《勇者覚醒》

「流石は頂の果てに最も近い怪物。人間の中で最も強く可能性に満ち溢れて選ばれた英雄でも届かないか。いや、当然の結果ではあるがもう少し抗って更に腕の七本か八本くらい切り落とせると思っていたんだがな」

「…………」

「まぁ起きた結果に嘆いていても仕方ない。どうしようもないのだから、考えるのは未来について悩もうじゃないか。とはいえだ、このまま起き上がったところで敗北の未来は変えられない。興が乗り魔法を解放し全力を出し始めているあの男には、気合と根性だけでは遠く及ばない。俺としては届いて欲しいし、あの男もそういうのは嫌いではないと思うがな」

「…………」

「あぁ、分かるぞ。どうすればいい、そう聞きたいのだろう? 安心しろあの男に一矢報いる手段ならばいくつかあるし、今ここで切れるものもある。本来ならばこんなところで切るようなものではないんだが...ここで切らなければ使わずに終わってしまうような気もするのでな。門は開けてやる、だからやりたいことをやるがいい」

「…………」

「英雄ではない、今のお前呼び起せ。そうすれば俺は力を貸してやる、俺の中に眠っている力を解放してやる、お前を一時的にだが押し上げてやる。単身でこの世界の全てを相手に出来て、神すらも容易に殺し得るだけの実力を保有しているあの男にお前の牙を届かせられるだけのステージにまでな」

「!!!!」

「行って来い...マイロード」


────────────────────────



ズゥヴァンッッッッッッ!!!!!!!!!!


コロシアムを覆っていた黒い輝きと爆発が白い輝きによって切り開かれる。伸びてきた斬撃を当然のように受け止めて握り潰したドラコーの視界の先で、切り開かれたことでゆっくりと霧散していく黒い光の中心でその手の剣を振りぬいたような姿勢をした男が立ち上がりドラコーを見ていた。


「……ほう、まだ立つか」


ドラコーは立ち上がった男を見て小さく呟き、そのまま拳を握り締め翼を羽ばたかせ、多くの感情多くの色を含んだ笑みを浮かべる。

立ち上がりドラコーを睨む男。白い炎が燃え上がり続けている獣の鱗の如く荒々しさと祭具の如く秀麗さを持つ白銀の鎧を身に纏い、右手には三本の剣が蛇のように絡まり合いながら真っ直ぐ伸びたかのような形をした長い白銀と金の色を持つ剣を持ち、左手には鎧の様な炎をそのままの形で加工してその周囲に緋色の鉱石を繋ぎ合わせたかのような異様な盾を持つ男。確実に死んだと思われていた英雄クラージュが装備を変えて再び立ち上がっていた。


「あぁ、情けない話だが立ち上がらせてもらった。それに、そこまで長い時間は戦えそうにない。俺の体と魂が耐え切れないらしい」

「くはは、いや構わん。限界を見誤り、お前を叩き潰そうとしたのは俺だからな。残りの延長戦を楽しもうじゃないか」

「ふはは、あぁそうだ。折角拾い上げられて貰った時間なんだからな、思いっきり全力で楽しむことにしようか」


ドラコーとクラージュは語り合い、笑い合う。楽しそうに、本当に楽しそうに二人は笑い合い、それから戦うために構えていく。ドラコーは翼を大きく広げて全身に力を入れて体の周囲に魔法を顕現させる。クラージュは盾と剣を強く握りしめて全身に力を入れて行き燃え上がる白い炎を昂らせる。


「勇者、クラージュ・エスポワール」

「……! 怪物、ドラコー」

「では」

「あぁ」


「「殺し合おうか、存分になァ!!!!」」


名乗り合い、吠えるように再開を告げる言葉を放ち、両者全く同時に動き出す。まるで鎖から解放された獣のように、ドラコーは拳を構えて魔法を追尾させながらクラージュに向けて飛び降り、クラージュは剣と盾を構えて空を踏みしめて駆け上がっていく。速度はそれほど速くはない、移動に込められた力というのもそれほどではない、だがそのぶつかり合いを引き起こそうとする両社の動きは異様なまでに速く異様なまでに重苦しく感じられた。



ドォッッッッッ!!!!!!


