第74話狩りを終えた後は

 

「法を守って、人々を守って、賞賛されるキラキラした存在である騎士と、後ろ暗いことをして人から追われる犯罪者、あるいはその予備軍の戦士。どっちがいいかって言ったら、国民としてもかっこいい騎士の方がいいだろうね」


 戦う力を人に向ければ疎まれるが、人を守るために使えば賞賛される。

 大して活躍する事はできずとも、騎士として死んだものは騎士王国にある石碑に名を刻まれるため、その生涯を騎士として生きることを選ぶ者は多い。

 何せ、歴史に名を刻むことができるのだ。賊となり、なにも成せずに死んでいくよりも、人を助け、喜ばれ、小さながらも名を残して死ぬことができる。

 自分の人生に意味はあったのだと満足して死ぬことができるのだ。


 それは、命の軽いこの世界ではとても価値のあることだ。

 だからこそ、騎士王国の騎士は、道を外れることなく騎士として生きている。


「で、結局階級についてはまだ?」

「ああ、話がそれたか……話を逸らしたのはお前ではなかったか?」

「あれ、そうだっけ? まあ、気にしない気にしなーい」


 話が逸れたのはスティアからの問いかけが原因だった気がするのだが、と思ってスティアのことを見てみたが、本人は首を傾げながら笑っていた。


「……まあいい。騎士王国の階級のことだが、まずは騎士ではなく兵士から始まる」

「騎士の国なのに?」

「そうだ。基本的な雑事……街での揉め事や、国内で異変があった際の派遣は兵士の仕事だ。兵士では対処不可能だと判断された場合に騎士の部隊が派遣されるが、まずは兵士の仕事だな」


 騎士王国と言っても、仕える者全員が騎士というわけではない。あの国では『騎士』というものは特別なのだ。騎士が多いのも有名なのも事実ではあるが、だからと言って騎士という身分を安売りしているわけではない。明確な基準があるため、その基準を超えるまでは全員初めは兵士から始まる。


「そして、兵士でなんらかの功績を上げるか、騎士試験に合格すると騎士になれる。だが、騎士の中にも階級があり、兵士から騎士になったばかりの者は『二等騎士』となる。騎士の大半がこの階級だな。その上に、功績を上げるとなれる『一等騎士』が存在し、さらに上が『守護騎士』だ。その上にも『親衛騎士』が存在しているが、これは王族の指名によってなれるものなので、状況次第では二等騎士であろうと親衛騎士になることができる。よって、守護騎士が実質的な最高戦力と言えるだろう」


 正確なところは知らないが、おそらく騎士の七割程度が二等騎士だろう。残りの三割弱が一等騎士で、それ以外が守護騎士や親衛騎士と思われる。


「最も、最高戦力といえどその強さには波があるがな」


 それ以上上の階級がないのだから、同じ階級と言っても上と下では差があるのは当然だ。


「ほえ〜。じゃあさ、その強いのと弱いのはどう分けるの? 同じ階級だから同じ扱いってわけでもないんでしょ?」

「勲章の数で見分ける。守護騎士の場合であれば、もらった勲章の数を名乗りの中に入れる。たとえば三つの勲章を受けているのであれば、『守護三勲騎士のスティア』となり、勲章がなければそのまま『守護騎士』となる」

「なんで私? でも、そんな感じになるわけね」

「なら、さっきの人はその騎士王国最高戦力と同程度になるわけだ。……違和感しかないね」


 ルージェが眉を顰めつつそう口にしたが、その通りだ。ただの騎士というだけでも不思議なのに、守護騎士がこんなところにいるのは尚更おかしい。まず間違いなく何らかの事情があるに決まっている。それがマリア個人に関することなのか、それとも国ぐるみでの何かしらがあるのかはわからないが。


 ——とはいえ、だ。


「そうだな。だがまあ、俺たちには関わりはないだろう。何かあるにしても、騎士王国の騎士が他国で表立って動くことはなかろうからな」


 俺達は色々と問題がある一行ではあるが、騎士王国に何か関わりがあるかと言われると、そんな事はない。なので、マリアがここにいる理由が何にしても、俺たちが関わる事はないだろう。


「そうだといいけど。前みたいに、問題の方から歩いてくるって事がなければ大丈夫だろうね」


 そんな不安なことを言うのはやめろ。あのような騒ぎはそうそうあるものでもないはずだ。


「その時は私がドカンと解決して——」


 しまっていたはずの魔創具を取り出して、担ぐ様にポーズをとっているスティアだが、その言葉を最後まで言い切らせることなく止める。


「やめろ阿呆。お前のドカン、とは本当に叩き潰すことだろうが」


 こいつの場合、ドカンという表現は比喩ではなく実際に発生する音のことを言っているのだから、それを許すわけにはいかない。もしそんなことになれば、無駄な被害が出ることになるのだから。


