第14話 魔なしの迫害

 リューノ王子の非倫理的な議案は、当然ながら議会で否決された。

 にも、関わらず。


 王子一派の実力行使は始まってしまった。


 魔力を持たない人々の居住区を電撃来訪し、一方的な誓約を突きつけ、時に怒鳴り、時に暴力をふるい、迫害した。

 都から追い出し、地方から追い出し、国から追い出した。


 事件の報せを聞くたび、私はレンや護衛を引き連れて現地を訪れた。

 いつもリューノ王子との苛烈な議論……もとい、口喧嘩を繰り広げている。


「王子、あなたが行っていることは許されない差別行為よ。彼らが魔法を使えないのは生まれつき。国には、色んな人がいていいの。魔法が使えない人も、使える人も。すべての人が平等に生きる権利がある。それが国よ」


 例外なく、言葉は空を切る。彼の心に響かない。


「お前がどのような権限で私たちの行為を非難できるのか、僕には分からないね」


「こっちのセリフよ! 自分たちが魔法を使えるからって、特別な人間にでもなったつもり? 神様にでもなったつもり? 他人を差別する権利なんて、あなたにも、私にも、誰にもない!」


「君にはないさ、魔なし王女。僕たちは、『僕たちの種族』を守るために行動しているのだ」


「そうやって、国民にレッテル貼って、見下して……そういう考えが、国をばらばらにして平和を崩すのよ。そういうやつが、戦争を起こすのよ。国民を悲劇に巻き込むのよ」


 私は夢の世界を思い出して、説得した。

 彼の結論はいつも、同じだった。


「お前はイウォンカーで何をした! ただ街を走り回って逃げ回っていただけだろう! 女王は何をした! ただ体を張って死んだだけだろう! お前たちに優れた魔力があれば、街は崩壊せずに済んだのだ。住民たちが皆、自分の身を守れるだけの魔力を持っていれば、誰も死なずに済んだのだ。そう、母様だって、まだ生きていたはずなんだ!」


 彼は、非道の中に悲哀を隠していた。

 母との死別、という13歳の少年にはつらすぎる悲哀を。


 結局、私もリューノも次代の国主「候補」なだけで、権限は同じ。

 互いに意見が割れた場合、止める手立てはない。



 人に従うことを知らないものは、よき指導者になりえない。

 アリストテレス。



 うってつけの格言をぶつけてやったけれど、そんなんで彼は動かない。

 言葉だけで、人は変えられない。

 言葉だけで、国は救えない。


 せめて、女王の跡継ぎがどっちになるのか、さっさと決まってほしいのだけれど。

 天啓がおりない、のだそうだ。


 前回の議会における最終決議以降、女王の白扇子が魔力を発しなくなったらしい。

 跡継ぎを決める前に国主の魂が失せることは前例がないらしく、重役議員たちも皆、狼狽している。

 ヒトリみたいな悪徳政治家は、この機会に何かを企んでいるに決まっている。レンがそう言っていた。


 王子の迫害は止まらない。

 魔法の使えない人たちは、追放されて、生まれ育った国を離れ、未知の土地に放り出されている。過酷だ。

 多くの人たちが深い悲しみを抱いていることだろう。


「まるで、核兵器、ね」


 最初に目覚めた別荘の寝室で、私は独り言をつぶやく。

 

 魔法は、原子力に似ている。

 使い方を間違えると、あっという間に国が滅ぶ。

 持ち主を間違えると、王子のように暴走する。


「――カクヘーキ。夢の世界の言葉か」


 独り言だと思っていたら、聞かれていた。

 レンだ。

 いつの間に、部屋に入ってきていたんだろう。


「そ。核兵器。夢の世界の最強の武器よ。一撃で、街がぼろぼろになるの。凄まじい爆発が起こって、灰の雨が降るの。そんで、放射能っていう毒を巻いて、攻撃が終わったあとも人々を苦しめるの」

「凶悪な、魔法だな」

「レンならできるでしょ、それくらい」

「やらねーよ」


 冗談にならない冗談。

 レンも私も、無理して笑う。


「ほんとはね。怖いだけじゃないんだよ。使い方をちゃんとすればね、たとえば電気作ったり。電気ってね、すごいんだよ。夜の部屋を明るくしたり、寒い時に家中あっためたり。そんなふうにだけ、使えたらいいのにね、魔法も。そうすれば、魔法が強い人も弱い人も、平和に暮らせるのにね」


 迫害なんてしなくたって、選民なんてしなくたって、きっとみんな、幸せに生きていけるはず。その方法はあるはず。

 でも私には、その考えが浮かばない。

 夢の世界の知識なんて、役に立たない。

 たかが高校生の頭じゃ、国は変えられない。


「夢の世界では、どうしてたんだよ?」

「え?」


 レンに訊かれて、私の悲観が停止する。


「だから、夢の世界ではどうしてたんだよ? 魔法に似たようなもんがあったんだろ? カクヘーキ。平和に暮らすために、どういう工夫をしてたんだよ? なんか強力な封印でも編み出したんか?」


 核と、平和。

 キーワードが、私の頭から近代史の授業を引っ張り出す。


「――非核、三原則」


 世界には、核兵器を持った国がまだたくさんあった。

 でも、私のいた国は。夢の世界で暮らした国は。

 唯一の核被災国で。

 だから、二度と同じ悲劇を繰り返さないために、他に類を見ない法律を作り上げた。


「核は保有しない。核は製造もしない。核を持ち込まない」

「平和のために、カクヘーキ自体を、自ら手放したのか。国に、カクヘーキを攻撃に使う選択肢すら、持てなくしたわけだな」


 レンが、痩けた頬を歪めて、笑う。

 それを、魔法にあてはめるなら。


 たぶん、レンと同時に思いついた。




「魔奪いの儀、ね」


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