第6話 カーゴギルド
「マリィ、入国するときって、どうすればいいの?何かすることある?」
「入市税、入国税さえ払えば、出入りは簡単に出来ますよ」
国境壁の入市列に並びながら発した俺の疑問に対して、マリィはそう返してきた。
入国に関する問題があっさり解決したので、次はなんの酒を飲もうか、などと下らない話で2人が盛り上がっている間にも、長い列が消化されていく。ようやく俺たちの番になったので「2人分」とだけいってから、検問していた兵隊に、金貨を渡した。
兵士は金貨を無言で受け取り、釣りなのだろう細長い小判みたいな銀貨を、2枚渡してきた。街の中に入り、石畳を敷かれたキレイな街並みを歩きながら、渡された細長い銀貨をしみじみと見た俺は、マリィに尋ねた。
「そういやぁ、この世界の通貨って、どんなのがあるの?」
「それは…ああ、そうですよね。4日前にこの世界に来た旦那様が、知ってるわけありませんよね…」
道の左右には露店が立ち並び、4日前まで2人がいたノーテヨド王国よりはるかに栄えている。マリィは、俺の手にある硬貨を指さした。
「この細長い銀貨が、長銀貨で、これ4枚で金貨1枚になります。さらにこの…」
マリィは、メイド服のポケットから、小指爪の半分ほどの大きさの粒みたいな銀を出した。
「粒銀貨25枚で、長銀貨1枚になります」
「へー。その粒銀貨より細かいのは?」
「銅貨ですね。銅貨は、4枚で粒銀貨になります。さらに1番細かいのが、粒銅貨で、25枚で銅貨1枚になります」
「なるほど…ね」
そう言って、俺が露店をちらりと見ると、看板には『串焼き粒銅貨15枚』と書いてあった。値段を確認しようと思って露店の看板の文字が…何と日本語で書かれていて、むしろ、そっちに驚いた。
それはともかく、串焼きが粒銅貨15枚なら、1つの値段は日本円にして、10円程度だろう。
「粒銅貨が1枚で10円くらいの感じか…となると金貨は10万円になるのかぁ」
「エン?」
「ああ、俺のいた世界、俺のいた国の通貨だよ」
日本の、江戸時代に使われていた小判も、だいたい10万円の価値と聞いたことがある。金などによる硬貨が、地球と大差ないように扱われているということは、金銀銅の産出量が地球とあまり変わらないのかもしれない。
「俺のいた国にも銅で出来た貨貨があったけど、価値がこっちの粒銅貨とほとんど同じみたいで…ちょっと面白いなぁ、と思ってね」
「へー。そうなんですね。何だか不思議ですね」
話をしながら歩いていたら、ちょうど、広場のようなところに出たので、近くにあったベンチに腰を掛けた。俺は
「あ、ありがとうございます」
「うん。朝から歩き詰めで、喉乾いたよね」
揃って一口づつコップに注がれた水を飲んだところで、俺が先に口を開く。
「で、これから、なんだけど…俺は
「うーん。旅をすることを考慮すると
コクと、マリィはさらに一口だけコップの水に口をつけ、話を続ける。
「
「へー、商人とは何が違うの?」
「
「逆に俺たちのように『旅をしたい』ということなら、
「そうですね。加入条件は、荷馬車を所有しているか、あるいは、荷物を運ぶのに便利な天恵を持っているか、これだけで大丈夫ですので」
マリィは、残りの水をクイと飲み干すと「ありがとうごさいました」と言って、空のコップを俺に渡してきた。
「旦那様、さっき国境警備の兵士に
俺も、自分のコップに残っている水を飲み干した。マリィから受け取ったコップとともに
マリィは、立ち上がると、自分のスカートについた砂をパッパッとはたいて、落とした。はたいたときの、マリィの大っきなお尻がプルンと動き、それに唆られる心を抑えながら、俺も立ち上がった。
「マリィは、気が利くなぁ…じゃあ、案内を頼もうかな?」
「お任せください」
※※※※※※
「ここが
「そうですね」
数分後、石造りの立派な建物の前に2人はいた。建物には荷馬車が何台も寄せられていて、荷物の積み降ろしが行われている。
正面な構えられた、大きな木の観音開きの入り口は開いて固定されており、誰もが出入りできるようになっていた。開いて固定された扉には、荷馬車組合と漢字で書かれた看板が立てかけられている。
「じゃあ、入るかー」
「はい」
俺が扉をくぐると、中はパッと見に、野球場ほどはある広場だった。すぐ近くには、役所の受付の様なものも見える。
商人らしき、豪華な服を着た男たちが、テーブルで商談をしていたり、広間の別のところにある扉から外に見える馬車へ荷物を積み込んでいたり…。
「賑やかなところだね…活気があるというか」
「そうですね。商品流通の拠点ともなるところですからね」
「そうか…もしかして、問屋が買い付けに来たりするのか?」
「そうです。いろんな商品がここに運び込まれて、問屋が買付に来ます。面白いですね、旦那様の世界にも問屋さんってあるんですねぇ」
つまり、
「えーと、登録の受付は…と」
「本日は、
俺がキョロキョロと見回していると、それを見かねたのか、女性の職員が声をかけてきた。
