モノマキア決闘大会、本戦三日目《教育的闘争》
「本日はよろしくお願いします!」
「あぁ、よろしく頼む」
「はっ! まだまだ未熟ですが、それでもかつてのあの日よりも強くなった我らの姿を見せられればと思っております!」
「あぁ、是非とも見せてくれ」
若い戦士の雄姿を見て、物珍しい料理の数々を食べて持ち帰った翌日。コロシアムに向かえばアングル、今日戦うことになるゴブリンたちの纏め役が出迎えて挨拶をしてきた。それに返事を返しつつ、その立ち姿を眺める。
随分と磨き上げた、そう感じたが口には出さない。
認めるのは戦いの中で、称賛をわざわざ口にしてやる必要はない。己自身が成長した、強くなった、磨き上げた...それは戦いの中で勝手に理解できる。アコニトの部下であり同法であり戦士である此奴らならば理解できるはずだから。
「そういえば、本日はお一人ですか?」
「ん? あぁ、グレイスたちは今日は宿で待機している。というよりかはラビ助とヘルディの2人が動けないからその付き添いでグレイスも傍にいるという訳だ。まぁ安心しろ、1対6だからといってお前たちを相手にするんだから油断している訳ではないからな」
「えぇ、その心配はしておりませんが...大丈夫なのですか?」
「命にも精神にも問題はない。言ってしまえば過度な酩酊状態に近い、その状態で外に連れ出してやるのは流石にどうかと思うから、置いてきた」
「なるほど、分かりました」
昨日の夜、宿に帰ってからだがラビ助とヘルディには異常なまでに希釈した俺の血を渡して飲んでもらった。体の変異や精神の摩耗などが始まるのならば即座に流れ込んだ俺の血を取り除き、グレイスの魔法による治療が実行できる状態で。取り込んだ時点では問題なく、おそらく2人の目的であるに個体の進化と種族の変化に関してはほんの少しだけだが進められた。とはいえ呪いたっぷりの俺の血を取り込んで何も影響がない状態で済んだ、ということは一切なく朝起きた時点で2人は頭痛と疲労感に苛まれており、俺には分からんのだがヘルディ曰く過度な酩酊状態に近しい状態になっているらしい。流石に戦えないだろうから宿に置いていったんだが、何があるか分からないからその時のためにもグレイスは宿に待機しているという事になった。
そういう訳で、今日は俺一人でアングルたちゴブリンの相手をすることになった。まぁ負けることはまず無いし、グレイスには悪いが成長を目の前で独り占め出来るのは少しばかし良い気分ではある。看病で待機しているグレイスには悪いが。
「あぁ、そうだ。アングル」
「なんでしょうか?」
「今日は闘争か教育、どちらがいい?」
「それは...悩みますね」
「うむ。どちらにしろ殺す気はないが、選択によっては俺の動きにも変化があるからな。闘争を選んだのならば俺は積極的に動く、教育を選んだのならば俺はお前たちの動きを全て受け止めてやろう」
「………教育でお願いします」
「ほう、それは何故だ?」
「成長を見て貰う一点においてはそちらが勝りますし、なによりも今一度御身の指導を受けられる機会を逃す理由はありませんので」
「そうか、では教育だな。頑張るといい」
「はっ! 失礼します!!」
指導を逃す理由はないか、あんな拙い指導でも満足していてくれたのは想定外だったな。……ある程度世界を廻り終わったら、アコニトたちのところに行ってもいいかもしれんな。アコニトが付き添っている新しく生まれた精霊とやらも気になるし。
とにかく、今日は存分に楽しませてもらおう。昨日も悪くはなかったが若過ぎた...今日のアングルたちは少なくとも命の奪い合いを経験して積み重ねて来ているからな。その差は非常に重きが置かれる。
「待機をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わん」
「ありがとうございます...他の参加者の皆様はどうかなされましたか?」
「体調を崩して宿にいる。ルール上は別に俺一人でも問題はないだろう?」
「はい、問題はありませんが...いえ、分かりました。明日には復帰出来ますでしょうか?」
