第4話 依頼の始まり

*水花*


「不老不死の少女を殺せって……俺でも分かる。矛盾している」


 ザクロの言葉に、心の中で大いに賛同を送る。

 不老不死とは、老いることなく、死なないことのない存在のはずだ。それを殺せと言うのは無茶があるし、そもそも小説や映画に登場するファンタジーな存在であり、妄想の産物だ。

 シタさんが言った言葉は、現実的にも非現実的にも、訳がわからない。


「うっせぇーな、私は受けた依頼内容をそのまま伝えただけだぜ。以上、解散」

「解散って、え? 詳細は?」


 いつもなら、シタさんが用意した、ターゲットの詳しい情報や写真、行動パターンやなんやかんや、いつもうっとりするような細かで正確な資料が渡される。

 のに。


「解散は解散だ。今回の話は、これ以上の情報はない」

「いやいやいや、そりゃねーだろ、マジか」


 隣でザクロが戸惑った顔で吐き出す。


「というか、そんな依頼丸投げされてこっちどうすれば良い訳? やりようなくね? え?」

「そうだよシタさん、不老不死の少女を殺せだけで行動しろなんて、無茶振りすぎる」


 あたしたち2人に批難され、全身タトゥーの女は下唇をグッと突き出した。そんな位置にあったんだ、と下唇の内側のピアスの存在に気づく。


「文句は結構だがな、これが良かったんだよ」


 ハンドサインで表したのは、円だった。


「「金か……」」


 マネー。お金で買えないものは確かにある。それでも、お金で買えるものが大多数のこの世界では、その圧倒的なパワーの前に跪くしかない。しかも、こんな曖昧な内容の依頼をシタさんが受けた、ということは、それだけ破格の金額だったということだろう。


「まあ私だって? 長年のビジネスパートナーであるお前たちに無理強いを求めるつもりはない。前金は既にいただいている。あと、この街にいることは確からしい」


 あとは任せた、というように、しっしと手を振る。なるほど。

 ここのやり方は知っている。前金で3分の1。依頼達成後に残りだ。

 破格の金額だというなら、3分の1でも結構な料金だったのだろう。依頼人だって、

「この街にいる不老不死の少女」という曖昧な情報しか渡せなかったのだ。


 つまり、交渉は済んでいる。あとは、適当に仕事をしたふりをするだけでも良いと言うことだ。

 あたしとザクロは顔を見合わせた。

 そう、それが、表向きの話だ——。


「分かった。やるだけやってみる」

「お前ならそう言ってくれると思ったよ、助かる、水花」


 こくりとうなづく。半分足を洗っていようが関係ない。引き受けた以上、ここからは、完全なプロだ。

 ザクロとあたしはそのまま、『Bar 雅』のテーブル席へと移動した。奥まったこの位置は、店主のシタさんからも見えにくく、夜はカップルがいちゃつく絶好の場所らしい。もちろん、あたしとザクロはいちゃついたりしない。


 テーブルを囲み膝を突き合わせ、シャーリー・テンプルを口に含む。闇稼業は闇稼業、BarはBarの為、しっかり代金は払ってある。高いので、2人で一杯だけど。


「まずはなんにせよ、ターゲットを見つけないとだな」

「そうだね、曖昧な依頼は前にもあったけど、流石に今回は、ね……」


 覚えている限りでは、豪華客船に乗った人物のうち、ブラックダイヤを密輸している人物を捕らえろ、という内容があったが、今回と比べればかなり場所も相手も限定されている。


「まあでも、なんか考えがあるんだろ?」

「え。ないよ」

「ないのかよ!」


 こいつ、すっかり放り投げる気だったな……。まあ、頭を使う場面は大概あたしが担当していたから、当然か。


「……なあそもそもさ」


 シャーリー・テンプルを自分の方に引き寄せて、ごくごくと飲む。お洒落が故に容量に乏しいそれは、すっかり空になった。あたしの分……。


「不老不死って、ありえんのか?」

「普通に考えたらあり得ない」

「だよな」

「でも、あたし達は普通じゃない世界を知っている」

「だな」


 闇稼業。闇社会。

 この世界には、裏よりもさらに深い部分がある。

 冗談のような、超常現象の社会だ。裏の研究機関で発見された、未知の粒子。その粒子の発見から全てが始まった。


 粒子の詳しい内容や形状を、あたしは知らない。公表されていないし、公表されていたとしても、流石のあたしも分からないかもしれない。

 ただ、使える人間が現れた。


 空気中に漂うその粒子を自在に変形し、想像通りの物体へと変える。ただしそれらは、本人が『しっくり』と来る形にだけ限定される。

 たとえば、あたしならシャベル。ザクロならナイフや日本刀。


 ありとあらゆる物質は、最小まで細かくしていくと、これ以上は小さくすることができない、原子にたどり着く。

 この性質から考えると、この黒い粒子は、118種類の全原子に姿を変えることができるのかもしれない。 


 いつしかその粒子は便宜上、闇粒子と呼ばれ、それを知る者たちの闇社会が形成されていった……。その存在は社会の混乱を配慮してか決して公にはされず、知る者たちの間だけで成立し続けている。あたし自身、知らないことだらけだけれど、以上ざっくり、闇社会史だ。


 シタさんのこの店は、そんな者たちの中継地点の一つ。依頼を斡旋し、施行者を集う、中世のギルドのような存在だ。

 Webが高度に発展したこの社会で、非効率極まりないとも思うけれど、結局重要で重大なやりとりは、目の届くリアルが一番だ。

 なんの変哲もないBarに見えるが、情報漏洩についてはしっかりと管理された場所であるし、情報が集約するシタさんにしても、刺青だらけの身体のありとあらゆる場所に自殺する手段が仕込まれている。


「まあそんなわけで、あり得ない話じゃないんじゃない?」


 あたしがそう言って締めくくると、ザクロはにんまりと、猫のように笑った。

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