第20話 ツモオ村と蜂蜜酒
陽が天辺を超え、しかし、まだ西の端に沈む前に、俺たちは、ツモオ村にたどり着くことができた。
ツモオ村は…うん。田舎の小さな山村だ。恐らく流通があるからだろう、小さくはあるが、寂れている感じはしない。長閑な田舎の村と言ったところだ。
「旦那様、日が沈む前にたどり着くことができて良かったですね!」
「そうだね。まだこの時間なら店もやってるだろうから、一応、村の中で宿を探しながはみてみようか…って…あれ…」
村に入ってすぐ、恐らく村の反対側まで突き抜けているメインストリートに横に多数の馬車が停めてあった。
馬車の周りにいる人たちは…みな一様に首から、俺と同じ、
「同業か。声をかけてみるかな?」
俺は組合員の輪に近づき、1番近くの、中年男性に声をかける。
「今晩は」
「ん?何だ…ああ、天恵組の組合員か、今晩は」
組合員証を見れば、色違いのため、天恵組と馬車組は一目で分かる。ここで輪を組んで頭突き合わせていたのは全員、馬車組のようだ。
「俺はたった今着いたところですが…みなさんも今日到着されたので?」
「ああ、そうなんだけどな…足止めを食っちまってな…ここで引き返すか、しばらく様子見するために留まるか、話し合ってたところだ」
足止めか…。そういえば、ソコウ支部長の婆さんが雨が降って、足止めを食らってるかもとか言ってたな。
「足止めって…先日の雨で道が通れなくなったとかですか?」
「ああ、そうだ…歩きでなら何とか行けるが、馬車は土砂を取り除かないと、とても通れないな」
歩きでなら通ることができるのか…それなら、俺たちは大丈夫そうだな。
「あんた、仕事かい?この道ってことは、ホツタボに行くんだろ?」
「ええ。ホツタボまでの荷物を積んでますね」
「天恵は
「ええと、俺の天恵なんですが…」
と、これまで何度もしてきた
「なるほど。それはかなり便利だな…羨ましい…」
「そういう訳なんで、積み込みを手伝ってくれるのでしたら、運ぶことは問題ないですね」
「そうか。助かる…このまま、ここで待っていても馬の食費ばかり嵩んでいくからな。…期限までに間に合わなければ、いろいろと問題も出るしな。戻って、別の荷物を積んだほうが金になるだろうか、みんな、そういう方向で話がまとまりかけてたんだ」
仕事の受け渡しは、特に問題はない。今回みたいに事情があれば尚更だ。組合には、保険としての機能もあるので、災害による依頼失敗はペナルティもないし、最低限、馬の食費だけは経費として下りる。
馬車持ちの組合員は4人。それそれ1台づつの馬車を自分1人と馬1匹で運用しているらしい。4人は俺の
彼らの荷物は、塩や香辛料のほかには布地や干し肉など、特に冷蔵保存などの必要がないものばかりだ。そのため、全ての荷物を
「しかし…馬車…4台分…金貨36枚…か」
「頼んだぜ」
最初に話しかけた中年男性が、4人の仕事票を俺に渡しながら、肩を叩いてきた。
「土砂はいつ頃取り除かれるんですか?」
「わかんねぇ。モカオクノ国のお偉いさんがいつ動くかなんて、情報は入ってこないからな」
山国となれば、塩を入れるこのルートは生命線のような気もするけどなぁ。
「モカオクノ国は塩が取る方法があってな。もちろん海の塩に比べれば高価だが、致命傷でもない。それよりな…」
「それより?」
中年男性が周りを少し見回したあと、顔を俺に近づけてきた。何事かと思ったが、真剣な表情に文句も言えずにいたら、声を落として、続けてきた。
「モカオクノ国は先代の国王が死にそうとかでな」
「まさか、跡継ぎ争いの…」
「それだ。内乱が起きるかもと言われてる。だからどいつもこいつも、国の端っこの、土砂の撤去なんかしてられないってな」
※※※※※
