第19話獣人王女:婚約者候補の名前

 

「今回の顔見せには、あなたの結婚相手を見繕うという意味があります」

「えっ! うそっ!」


 なにが嘘ですか。嘘なんかではありません。話はちゃんと聞いておきなさい。


「嘘などついてなんになるというのですか。ちゃんと話を聞いておきなさい。特に、今回は本当に聞いておかねば後悔することとなりますよ」


 そう。普段であれば多少……ええ、多少何かあったとしても、どうにかすることができました。ですが、今回ばかりは少々事情が違います。それは他国ということもあるのですが、それ以外にも色々と。


「なんで? そんなになんかあるわけ?」

「あなたの結婚相手ですが、その候補に上がっている者がいます」

「ほえ〜。……え? それって、もう決まってるんだったら私行く必要なくない? なんで代表にしたの? いやまあ、来れたのは嬉しいからいいんだけどぉ……」

「あくまでも候補です。軽く世間話程度に話はしてありますが、正式な打診はしていません。ですが、数度ほど話を重ねることで決まることとなるでしょう」


 あくまでも候補として、こちらで勝手にそう決めているだけ。

 向こうの外交官とは軽く話をしてあるし、そもそも向こうが候補として名を出したのだから、このまま進めば正式に決まるでしょう。


 まだ外交官や一部の者だけにしか話は通っていないはずですが、今回話を持ち掛ければおそらく断られることはないだろうと踏んでいます。何せ、相手からしてみれば同盟国の姫を手に入れることができるのですから。同盟を続ける気が合ったとしてもなかったとしても、スティアを手元に置いておくことに意味を見出すでしょう。


「あ、そうなんだ」


 スティアも曲がりなりにも王族として育ったためか、勝手に結婚相手を決められることにさほど拒否感はないようです。

 あるいは、自身の立場を理解しているからこそ、かもしれませんが。


「公爵家の嫡男なのですが、少々問題があるようです」

「問題?」

「ええ。まず第一に、すでに婚約者がいるということ。まあこれはさほど問題とはならないでしょう。多重婚など、私達の間では普通のことですし、王国としても問題はなかったはずですから」


 元々婚約している相手がリゲーリアの王女ですので、第一夫人となれるのかは微妙なところです。もし第一夫人となれないのであれば、第二夫人となるわけですが、その場合は第一夫人との結婚が終わってからの結婚となりますので時間がかかります。

 ですが、問題といえばその程度でしょう。


「んじゃあ、なにが問題なわけ?」

「一言で言えば、素行ですね。他者を自身の下に置いての暴言や暴力、身分を傘にきた振る舞い。それらが少々問題視されているようです」

「ふーん。……でもそれって、割と普通のことじゃない?」


 そうですね。スティアが首を傾げているように、ネメアラでは他者を下に置くのも、下位の者に暴力を振るうのも当然のことです。この世は強者が上に立つものなのですから、上にいるものが下の者を虐げてなにが悪いと言うのでしょう。

 それは私達だけではなく、自然の摂理です。しかしながら、人間の間ではそれは認められていません。おかしな話だとは思いますが。


「私達の間では、ですね。獣人は基本的に気性が荒い者が多いため普通のこととされていますが、人間はそうではありません。〝よくないこと〟とされているにもかかわらず、そのような振る舞いをするというのは問題です」


 人間は下位の者であろうと、他者への暴力を禁じています。にもかかわらず他者へと堂々と暴力を振るうというのは、その性質、性根に問題があると言うことです。


「ですが、その問題を考慮しても、この者と結婚することは価値があります。国家間の繋がりや我々の地位。流通に関しても、味方につけることができれば有利に働くでしょう。同盟に関しても、このまま継続させやすくなります。ですので、結婚相手の候補は他にもいますが、まずはその公爵家の嫡男と友好を結べるようになさい」

「……めんどうよねー。もし失敗したら、まーたなんか言われんでしょー?」


 スティアは顔を顰めながら不満気に話しましたが、おそらくその考えは間違いではないでしょう。

 それほど今回のけんが大事だと言うのもありますが、それほどスティアが嫌われていると言うのもあります。


「おそらくは、そうなるでしょうね。あなたは、まあその性格や振る舞いにも問題はありますが、それ以上に大きな問題を抱えています。それがなんなのかは理解していますよね?」

