第4話 消えた雨傘

 二人の話を全然聞いて居なかった芽衣子が、思わず素っ頓狂な声を上げ、その後決まり悪げにえへへ…と苦笑したのを見ると、柳は何となく状況を察したのか、もう一度丁寧に"その話"を説明し始めた。


「雨傘を探して欲しい?」

「ええ。…とは言え、私ではなく私の部下の女性のものなんですが…」

「…傘を失くしたというなら、家とか職場とか…あとは電車とか?」

「ええ、家や職場は勿論、通勤で使っている電車に忘れたのかも知れないと、駅にも電話で確認したりしたそうなのですが見つからず…」

「…う~ん……あとは、立ち寄った場所とかですかね……」

「普段使うコンビニやスーパーのスタッフさんにも確認して貰ったんですけど…残念ながら…」

「……そうですか…」

 言ってしまえば、傘を失くすなんて良くあることだろう。

 芽衣子自身、学生時代に雨が降っている最中は使っている傘も、雨が上がってしまうとすっかり忘れて学校に忘れてしまったことは何度もあったし、電車に乗って、その手すりに傘を引っ掛けたまま電車を下りてしまい、そのままになってしまったことも1度や2度ではなかった。面倒臭いし、気恥ずかしいから…と、わざわざ駅に問い合わせの電話をしようなんてすることもなかった。

 ―—まぁ、この辺は芽衣子が「どうせビニール傘だし…」とか、「安物だからいいか…」みたいな適当な性格をしているというのもあったが。

 だから、芽衣子には、傘一本の為にそんなに必死になる感覚というのがイマイチわからないようだった。

「…でも、それだけ探して見つからないなら、もう誰かが持って行っちゃったんじゃないですかね…」

 その言葉に、柳もコーシカも表情を曇らせる。

「…確かにその可能性もあるよね…。それに…勝手に持って行った人がどこかへ捨ててしまったなら手がかりもほとんどないし…」

 そう言葉にしたコーシカのお尻から伸びている長い尻尾が、だらんと垂れてしまっている。

「その部下の方にとって、その傘はそんなに大事なものだったんですか?」

 コーシカが神妙な顔で問いかける。芽衣子も、そうそう!それが気になってた!みたいな表情を浮かべた。少なくとも芽衣子にとって、そんなに一本の傘にこだわる理由がわからなかった。

「ブランド物のお高い傘だったとかです?」

 下世話かな?と思いつつ聞いてしまう。柳はふるふると静かに首を左右に振る。

「いえ、なんでも田舎から出てくるときにお父さんから貰ったものらしくて…」

「…大事なものなんですね…」

「…ええ。明るく振舞ってはいますが、酷く落ち込んでしまっていて…。」

「……」

「…彼女自身はもう諦めると言っていますが、どうしても見つけてあげたいんです」

「そうですよね…」

 コーシカがうんうんと強く、何度も頷く。

「……」

 コーシカの優しい性格を考えれば、そんな風に言うのは想像がついたが、いくら何でも失くしたたった一本の雨傘を、この大きな町の中で今更見つけるなんて出来ることじゃないよね…?と芽衣子は表情を曇らせた。

「…大丈夫ですよ!私、探し物は得意なんです!」

その場の沈んだ雰囲気を払拭するかのように、コーシカは明るい声でそう言って、自分の胸をパンパンと叩いた。

「伊達に探し物をお仕事にしてないってことです」

ね?と二人に同意を求めるように、可愛らしく小首を傾げて見せた。

「……そうですね。貴女がそう言ってくれるなら、きっと見つかるって気持ちになってきました」

 柳は柔らかく微笑んで、コーシカも安堵したように笑った。


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