振り下ろされた拳と振り上げられた剣が衝撃を撒き散らしながら重なりぶつかり合う。拳と剣、本来ならば鍔迫り合うようなものではないその二つは空気を痺れさせ揺らしながら鍔迫り合う。どちらが強いという事はなく、完全に拮抗状態を形成する。重なり合っているだけなのだと錯覚するが鉄同士をこすり合わせた時の様な甲高い音が鳴り、鍔迫り合っている拳と剣は強い力が掛けられているように小刻みに振動している。数秒なのか、数分なのか、時間の感覚が分からなくなるような空間の中で二人は拮抗を崩していく。

全く同じ瞬間、同じタイミングで拳と剣を引き次の一撃を放ちに行く。ドラコーは打ち付けていた右の拳とは逆の左の拳を握り締めて振り下ろし、クラージュは盾を振りかぶり受け止めるのではなく殴りつけるように振り上げていく。


ドンッッッッッ!!!!!!


再び衝撃が撒き散らされる。拳と盾が重なりぶつかり合う、打ち付けられた拳は盾の炎に包まれて確かに肉を焦がされていく。盾は拳をしっかりと受け止めているが先程の剣と拳の鍔迫り合いの振動よりも大きく振動する。再び拮抗状態を作り出した、かのように思われたがそうではなかった。


「ぐぅっっ!!!」


クラージュの振るう盾、それは叩きつけられた拳を受け止めきれずに振動を大きくしながらしっかりと押し込まれていく。クラージュはそれを理解して押し返そうと力を入れていくが、上から下に向けて押し込まれるドラコーの力には敵わず抑えきれずに段々と自身の方へと押し込まれていく。


「オォッッッ!!!!」

「ぐがっ!!!」

ゴッッッッッ!!! ガァッッッッッ!!!!


そして拮抗は破られる。振り下ろされた左拳はクラージュの白炎の盾を押し返し、盾ごとクラージュを地面に向けて殴り落とす。足場から殴り飛ばされ、斜めに大きく地面に向けて鋼鉄を叩く音を響かせながらその全身を叩き落とされる。


ズッッドゴォォンンッッッッッ!!!!!!


空気と空間を揺らしながら落下し、地面を大きく捲れさせて礫を周囲に撒き散らしながら背中から受け身も取れていない姿勢で叩きつけられる。爆発したかのような衝撃を撒き散らし、その発生の中心であり発生の要因であるクラージュもただでは済まない、はずであったが即座にクラージュは立ち上がる。撒き散らされる礫と砂埃と衝撃の全てを切り払いながら立ち上がり、自身が落とされた頭上へとその手に持つ剣と盾を構えながら視線を向ける。そして、視界の中に自身へと迫り来る七つの魔法を捉える。


「ウオォォ!!!!」


声を上げながら四つを切り落とし、三つを盾で受け止めるクラージュ。そして力強く踏み込み、その場を中心として地面を白い炎で燃え上がらせながら、空から真っ直ぐに自身へと向けて飛び込んで来ているドラコーへと剣を振りかぶる。

そして三度剣と拳がぶつかり合う。

衝撃がその重なり合った場所を中心に突風のように広がり、バキバキと空間を軋ませ、燃え上がる白い炎を吹き飛ばし、空間を揺らしながら鍔迫り合う。そうしてぶつかり合いは拮抗状態となり、ミシミシとした音がぶつかり合う剣でも拳でもない何処かから響く。


ズバッッ!! ドッゴォッッ!!!!


そうして先程と同じく両者が同時に剣と拳を引き、そうして刹那の間を開けて同時に攻撃を叩き込む。だがそれは先程の盾と左拳のぶつかり合い、ではなくクラージュは引いた剣を再びその勢いを活かして叩き込み、ドラコーは全身を利用して拳を後ろに引いてその勢いを使って尻尾を叩きつける。


ゴッッ


同じタイミングで放たれた両者の一撃、だが先に相手へと届いたのはドラコーの尻尾だった。引いて振り下ろすという動きと拳を引いてそのままの尻尾の振り、その動きの違いが相手へと叩き込まれるまでの速度に違いを生み出す。先に叩き込まれたドラコーの尻尾の一撃、それは拳の一撃よりも軽く弱かったがそれでも人間一人を相手にするには十分過ぎる一撃であった。大きく骨と筋肉を抉るような音を尻尾と鎧の接触部分から鳴らし、鎧の炎によって尻尾を焼かれながらも剣を振り下ろそうとしていたクラージュを吹き飛ばしていく。吹き飛ばされたクラージュは地面に叩きつけられて滑るようにしてコロシアムの外縁に向かって一直線に吹き飛ばされる。地面を削りながら滑っていったおかげで勢いが緩まり、場外に出ずに済んだクラージュは盾で自身の周囲にある削られた地面を振り払い、剣を前方に向けて大きく横に薙ぎ払う。剣の動きに合わせて白い炎が広がり、津波のように地面を燃やしながらドラコーへと迫っていく。


