2-4


 さて、では納豆作りに戻ろうか。

 と、言っても。此処から問題なのだが。

 なにせ此処からは昔に見た本の知識と、私自身の推測と感で突き進むしか無いからである。


 もっと簡単に言えば、40度の保温を一日保たなければいけないと言う事。

 何故私が、先程から40度に拘っているかと言うと、簡単だ。


 この温度が、「納豆菌」の活動に一番適した温度であるからである。


 発酵に必要な微生物たちは、活動に適した温度を其々持っている。

 温度が高すぎれば、菌は活動停止をしてしまうし。最悪は死んでしまう。

 それが、今回は「40度」であったと言う事。「発酵」において、重要な要素の一つと言えよう。


 そして、何度も言うが。ここは異世界。

 現実世界では実際の所、保温は結構簡単である。

 保温に適した素材は探せばあるし、ヒーターと言う優れたモノが存在するからだ。


 でも、ここにそんな優れたものは存在しない。

 そして、この乙女ゲームには「魔法」と言う特殊も存在していない。


 だから何度だって言う。

 ここからは、知識と推測と感だけが武器と言う事を。


 「で、何するんだ?手伝うよ」

 「ま、まあ。ありがとうパーシバルさん。では、このツボが入るぐらいの穴を掘って頂ける?」


 何処までも親切な彼の好意を貰って。貧血で倒れる心配は減った。

 まずは穴を掘ってもらう。


 私が用意したツボは幅20㎝縦30cmぐらい。わざと口が底より広い物を選んで来た。

 コレがすっぽり入る大きさ。

 今回は幅30㎝縦25㎝ぐらいの穴を掘ってもらう。


 その間に私は、枝を拾ってくる。太さは5ミリほどで良い。


 「枝で、何を作るんだ?」

 「網よ」


 問いかけてくるパーシバルさんに答えを送った。

 そう、私が作ろうとしているのは網。七輪の網を想像して。

 

 まず、棒を縦に5ミリ程度の間隔で10本並べる。

 その上に横に枝を10本並べる。勿論5ミリ間隔で。

 ぱっと見、5ミリの賽の目の網が出来る筈よ。

 後は、この縦横の枝を糸で固定していくだけ。それで、簡単な網が完成する、筈


 網の大きさはツボの大きさに合わせて。これはツボの中に入れるの。

 完成した際、底には届かず途中で引っかかってしまうぐらいの大きさ。

 コレを入れるために、口が広い壺を、あの屋敷から見つけ出してきたのだ。


 網が出来上がったら、壺の大きさに合わせて鋏で切って完成。


 「……」

 「ぶ、不格好だけ良いでしょう!これで、網の完成です!」


 パーシバルさんに何とも言え無い目で見られました。

 私の推測だけで作ったのだから、仕方が無い。

 これでも、昨晩筆で練習して、出来ると確信したのだから仕方が無い。


 むしろ、私の手の器用さを褒めて欲しい所である。


 さて話に戻そう。此方が完成したら。

 次は壺の底に布を敷き詰める。要らなくなった、布切れで良い。

 この時、新聞紙やキッチンペーパーがあれば、楽なんだけど。無いものは無い。


 敷き詰めたら、先程の網を中に入れるのだ。


 これで、「発酵機」……というのかしら。完成だ。

 後は網の上に藁苞を置いて、布を使って蓋をするだけ。


 何故、網を作って布を敷き詰めたか?

 何でも発酵途中で豆から水が出るらしい。藁苞を水浸しにしないための工夫。

 こうすれば、豆から出た水は下に落ちて、布が吸ってくれるでしょう?


 ……あと、「発酵」には酸素が必要だと言うから、蓋に布を使用するが。

 そもそも今回は上手くいくだろうか?



 「これで、いいか?」

 「まあ、ありがとうございます。丁度いい大きさですわ!」


 丁度、パーシバルさんも終わったようだ。望み通りの大きさの穴を掘ってくれた。

 だったら、次の問題だ。直ぐに取り掛かる。巻きで行こう!


 私は、藁束を穴の中に入れマッチで火をつける。

 藁の束は直ぐに燃え上がった。ただ、少量なので10分もあれば燃え尽きるだろう。


 「なにしてんだ?」

 「保温機づくり、ですよ」


 火をぼんやり眺めていたら、唐突にパーシバルさんが声を掛けて来たものだから驚いた。

 でも、発言通りである。私は今保温機ヒーターを作っているのだ。

 正確には、一回切りの朝までの時間制限付きの保温機。

 

 つまりだけど、私は地中を「保温機」にするつもりだって事

 掘り起こした穴の中で火を焚いて、その熱と煙で穴の中に温度を溜めようと言う戦法。後で詳しく説明しよう。


 「つまりね、この中に、このツボを入れるの」

 「は?さっき藁に包んだ豆を入れてたよな?腐るよ?肥料?」

 「食べ物ですわ!」

 

 誰もが辿り着く答えだろうけど違う。

 パーシバルさんの言葉を否定して、シャキッと戻った頭で燃え盛る穴へ視線をもどした。


 もう時間が惜しい。

 火が消えて、直ぐ穴に手を伸ばす。体感感覚で熱すぎたら、少しだけ冷ませば良い。

 結果。穴の中は暑すぎるかなとも思える温度まで達していたが、我慢できないほどじゃない。

 流石に特に燃えカスの近くは暑くて近づくことも出来なかったけど。


 この燃えカスに土塊つちくれを掛ける。

 熱を出来る限り冷ますためだ。棒を使って、燃えカスと土を混ぜておく。


 混ぜ終われば、穴の中に壺を入れた。

 口の部分が数センチ飛び出した形で、壺は納まる。


 まだよ、冷えてしまう前にさっさと終わらせなくては!