「ああ、
「畏まりました。登録の書類を作成しますので、こちらへどうぞ」
俺を案内してくれた女性は、スレンダーで、クリっとしたタレ目の美人だ。なるほどねぇ、この世界ではこれが美人扱いなんだな。たしかにマリィとは、真逆だよなぁ。
俺とマリィは、数あるカウンターの中から、端にある『新人登録受付』に連れて行かれた。
「担当させていただきます、ミユウと申します。登録手続の前に確認なのですが、荷馬車をお持ちか、天恵をお持ちか、どちらでしょうか?手続きが変わってきますので…」
「天恵の方です」
「畏まりました…お持ちの天恵は
これまで、旅をしながらマリィと話している中で、これらの天恵については聞いていた。どちらも荷物をしまっておける天恵だが、一長一短でどちらかが優秀ということはない。
「すみません。どちらでもなく
「すみません…私は存じ上げていないのですが…どのような天恵でしょうか?」
「だいたい10メートル✕5メートル✕10メートルの箱が5個あり、そこへ自由に出し入れできる天恵です」
ヒーロは以前、度量衡についてマリィに尋ねたのだが、これも地球と全く同じだった。そのため、俺はメートルを用いて説明しているが、ちゃんと通用する…はずだ。
「それは…かなりの大きさですね…
「ええと、扉だけを出して、そこから出し入れできるのは
天恵
ただ内容量で言うと、
「なるほど…それは、かなり使い勝手がいい天恵ですね…馬車は入らなくとも、荷車なら普通に入りますもんね」
「それは可能です。あとは、部屋ごとに温度が異なり、水を入れれば、氷を作ったりなんかも出来る部屋もあります」
「えええ!?本当ですかっ!?」
ミユウは驚きの声とともに、ヒーロの手を思わず掴んだ。それを見たマリィが思わず『むううう』と声を上げる。ミユウは慌てて手を離すと、オホン、と咳払いをした。
「取り乱しました。奥様の前で失礼しました」
「おっ…おくッ!?」
「あ、あれ?違いましたか?」
今度はマリィがミユウの発言に慌てる。しかしマリィが『違います』と否定の声を上げる前に、俺が口を開く。
「いえ、違っていませんよ。大丈夫です」
それを聞いたマリィがこそこそと『旦那様、いいのですか?』と耳打ちしてきた。俺は『別にいちいち誤解を解かなきゃいけないような話じゃないでしょ?』とマリィの言葉をサラリと流した。
確認はしてないが、すでに恋人のようなものではある。これから、何度も顔を合わせるような人でもないのに、いちいち否定するようなことでもない。
「そうですよね…お二人の間の空気が、恋人か、新婚の夫婦か、という感じでしたので…勘違いでしたら、失礼になるところでした」
「いえいえ。気にしないでください」
「ありがとうございます。では、手続きを進めますね!」
※※※※※※
「…夫婦として登録されてる」
「されてますね…」
「諸説明の中で
俺のものには
「ま、まぁ、これから旅をするのに、そのままだと俺しか登録ができなくて、旅が面倒だったから良いんじゃない?」
「だ、旦那様は良いんですか?こんな、いきなり夫婦だなんて…」
「別にマリィが構わないなら、そんまんまでいいでしょ…困るようなこともないだろ?」
「私は全然いいんですけどぉ…旦那様が…私みたいなのと夫婦でぇ…」
そこまで言ってから、マリィは、ひどく自信なさげな顔になった。先程、音の天恵を説明し、担当の職員が能力の確認をすると、
挙げ句、天恵の話を聞きつけた
「あんな美人で、細くて、若い子たちに、声かけられていたじゃないですかー」
さらには、マリィが俺の妻として登録されたことがわかるや否や『なんであんなデブと?』『趣味わるいんじゃない?』『無理やり襲われたとか?』などと陰口を言い出した。
しかも、わざわざマリィに聞こえるようにだ。趣味が悪いったらありゃしない。
「はー。俺は、あんな露骨な陰口言うような女の子と仲良くしたいなんて思えないから…本当は文句の1つくらい言ってやりたかったけど…」
「そ、それはさすがにダメです」
俺は、あまりの言い草に腹が立ったが、睨みつけて黙らせるに留めておいた。本音としては一言くらい文句をつけたかったが、さすがに登録初日に事務員たちと喧嘩して
結果として、マリィの手を引いて、さっさと出ていく…という形で対処することにした。
「わかってる。だから、あー。もう、いいの。俺はマリィの方が好みなんだから、それで良いでしょ?だから、もう、この話おしまい」
俺は、顔を反らしながら、ぶっきらぼうにそう言った。しかし、俺は耳まで熱くなっていたので、マリィにも感情はバレバレだろう。
「旦那様…」
「ほ、ほら、何だっけ、サボン酒だっけ?飲みに行く約束でしょ!今日の宿も探さなくちゃだし、行こう、ほら!」
「わかりました……ありがとうございます…」
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