「ふんっ」


迫り来る白い炎をドラコーはその手に構築した水で出来た槍を乱雑に横に振るい吹き飛ばし、剣を縦に構えて自身の周囲に渦巻く炎を構築しているクラージュへとその両翼を羽ばたかせてゆるりと向かう。


「此処に、我が蛮勇を示そう」


クラージュは詠唱を始める。


────────────────────────


【問、汝は何者か】

「我は勇者、勇を持って戦う者なり」

【問、汝は何故戦う】

「高みへと至る為に、強者への礼賛のために」

【問、汝が勇は何物か】

「蛮勇、義勇、豪勇、勇猛、勇敢、勇往...我が勇は万であり、我はそれを内包する」


問答のような独り言のような詠唱を紡いでいくクラージュ。拳を握り締めて襲い掛かろうとしていたドラコーは静止し、クラージュの詠唱が終わるのを待つ。数回に切り分けられた詠唱、紡がれるたびに渦巻く白い炎は熱さと激しさを増してクラージュを囲み続ける。


【問、此度は何故戦う】

「未来へのため、可能性を信じるため」

【問、勝利か敗北か】

「勝利を渇望する、勝利を望む、勝利を奪い取ろう」

【認証、開闢の時である。蛮勇を此処に承認する】


そうして、長いようで短かった詠唱は完遂される。

渦巻いていた白い炎、盾を構築していた白い炎、鎧を燃え上がらせていた白い炎、それら全てが縦に構えられた剣へと吸収されて行き、剣が炎をその中に取り込み白い輝きを放ち始める。盾は純白の盾に、鎧は白銀の鎧に、剣は輝きを放つ剣へと変化変化させ、その頭上と背中に剣から舞い出た火の粉を集結させていく。


「待ってもらって感謝する...第二ラウンドと行こうか」

「あぁ構わん。まだまだ楽しめそうじゃないか」

「ふはは...行くぞォ!!!!」

「くはは...来いよ、勇者ァ!!!」


燃える光輪、白い炎の翼を構築したクラージュが礼を述べてドラコーが気にするなと返事を返し、そのまま両者笑い合ってそれから真っ直ぐぶつかり合う。重い一撃同士のぶつかり合い、互い力を入れ続ける鍔迫り合い、それから両者共にその背の翼を使って大きく飛び退って勢いを作り出してぶつかり合う。クラージュが剣を振るう度に炎を撒き散らして全てを焼き尽くそうとし、ドラコーは撒き散らされる炎に対抗するために黒い水のような魔法を拳に纏わせながら殴る。


拳と剣、炎と魔法

両者持ち得る物を使ってぶつかり合っていく。


戦況として有利なのはクラージュ、ではなく先程から大した戦い方や使用する力を変化させていないドラコーであった。ぶつかり合う時の一撃は互角のように見え、その後の鍔迫り合いも同じだけの力が加わっているように見えるが、飛び退る一瞬の時間や再度ぶつかり合う瞬間の速度、それから振るう一撃の多様さ、それらを把握した上で今の戦いを見てみれば、ドラコーの方が余裕を持って動き一撃を放っている。今回が初めてとなる新しい能力の解放、初めての経験となる自身の翼による飛行と飛行戦闘、体力の限界を突き抜けて強引に動かしているが故の時間制限。クラージュが不利な状況になる要因は揃っており、それだけの不利条件を抱えて対等に戦えるほどドラコーは弱くなく手も抜いていない。故に一見すると対等だがよく見れば劣勢を必死に補い続けている戦いになっている。


だが、その状況にあってもクラージュは笑っている。

劣勢であることを理解し、実感しながらもクラージュは笑いながら空を舞い、ドラコーとの戦いへと身を投じてその剣を振るい続けている。楽しそうに、心の底から縛りなく楽しんでいるかのように。このどれだけの強者であっても混ざれず、文字通り命を奪い合う殺し合いとしか形容出来ない激しい闘争を。


認識不可インコンプリエンシビィリス掴み取る腕アルマ・カペレ

認識不可インコンプリエンシビィリス非常なる爪牙オミチディウム

認識不可インコンプリエンシビィリス固着する世界ムードゥスチェッサ


だが魔法の使用を解禁しているドラコーに、使用を解禁させたクラージュへと与える慈悲はない。むしろ此処で慈悲を与えて魔法を使用しないというのは、立ち上がり抗うことを決めたクラージュへの侮辱となる。故にドラコーは、短い詠唱と共に魔法を飛び退って次の一撃のための勢いを付けながら使用する。


「!?」

ドゴッッ!!!