「それは問題ない」
「そうでしたら大丈夫です。それではご武運を」
────────────────────────
『さぁ!! 激闘が重なった決闘大会も今日で三日目!!! 今日まで残っているのはまさしく真の意味での強者のみ!!!!』
『それでは、本日初戦を戦う戦士たちに入場していただきましょう!!!!!』
『まず入場しますは!!! 縦横無尽にコロシアムを駆け回る6人の戦士!!!!』
『あの森の出身であるから強いのか? 否!!! 彼らの実力はあの森の出身であることなどは一切関係ない!!!』
『言葉を必要としない連携能力!! 360度全てを見れているかのような空間把握能力!! その体躯からは想像も出来ない鋼の鎧を一撃で砕く腕力!! そして戦況を見抜き即座に対応する対応力!!』
『今日はどのような戦いを繰り広げれるのか!! 新進気鋭の戦士たち!!! ヴィーザル!!!!!』
まず呼び出されたのはアングルたち。入場口から落ち着いた様子で歩いて出て来て、各々の武器を手に握りしめて構えている。一見緊張か何かから動きが硬くなっているのかと思ったが、目や力の入れ具合を見るにその心配は無用らしい。むしろ少し感情を盛り上げ過ぎているような気もするんだが...まぁ大丈夫だろう。そのくらいならば叩けば治る。
『次に入場しますは!!! 最強!!!!』
『全ての勝負を無傷!! それどころか教師が生徒に指導をするかのような戦い様を見せつけて来た最強の呼び名に相応しい戦士!!!』
『今回こそその余裕を下されるのか!!! それとも下し切れずにこれまでと同じ様に!!! その最強たる戦い様を見せつけるのか!!!』
『マレディクタス!!! リーダー単独での出場です!!!!!』
呼び出されたので、行くとしよう。
……歩いて出ていくのも悪くないが、折角一人で入場するのだから演出でもしてみるか。コロシアムの上空に出現して、そこからゆっくりと降りれば良い演出になるだろう。さぁ、やってみるかな。
「「「ッッ!!!!」」」
ん? 何故怯んでいる? というか静かになったな、もっとうるさかった気もするんだが。ふぅむ、あまり盛り上がる演出ではなかったという事か...少し人間の間で話題になる劇でも探してみるか。機会と時間があれば観に行けばいいしな。
取り敢えず、今は教育を始めるとするか。
「さぁ、お前たちの輝きを見せてくれ。お前たちの闘志を見せてくれ。お前たちが自分自身を戦士だというのであるならば」
『第一試合!! 開始!!!!』
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「「「オオォォォォ!!!!!」」」
3人のゴブリンが咆哮を上げる。空気を大きく揺らしながらその声はコロシアムに轟き、それは並大抵の生物ならば恐怖によって身を竦ませる程の殺意と闘志が込められていた。そしてその咆哮を上げながら3人のゴブリンの内2人はその手に持った斧で地面を抉り土と岩と砂を巻き上げながらこれまでより速度を落とした状態、だがその姿からは強い闘志と殺意を漲らせて迸らせながら突撃をしていく。そしてその二人の前を槍を持ったゴブリンが真っ直ぐとした動きで槍を構えて突撃していく。
「ォォォオオオ!!!!!」
槍を持ったゴブリンが再度咆哮を轟かせながら、全身を使って手に持った槍を真っ直ぐに突き出す。槍の穂先が向かう先はドラコーの心臓、その中心に向かってブレずに真っ直ぐと空気を突き抜けて伸びる。
ドゥン!!
槍が突き刺さったにしては異様すぎる重低音が響く。槍の向かった先を見れば、足を軽く引いて体を逸らしたドラコーが片手で槍の柄を掴み取って、突き出された槍を完全に停止させていた。だが、槍を突き出したゴブリンは受け止められることを想定していたかのように、重低音が響いた時には既に槍から手を放し懐から取り出した鋭く研磨された鉄片を後方に飛びのきながらドラコーに向けて投げていた。とはいえそんなものはドラコーの体に掠りもしない、受け止めた槍で飛んでくる鉄片を叩き落し、そのまま柄をゴブリンに向けて投げ返していた。
ゴオッ!!!
