14 はじまりの剣

「おばあちゃんが、おばあちゃんが・・・」

 それだけで分かったのか「さらわれた、というの?」

 

 うなずくわたしに「行こう」とだけいうと車に乗り込んだ。

「どこへ?」と問う間もなくわたしはどこへ行くのか分かっていた。

 あそこだ。きっとそう。


 真夏の夜だというのに足元から冷たいものが這い上がってくる。

 身体がぎくしゃくして機械仕掛けの玩具みたいだった。


「実は・・・」

 彼は車を走らせながらなぜここへ来たのか話してくれた。


 仕事中の研究室に突如現れた人。

 他には誰もいないはずの部屋に、振り向くとそこに天狗、いや高橋さんがいた。

 

 そして「やつが、亜紀ちゃんを、さらっていった。あの子を頼む、」

 とだけいうとふっと消えたという。


 今まで一日かけて目を通していた古文書のことも早口で話してくれた。

 地元の郷土史研究家が提供してくれたものだという。


 それによるとこの地方に百年ごとに出現する池の伝説があるという。

 それが屏風岩にかかわりがあるのだと。


 夏の盛りの満月の夜、岩に反射した月明かりの指し示すあたりに現れる、

 美しい碧い池。


 それは地獄の釜の蓋が開く時と重なり亡者の憑代よりしろといわれている。

 死者を呼ぶ池なのだともいう。


 単なる昔ばなしのような気もするが、わざわざ古文書に書かれているというのは、

 それなりの理由があるのだろうと。

 

 そしてそれが屏風岩で果てた鬼の大嶽丸にも繋がるのではないかというのだが。

 わたしはもうおばあちゃんのことで頭がいっぱいだったから、

 上の空で何も考えられなかった。


 おまけにかなりスピードを上げているので何度もお尻が座席から浮く。

 峠道に差し掛かってすこし速度は落ちたけれど、わたしはずっとドアにしがみついていた。


 内も外も激しく揺さぶられて生きた心地がしない。

 月明かりだけの峠道は登っているのに地獄の底へ向かっているような気がした。


 屏風岩の看板がようやく見えてきた。

 車は駐車場までしか乗り入れできないことになっていたが、

 そのまま遊歩道まで入って行った。


 「あっ、」直樹さんがあわててブレーキを踏む。

 すぐ目の前にヘッドライトに浮かび上がる人影があった。

 こちらに背を向けたそれは見覚えのある白い装束と背中の羽。


 わたしたちは車から転がり出た。

「た、高橋、教、いや高橋さん、」「あの、高橋、さん」

 

 ほかに人影はない。

「あ、あのおばあちゃん、は?・・・それに、おおたけ、まる?は・・・」

「どこにも、・・・

 ここには、誰も、いない。あちこち、探し回ったんだが、」


 ここへすぐに飛んできたがどこにも人影はなく山のあちこちを探し回ったが、

 それらしいものは見つけられなかったという。


「どう、いうこと、なんでしょうか・・・もしかして、池、では、」

 直樹さんはわたしを見た。


「池はない。私もそれは知っていた。

 探し回ったが、そもそも今この屏風岩の麓、

 月明かりの照らす先は、高速道路の高架だ。」

 淡々とした声が響く。


 ふたりの声が遠くに消えていくようだった。

 わたしはもう立っていられなくなっていた。

 地面に崩れ落ち手をついた。


「あっ、明日香さん、」直樹さんの呼びかける声も遠い。

 その時わたしは別の声を聞いた。

「しっかりおし、今こそ、今こそそなたの出番じゃ。」


 夢の中で聞いた声だった。

「わたしなんかに、なにができるというの」呟くわたしに

「そなたは、わらわに連なる者。今それを解き明かす。」

 耳元に聞こえる声は厳しく熱い。

 

 うずくまるわたしの中にも熱いものが湧き上がってきた。

 そう、このときのために鍛えてきたんだ。たかだか三か月ではあるけれど。


「岩へ、岩へ相対せ。」

 わたしは立ち上がり声に導かれるように岩の前に立った。

 ふたりが不思議そうに見ている。わたしにしか聞こえない声なのだ。


「岩に両の掌を、」

 目の前の切れ目に手を当てそのまま待っていると、雲の間から出た月が照らした。

 そのとき、掌に振動が伝わってきた。何かが切れ目から出てくる。


 少しずつ少しずつわたしの手に握らせるようにせり上がってくるものがあった。

 そうして、わたしは一本の剣を岩の窪みから引き抜いていた。


 タテエボシの剣。

 大陸渡りの鬼の本性を暴き滅ぼす剣だ。

 武芸、軍略を得意とする坂上田村麻呂の先祖が手に入れたもののひとつだった。


 剣の特性が知られることなく一族のある家に下された。

 それがひとりの女性によってその力を知らしめることになるが。


 女性は妖しい力を持つ禍々しい者と忌み嫌われ娘と共に家を出されてしまう。

 すぐに噂は広まり母娘はどこにも庇護を求められず放浪を余儀なくされた。


 タテエボシの始まりの剣だった。



 

 







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