第60話馬を求めて

 

「……できれば後一週間くらいはここに止まっていたいのだが? 意外と海産物が気に入ったのだ」


 この程度で止まってくれるとは思えないが……


「じゃあ干しイカでも大量に買い込んでおきなさい! 旅の間ずっとそれを咥えてカジカジしてればいいのよ」


 やはりダメだったか。


「それは確かに海産物ではあるが……何か違わないか?」


 干しイカも海産物であることは間違いないし、美味いことは美味い。だが、それを食べることで自分は海産物を食べているのだと言い張るのは、そこはかとなく間違っている気がするのだがそれは気のせいだろうか?


「もう決定なの。異論反論は認めないわ! 行くわよ、我が従僕!」


 誰が従僕だと反論したいが、反論したところで、明日には……いや、数時間後には俺からの言葉も忘れているだろうから言ったところで意味はない。


 それに、不服ではあるが、隷属の首輪がつけられている現状は従僕と言われてもおかしくない立場なのだ。それを認めるか否かは別としてな。


 そのため、ため息を吐いてから了承の意を示しつつも、少しでも時間稼ぎのために足掻くべく言葉を返した。


「……せめて三日待て。移動するにしても、足を用意する必要があるだろ」

「足って、馬車? 確かにあると便利よね」

「阿呆が。三日で用意できるわけがなかろう。馬車の発注など、通常一週間はかかるものだぞ」


 一週間であっても早い方だ。貴族用の馬車など、一月はかけるものなのだ。

 もっともあれは無駄に装飾をつけたり魔法の効果を施したりと、さまざまなオプションをつけるからこそ時間がかかるわけだが、それらの無駄を削ぎ落としたとしても時間はかかる。

 他に仕事が入っておらず、材料が揃っていて、機能を抑えたものであれば、一週間より早く作ってもらうことはできるかもしれないが、そうそう運よく空いている工房があるとも思えない。


「中古品でよくない? もうあるものを買うんだったら、そんな時間はかからないでしょ?」


 確かにそれならば馬車の車体そのものは手に入れることはできるだろう。

 だが、『馬車』を用意するのであれば他にも問題がある。


「馬車そのものはな。それを引く馬はどうする。探せば手に入るだろうが、預けられ、休んでいたものを実際に引けるようにするには、数日調整をしなくてはならないのだぞ」

「へえ〜、そうなんだぁ」


 この場合の『馬』とは本物の馬に限らず騎乗用、牽引用の生物のことを言うが、どれも調整をしなくてはならないものだ。誰かから買い取ったものであれば問題がないか確認しなければならないし、貸し出していたのでもそうだ。厩舎で待機していたものたちも、軽い運動くらいはしていただろうが、旅に出るほどの運動をこなしたのかというと、そうではない。

 公爵家のような大きな貴族家であればいつでも使えるようにと、専門の使用人が毎日のように走らせていたが、街で馬を扱っている程度であれば流石にそこまでしていないだろう。


 なので、馬を調達するにしても時間がかかるので、車体を用意したところですぐに出ることはできない。


「足と言っても、馬だけだ。理想を言えば竜種の血統がいいのだが、流石にそれには手が出ないからな」


 正直なところ、どこをどう進んでどのような難所があるかもわからない旅なのだ。できる限り丈夫な馬が欲しい。そうなると、やはり竜種の血統が一番良い。

 竜種といっても空を飛ぶこともできない亜竜ではあり、ドラゴンとは比べ物にもならないが、他の生物よりも丈夫なのは確かだ。


 しかし、高い。

 これまでもそれなりの金を使ってきたが、竜種の馬を探すとなると桁が違う。


「そんなに高いの?」

「ああ。お前が王女としての身分を晒せば容易に手に入るものではあるがな」

「それはナシね!」


 両手で大きくバツを作りながら叫ぶスティアを見て、肩をすくめて答える。


「だろうな。だからこそ、ただの馬で我慢しろ」

「オッケー。じゃあ早速馬を探しにいきましょ」


 スティアはそういって勢いよく立ち上がると、俺の手を取って歩き出し、俺もそれに引きづられないように歩き出した。


 ——◆◇◆◇——


「おっうま、うまうま〜。うまっ!」


 それだと食べるのを楽しみにしているように聞こえるが……まあいいか。


「うっうっうまうま〜」


 ……なぜこいつがそのネタを知っている? 踊るのか?


 単なる偶然ではあろうが、奇跡的に言葉選びもリズムもあってしまっている言葉を聞き、一度ため息を吐いてから話しかけることにした。


「そもそも『馬』と言っているものの、本物の馬なのかどうかはわからんぞ」

「知ってるってば。鳥とか猪とか、そういうのもいるんでしょ? 乗ったことはないけど、見たことはあるもん」

「乗ったことがないとは、お前の城には騎乗用の魔物とかはいなかったのか?」


 こいつはこれでも王女であり、城で暮らしていたのだ。であれば、実際に飼っているだろうし、嗜みとして騎乗訓練をしているものではないだろうか?

 流石に保有していない、ということはないと思うのだが、どうなのだろうか? あるいは、王女は騎乗訓練をさせない方針なのか?