その投げ返している隙を狙って、音も気配も殺した斧を持ったゴブリンがドラコーの両脇から斧を振りかぶっている。片方は跳び上がって上からの振り下ろし、もう一方は斜め下から斜め上への振り上げ。その斧の軌道は交差するように、それでいて斧と肉体によってドラコーの動くを阻害するようにしている。
どちらかには対応が出来ても、もう一方は対応し切れない。その場を動いて躱そうにも自由に動ける場所は抉り上げられた地面によって塞がれてどこにもなく、ゴブリンを押し除けた動くのであれば確実に間に合うことはなく、迫る一撃をその身に受ける事になる。
無論、ドラコーならばその手に金棒を即座に顕現させて周囲にいる二人を場外まで弾き飛ばすことは容易である。だが今日の戦いは教育であり、故にその手段を取ることは出来ない。
ガッギィィンッ!!!
なのでドラコーは受け止める事にした。体を捻り挟み撃ちの形で迫る二振りの斧をガントレットが付いているその両腕で受け止める。鋼鉄とぶつかり合ったような、異常に硬い物質と接触したかのような重く高い音が空気を揺らしながら響き渡る。斧が当たった腕を見れば一切の傷はなく、それどころかあれだけの音が鳴ったのに揺れたりもしていない。対して接触している斧を見れば、その接触部分を中心にしてヒビが入っており、素人が見ても分かるくらいにはもう数度振るえば砕け散るだろうと推測が出来る。また斧とそれを握る手は痺れているかのように痙攣しており、その場から動かすことが出来ていない様子であった。
「音だけではない。息を殺せ、気配を殺せ、殺意を殺せ。振るう一撃に殺意と闘志を込めながら湧き上がる殺意と闘志を殺せ。そうでなければ確実に殺せる不意打ちには一切ならんぞ」
地面に付けていた尻尾を浮かび上がらせ、伸ばしながらドラコーはその様に言葉を発する。伸びた尾の先を見れば、いつの間にかそこに出現していた斧を持った三人目のゴブリンが絡め取られていた。脇の下から首の後ろを回り、そのまま腕と首を固めるかのように尾が伸びていた。
「対応の隙を狙うのならば、もっと早く動け。狙いきれなければ一度止まれ。複数の動きを思考しろ、戦況は常に一度も逸らすことなく把握し続けろ」
そう言葉を発しながら尻尾を動かして左斜め前に向かって絡め取っていたゴブリンを放り投げる。バキリと骨が折れたのか、地面が砕けたのかよく分からない音を立てながら跳ねていくゴブリンを後目に、ドラコーは砕けた地面を利用して空に跳び上がった槍持ちのゴブリンにその視線を向ける。跳び上がったゴブリンは、ドラコーの手が届かない中距離から攻撃することができる槍の突き出し、ではなく柄を短く持って剣や斧のように刃を振り下ろす構えを取る。
「ーーーー」
そして槍を持ったゴブリンは音なき言葉を発して、それからその槍を振り下ろす。ゴオッと風を切る音を出しながら、摩擦で手の皮膚を焦がしながらその刃を伸ばし、その槍を全霊を込めながらドラコーに向けて振り下ろされていく。
それを視認したドラコーは自身の翼と尾を使って立ち直り始めた両脇の斧持ちのゴブリンを横に大きく弾き飛ばして、それから自身に向けて振り下ろされる槍へと警戒の必要がなくなり自由になった両腕で、対応を開始しようとする。
グオッ!!!!