 壺を入れた結果、幅の穴が残る。

 この穴上に先ほどの枝網の感覚で枝を並べ、上から枯葉。なんちゃって落とし穴を作成。

 そして、最後に落とし穴の上だけに土を掛けるのだ。



 「――……できたあぁ!」


 私は額に浮かんだ汗を拭い、声を漏らす。

 言った通り、完成したのだ。―― 地中保温機が!


 地中保温機とは。

 その名の通り、土を利用して作った自家製保温機のことだ。

 穴を掘り、その中で一度火を焚いて、熱を作る。


 その穴の中に壺を入れて、残った穴には蓋。

 結果、地中はまだ火の熱で熱いままだろう。徐々に冷えていくのも違いないが。


 それでも、土は熱を逃がしにくいと特性を持つ。

 此方の特性を利用して、保温機にしたわけだ

 この保温機であるなら、一日ぐらいなら保温してくれるはず。



 と、いっても。上手くいく可能性は30パーセントぐらいだと思うけど。

 

 まず、熱を逃がしにくいのは土じゃなくて「土壁」だ。同じようなものとして利用しただけ。

 次に、さっきの穴はちょっと熱すぎた。此処までの時間で冷えてしまった可能性も高いが。上手く40度程の温度を保ち、一日経過してくれるかは全くの謎。


 と言うか、地中保温機なんて言葉、今考えました。本当にあるかも謎ですから。


 正直言えば、これは昔見た漫画かゲームで見た方法。

 うろ覚えな記憶を必死に思い起こして、自分なりに推測を元にした保温機。

 言わば、科学の実験に近い。それも学校でやる様な、結果があらかた決まった実験じゃなくて、全くの未知の実験。


 こんなもので納豆が100パーセント成功するかと言われれば、無理に等しい。



 壺の中には藁苞を4つ入れたけど、このうち一個でも上手くいけば良いと言う感じ。

 一個でも成功すれば、改良に移れる。結果、失敗の可能性が減るだろう。

 もし今回一個も上手くできなかったら?

 大豆は勿体ないが、この実験を数回試し。それでも一回も成功しないのなら、違う方法に移行するしかない。


 だから、この保温機は記念すべき私の、納豆作り実験第一号。

 上手くいってくれれば、良いのだけど。

 失敗したらどうしよう。地中が駄目だったのかしら。


 そうだ、燻製は如何かしら。アレは30度からの煙で、食品を燻して作るのよね?

 乾燥させるのが目的な物だけど、納豆発酵は一日だけだし。ツボに入れておけば、大丈夫な気もする。

 あれ?あの煙って、微生物を殺してしまうんのだっけ?


 他に方法は――

 この世界、湯たんぽに似た存在はあったから。木箱に納豆を敷き詰めて、湯たんぽの熱で発酵……とか?

 何個の湯たんぽが必要で、何回交換しなくちゃいけないのかしら。


 でも――


 「うん、面白そうね。成功だった場合もダメだった場合も、全部試してみましょう!」


 考えるだけで実に楽しくて面白い実験だ。

 自身の為の納豆作りだけど、ここまで必死にやってみたら「楽しい」の一言しかない。

 身体の重さを、忘れてしまう程に。



 「お嬢様、こんな事したかったわけ?」


 あら。気が付けば、パーシバルさんが冷たい目で見ている。

 視線の奥には僅かに怒りも含んでいる。

 ……ちょっと今一瞬彼の存在を忘れていました、ごめんなさい。


 今浮かべている表情は理解出来るわ。豆は貴方が丹精込めて育てた作物だもの。

 それを実験にも近い感覚で、いきなり地中に埋められたら、誰でも怒りにも似た感覚が怒ると思う。


 でもね、昔の人たちって、そうやって食品でも何でも開発改良して来た訳でしょう?

 御かげでより良い日常を手に入れた訳だし、今後を思えば必要経費だと思うの。

 

 「あのねパーシバルさん、コレはちゃんとした食べ物を作っているのよ?」

 「はあ、食べ物?」


 だから、ここはもう正直に伝えよう。

 今、私が何を作っているか、その仕組みも。私が伝えられる範囲で。



 「これは、納豆と言う『発酵食品』」

 「はっこう……?

