第8話 一方通行かつ交通事故の様相
「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでも強引ですよ?乱暴はやめてください…!」
無理やりに連れていかれそうなリアを助けようと、コーシカは男の腕にしがみつくが、男は忌々しげにコーシカに一瞥を向けると、そのまま躊躇いなく乱暴にそれを振り払う。
「邪魔をするな!」
「きゃっ…!」
コーシカの小さな身体は簡単に跳ね飛ばされ、硬いコンクリートの地面の上に転がり込んでしまう。
「コーシカさん!!」
「…っ、あいたた…」
倒れ込むコーシカ。
それを見たリアの悲鳴のような声もあがって、さすがに周囲の人々も何だなんだと好奇と不審の混じる眼差しを向けはじめる。
…とはえ、各々がトラブルに巻き込まれたら叶わないと言う様子で、痴話喧嘩か?と遠巻きに見ており、特に助けに入る者はいない。
「…暮崎さん、どうしてこんなことを…」
「…どうして?それはこっちのセリフだよ。散々人の気持ちを弄んで何が楽しいんだ?」
「え?」
「僕に嫉妬させようと社長に媚びへつらって彼を誘惑したりしていると思ったら、今度は
「…何を言っているんですか?」
まるで浮気を責めるかのような彼の言いぐさに、リアは顔を青くして、震える声でそう問いかけるしかなかった。
「そうやって僕を困らせて愛を確かめようとしているんだろう?いい加減にしろよ?」
「…愛って…一体何を…」
「…」
コンクリートの地面から起き上がりつつ、コーシカは2人のやりとりを見つめながら、そーっとそーっと彼らに近づく。
今この男を刺激するのは危険だが、なんとか捕まっているリアを助けないといけない。
どうやら彼はリアに思いを寄せるあまりストーカーになってしまったのだろう。
いつから、どうしてここまでになってしまったのかはわからないし、リア自身も気がついていなかったようだが、彼の表情は完全に"恋人に裏切られた"と信じきったものであるし、リアは訳がわからないと怯えきっている。
そしてどうやら自分とリアが親しくしている様子が最後のきっかけとなって、彼が暴走してしまったのは明らかだろう。
「わ、私は社長を誘惑なんかしていません…!それにその人だってそうです…!なくした傘を探すのを手伝ってくれただけで…」
リアが泣き出しそうな声で、懇願するようにそう訴える。
男は狂気すら孕んだ眼差しで微笑む。
「困ったことがあるなら、まず恋人の僕に相談するべきだろう。そうすればすぐに傘なんて見つけてあげたのに」
「…こ、恋人って」
リアは絶句する。本気で何を言っているのか、わからず恐怖している様子だ。けれど、男の言葉は止まらない。
「だから、社長や会社の奴らじゃなくて、どうして僕に助けを求めないんだ?大体なんであんな男物の傘を使ってるんだよ。やっぱり浮気してるんだろ!なぁ?!」
「やっ、やめてください…!」
掴んだ腕を引き寄せ、顔を寄せて凄む男に、リアはまた、悲鳴に近い声をあげる。
「……いい加減にするのはあなたよ!!」
「…うっ……?!!!!」
そうコーシカの凛とした声と共に、男はがくっと勢い良く膝から崩れ落ちる。
男の弁慶の泣き所を、コーシカが思い切り蹴飛ばしたのである。
「南さん、離れて!!!」
「は、はい…!!」
男が踞っている間にリアは慌てて男から離れ、距離をとる。
「手荒な真似をしてごめんなさい。もっとちゃんとお話ができれば良かったんだけど…。…ただ、あなた、彼女の私物も盗んだでしょう…?…彼女が探している傘も、もしかしたら他のなくなったものも…」
こんこんとしたコーシカの言葉に、男は顔をしかめ、リアは驚いた表情を浮かべる。
「…彼女は僕のものだ。僕に特別優しくしてくれて、特別な笑顔を向けてくれた!だから、僕は恋人として…」
「…例え恋人だとしても、相手の私物を盗んでいいなんてことはありませんよ」
「うるさい…!お前には関係ないだろう…!」
「私は彼女に相談を受けています」
「うるさいうるさいうるさい!」
「…っ…!コーシカさん、危ない…!!!」
感情が高ぶった男は顔をあげ、今度はコーシカに殴りかかって─────
「っっ!!」
コーシカに拳が放たれるその直前、
殴り掛かろうとした男の手首は、不意に強い力で掴まれて止められた。
「なっ…」
「あんた、本当にいい加減にしなさいよ?!」
怒りに満ち満ちたその声の主は─────。
「芽衣子ちゃん!」
「先輩、呼びつけるなら最初から一緒に連れてってくださいよ!こんな危ない目に遭って!怪我したらどうするんですか!もう!!!」
男の手首からはギシギシ…と大丈夫でなさそうな音がして、男の口からもギャッと悲痛な悲鳴が上がるも芽衣子は気にしない。
「あのねぇ!!人を好きになるのは良いけど、相手に迷惑をかけるんじゃないわよ!馬鹿ストーカー野郎!!」
様々な苛立ちと鬱憤が大いに込められているだろうそのセリフと共に、男は芽衣子によって簡単に地面に放り投げられ、そのまま押さえつけられてしまったのだった。
「な、七草さん…すごい…」
「格闘技の講義で首席だったらしいです」
目の前に繰り広げられた光景に思わず唖然とするリア。
コーシカは、お見事…とぱちぱち拍手してから、警察に電話をかけている。
こうなってしまえばもう立派な事件である。
しかるべき場所でしっかりと処分を受ける必要があるからだ。
何より、彼にはちゃんと話して貰わないといけないことはまだあるのだから…。
「もう!先輩きいてるんですか?私をおいていったこと、ちゃんと反省してくださいね!!」
男を押さえつけた態勢のまま、ぎゃんぎゃんとコーシカに抗議の声を上げ続ける芽衣子。
その声は、やがてサイレンの音を響かせたパトカーが到着するまで続いたのだった。
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