大きく空気が歪められた音がドラコーの背後、周囲のゴブリンを薙ぎ払って警戒が緩んでいる背中側を起点にして響く。その発生原因は剣を持ったゴブリン、今この場にいる彼らの中で唯一の女であり、最も強く優れた指揮能力と暴虐性を保有する戦士である。
その実力は、この決闘大会が始まって以来無傷であったドラコーの体、翼の端で最も柔らかい部位ではあるのだが、はっきりと血を流させるだけの傷を振るわれた剣から伸びる風圧で刻みつける。
完璧な不意打ち、音が鳴りドラコーに気づかれはしたがその体は動かせず、仮にこちらに対応すれば振り下ろされる槍の一撃を受ける事になる。そもそも並大抵の防御ならば簡単に貫ける、魔法を使っている気配を感じていないが故に剣を振るうゴブリン、アングルはそのように考えていた。
「あぁ、素晴らしい。よくぞここまで磨き上げた」
「故に」
「少し、ステージを上げよう」
その考えを平然と当たり前のように褒めながら捩じ伏せるのが、教育として今の戦いを演じている彼らの長が忠義を誓う王であるドラコーなのだが。
「「!?」」
動けない、そう考えていたドラコーの姿が槍と剣を振るう二人の間から掻き消える。文字通り最初からその場にいなかったかのように、幻を見ていたかのようにその姿が消え失せる。
────────────────────────
「良い! 良い!! 良い!!!」
その場にいる全員が認識不可能な速度で上空へと移動したドラコーは、笑みを浮かべながら楽しそうに嬉しそうにそう言葉を紡いでいく。その表情は歓喜の色に満ち溢れ、その瞳はまるで美しい宝物を見つけたかのように輝いている。
「あぁ、もっとだ。もっとお前たちの輝きを俺に見せてくれ。もっとお前たちの成長を俺に示してくれ。もっとお前たちの闘志を昂らせてみせろ」
そうして続く言葉は煽り。あふれんばかりの称賛を込めて、もっとその力を見せて欲しいという強欲さを込めて、ゆっくりと地面に降り立ちながら眼前のゴブリンたちへとその目を向ける。降り立った瞬間に死角から飛来した岩を視線を向けることなく掴み取りそのまま握り砕いて砂へと変化させる。
そしてゆっくりとその手の中に金棒を顕現させて行き、それらかそれを再び己の武器を手に立ち上がり構えているゴブリンたちに向ける。
「では、始めよう!! 第二ステージの幕開けだ!!」
「ッッ!! 散れッッ!!!」
ドラコーが高らかに声を発し、その足を踏み出した瞬間にアングルは大声で叫ぶように他のゴブリンに指示を出しながらその場から姿を掻き消す。先程の不意打ちのように音も気配も殺しながらの移動ではなく、まるで迫りくる災害から逃げるかのようにその姿を掻き消す。アングルに遅れて他のゴブリンたちも動き始めるが、それと同じタイミングでドラコーが動き出す。短くとも長い、息が止まる激しく苛烈な戦いが繰り広げられていたこの試合、始まって以来一貫して先手を譲り、出を潰すことなく受け止めていたドラコーが、先手を取るために動き出す。
グォンッッ!!!
踏み込みによって地面を凹ませ、空気をその動きの速度と剛力によって地震が起きたかのように揺らし歪ませながら、ドラコーは動き出す。その動きの先にいるのは動き出しが1秒遅れただけの斧持ちのゴブリンである。
「ッ!!」
「甘い!!!!」
迫られたゴブリンは咄嗟に逃げようと踏み出した足を切り替えて踏ん張り、斧を両手で攻撃を受ける構えを即座に取る。だが、それは無意味であった。受けの上からならばまだ理解出来るが、水や空気がすり抜けるように受けの構えをすり抜けて金棒がゴブリンに直撃する。踏ん張りも受けも全てが無駄となり、ドラコーが振るう金棒の直撃を受けたゴブリンはそのまま地面と水平に吹き飛びコロシアムの壁へ叩きつけられる。
頑丈な仲間が一撃で叩き伏せられる。その光景を目の当たりにすれば萎縮するだろうし、これまでゴブリンたちの相手をして来た者たちは皆萎縮した。
彼らもそうなるのだろう、この試合を観戦する者たちはそう思ったが...ゴブリンたちはその事実を予測していた、いや当たり前だとして知っていた。
ブォンッ!!
