第57話 秋の章(13)

 私の中の一番古い記憶は、小さなフリューゲルと庭園でいつも手を繋いでいたという記憶だ。だが、それはお母さんの望んでいる答えではない。


 私が答えに詰まっていると、お母さんは小さく微笑んだ。


「覚えているわけないわよね」

「え? ああ。うん。全然覚えてない。それがどうしたの?」


 話の内容がつかめなくて、少し焦る。ただでさえ、下界の生活や言い回しを含んだ言葉に不慣れなのだ。なるべくわかるように話してほしいと思いながら、お母さんの顔を見つめる。


 お母さんは例の写真を机の上に置くと、それを私の方へ向けた。


「この写真の子たちは、あなたたちよ。つばさ」

「私たち?」

「ええ。そう。これは、お母さんがあなたたちを妊娠している時におなかの中を映した、エコー写真なの」

「エコー写真……」


 じっと写真を見つめ、お母さんの言葉をそのまま反復する。しばらくぼんやりとその写真を見つめて、ようやく話の内容を理解した。この写真は、私の生まれる前の物だとお母さんは言っているのだ。


 だが、私はNoelノエル庭園ガーデンの住人であって、下界でのこの家族は本当の家族ではない。両親たちは、大樹か司祭様のお力添えで私を娘と思っているのだ。だから、この写真の事についての母の記憶も、おそらく調整されたものだろう。


 そう判断したのだが、写真に写る二人分の影が、なぜだか私の心をざわつかせる。だって、私がこの家に溶け込むようにと両親の記憶を調整しているのであれば、なぜ、ここに二人分の影が映った写真が存在するのか。私は一人娘という設定のはずだ。このような写真が出てくるはずがないのだ。


「ねぇ。お母さん。私たちってどういうこと?」


 私は混乱する頭を抱えながら、思ったままの疑問を口にした。その疑問にお母さんは寂しそうに答える。


「あのね。今まであなたに伝えたことはなかったけれど、あなたは双子だったのよ」

「え? 双子?」

「そう。あなたたちは、エコーで見る度、向かい合って寝ていたり、手を繋いでいたり、お母さんのおなかの中で、とても仲良さそうにしていたのよ」

「ちょっと待って。どういうことお母さん。私が双子って。私は一人っ子でしょ。この家には、私しか子供はいないじゃない」


 何かがおかしい。心臓を打つバクバクという音が、うるさいくらいに聞こえる。私が双子とは一体どういうことなのだ。


 状況が飲み込めずにいる私とは対照的に、お母さんは寂しそうな影をその顔に落としながら、静かに言葉を紡ぐ。

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