしていたザックだったが、少し興味が出たのか俺が差し出したロープを手に取ると思い切り引っ張り始めた。
だが、動かない。当たり前だ。獲物は一頭でも百キロを超えているのだから、子供が動かせるものではない。
「何だこれ!? おっも……」
俺が引きずっていた獲物の重さに驚愕し、だがそれでも全力で引き続けるザック。
しかし、それも数十秒と持たずに息を切らせてロープから手を離した。
「はあっ、はあっ……何だよこれ! こんなん持てるわけないだろ!」
「それを実際に持っているわけだが?」
そう言うとザックは言葉に詰まり、先ほどまで自分が引っ張ろうとしていた獲物のことを見つめた。
これで現実というものが理解できただろう。
「普通は持てないものだ。それを二頭も運んでいるのだから一般的な成人男性よりは力が強いと言ってもいいだろう。ただ、こいつの場合はこいつがおかしいだけだ。重さで言ったら、そこらにある小屋を引きずって歩くようなものだぞ」
「ねえちゃん、やべえんだな」
スティアを見ながら言葉を溢したザックだが、その顔には驚きと恐れが混ざっていた。
「いや、これ普通だもん! 私達にとってはこれが普通なの!」
「その話はもう結論が出ただろう。お前が普通ではないのだと」
前にも話をしたが、獣人は力が強いがスティアほどではない。これだけの獲物をかついても問題ないこいつがおかしいのだ。
「そんな茶番やってないでさ、さっさと行こうよ。まだつかないの?」
「あ……もう着く。て言うか、今着いたよ。ほら、そこのでっかいところだ」
ルージェに促されて再び俺たちの前を歩き出したザックだが、数歩ほど歩くと十字路に差し掛かり、その先を指で示した。
「でかいな。屋敷とは言えないが、この辺りにしては造りもしっかりしている」
十字路を右に曲がった先に見えたのは、周辺にあるボロ小屋……と言っては失礼だが、一般の家よりもはるかに大きく、丈夫な作りをした建物が存在していた。
「解体所ってのは、臭いもするしゴミも出るし、広いところがねえとできねえんだよ。だから広い場所ってなると限られるんだ。それに、でけえ建物ってのは、造りがしっかりしてねえとすぐにぶっ壊れちまうからな」
と、道の先にある傭兵ギルドらしい建物を見ていると、不意に背後から声がかけられた。
声の下方向へ直ぐに振り返ったが、その先にいたのは汚れた服を身に纏った厳つい成人男性だった。
突然声をかけてきたことには驚いたが、敵意も武装もないことと、見ず知らずである俺たちに馴れ馴れしい態度で話しかけてきたことから察するに……
「ゴルド。準備はできたの?」
やはりな。この男——ゴルドとやらは、どうやらルージェが頼んだ傭兵ギルドの関係者のようだ。
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