西ノ島へ

 コトリがランチに選んだのは焼肉。隠岐牛が食べられる唯一の店だとか。隠岐牛ってなにかになるけど、品種としては黒毛短角和牛で良いはず。他の産地との違いは、


「全部隠岐で生まれた牛やそうや」


 たとえば日本一のブランドとも言える松坂牛は、優秀な子牛を全国から買い付けて松坂牛として肥育するシステムなんだよ。ほんじゃ、松坂牛に並ぶ神戸ビーフはと言うと但馬牛を肥育したものになる。


「松坂も但馬牛の子牛が多いはずや」


 隠岐牛は出荷される牛も限定があるそうで、まだ子牛を産んでいないメスだけで、さらにA4かA5のみ。ここも誤解されてる面があるから説明しとくね。まずAってなってるのは歩留まり率の事なんだ。


 肉牛は屠殺場で解体されるけど、この時の肉の状態を枝肉と呼ぶんだよ。枝肉からさらに肩ロース、リブロース、サーロイン、ヒレ、肩バラみたいな十三の部位に分けられたのが部分肉と呼ぶんだ。


「枝肉に対する部分肉の割合が歩留まり率や」


 そういうこと。歩留まり率にあるAとかBとかCは、


 A・・・部分肉歩留が標準より良いもの

 B・・・部分肉歩留が標準のもの

 C・・・部分肉歩留が標準より劣るもの


 ちなみに標準が六十九%以上、七十二%未満になる。つまりって程じゃなけどAとかBは肉の品質としては関係ないことになる。


「とは言うもののAランクの歩留まり率になるのは肥育和牛やのうたら無理らしいわ」


 肉の質に関係するのはアルファベットに続く数字の方で、これは等級が高いほど質が上になる。


「ごく単純にはサシが多いほど等級が高い」


 これもまた肥育和牛でないと等級を上げるのは難しいで良いと思う。隠岐牛の肥育での特徴としては運動量が多いところかもしれない。とにかく広大な農場で放牧されてるからね。欧米での肥育方式に似てるところはあるけど、


「欧米は牧草が主体やけど、隠岐は濃厚肥料やそうや」


 牛を運動させ過ぎると固くなるはずだけど、隠岐ではその辺のバランスを上手く取ってるぐらいかな。食べた感想は、


「美味い」


 とろけそうな軟らかさでジューシーだった。もちろんお土産にどっさり買って送っておいた。十四時の内航船フェリーに。これも変わったフェリーだよ。船の真ん中が車両乗り場だけどセンターラインで二車線に分けれていて、一車線にクルマなら五台ずつ停めれる感じかな。


「大人数のマスツーなんかで来たら、一回で乗り切れへんのうちゃうか」


 隠岐では見かけなかったけど、そんなんで来たらそうなりそう。料金は乗船料金が三百円だけど、


「原付が二百円やのに七五〇CCまで三百円ってなんやねん」

「七五〇CCまで三百円なのに、五〇CC増えて八〇〇CCになるだけで四百円ってボッタクリ」


 この手の料金設定はよくわからないところがあるけど、風香のナイトシフトはわたしたちの二倍ぐらい重いからそんなものじゃないかな。


「ユッキー、そういうけど、軽自動車は千円やぞ。あれはナイトシフトの六倍ぐらい重いし、長さかって、幅かって、はるかにデカイやんか」


 ナイトシフトは全長が二・一メートルだけど軽自動車は小さく見えても三・四メートルぐらいあるのよね。幅だってナイトシフトで八六・七センチだけど軽自動車なら一四八センチだもの。つまり二倍ぐらい幅があって、一・五倍ぐらい長くて六倍ぐらい重いのに二倍しか料金が変わらないのは複雑よね。


「なんでそないにクルマは優遇されるねん」

「そうよそうよ」


 そしたらサイクリストの人も乗り合わせていたんだけど、


「それを言いだしたら、原付が二百円なのに自転車は百円ですよ」


 ちょっとだけビジネス感覚で見ると、このフェリーなら普通自動車で十台分しか乗れないじゃない。あれは一台二千円だからマックスで二万円だ。その代わりにナイトシフトを目いっぱい詰め込んだら、どうだろう十五台が目いっぱいの気がする。そうなれば六千円にしかならない。自転車なら仮に三十台詰め込んでも三千円だ。