 「そう。一度腐らせて、造る食べ物。この腐らせる工程を『発酵』と呼ぶの。チーズと一緒でしてよ?」

 「はあ?」


 簡単に説明したけれど、パーシバルさんは分かってくれなさそう。

 

 「そうね」


 私は顎をしゃくる。「簡単」では駄目そうだ。

 『発酵』について1から教えてあげて、漸く理解してくれるか、してくれないか、だろう。


 まず、そう。『発酵』とは



 「『発酵』とは、微生物を利用し、コレの働きによって有機物が分解され新しい物質を生産する……これが『発酵』」

 「……」

 「いえ、コレだけじゃ、分からないわよね。庭を貸してくれたお礼です。私自身『発酵』について初めてだけど。貴方に少しでも興味が有るのなら、1から教えさせてくださいな!」


 私は高揚した気持ちのまま、パーシバルさんに笑みを向けた。

 でも、腐った食品について熱弁するなんて彼はどう思うかしらね。

 恐らく攻略対象者だけど、ドン引きして私を変人扱い。

 話しかけて来なくなる――は、多分この人の人柄だと無さそう。


 でも止めないわ。決めたの、この人を巻き込もうって。

 パーシバルさんを巻き込むのは私の欲よ。

 だって、今現在お父様に『発酵食品』を作るのを禁止されているのですから。


 今、縋れるのはパーシバルさんしか無いのだもの。

 食材と場所の提供を随時してくれそうな人を逃すモノですか!


 こうなれば彼にも『発酵』のすばらしさを教えてやるんですから!


 私は自分でも分かるぐらいに、キラキラした目でパーシバルさんを見つめていた。

 胸が酷く高鳴っているのが分かる。


 納豆作りすら、これから始まったばかりだ。結果も出ていない。

 だけど一工程を終えた胸は、まだこんなにもときめきが治まらない。


 そう、「納豆」なんてまだ物足りないぐらいに。

 だって、この世界にはワインがあるわ。だったら酢が作れるはずよ。

 お米があるわ。だったら、味噌や醤油が作れるはずだもの!


 私は今凄く、興奮している。


 ――これらの食材を、自分の手で作ってみたいと!

 


 「素人同然の浅はかな知識ですが、私と一緒に『発酵』食品を作りましょう!」


 だから、したたかな女と指を差されましょうが。食材、場所提供者を手放すわけには行かないのです。

 私は名一杯顔に、美女「ジュリアンナ」の飛び切り最高の笑みを浮かべて、その大きな手を取ると彼を見据えるのだ。



 ふふ、「より良い日常を」……なんて言ってみたけどきっと嘘ね。

 勿論その人の為と言う考えは持っているけど。それも含めて、きっとそれ以上に。

 歴代の科学者たちは「楽しい」の気持ちが強いから、未知なる挑戦に挑んでこられたのだと思うわ。


 さて、納豆作りに並行して、次は何を作ろうかしら。

 今からとっても楽しみだわ――!!




 ◇



 次の日、私はパーシバルさんの家に言って、自家製保温機を取り出してみた。



 「やった!やったわ、みてパーシバルさん!!」



 壺の蓋を開けて、中を確認する。コレで粘り気が出ていれば完成だ。

 結果を言う。4つのうち3つが失敗だった。酸っぱい匂いが漂っている。


 でも、1つ。たった一つだけ明らかに違うものが存在した。


 ツンとした酸っぱい匂いは無くて、微かに苦みのある独特な香り。

 少し掬ってみれば、ねばねばと糸を引く感覚。


 それはどう見ても「納豆」だ――!


 だから、私はソレを振り上げて、側のパーシバルさんに向け走った。



 「――ひ!!」

 「みて!ほら、完成よ……ですわよ!これが昨日話した納豆!」


 勢いのままに私はパーシバルさんに詰め寄る。

 ただ、彼の顔は納豆を見た瞬間。多分匂いを嗅いだ瞬間引き攣った物へと変貌したのだが。



 「よかったぁ!昨日の工程は間違いでは無いようね!でも1個しか完成しなかった。次はどうしましょう。改良する?それとも新しい方法で試みてみる?」


 正直言ってしまえば、彼の表情に気が付いていたけど。我慢できずに興奮したまま詰め寄る。

 一歩、二歩と後ずさりする彼を、ぐいぐいと追い詰める。


 「ねえ、食べてみましょう!食べるべきだわ、完成したのだもの!」

 「――……!?」


 そして、最後の一言。

 絶対これが決め手になったのだと思う。



 「む、むりだ!!そんな変なにおいの物食えるか!!腹を壊す!!」



 刹那だった。踵を返して、パーシバルさんは私が到底追いつけない速さで、逃げ去ってしまったのは。



 「……壊さないわよ……多分」


 走り去った彼を追いかける気力は流石に身体に無いため、私はその場で呟く。

 出来上がったばかりの、納豆を見つめ。

 正直、身体が欲しているのか、自分が作った物だからか、食べたいと言う感情が久しぶりに沸き起こって来た。


 「……し、仕方が無いわね」


 ただ、流石に、あのパーシバルさんの手前。摘まみ上げて口に入れる訳にも行かず。

 此処で食べれば、彼との亀裂は避けられないモノに成るのが分かっていたから、我慢をして。

 納豆から目を逸らす様に、不貞腐れるように、私はフイっとそっぽを向くのだ。



 余談だけど、勿論お父様にも拒絶された。


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