第5話次期公爵と次期国王
——◆◇◆◇——
翌日。学園が休みだったために、私は約束をしていた通りオルドス殿下のもとへとやってきていた。つまり、王城である。
「オルドス殿下。アルフレッド・トライデン様がお越しになられました」
「通せ」
使用人の言葉に、豪奢な扉の奥からまだどこか子供らしさを感じさせる男の声が返ってきた。オルドス殿下の声だ。
「殿下。王国の光にご挨拶を申し上げます」
「ああ。そなたの道は照らされるだろう」
部屋の中に入った私は、この王国式の王族に対する挨拶を行い、殿下からはそれに対する言葉が返ってきたが、その態度はどうも投げやりだ。おそらくは、こんな儀礼的な者は面倒だとでも思っているのだろうし、これを友人に対する親しみの表れと捉えることもできるのだが、せめて他者がいる前ではしっかりしてほしいと思うのは貴族として間違っているだろうか?
「堅苦しい挨拶はここらでいいだろう。まあ座れ」
そんな私の内心を知ってか知らずか、オルドス殿下は変わらずに砕けた態度で席を勧めてきた。
内心で軽く息を吐いてからオルドス殿下の勧め通りに席に着くと、私の着席を待っていたのだろう。侍女達が動き出し、茶と菓子を手際よく並べ始めた。
「人払いを」
「はっ」
そして、すべての作業が終わると、オルドス殿下は部屋から人を追い出し、この部屋の中には私と殿下の二人だけとなった。信頼してくれるのはありがたい。が、護衛まで下げるというのはいささか問題ではないだろうか?
「そんな目で見るな。お前の言いたいことはわかっているさ。この身を案じてくれているんだろう?」
「それがご理解できているのでしたら、もう少し気を使っていただいても良いのではありませんか?」
「それだとこうも砕けた態度で接することができないじゃないか。お前という友人と二人だけだからできる態度だぞ? 少しは気を抜かせろ」
王太子というのはひどく疲れるものだろうということは、私も次期公爵として学んできたので理解できる。
だが、この国に仕える一貴族としては殿下の態度を認めることはできないので、殿下の言葉には返事をせずに曖昧に笑みを浮かべるだけで答えとした。
「それで、今回のまた随分と派手にやったものだな。あれはどんな感じの流れでああなったんだ」
「……まあ、なんてことはない。ただちょっと不勉強なやつがいたからな。実践を交えて指摘してやっただけだ」
殿下が緩い態度で接してきて、こちらにも同等の態度を求めている以上、必要以上にかしこまった態度でいるのは失礼になる。なのでこちらも砕けた態度で接する。
もっとも、正直言って『俺』としてもこっちの方がありがたいんだよな。『私』として振る舞うのは、どうにも気疲れするから。
「学年五位が不勉強って、相変わらずだな。流石は神童」
「家がたまたま裕福だったから教育を受けられただけだ」
殿下が言ったように、俺は神童と呼ばれている。もっとも、これは『俺』が出てくる前からだから、純粋にアルフレッドのスペックが高いだけだ。まあ、『俺』が出てきたことで知識面や経験も加わって、より神童呼びが加速した面はあるかもしれないが。
だが、アルフレッドのスペックや『俺』を抜きにしても、公爵家という金持ちが全力でサポートして育てたのだから、この程度は当然だろう。できないのなら、そいつは怠けているだけだ。
「その理論でいくと、俺が一番でないとおかしいことにならないか? 何せこの国で一番いい教育を受けられる立場にいるのは俺なんだから」
俺の言葉に対して、オルドス殿下は自虐的な笑みを浮かべて肩をすくめたが、それは少し違うと思う。
「お前の場合は勉強だけではないだろう。他にもするべきことがあるはずだ。同じ勉強であっても、いろんな分野を学ぶのだから、一つにかける時間は減ることになる。むしろ、一番勉強ができなくてもおかしくない立場だろう?」
確かに勉強する環境としては王族以上の者などいないだろう。何せ、この国でもっとも権力を持つ存在なのだから。教本はいくらでも手に入るし、家庭教師も最高の者を用意できる。
他に何か必要になったとしても、可能な限りの早さで手に入れることができるだろう。
だが、だからと言ってそれが学校の成績に直結するのかと言ったら、必ずしもそうではない。
学校で必要になる勉強以外にも、学ばなければならないことはあるのだ。勉強以外にも、王族としての仕事も存在している。それらに時間を取られてしまえば、学校の成績で常に一番でいることなど不可能だ。
むしろ、空き時間の少なさから言えば、学校の勉強する時間が一番ない存在だとも言えるだろう。
「一番できない立場、というのはどうかと思うが、まあ時間がないのは事実だな。最近特に忙しくてな……。特に、次の『天武百景』は我が国の持ち回りだからな。何かと面倒が多いんだ」
「五年ごとの祭典か。我が家からも俺が出ることとなっている」
「だろうな。トライデンは家門から誰かしらが毎回参加しているが、次の開催時は魔創具の儀式を終えた後のお前がいるからな」
天武百景は優勝できずとも成績を残しただけで価値はあるので、武に関わったものや力自慢などがとても多く……いや、とてつもなく多く集まることになる。
