第七話 噂の標的を中庭にて発見っ
(あ、汐織だ)
矢鍋の話があって以降、汐織にいつ、こ、こくぅはくっていうのをするのかというのは、僕もちょっとは気になっていたわけだけど。汐織が中庭にて、茶色いベンチに一人で座っているのが見えた。
藤棚があったり、お花さんのプランターがあったりと、憩いの空間ではあるのだが、一人で座ってるっていう人は、あんまり見かけないかなぁ。
僕も歩きながら廊下から中庭を眺めることはあっても、ぼけーっとしに中庭へ行く~とかは、まぁ、ない、し。
なので、汐織が一人でいてるのを見て、中庭へ下りて声をかけることにしてみた。
「や、やぁ汐織っ」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
いきなり汐織の右隣に座っちゃったけど、よかったんだろうか? って、よく見たら資料集持っていたとは……でも閉じられてひざの上に置かれてあるけど。
「汐織一人で中庭にいるのって、珍しくないかな? 当社調べ」
「珍しい方になるわね」
今は休み時間なので、廊下のある方から学生たちのしゃべり声は聞こえてくるけど、中庭は静かだなぁ。
「瑛那待ってるとか?」
「いいえ、一人よ」
ふむ。
「じゃあ、若稲待ってるとか?」
「待っていないわよ」
ちょっと笑った。
「……ゆっきーちゃんこそ、一人なの?」
「まさかのそれぇ?」
お、もっと笑った。それそんなにツボ?
「かわいらしくて、いいじゃないの」
「そ、そーかぁ……?」
響きは確かにそうかもしれないけどさぁ。
「あたしもこれから雪忠を、ゆっきーちゃんって呼ぼうかしら? ふふっ」
「べ、別に……お、お好きにすればっ」
こんなことで汐織が楽しいんなら、まぁ、そのくらい、別に……?
「……ふぅ。こんな関係でいいはずなのよ。男子となんて」
ツボが収まったのか、だんだんいつもの汐織トーンに戻ってきた。
「こんな関係って?」
「しゃべって笑って。ただただそのくらいの」
ん~。まぁ僕も、汐織が楽しんでくれているのならば、うむ。
「汐織はさ。僕とどんなことしてると楽しいとか、ある?」
「雪忠と? こうして話しているだけでも、充分楽しめているんじゃないかしら。雪忠は、あたしといて楽しい?」
「そりゃもちろん。特に最近、汐織はツボってるみたいだし、余計に?」
「なんだかくせになっちゃっているのよね、ゆっきーちゃんっ」
「もう別にそれでいいですよぅ」
人間、どこにツボが隠れているのか、わからぬものだな!
「雪忠は……」
急に落ち着いたトーンになった汐織。この緩急の差こそが汐織の持ち味?
「……好きな女子。いるの?」
「は?!」
思わず声を張ってしまったけど、ここは中庭、周りに注目されずに済んだ。
「あ、やっぱりいるのね?」
「あいや、あ、いや、なんだよ急にぃ!?」
「そっかぁ~雪忠にもいたわけねー」
も、とはなんじゃいっ。またそんな笑っちゃってよぅ!
「も……って、じゃあ汐織も好きなやつ、いる、ってこと?」
……勢いで何聞いてしまってるんだ僕っ。
(うほぉーっ)
そして、ゆーっくりうなずいた汐織。
(な、なんか。改めてこういう話するの。悪くないかも……)
「好きっていうか、気になるっていうか……まだよくわからないわ」
「いやそれきっと、充分さっ」
「そう?」
……やっぱり中学三年生。最後の一年間は、普通の一年間じゃないようだ。
「……たぶん」
「ふふっ、そうね」
汐織ともなんだかんだで、小学生のときからしゃべってる仲だしなぁ。
「……矢鍋くんのことが、気になっているのよ」
「は?!」
また思わず声を張ってしまったけど、ここは中庭中庭。だが今なんだってぇーっ?!