「……魔創具でしょ。わかってるわよ。散々言われてきたんだから」

「……ええ。それに関しては、私もどうにかならないかと悩みました。ですが、やはり難しいのです」


 私個人としては、スティアの魔法具は悪いものだとは思いません。まあ、多少〝普通〟からは外れていますが、それでもこのように嫌われるほどのことではないと思っています。

 ですが、他の者達はそうではありません。私がどれほど擁護しようと、スティアに関してはどうにもならないことが大半です。


「わかってるわ。お姉ちゃんが気にすることでもないでしょ。悪いのはお姉ちゃんでも私でもなく、他の頭の硬いみんななんだから」

「そこで慣例を破った自分が悪いと言わないのがあなたですよね……」


 誰が悪いのかといったら、過去に縛られている者達なのでしょうけれど、過去の流れや事情、慣例を知っていながらも意図的に破ったスティアも悪いとは思っています。

 けれど、本人はそのことを全く悪いと思っていないようで、それもまた他の者達から嫌われる要因の一つでしょう。


「慣例なんて知らないわよ。そんなことばっかり気にしてるとつまんないじゃない! 人生は一度っきりなのよ? 常に過去を破って前に進んでいかないと、あっという間に死んじゃうんだから。慣例だ前例だ、なんて言って足踏みし続けるなんて、もったいないし退屈じゃない。人生は博打! 周りの視線なんて気にしないで思うがままに行くべきでしょ! 失敗も栄光も、足を踏み出してこそよ」


 自ら選んだ道とはいえ、周囲の者達から嫌われながらも、自身の考えを曲げずにこうも堂々と言ってのける姿は、とても輝いて見えます。


「……その想いは素晴らしいものだと思いますよ。ですが、その結果があなたの現状だと理解していますか?」

「まあ……ちょっとはね?」

「ちょっとですか……しっかりと理解してもらいたいところなのですけれどね。そんな調子では、いつか大きな失敗をすることになりますよ」

「失敗しても、笑いながら足掻けばいいのよ。そんな失敗すらも私の人生だ、ってね。つまんない退屈な幸福よりも、よっぽど楽しい人生になると思うわ」

「……そう、言い切れるあなたが羨ましいわね」


 叶うなら、私もスティアのように自身の思ったように行動し、笑っていたかった。


「お姉ちゃんもそうすればいいじゃない。私みたいな厄介者とは違ってちゃんとしたお姫様なんだもん。なんかわかんないけど、こう、いい感じに何かできるんじゃない?」


 スティアはなんてことはないと笑いながら問いかけてきたけれど、私はそれに首を振るしかできない。


「無理よ。周りの期待やしがらみを捨てることができるほど、私は強くないもの。誰かが傷付いたら悲しい。誰かを悲しませたら辛い。——けど、それは全部自分が傷つかないため。他者に幸せになって欲しいからじゃない。自分が誰かを傷つけた事実が不快で、誰かを悲しませた事実が悲しい。だから私は、誰も傷つけないように行動するの。だから……誰かの期待を背負ったまま生きることしかできないわ」

「え〜。そんなことないでしょ。だって私はお姉ちゃんに色々助けてもらってるもん」


 確かに、私はこれまでスティアが不利になるたびに小さいながらも手を貸してきた。今回だって、使節団の代表は別に私でなくても構わなかったのだけれど、スティアのことを考えて私が少々無茶を通して立候補した。一緒に行けば何か手を貸すことができるかもしれないし、そうでなくても他の者よりはスティアも気が楽だと思ったから。


 けれど、確かに私はスティアの助けになってきたけれど、私が手を貸してきたのは個人的な理由があったからに過ぎない。


「それは、こんな私だからこそよ。自分では何もできないからこそ、常識はずれに動くあなたに目をかけてるし、色々と手を回しているのよ。……私は、あなたに自分を投影している、と言ったら、どう思うかしら? あなたを通して、あり得なかった自分の姿を思い描いて楽しんでいると言ったら?」


 私は、『獣人の国のお姫様』という殻を壊すことができない。みんなの評価を壊すことができない。だからこそ、私は私の代わりにスティアを見ている。


「え? 別になんとも思わないけど? 他人に何を思うかは自分の勝手だし、どう思われようとも私は私だもの! 私を見てお姉ちゃんが楽しいんだったらそれでいいじゃない?」

「……いい子ね。私には勿体無いくらいの……いえ、私達には勿体無い妹よ。ありがとう」


 この子はバカだけど、本当の意味で頭が悪いわけではない。私の考えもちゃんと理解して、その上で全部受け入れて問題ないのだと笑っている。それはとても強く、とてもかっこいいことだと思う。


「お姉ちゃんがありがとうだなんて……めずらしい! これは、早くも私の代表としての威厳的な何かがアレな感じの影響を!?」

「何がどんな感じなのかわからないけれど、まったく違うと思うわよ」


 ……まったく。すごいと思ったらこれだもの。でも、だからこそ愛しいと思うのかもしれないわね。


「——あ、そうだ。ところで、その相手の名前ってなあに?」

「ああ、そういえばまだ言っていませんでしたか? アルフレッド・トライデン。それが相手の名前です」

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