第011話 一言呟くだけの簡単なお仕事
朝食を食べ終えた後、コレットに付き合ってもらい、電子銀行口座開設や携帯端末の契約など、俺の生活に必要な物の手配を済ませ、食品以外の場所も色々案内してもらった。
コレットはどうしてもお金は必要だから、と少し口座に入金してくれた。断ろうと思った時には、もう入金されていてどうにもできなかった。
「私はハンガーに行ってくるね」
「おう」
必要な手続きを終えた俺たちはコロニーの入り口にやってきた。
俺はコレットと別れてマテリアルギルドに足を踏み入れる。
コレットは奉仕活動を言い渡されたので、1日8時間はハンガーで働かなければならないらしい。彼女は今船が故障していて仕事に出れないし、働く時間も減っているから、俺がフォローしていこうと思う。
「あら、キョウじゃない。いらっしゃい」
アメリアが座っている窓口に近づくと。彼女が俺に気付いて声を掛けてきた。
「こんにちは」
「今日はどうしたの?」
「ちょっと依頼を受けたくてな」
「そう……大丈夫なの?」
アメリアは俺に顔を寄せて聞いてくる。
彼女は俺の事情をある程度理解しているので、仕事ができるかどうか心配らしい。
「簡単な雑用くらいなら問題ないと思う」
「そうね……なら、この、壊れたロボットの代わりに宇宙船の清掃をして欲しいって依頼はどうかしら? 日当は八十ユアね」
「それくらいなら俺でもできそうだな。それにしよう」
俺の返事を聞いて体をひっこめたアメリアは、端末を操作して今ある依頼の中から俺でもできそうなものを選んでくれた。
一日八十ユア。大体八千円か。一日掃除してそのくらい貰えるなら御の字だろう。
「分かったわ。端末は持ってる?」
「ああ」
ポケットから端末を出して彼女の目の前に差し出すことで答えた。
「メールアドレスを教えて。そこに依頼の詳細送っておくから」
「オッケー」
「それじゃあ、受領処理しておくからよろしくね」
「了解」
依頼を受けた俺は依頼内容を確認して、ハンガーに向かった。
「この船……でいいんだよな?」
俺は送られてきた詳細に添付された画像と名前と照らし合わせ、該当する船の前にやってきた。言っては悪いが、その船はコレットの船の何倍も大きくて、綺麗な外装をしている。
でもあれ? これどうやって依頼人に連絡すればいいんだ?
「すいませーん」
とりあえず、入り口の扉の前で声を掛けてみる。
「……」
何の反応もない。
「どうしたんだ、坊主」
つなぎの作業着を着た、ガタイが良く、肌を小麦色に焼いたおじさんが、困っていた俺に声を掛けてきた。
多分整備系の仕事をしている人だ。
「あ、えっと、初めてマテリアルギルドの依頼を受けてきたんだけど、依頼人とのコンタクトの取り方が分からなくて」
「なんでぇ、そんなことか。依頼詳細の中に依頼人に連絡って項目があるだろう?」
俺の言葉を聞いたおじさんが俺の持っている端末を指さす。
「ああ。これか」
「そうだ。それを押せば依頼人に繋がるぞ」
おじさんの横に移動し、端末の画面を見せた。
「そうなんだ。助かったよ、ありがとう」
「いいってことよ!!」
礼を言う俺に、おじさんはニッコリと笑って去っていった。
親切な人だったな。名前聞けばよかった……。
まぁ、そのうちまた会えるかもしれない。その時はちゃんと名前を聞こう。
おじさんに言われた通りに連絡を入れると、入り口が開いて依頼人が出てきた。
その人は、髪の毛と髭がモジャモジャに生えた背の低い男だった。樽のような胴体と、人の太ももほどに太い腕、そして短い足。まるでドワーフのような見た目をしている。
「あんたが依頼を受けてくれた素材屋か?」
「そうだ。キョウ・クロスゲートという。よろしく頼む」
「俺はゲンゾっていうもんだ。よろしくな。細っこい体してっけど大丈夫か?」
お互いに握手をして挨拶を交わす。
「大丈夫だ。それは仕事を見て判断してくれ」
「くっくっく。威勢のいい奴だ。早速だが、掃除を頼むぞ」
「分かった」
「よし、こっちだ。ついてこい」
俺はゲンゾの後について船内に足を踏み入れた。
中は見た目と同じように、コレットの船よりも広い。ただ、メンテナンスロボットが壊れてしまっただけあって所々汚れが残っていた。
「この辺りの個人の部屋以外を掃除してくれればいい」
「分かった」
船全体を一通り案内され、俺が掃除をする必要がある場所と道具がある場所を教えられる。
「とはいえ、馬鹿正直に掃除する気はないけどな」
こういう時におあつらえ向きの魔法がある。
「クリーンッ」
俺は個室以外の船全体を綺麗にするイメージで魔法を唱えた。
なんとなくカッコつけて指をパチンと鳴らす。
「おお!! こんな感じになるのか!!」
俺を中心にして球状に船内がまるで新品のように綺麗になっていく。それはみるみる船全体に広がった。
一応やり残しがないか、船内の状態を確認してみたけど、船全体がピカピカで塵一つ残っていなかった。
「おーい、掃除は終わったぞ!!」
ゲンゾ個人の部屋の扉を叩いて報告を入れる。
「はぁ? もう終わっただと? 何をふざけたことを……」
不機嫌そうな顔になって頭を掻いて室内から出てくるゲンゾ。しかし、俺の後ろの方に視線が移ると、ゲンゾの言葉は続かなかった。
「お、おい!! 本当に全部終わったのか?」
「おう。確認してもらっていいぞ?」
信じられないという表情で俺に尋ねるゲンゾに、俺は自信満々に答える。正直ロボットよりも綺麗にできた自信があった。
「ちょっと待ってろ!!」
ゲンゾは船内を確認するために走り出す。
「本当に終わってやがった……しかもピッカピカだ……」
「だろ?」
「ああ……」
暫くすると、ゲンゾは呆然とした表情で戻って来た。
「よし、これにサインしてもらえるか?」
俺は端末を開いてゲンゾに渡す。
「分かったよ。まさか一瞬で終わらせるとはな。一体どうやったんだ?」
「それは企業秘密だ」
ゲンゾは端末を受け取ってサインをしながら俺に尋ねるが、俺はニヤリと笑って口の前に人差し指を立てた。
「まぁ、飯の種を明かすバカはいねぇわな。ほらよ」
「ありがとう」
ゲンゾは納得した表情で俺に端末を返す。
よし、これで依頼完了だ。三十分もかからずに終わったな。これなら一日に複数の依頼が受けることができそうだ。
「またな」
「おう」
俺はゲンゾに見送られ、船を後にした。
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