 ネメアラには行ったことがないからわからないが、見たことがあるのであれば、保有くらいはしていると思うのだが……


「いたけどぉ……正直自分で走った方が速いのよね、私の場合。乗せて、って言っても街の外には出してくんなかったし、乗る意味もなかったってのもあるわね。……あっ。あとはなんかやたらと危ないからダメだー、って止められたわね。お姉ちゃんとか他の姉妹は普通に乗ってたのに……なんでだったんだろ?」


 馬よりも走ったほうが速いとは……流石は獣人と言ったところか。

 外に出してもらえなかったのは、王女だからという理由で納得できるが……姉はともかくとして妹ですらできたことをやらせてもらえなかったというのは、少々疑問だな。


 考えられる理由としては、こいつは今でこそ『厄介者』と呼ばれているが、昔は違っていた、ということ。例えば、国の宝と呼ばれるほどの立場であれば、少しでも危険なことから遠ざけようとした可能性はある。


 あるいは、単純にこいつの頭が突き抜けすぎて何かやらかさないか不安だったから危険に繋がりそうなことは排除したか、だな。


 ……どちらかといえば後者の方が可能性が高いように感じるのは、これまでのこいつの振る舞いのせいだろう。俺だって禁止する。勝手に馬に乗ってどこかに行かれでもしたら困るからな。

 しかも、それが国王専用の馬であったとなったら大問題だ。


 しかし……


「……そうか。お前は姫だったな」


 ふむ。改めてスティアのことを見てみるが、王族という感じはしないな。確かに見目は良いが、その振る舞いがな。見目がいいだけの一般人だ、と言われた方が頷けるほどこの人混みに馴染んでいる。

 もっとも、いくら容姿が優れていると言っても一般人にしては整いすぎている気もするが、市井にも美人はいないわけではないのだ。そんなものだと言われれば納得できてしまう。


「え、そうだけど……もしかして忘れてたの? ひどいわっ! 私はこんなにも立派なお姫様なのに!」

「立派な姫は、他国で勝手に動き回ろうとはしないものだ」


 攫われたまでは仕方ないとしよう。だが、その後に助けた恩人を従者として連れて旅をしようとするなど、どう考えても普通の姫がやることではない。


 俺の言葉に、バツが悪そうな顔をしたスティアはスッと顔を逸らし、唇を尖らせながらつぶやいた。


「……他のお姫様がおかしいんじゃない?」

「おかしいのはお前だ、阿呆」

「いやでもさ! ちょっと考えてみてよ! 生まれてこの方いっちども外に出してくれなかったのよ? おかしくない? それで満足してろって、私は奴隷かってのよ!」


 スティアは手振りを交えて不満を吐き出すように叫んだが、そのせいで周りの通行人たちがこちらへ視線を向けてきた。

 あまり目立ちたくないのだから、もっと声を落として話してほしいものだ。


「王族に限らず、貴族や権力者など、国の……いや、税金を払っている民の奴隷と変わらんだろう。税をもらえなければ、貴族も王族も生きてはいけんのだからな」


 滅私奉公。政治に関わるものは、私心なく国に尽くさなければならない。

 国とは民の集まりであり、民は国に所属しているものの、国などなくとも生きていける。集団でなくてはできないことは確かにある。だが、一人であろうと生きていくことはできるのだ。そこに王や貴族などというものは必要ない。


 だが、国も王も貴族も、自身らのことを支えてくれる民がいなければ生きていけないのだ。


 であるならば、せめて自分たちのことを生かしてくれている民に報いるために、人生をかけて国の利と民の幸せを追い求めるべきである。


 これが、貴族として生まれ、生きてきたアルフレッドの考えだ。


「うっ……それはそうかも知んないけどさぁ。でも、もうちょっと、ちょこ〜っと自由をくれてもいい感じだと思わない? それに、ほら! 自分の足で歩いて、自分の目で見てこそ国民の生活を理解することもできるわけだし、上でふんぞりかえって一般市民の生活を知らない政治家とか貴族なんて、いる意味ないでしょ? そのためにも、外を出歩くのは必要なことなのよ!」


 確かに、スティアの言いたいこともわかる。私心なく、とは言ったが、誰もがそれをできるほど強い存在ではないし、強い人間であろうと常に休みがなければ壊れてしまう。

 だから、その息抜きとして多少の遊びが入ることは問題ない。


 それに、こいつの言ったように自身の目で見なければ真実などどこかしらで捻じ曲がって伝わるものだ。それが些細な違いだったとしても、政に携わる者にとってはその些細な違いが致命的な違いとなることもある。


 故に、自身の目で見て、実際に触れて確認するというのは、間違いではない。間違いではないのだが……


「……まあ、言わんとしていることは理解できるがな。だが、お前の場合は自分が好きに遊びたいからではないのか?」

「しっつれいな! このキラキラした純粋な瞳を見てよ。この目を見ても私が嘘をついてると思うの?」


 スティアは俺の顔を覗き込むようにして自身の目を見せつけてきたが、確かにキラキラと純粋な光を宿した目をしている。


 しかし……近い。そんな顔を近づけずなくても分かったから、さっさと離れろ。


 顔を近づけてきたスティアを引き離そうとしたその瞬間、ドンッと何か、というより誰かがぶつかったのだろう。背中を押された俺は、自身の目を見せつけるために顔を近づけていたスティアの方に一歩踏み出してしまった。


 その結果何が起きたのかと言ったら……


「んっ——」


 目の前にあった顔、その鼻頭に口付けをしてしまうこととなった。

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