第72話騎士マリア

 

「なに?」


 俺達は三人ともがすぐさまその声に反応して、声した方向へと顔を向けたが、その先には途中で二股に分かれた二本の頭部を持つ大蛇がすぐ近くまで迫ってきていた。


 迫り来る敵に対処すべくそれぞれが魔創具を取り出そうとしたが、その前に俺たちと大蛇の間に体を割り込ませた者がいた。


 その人物は頭から足の先まで全身に鎧を纏っており、腰には剣を二振り帯びている。

 一見すると騎士のように思えるが、こんなところに騎士がいるわけがないので実際には違うだろう。


 見た目からでは男性なのか女性なのかもわからないが、おそらくは先ほどの声の人物、あるいはその仲間だろうと思われる。


 その騎士のような人物は腰の剣を引き抜き、構えたが、剣を右寄りに構えるその姿はやけに正面が開いているように思う。あれでは攻撃を防ぐにしても弾くにしても、ろくに対応することなどできないだろうに。


 それにしても、もう一本の剣は抜かないのだろうか? 両手に剣を持つ、というのであればあの構えも納得できないこともないのだが……


「この程度……先には行かせない!」


 鎧の人物はやはり先ほどの声の主だったようで、目の前にいる騎士姿の者から女の声が聞こえた。


 勇ましさを感じる目の前の女性の声を聞いた直後、視線の先に発生した光に眩しさを感じ、僅かに目を細めてしまう。


 あれは……魔創具か?


 光が収まりはっきりとその形が見えたが、騎士の女の左手には先ほどまでは存在していなかった盾が出現していた。どうやら、あれが彼女の魔創具のようだ。であれば、やけに右に寄った構えも納得がいく。おそらくは盾を重視した戦い方をするのだろう。


 そんな考えはあっていたようで、騎士の女は腰を落としてどっしりと盾を構えた。

 大蛇は先ほどの光で軽く目をつぶされて速度が落ちたが、そのまま突っ込んでいきている。常人であれば、あんな大質量の衝突を喰らえばいくら盾を構えていたところで吹き飛ばされておしまいだろう。


 だが、その騎士の女は違った。

 悲鳴一つ漏らすことなく突撃してきた大蛇の突進を受け止めたのだ。


 真正面から突進を受け止められたことで、大蛇は一瞬怯みを見せる。そんな隙を逃すはずもなく、騎士の女は右手に持っていた剣を大蛇の顎下から突き刺し、頭部を貫いた。

 だが攻撃はそこで終わることはなく、貫いた剣を下からかち上げるように盾で殴りつけ、もう一つの頭部へと弾き飛ばした。


 自身へと迫ってきたもう一つの頭部のせいで大蛇の反応は一瞬遅れ、その間に騎士の女はもう一本の剣を抜いて大蛇へと接近し、まだ生きている大蛇の頭部を盾で地面へと叩き落とした。


 そして、叩きつけられた大蛇の頭部へと着地すると同時に、盾の下部に存在している鋭角の部分を突き刺すように叩きつけ、盾が半ばまで埋まったところで大蛇はその動きを止めた。


 騎士の女は全身血まみれだが、そんなことを気にするつもりはないのか、大蛇が完全に死んでいることを確認し、自身の体に問題がないことを確認するとすぐにこちらへ振り返り、近寄ってきた。

 そして俺たちの前で立ち止まり、兜を外すと笑みを浮かべた。


 兜を外した目の前の女性は、緩くウェーブのかかった金の長髪をした姿だった。

 鎧が血で汚れ、その奥には凶悪なバケモノの死体が転がっているにも関わらず、女性はそんなことは知らないとばかりに明るく笑っている。

 その光景は異様だとも思えるが、どこかこれでいいのだろうと納得できてしまう。


「ふう。……大丈夫だった? この大樹林は、おっきいくせに音も匂いもなく近寄ってくる敵がいるから気をつけないとだめよ」

「そのようだな。感謝する」


 あの大蛇とはまだそれなりに距離があったが、それでもかなり接近されていた。

 今回あの大蛇は、あの距離があっても仕留められると思ったのか突進してくることを選んだようだが、もしあれがもっと接近してから攻撃を仕掛けてくるようであれば、死にはしないまでも怪我くらいはしたかもしれない。