「……だめ?」

「だめだ」

「だめだね」

「ええ〜〜〜」


 可愛らしく愛想を振りまいて首を傾げたスティアに対し、俺とルージェは一瞬たりとて迷うことなく否定を口にした。

 それを聞いてスティアは不満げな表情で叫んでいるが、だからと言って意見を変えるつもりはない。


 ただ、場合によってはアリかもしれないとは思っている。例えば、ここのように自然の中であり、周りを壊しても人に迷惑がかからない場所の場合とかな。


 もっとも、それを言うとやって欲しくないところで勝手に暴れる可能性があるので言うつもりはないが。やっても構わない時はその時になってから言えばいいだろう。


「とりあえず、今は魔物を潰すことで満足しておけ」

「う〜ん。そうね! そうしましょ! それじゃああと百匹狩るわよー!」

「でも今日はおしまいだね。流石にもうこれ以上持ってけないよ」


 苦笑いしながら言ったルージェの言葉をきっかけに、俺たちは再び獲物を持って帰る支度をし始めることとした。


 ——◆◇◆◇——


「で、これどうするの?」


 現在の俺たちは、狩った獲物を俺のマントをこよって作ったロープで縛り、スティアがそれを引き摺りながら街へと戻っている。

 一応俺とルージェも持っているが、両手に一体ずつ持っているだけで、残りの獲物達は全てスティアが担当することとなった。


 これは、俺達が両手に持っても余る獲物を見て不満を口にしたところ、スティアが「じゃあ残りは私がやるわ」と意気込んだ結果だ。


 できることなら目立ちたくはないのだが、狩ってしまった以上は仕方ない。

 どうせ一人一頭に減らしたところで相当目立つことになっただろうから、結果としてはどのみち変わらなかっただろう。


 ただ、ここで問題になってくるのはこの獲物達をどこで処理しようか、と言うことだ。


 これがお話に出てくる『冒険者ギルド』のような場所があればそこに売ればいいのだが、そんな便利な組織はない。


 この国には傭兵ギルドはあれど、それはお話に出てくるような国境を超えた大規模な組織というわけではなく、地方の傭兵達が作った寄合い所。まさしく、『組合』だ。


 そのため、俺は首都で傭兵として登録しているが、ここでは登録していない俺達ではまともに売ることもできない。ルージェはそのことを危惧しているのだろう。


 俺たちはこの街の傭兵ではないためまともに売る事はできないが、全く売ることができないのかと言うとそういうわけでもない。

 場所によっては余所者を受け入れないギルドもあるが、余所者だろうと獲物を買い取ってくれるギルドも存在している。もっとも、多少値が落ちる事はあるが、それは仕方ないだろう。買い取ってもらえるだけましと言うものだ。


「どうもこうも、売るしかあるまい。それとも、全てお前の腹に収めるか?」

「いや〜、流石にこの量は難しいかも?」

「あくまでも〝難しい〟なんだ。普通は無理って断言するところだと思うんだけどな」

「食べたらちょっと動いてまた食べれば……まあ、いけそうだと思わない?」


 これだけの量を全部食べるのか? どう考えても無理だろう。体積がお前の胃袋どころか全身を何倍もした量だぞ?


「思わんな」

「思わないね」

「え〜……」


 そもそも、無理をして食べている時点で『美味しいお肉を食べる』という目的からは離れていることになる。そんな無理して食べる必要はないのだから、余分となったものは売ればいいのだ。一応金の心配はあまりないが、それでも無限に湧いてくると言うわけではないのだから、稼げるところで稼いでおくに越した事はない。


「まあ、妥当なのは売ることだろうけど、どこかアテはあるの?」

「ないな。そも、俺たちは街に着いたばかりだろうに」

「でもあれでしょ? 傭兵ギルドだっけ? 買い取ってくれるんじゃないの?」

「まあそうだな。だが、傭兵ギルドと言っても、幾つもあるのだぞ? その中には余所者を断っている場所もある。そうなると、まず余所者を受け入れてくれるギルドを探す必要があるのだ」


 傭兵ギルドが買い取ってくれると言っても、まずは買い取ってくれる場所を探すところから始まる。


「ほえー。なんかめんどくさいわねー」

「仕方あるまい。所詮は余所者なのだからな。だが、全く当てがないと言うわけでもない」

「そうなの?」


 初めて来た街なのでどこにどんなギルドがあるのかなどはなにも知らないが、それでも何も分からないというわけでもない。


「ああ。この手のものを売る場合、教会のそばに行けばいい」

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