「そういう見方もあるけどな」


 そんな話で盛り上がりながら十二分で西ノ島の別府港に到着。渡し船感覚だね。サイクリストの人に別れを告げて別府港から国道四八五号をひた走り、瀬戸山トンネルを抜けたら、


「ひょぇぇぇ、トンネルを抜けたら橋やないか」


 西ノ島大橋だよ。なかなかの眺望だ。今日は山の中が多かったから海が見えると気持ちが良いよ。エエっと、この辺が浦郷の街のはずだけど、海に突き出しているビルのあたりかな。


「そのはずやねんけど、なんも案内の看板があらへんな。左に曲がってみるで」


 ここっぽいけど、


「あったあった、あそこに切符売り場って書いてある」


 なんて遠慮深い看板なんだよ。だとすると切符売り場の看板の前に並んでいる椅子は待合室だとか。西ノ島総合水産センタービルって書いてあるから、海産物の特売場でもあるかと思ったけど、


「服とか食器も売っとるな」


 待つうちに十五時になり遊覧船に乗り込んだ。目指すのは国賀海岸だ! 遊覧船は西ノ島大橋を潜って舟引運河を通って国賀海岸に出た。あの白い岩が豆腐岩か。


「亀島ってガメラみたいやな」


 西ノ島にも鬼ヶ島があって、あれが金棒岩か。あんな金棒を振り回せる鬼がいたら、


「ガンダムでも負けるんちゃうか」


 ガンダムなら勝つと思うけど、ガンダムって海でも戦えたっけ。へぇ、これが摩天崖か。


「二百七十五メートルあるそうやが、下から見んとこの雄大さはわからんかもしれんな」


 さっきはカメがいたから今度は乙姫の御殿か。えっ、入って行くんだ。洞門潜りがあるのはスリルがあって楽しいよ。


「通天橋も海から見て潜ってこそや」


 あれが観音岩だけど、


「陸から見たら、これもローソク岩って言うらしいで。夕日が灯に見えるねんて」


 滝見の岩屋に国賀の赤壁。ラスボスは、


「真打やろ」


 明暗の岩屋。ここも洞門潜りをするのだけど、長いし狭いのよね。それこそ船をゴンゴンこすりながら抜けるの。


「二百五十メートルあるそうやから、日本一の洞門潜りちゃうか」


 浦郷港に戻ったら十六時半だ。今日の宿は、


「ああ行くで」


 国道四八五号を引き返したんだけどすぐに、


「次の交差点を右に行くで」


 ホント、なにも案内がないね。曲がったら隠岐標準規格の道路だ。


「なんやねん、それ」


 なるほど海岸線沿いに西ノ島大橋を潜るのか。たぶんこっちが旧道で、国道がバイパスみたいな関係だろうな。これはこれでガチのシーサイドロードだな。舟引運河を渡って、


「ちょっとストップ」


 コトリとナビを見ながら協議。道なりに走れば右だけどナビを信じれば真っすぐか。でも見るからに狭い道だな。それも両側が家だからクルマが来たら逃げ道無しみたいなもの。ここはバイクだから真っすぐ行くことにした。この道って旧街道みたいなもんだろうけど、


「ちょっとストップ。行き過ぎたみたいや」


 たく案内看板ぐらい出せよな。引き返してナビが示す道を見たけど、これって路地だよ。さすがに入り込むのはちょっと過ぎる。


「もうちょい先からも行けるみたいやからそっちにしょ」


 わかったのは、どう走っても路地の奥に宿があること。覚悟を決めて入ったら、あった。たくこんなところに旅館があるなんて、


「着いてよかったわ」


 もうちょっとわかりやすいとこにして欲しいけど、たどり着けたからオーライなのもツーリング。これだけ苦労してたどり着いたのだからなにか御利益があれば嬉しいけど。

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