 助けてもらったことも合わせて、感謝するべきことだ。


「ううん。これも騎士の役目だもん。気にしないで」


 だが、頭を下げた俺に、体の前で両手を振って笑いかけて当然のことだと言った。

 自身の功績を誇るでもなく、恩を押し売るわけでもない様子には交換が持てるが……騎士? 本当に騎士なのだろうか?

 騎士といえど主人の命令があれば樹林で魔物狩りをすることもあるだろうが、それにしては一人でいるというのが分からない。どのような主人であれ、騎士を一人で魔境へと送り込むような愚か者はいないはずなのだがな。


「だとしても、助けられたことに変わりはない。私はア——アルフだ。あなたの名を聞かせてもらってもいいだろうか?」

「あ、うん。私はマリアよ」

「そうか。マリア、改めて例を言う。ありがとう」

「も、もう。いいってば。私も好きでやってることだもん」


 騎士の女性——マリアはまた照れた様子を見せたが……好きでやっている、か。

 であれば、誰かから命じられて、と言う可能性は低くなったな。

 しかし、さて。そうなるとやはり、なぜ騎士が単独でこのような場所にいるのだろうか、という疑問が出てくるな。


 いっそのこと本人に聞いてみるとするか。


「ところで、騎士と言っていたが、そなたは何処かの家に仕えている騎士なのか?」

「え? あっ。ううん。そうじゃないの。私は騎士王国出身だから、それでね。あっちで騎士になってからこっちに来たの」

「騎士王国か。なるほど。であればそなたは優秀なのだな」


 騎士王国とは、リゲーリアの北西にある国で、その名の通り『騎士』という存在が敬われている国だ。

 だが、だからこそというべきか。騎士になるのにはかなりの実力が必要であり、その騎士を名乗っているのだからマリアは優秀なのだという証明になる。


「ええ? そ、そんなことないって。私くらいの人なんてそこらへんにゴロゴロいたもの」


 マリアは照れたように頬を掻いて視線を逸らしたが、それが謙遜だというのは先ほどの戦いを見ていればわかる。


「そうでもないと思うがな。以前守護騎士と手合わせをする機会があったが、その者と同格以上の強さがあるように見えたものだ」


 本心からそう思って口にしたのだが、俺の言葉を聞いたマリアは途端に雰囲気を変えて真剣な様子でこちらを見つめてきた。


「守護騎士? ……えっと、あなた、何者? 守護騎士なんてそうそう会えるものじゃないし、まして手合わせなんてできないはずなんだけど……」


 ああ、そういうことか。確かに普通の人間……それも騎士王国以外の国の者であれば、『守護騎士』という立場の者と会うことなどそうそうないか。


「ああ。父親の繋がりでな。これでもそれなりに良いところの生まれなのだ」

「うーん。まあ、確かに言葉とか振る舞いは、すっごく貴族っぽい感じね。でも、私は守護騎士じゃないわ。そう言ってくれるのは嬉しいけどね」


 そういったマリアの様子はどこか寂しげで、明るく振る舞う奥に何か暗いものを抱えているのだろうと理解できた。


「あ。そろそろ行くね。また縁があったらその時はよろしく!」


 それだけ言うと、マリアは笑いながら手を振って走り去ってしまった。

 どこへ行ったのかは知らないが、森の奥に向かったようなので、まだ何かやることがあったのだろう。


「行ったか」


 せめて礼として鎧の汚れ等を落としてやりたかったのだがな。その程度であれば魔法を使えば一瞬でできるので、さしたる手間でもなかったのだが……行ってしまったものは仕方ない。

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