大きな投擲音が掻き鳴らされる。音の方を向けば、ドラコーに向けて二本の槍が砕けて散らばっていた地面の破片と共に投擲されていた。その先を見れば槍を持っていたゴブリンが砕けた地面の破片を拾い上げては全力で投げてを繰り返していた。その投擲範囲は点ではなく面、投擲された二本の槍を中心にした大量の礫による隙間のない攻撃。とはいえ空高くまでは広がっていないし、砕けた破片が転がっているとはいえ無限にあるわけではないので受け切ることは容易い。そもそもドラコーの肉体にただの礫が傷をつけられる訳もなく、主役であり期待が出来そうな槍もただの鉄槍であるため貫くことはあり得ない。
それ故に真正面から全てを受け止めながら直進しても何の問題もないのだが、ドラコーは金棒を振りかぶり全身に力を入れていく。
「良い考えだが...即席が過ぎるなぁ!!!!」
パァンッッッ!!!
そして全身に力が籠った金棒を横に振る。まだ槍も礫も届いていないのに振るわれたその一撃、見誤ったかと思われたその一撃は大きな破裂音を響かせる。そしてその破裂音に続いてゴウッと強い風が巻き起こり、その風の発生に伴いドラコーに向けて飛んでいた槍と礫が消失する。文字通り何かに飲み込まれたかのように飛んでいた全てが消失する。
「武器は残しておくべきだったな!!」
そのまま第二打となる礫を放とうとしたゴブリンたちの前に無情にも動いたドラコーが立ち、動きを評価する言葉と共に二人の体は一瞬のズレもなく同時に吹き飛ばされて、同時にコロシアムの壁に衝突する。
「さぁ、次はどうする?」
金棒を再度構えたドラコーが、走り回り跳び回る音だけが聞こえている後方へと振り向きながらそう呟く。小さくあっさりとした言葉だが、その中にははっきりと喜びと楽しみの感情が練り込まれていた。
ダンッ!! ダンッ!!
「正面戦闘か...悪くない!! むしろ好ましいくらいだな!!! では、やろうか!!!!」
次に相対するのは斧を持ったゴブリン。未だに動き回り続けているアングルを置いて、二人のゴブリンがドラコーの正面に降り立ち斧を構える。その顔に恐れや自暴自棄の色はなく、闘志と戦意に満ち溢れて眼前に迫る敗北など見えていないかの如く真っ直ぐな目をしてドラコーと相対している。
────────────────────────
グォンッッ!!!
ダンッッ!!
斧持ちの二人とドラコーが大きな音を立てながら戦いを始めた時、アングルは全力で体と剣を動かして戦いの準備を進めていた。
……先程のドラコーの翼に傷を付けた一撃、それは無条件でただ全力の振りだけで放てるほどアングルは強くなれてはいない。では、何故先程は放てたのかというと。今も行っている準備を重ねた事によりあの一撃に限定して放つことが出来たのである。
その準備というのが動く事。自身の体を動かし、剣を動かし、命を揺れ動かし続けることにより、新しき隣人より得た結晶の力を混ぜ合わせた剣が動いた事で消費された物を全て溜め込み、意識を重ねて剣を振るうことで先程の一撃を放つことができるのである。
とはいえ、それは魔法の行使と似通った動きであり魔法が扱えないゴブリンには扱い切れなかった。そもそものはなしだが、普通に連撃を叩き込むよりも強い一撃を叩き込むにはかなりの速度で動き続け、剣を動かし続けなければいけない。出来るのなんて長であり、もはやゴブリンという種に収めてもいいかよく分からないアコニトくらいだと思われていた。意地と胆力だけで剣の扱い方を見抜き、トロル殲滅戦以降率先して狩りと討伐遠征に出続け幾多の死線を潜り抜けてきたアングルが、剣を振る適正を強引に勝ち取るまでは。