「旦那様、モカオクノ国は、今回の仕事が終わったら、早く出ていったほうが良さそうですね…」
「この世界にも国なんてたくさんあるみたいだからな。この国にいる理由もない。さっさと通り抜けてしまって、別の国に行こう」
足止めを食っていた組合員たちからの情報が確かなら、モカオクノ国には長居しないほうが良いだろう。特にモカオクノ国にいたい理由もない。
「そうだな。この荷物を届けたら、また別の国に行く仕事を受けよう」
「はい。それに道行も用心して行きしましょう」
とは言え、ここはモカオクノ国の端の端。あまり気を張りすぎても仕方ない。
「ま、今日のところは宿と酒を探すとしようか」
※※※※※
探すと言っても、この村には宿が1つしかないようだ。店らしき店も1つだけで、なんでも売ってる雑貨屋というか…。
やることもないので、宿だけ確保をしたら、マリィとその1軒しかない雑貨屋を見に来た。
「このお店、食料品から、日常雑貨まで一通りを揃えているんですね」
「どうやら、この村唯一の店みたいだからな。それなりにいろいろと取り扱っているみたいだ」
俺たちは、生活必需品は、大抵、これまでの道行きで揃えているから、ここで買う必要はない。買っておいたほうがいいのは…消耗品である食料と酒だろうな。
「塩漬けの肉があるから、買っておこうか?」
「そうですね。少し心もとないので買っておきましょう…何の肉ですかね、これ?」
「熊肉らしいよ?」
熊肉って食べられるけど、めっちゃ臭いよな…。香辛料使ってごまかさないと、キツいよね。
「い、一応、買っておきましょう」
「んー。ニンニクとか使って炒めて、ウイスキー…じゃなくてフレイ酒でフランベすれば、いけないこともない気がする」
香りの強いもので味付けしていけば、臭みを打ち消して、肉の旨味や脂身の甘味だけを味わえる…気がする。
「ニンニク…はありますが…旦那様、フランベってなんですか?フレイ酒を使って、何をするんですか!?」
「…あれ、フランベってこっちの世界ではしないのか?それとも言葉が違うのか?」
酒の名前が出た途端、マリィの表情が変わった。この子はほんとにもう…。
「で、旦那様。フレイ酒をどうするんですか?」
「料理に入れる。そして香り付けをするんだ」
「ええええ!?お酒をいれちゃうんですか!?それは…その勿体ない…です…」
案の定、言うと思ったよ…。
「フランベにするのはさすがに飲用としては安めなのが多いよ。そんなに高いのは使わないよ」
「それでも勿体ないですよー」
「でも、大体、それで作ったおつまみは酒に合うんだよね〜。お酒がおいしくなるなら、仕方ない犠牲じゃ無い?」
「うぐっ」
『お酒が勿体ないでもお酒がおいしくなるならそれもありなのかもしれないでもやっぱり勿体ない…』とか頭を抱えたマリィがぶつくさ言い出した。
俺は頭を抱えているマリィをそっとしておき、店のほかの商品を物色することにした。
「ほかに食料品はあるかな…?」
壺入りの塩漬け肉の隣には、ビンが並んでいた。ビンには、ニンジンやダイコンらしき根菜類が液体に浸かっているピクルスらしきもの。ほかには…半透明で、色合いとしては、オレンジと茶の間くらいの色の何かの塊があった。
「これって、もしかして?」
ビンの前の説明書きには、蜂蜜、と書いてある。さっき話していたばかりだったが、ちょうどよく売っていたみたいだ。
「本当に塊で存在しているんだな」
パッと見た限りには、なんとなく表面がベタついてそうだが、硬さもそれなりにありそうだ。まさに蜂蜜でできた大きな飴、というのが適切かもしれない。
値段は
「うん。でも収入が続いて懐は暖かいし、挑戦してみるか、蜂蜜酒」
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