第25話 ホップ

「マリィが前に言ってた、地龍が善良で温厚なこと前提ではあるんだけれども…」


マリィと、地龍のアリスと交互に見る。アリスは、ちゃんと意味がわかっているようで、俺とマリィの話を大人しく聞いていた。


「怪我を治しあげて、地龍親子と友好的な関係になった方が、俺たちとしても荷馬車組合カーゴギルドとしてもいいかなぁ…と」

「それは…そうかもしれません」


考え込むような仕草の後に、マリィは頷いた。何だか無理矢理に納得させちゃったかな?


「と、まぁそれは建前で、だって単純に子供が困ってるから、可哀想ってだけ。ま、俺じゃなくてマリィの魔法だから、俺は強制する気はないけど…」

「あ、いえ。旦那様のおっしゃることの理屈は通っています。わかります。わかりますが…」

「わかりますが…?」

「その…人間以外に治癒魔法を使うのはあまり一般的ではないので…驚いただけです」

「なるほど…それは何でなの?」

「聖属性の中でも治癒魔法は貴重なので、普通はお金を取ります。しかし人間以外はお金を使わないので…自然と使わない…ということです」


なるほどね。それでも家畜なんかに対しては、治癒魔法を使いそうだけどなぁ。


「家畜とかはどうなの?飼い主が治すのにお金使ったりしないの?」

「貴族の貴重な馬なら稀にあると聞きますが…治癒魔法の代金の方が高くて…」

「えええ!?なんか俺、マリィに気軽に使ってもらっていたけど…そんなに高いもんだったの?」

「旦那様は良いんですよ!だって私の旦那様なんですから!」


えっへん、と胸を張るマリィ。張った胸がぷるんと震えて、ふいに昨晩の深夜の運動会を思い出した。


「ちなみにどれくらいの値段取るの?」

「一般的な話ですが…小治癒マイナーヒールで金貨5枚くらい…ですね」

「まじか!?」


前に聞いたときは、聖属性の魔法が使える天恵って結構色々あるって話だったけどなぁ。聖騎士パラディンとか聖者セイントとか格闘僧モンクとか。


「ちなみに聖属性が使える天恵であっても治癒魔法を使えるとは限りません。また竜騎士ドラグーンも、治癒魔法の全てが使える訳ではありませんし…」

「そういう感じなんだ…でも、そんなレアな天恵なのになんで…ノーテヨド王国の城を追い出されたんだろう…」

「あ、それは天恵を隠していましたもん…槍使いランサーって申告してました…前線に送られたくなかったので」


ならほど。あの国では、女が戦いにしゃしゃり出ることを嫌う。だから戦闘の天恵なら何もされないと踏んだ、ということか。


「あー、話が逸れちまったな。で、マリィは地龍に治癒魔法を使うのは大丈夫か?」

「違和感はありますが…特に禁忌ということでもないので、大丈夫です」

「わかった…ということらしいぞ、アリス」


地龍のアリスは、鼻をスンスンと鳴らしてから、俺とマリィを見回した。


「ええと、つまりふたりは、おかーさんのけがを、なおすの、てつだってくれる、っていうこと?」

「端的に言うと、そういうことだな」

「ふーん。じゃあさ、やくそーを、はこぶのも、てつだって、くれる?」

「薬草?」

「そそ。やくそー。ワタシのてだと、つむのも、はこぶのも、むずかしいんだよねぇ。ひとのてが、あれば、たくさん、はこべるじゃん?」


アリスの見た目は頭の高さが俺と同じくらいの小さなティラノサウルスだ。確かに、ものを持ち運ぶには向いていないだろう。


「わかった。それは任せろ。俺の天恵はものを持ち運ぶのに向いているからな」

「えー。もしかして倉庫ウェアハウス車庫ガレージをもってるの?」


うむ。これは、いつもの反応だな。仕方ないので、いつもの説明をする。アリスは俺の説明を聞いて目を丸くした。龍なのに表情がわかりやすい。


「えええーちょーべんりじゃん!すごーい」

「ま、だからさ。薬草運ぶのと、傷の治療、助けてやるよ」

「いいのー?なんもかえせないよー」

「子供が遠慮すんな」


こっちは大人なんだから、子供が困ってたら手の届く範囲なら助けるべきだ。こっちが無理して助けるべきとまで思わない。が、こちらの持ち出しがほとんどないなら、それくらいしても良いだろう。


「じゃあ、おねがいしよっかなーこっちだよー」


アリスがひょこひょこと歩き出したのでついていくことにする。どうやら崖は登ららないようで、アリスは迷う風もなく、崖下の森を進んでいく。


恐らく、初めて来る場所じゃないんだろうな。地面の草も、アリスが進む方向にそれとなく踏み固められている。


歩くこと数分。眼の前の切り立った崖を覆い尽くすように蔦が伸びているところについた。


「うわー。1面、この草が覆い尽くしてますねぇ」

「…」

「旦那様?」


この蔦、見たことある。思わず近づいて、よく見てみると…やはり俺の知っている植物だった。


「これ…ホップじゃねーか!」


※※※※※


地球のホップは、生命力が強い多年生の植物で、比較的温暖な地域が原産ではある。風通しと水はけのよい土地であれば、ぐんぐん育つ。


この場所は崖が狭くなっていて、風のとおり道になっている。土も火山灰を思わせるサラサラとしたもので、環境として、ホップの育成にはぴったりではあるようだ。


「ホップって旦那様が言っていた、らがーびーるの材料でしたっけ?」

「ああ…確か、ホップには消毒の効果もあるんだよなぁ。だから薬として使うのはある意味あってはいるな」


アリスの方を見ると、短い手で必死にホップの実…というか、花というか…を摘もうとしていた。ホップの花は毬花と呼ばれ、緑色の、まつぼっくりのような形をしている。


「アリスは大変だろうから、俺とマリィで摘むよ。どれくらいの量が必要なんだ?」

「えーと、ね、たくさん!」

「おっけー。手に届く範囲の花は全部取っちまうか。根っこから取らなければまた咲くだろう」


えーと。そんなに長く時間を保存しておくということはないだろう。置き場所は、物置き部屋ストックでいいかな?扉を開けて、マリィと2人で詰んでは投げ入れて、を繰り返した。


「うわー、たくさん、はいるねー」

「な?これなら運ぶの簡単だろ?」


だいたい目につくところを摘んだところで、端に生えている小さな一本の苗を根っから掘り出す。そして、土ごと、適当なサイズの容器に移した。


「旦那様、それって…」

「あとでゆっくり栽培しようなぁ、と」


これは事務所オフィスに置いておく。ほかの部屋は、湿度高いし、ホップの育成にあまり適していないからなぁ。


事務所オフィスで育ちますかね?」

「うーん。わかんない。試しにやってみるだけ」

「上手くいくといいですね」

「ああ」


さて、これで自分で使う分も確保できた。


「粗方摘んだし、次はアリスの母親のところにこのホップを持っていこうか?」

「うん。おねがいしまーす」

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