故にアングルは、ゴブリンにしては珍しい女でありながら戦士の道を選んだ女傑は、この決闘大会に参加する六人のリーダーであり、他の五人が死力を尽くして彼女とドラコーがぶつかり合わないようにしていた。ドラコーが動き出した瞬間の散開の命令、その裏には再び力を溜めるから時間を稼いでほしいという願いが込められていた。故に槍持ちの二人はあからさまに動きを止めて投擲戦を始め、今戦っている斧持ちの二人は出来る限り時間を稼ぐために食らいついている。
「(あと、少し..!!!)」
もうすぐ自身が扱える最大限を溜め切れる、だからもう少し耐えてくれそう願うアングルであったが、現実というのは残酷であり無情なものである。
「悪くはないが、動きに揺らぎがあったな。目的が何であるにしろ、己らの選択を疑うな」
そんな言葉がドラコーから発されると同時に、動き続けた彼女の両脇を相対していた二人が吹き飛ばされて突き抜けていく。それによって彼女は足を止めて、ドラコーの方へと全身を向けることになる。
「さぁ、お前は何を見せてくれる?」
金棒を構えた状態でゆっくりと歩き寄りながらドラコーはアングルに向けてそう告げる。対するアングルはここで放つか、再び距離を置くように動くことで最大まで溜め切ってから放つかで悩んでいた。
ここで放っても問題はない。先程の翼に傷を付けた時と同じだけの威力は出せるが、彼女の頭の中ではそれが通用する未来が見えていなかった。同じ手を二度受けてくれるほど甘い方ではない、それを知っているが故に彼女は剣を構えてドラコーに正対する。
不思議と距離を取る、ドラコーとの正面戦闘から逃げる気持ちは彼女の中から消え失せていた。今ここで戦わなければ次の機会は訪れないだろう、逃げれば皆の希望を裏切ることになるだろう、そう思った時点で彼女は体と剣をドラコーへと向けていた。
「貴方を、殺してみせる」
「ほう? 結構!!! それならば、やってみせるがいい!!!!」
飛び出したのは同時、攻撃を始めたのはドラコーが先手であった。筋力と手首のスナップを使って強引に軌道を捻じ曲げながら振るわれたその一撃を、全霊で見抜き剣の先を金棒の軌道に重ね合わせて逸らし、そのまま動きを止めることなくドラコーの横を抜ける。
伸びた尾が届かない位置まで抜ければそこで足を切り返し、再びドラコーに向けて剣を構えて突撃する。振り返っていたドラコーは再び金棒を振りかぶった状態で突撃してくるアングルを待ち構えていた。
ガァンッッッ!!!!
衝撃音。先程の強引なフェイントを一切使わず、ただただ振り下ろされた金棒の一撃は速く、そして重かったのだろう。先程のように受け流せないと即座に判断したアングルは剣を両手で抑えて、地面を大きく衝撃で凹ませながらも受け止め切る。だがその状態から完全な一撃は放てない、故にアングルはほんの少しだけ剣に溜め込まれた力を解放する。
「ぬ、これは」
真実を悟られるよりも先にアングルは受け止めていた金棒を押し返し、折れた足を動かしてドラコーから距離を取る。そして、突撃を行おうとしてもう足が動かせないことを理解する。ドラコーの一撃を正面から受け止めたにしては、一度距離を取れただけで十分ではあるのだが、この戦いを続けたいアングルにとっては不十分も不十分であった。
「ふむ...惜しいが、終わらせよう」
アングルの状況を見抜いたドラコーも幕引きの時間であると理解し、動けないアングルに向かってトドメとなる一撃を放つために動き出す。対するアングルも幕引きとなることを理解し、最後の大勝負を仕掛けるために剣を握りしめて構える。
グォンッッッッ!!!!!!