開催そのものは各国が持ち回りで開催することとなっているのだが、それが今回は我が国の番というわけだ。
開催そのものはまだ数年先だが、今からでも忙しいのは仕方ないことだろう。
「——っと、そうだった。今回はお前に事情を聞くのと同時に、少し忠告をしておこうと思ってな」
それからしばらく俺たち二人は雑談に華を咲かせていたのだが、そろそろお暇しようかとしたところで、突然オルドス殿下が何事かを思い出したように口を開いた。
「忠告? ……また例の件か?」
その『忠告』とやらの内容について思い当たる節がある俺は、眉を顰めてしまった。
俺の反応を見た殿下は、同じく眉を顰め、ため息を吐き出してから忠告し始める。
「例の件だ。何度も言うようで悪いが、お前の評判は高位貴族達の間でよろしくないことになってるぞ」
「そうだろうな。王族の次に位が高いとはいえ、それは他の者達が低いと言うわけではないのだ。そんな状態で爵位を傘に着て他の貴族家の者を虐げれば、反感を買うのは当然だ」
俺が他者を虐げる行動をするのはそれがその者のため、あるいは学園や王国のためになるからだが、はたから見れば地位を使って好き勝手やっている暴れん坊にしか見えない。今まで自分達の地位を使って好き勝手やってきた者達からすれば、たとえ自分がやってきたことと同じことをされているのだとしても気に入らないだろう。あの手合いはプライドが高いからな。身分差があるのだ、立場が違うのだと理解していても、素直には受け入れられないだろう。
「わかっているなら、もっと穏便にやれよ……と、言ったところで聞かないんだろうな」
「当然だ。これは必要なことだからな。元々貴族というのはその位に相応しい行動をとる存在だ。他者を虐げるなとあってはならず、不正を働いてはならない。この国では国王が一番上で、その次に王族がいる。いかに貴族といえど、自分が一番上ではないということを理解し、節度ある行動を心がけなければならないのだ」
それは理想論かもしれない。貴族とは国に仕える者だが、国王一人で国全体を管理することなどできないのだから誰かに任せるしかなく、それを任された貴族はある意味その地方における王と変わらないものだ。
だからこそ、それぞれがそれぞれの利権のために好き勝手やるのが現実だ。王を中心としてまとまり、国のため、国民のために人生を賭けるなど、言いたくはないがあり得ないことだ。
だが、人をまとめる貴族が理想を掲げずにどうする。
理想を見て、それを実現するために動くからこその貴族だ。その理想の果てに失敗し、民を不幸にしてしまうのは、これは仕方がない。民からしてみれば仕方ないでは済まない問題だろうが、より良くしようと挑戦した結果失敗するのは仕方のないことなのだ。失敗なくして人は前に進むことはできないのだから。
だが、初めから自身の我欲のために民を虐げ、搾取するのは間違っている。
だからこそ、貴族は王などではなく、国の一部で、民もまた自分達と同じ国の一部であると理解させる必要がある。
「そのために、お前が頭を押さえつけて理解させる、か。分かってはいるが、お前はそれでいいのか? 本来は王族の役目のはずだ。王族の威厳を持って貴族達を平伏させる。それがあるべき姿だろう」
「それは理想論だな。子供など、口で言っても言い聞かせることなんてできやしない。実際の力で叩き潰すしかないものだ。だが、王族がそれをするわけにはいかない。貴族達の反感を買い、反乱が起こる可能性があるからな」
国全体が一つにまとまる、という理想論を話した俺だが、オルドス殿下の言葉も理想論だ。
「だが、だからと言ってそれをお前がやる必要はないだろ」
「あるさ。それこそが筆頭貴族の役割だ。王の代わりに矢面に立ち貴族をまとめ、悪意を受け止める。それが公爵家の役目だ。王は綺麗なまま国をまとめ、その姿に貴族が、民がついていく。人の悪意は全て公爵家が引き受ける」
言葉だけでは言うことを聞かない。
暴力だけでも言うことを聞かせ続けられない。
だから、その両方をもって国をまとめる。
もっとも、所詮今の俺はまだ子供。こんな大それたことを考えたところで、その効果は学園の中だけのこと。これが公爵家の当主となれれば話は変わってくるのだが、それはまだ未来の話。
だがそれでも、子供のうちから〝理解〟させておくことで、将来的にいい方向へ流れてくれるかもしれないと、そう願っている。
「それで、いいのか?」
「いいさ。その程度の覚悟ができなければ、次期公爵家当主を名乗ることなどしてはならないんだ。王が『王』であり、俺が『トライデン』である限り、この覚悟は揺らがない」
これは『俺』の願いではなく『私』の願いだった。たった十歳でしかなかったのに、よくこんなことを考えてたもんだと感心するしかないよな、ほんと。
だがそんな願いは、現在では『私』だけではなく『俺』の願いでもあった。
何も成せなかった凡人が、こんなでかいことの中心にいられるんだ。所詮この身は一度死んだのだ。だったら、恐れるものなんて何もない。茨の道だろうと、歩いてやる覚悟なんてとっくにできている。
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