「雪忠もよく遊んでいたのだったかしら。やっぱり、驚かせたわね?」
(あーえっとうん、たぶん汐織が考えている驚き度よりも、もっと驚いたと思うよ!?)
ってことは~……あ、あれっスよね? 汐織から矢鍋のことが、す、すきぃ。で、その矢鍋は、汐織に、こ、こくぅはくぅしようと考えている……って…………。
(これが
ですよね?! 間違いないっスよね?! 合ってますよねぇ?!
「ほ、ほんとにー、矢鍋のことが?」
(うひょー!)
またゆっくりうなずく汐織。ほ、本気と書いてマジだよ……。
「でもまだよくわからないのよ。なんとなく気になっているだけかもしれないし、この気になっていることが、すでに好きっていう気持ちだとも、言えなくもないと思うし……」
えーとおーっと、なんて言葉返せばいいんだぁ。
「……き、きっとそれはもう、す、好き、さ」
「ゆっきーちゃんも、こういうことに詳しいものね」
とりあえず右手の親指と中指で、両こめかみ同時に押しとく。
「よかったら雪忠も、だれのことを好きなのか、教えなさいよ」
「あいやだから僕はまだそうと宣言したわけじゃゲホゴホ」
「あたしは言ったのに、雪忠がそんな
「…………ゆ、結依ちゃんです」
あぁあぁぁ言っちゃったよおぉぉずっと機密事項扱いだったんだぞこれええぇぇぇ…………。
「ふふっ、やっぱりね。そんな気がしていたわ」
「じゃ聞かなくてもいいっしょぉぉぉ…………」
汐織なんてぷんすか!
「やっぱり結依ちゃんも、雪忠のことを好きなのかしら」
「な?!」
あの聡明たる汐織様から、かような御意見が?!
「結依ちゃんおとなしいけど、雪忠のことを見ている気がするし。他の男子よりも、雪忠としゃべることが多い気がするし。やっぱりそういうことなのかしら」
「ど、どーなんだろ……僕はただ、結依ちゃんから声かけられたら、それに受けてる、っていうか」
「好きなのに?」
言うんじゃなかった……でもあの状況じゃ、どうしようもなかったんだ……。
「普段も、雪忠からよく遊びに誘っているのかしら?」
「あいや~、それもたまにあるけど、最近は結依ちゃんから誘ってくることの方が、多い~……かな?」
「えっ? それ本当なの?」
「うおわ、た、たぶん?」
なんか本日の汐織さん表情豊かでございますね!
「雪忠……それもう結依ちゃん、雪忠のこと、好きだわ……」
「ちょ! 結論!?」
あの聡明たる汐織様が、な、なんたる御意見を……。
(結依ちゃんも僕のことを…………!?)
「はぁ……矢鍋くんも、このくらいわかりやすかったら、楽なのにね」
(僕からしたらすんごく楽ですよその答え導くの!!)
でもそこでほら、僕が『実は矢鍋、汐織のこと好きだってよー!』なんて、そ、それはさすがになんか、ねぇ……?
矢鍋からも、そういう情報を汐織に流してくれ~なんていう依頼も、特にないわけだし。
「で、でもあれだなぁ~。矢鍋が汐織のこと嫌ってるとか、そういうのはないと思うなぁ~」
「ふふっ、さすがにそれはないと思うわ。でも恋愛として、あたしを見てくれてなかったとしたら……やっぱりあたしから言う勇気は、ちょっと~……なさそうだわ」
「勇気、かぁ……」
勇気なぁ。ぼ、僕も、そんな、結依ちゃんに……と、とてもとてもそんなそんな
(いやしかし汐織様の見立てでは)
あぁぁぬあぁぁっ!
「そろそろ戻りましょうよ。掃除場所はどこなのかしら?」
「裏門」
「遠いじゃない。早く行きなさい」
「じゃ、じゃあっ」
「んっ」
よく見る汐織の手を広げるポーズに見送られながら、僕は靴を履き替えにげた箱へ向かうことにした。
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