手を抜いてトドメを刺すのではなく、この試合で最も強い一撃を持ってトドメを刺しにいくドラコー。空気を超えて空間を軋ませながら駆け出し、金棒は肩に担がれてそれを持つ手には大きな力が加えられている。
動き出して刹那の瞬間
アングルは異様に世界が遅く見えていた。視線を潜り抜けていた時に見ていた光景と同じ光景、今から自分は死ぬのだと知らしめてくるその光景。それを捩じ伏せてきたのがアングルであり、今もまたその死線を乗り越えてやろうという気概が生まれていた。
足を踏み出す。何故かは分からないが、動かなかったはずの足が動き踏み込む力を入れられた。何でも出来る全能感に似た何かを心臓の奥底から湧き上がってきているのを感じ取っていた。
ズォンッッッッ!!!!!
ッッパァンッ!!
空気を薙ぎ払う音と甲高い弾かれる音が響き渡る。ぶつかり合った現場に目を向ければ、横薙ぎの動きをしていた金棒が大きく上に向かって弾かれていた。
「ッッ!! ……見事」
ドラコーは金棒を弾かれたことによって無防備を晒し、アングルはドラコーの一撃を弾いた事によりヒビが入った剣を両手で握り、薄らと赤く輝き始めた剣で全霊の一撃をドラコーに向けて振り下ろす。
無防備な状態で抉り込まれたその一撃はドラコーの肩に突き刺さり、赤い鮮血をその肩から噴き出してその場を赤に染めていく。
「……詰めが、甘いな」
そして、その言葉がドラコーから紡がれる。ゆっくりと噴き出していた赤い鮮血が止まり晴れた先にあったのは、肩に突き刺さった剣が肩の半ばで止まって骨に当たり止まっている光景だった。
「……貫けません、でしたか」
「胸を狙えば、勝利していたんだがな」
「勝つよりも、示したかったので」
「………そうか」
短く語り合い、それからドラコーは肩に力を加えて捻る事により突き刺さっている剣を弾き出し、そのまま自身の力に耐え切れなかった剣が砕け散っていくのを後目に、ドラコーは拳を握り肩から血が噴き出るのを気にも止めずに拳に力を込めていく。
「では、さらばだ」
「……はい。ありがとう、ございました」
「うむ、またいつか成長と輝きを見せてくれ」
そう短く別れを伝え合い、ドラコーの握りしめた拳がアングルの腹に突き刺さり、そのまま真っ直ぐコロシアムの壁に向かって弾け飛ばされていく。
『決着!!!!!!』
『激動の第一試合!!! 勝利を決めたのはマレディクタス!!!!! 六対一という人数不利を物ともせず!!! 勝利を飾った!!!』
『ヴィーザルも弱い訳ではなかった!! だが!! それ以上に最強のマレディクタスを率いる首領の実力は桁外れだった!!!!!』
────────────────────────
多分もう出ないドラコー式教育のステージ解説
ステージ1──攻撃を全て受け止めて跳ね返していくスタイル。今章の戦いは基本このスタイル、時間制限以内に傷を付けられたらステージ2に。付けられなければ実力不足として蹂躙開始。
ステージ2──攻撃を仕掛けていく暴力スタイル。圧倒的な暴力に対してどのように対応し、攻撃を抉り込めるかどうかをチェックする。一切容赦せずに物理攻撃を仕掛けていくが、基本的にこのスタイル以上は興奮状態なので止まらない。
ステージ3──魔法の使用を解禁、その代わり金棒を収納して物理攻撃をしなくなるスタイル。無尽蔵に放たれる魔法にどう対応するかをチェックする。多分人間の街でこれ以上のスタイルになることはない。
ステージ4──呪いの使用を解禁。不条理へどのように対応していくのかをチェックする。魔法以上に普通に死ぬ可能性があるので、基本的に誰かの教育をする上でこのスタイルにならない。
ステージ5──通常の戦闘スタイル。今回の戦いにおいて教育ではなく全力で戦ってくれとアングルが言っていれば最初からこの状態だった。基本的な戦闘スタイルとして魔法と呪いを大量にばら撒きながら、残像すら残らない速度で移動して物理攻撃を仕掛ける、能力に物を言わせた暴力スタイルである。
ということで作者でした。
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