何度目かは分からないぶつかり合いを繰り広げようとした瞬間、クラージュの体を見えざる何かが後ろへと強引に力強く引っ張る。そのまま後ろに引っ張られるほどクラージュも弱い訳ではないが、前への突撃だけを考えていたクラージュはその引っ張りによってガクンと衝撃を感じて一瞬だけその動きを止める。即座に知覚できない何かを振り払い、目の前に迫って来ているドラコーへと突撃を仕掛ける。だが、付けた勢いを殺されて咄嗟に立ち直ったばかりのクラージュが振るう一撃ではドラコーに遠く及ばない。


ゴッッ!! ズダンッッッ!!!


拳を鎧に打ちつけてその衝撃を貫通させる。鈍い音と共にクラージュの体を前に折ったドラコーはそのまま体を回して尻尾でクラージュを地面に叩きつける。再び地面を凹ませながら地面に落下したクラージュをこれまた知覚出来ない何かが襲い掛かる。砂埃も捲れ上がった地面も何もかもを巻き込んで地面に叩きつけられたクラージュを中心に、爪による切り裂きと牙による噛み砕きの残痕が激しい音を鳴らしながら広がる。


「ぐっ!? ォォォォオオオッッッ!!!!!」


血を噴き出しながらも傷の再生をしたクラージュは起き上がろうとしたが、全身を拘束して固定させられた感覚に呻き声を上げながらも拘束を振り払い、咆哮を轟かせながらその体を起き上がらせる。


ゴオォンンッッッ!!!


体を起き上がらせたクラージュに向かって、空から飛び降りたドラコーが放った蹴りが叩き込まれる。クラージュが声を吐き出すよりも先にドラコーが構築した魔法が蹴り飛ばされたクラージュに突き刺さり、飛んでいたクラージュは何もないはずの空中で何かにぶつかったかのようにあたり、そしてズリ落ちていく。


大地の牙デンテ・テルリス


そこに畳み掛けられる更なる追撃。ドラコーが指を鳴らしながら詠唱し、クラージュが地面に落ちた瞬間にその周囲の地面が牙のように鋭い形に変形し一斉にクラージュへと襲い掛かる。噛み砕こうとする牙のように、餌に集まる獣のように、一斉にクラージュに向かって変化した地面が襲い掛かる。


蛮勇それこそが我が覇道への一歩であるファースト・オブ・カオス


そして変化した地面の全てが白い炎によって燃やし尽くされ、その炎の中から盾をその手から捨てたクラージュがゆっくりと歩いて出て来る。


「面白い、本当に面白い」


歩いて出て来たその姿を見てドラコーはそう呟き、クラージュは剣を下から掬うように構えてその剣身に空いた手を添えて、それからゆっくりと指を沿わせて手の中に白い炎を引き摺り出していく。手には炎と剣、防御を捨てて攻撃だけを考えたクラージュの手札、それはクラージュ自身の覚悟と共に定められている時間制限がそこに迫って来ているという証明であろう。


「それにしても随分と惜しいな。時間の制限というのも、お前自身の制限というのも」


ドラコーもまたそれを察知し、静かに淡々と惜しむような嘆くような声で呟く。その呟きに反応することなくクラージュはその手の炎で空気を燃やしながら、炎を引き摺り出されて輝きを増した剣を構えた状態でドラコーへと向かって駆け出していく。



「故に、俺の本当の戦い方で相手をしよう」



ドラコーが一言クラージュに向けて放つ。その瞬間、駆け出していたクラージュは駆け出している途中の姿勢で時間をとめられたかのように停止する。呼吸は出来る、目も動く、声も出すことは出来る。だがその体を動かすことは出来ずに完全に停止させられる。


「さぁ、終わらせるとしようか。勇者よ」

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