モノマキア決闘大会、一日目《ゴブリンたちの初戦と瞬殺》

『な、な、なんとぉ!? 傭兵部隊が精鋭アッサルト!! 先んじて予選突破の切符を掴み取った要塞が如き防御のポルコを失ったぁぁ!!!!』

『対するヴィーザル!! 武器の消耗はなく!! 人員の喪失もなし!! それどころか大いに気分を高揚させているのか、武器を構え直して再度突撃を行おうとしている!!!!』


傭兵部隊ベスティア、それは人間社会の中ではあらゆる環境に適応してしっかりとした報酬を渡せば必ず依頼を完遂する名のある戦士の集まり。その精鋭ともあればそれ相応の実力を保有し、少なくとも初参戦のゴブリンたちぐらいならば容易に倒しきるだろうと観衆は予測していた。だが始まってすぐに豚の獣人であり要塞タンクのポルコが何もできないまま脱落させられ、それを実行したゴブリンたちは勝鬨を上げるまでもなく当然の結果の様に振舞っている。

観衆は驚愕から固まり、対峙しているアッサルトの面々も動き出せずにいた。想定していた戦略通りに動けず、それどころかダメージを受けていない者の方が少ないという状況。司令塔を担っている鳥の獣人は必死に思考を回していた。


そんなあからさまな隙を見逃す程、地獄から這い上がった獰猛な戦士であるゴブリンたちは甘くはないのだが。


「オオォォォォ!!!!」


唸るような声を剣を持ったゴブリンが上げる。それが再開の合図となり、各々の得物を構えなおしていた他のゴブリンたちは再び動き出す。動きとしては単調、愚直ともいえる直線で目の前に向けて突撃をするだけ。だが脳足りん、力なき者などが我武者羅にやぶれかぶれで行うそれとは違う、考え抜いた末での突撃。

固まっていた獣人たちだったが、鳥の獣人が指示を出すよりも早くに狼の獣人と弓を弾き飛ばされた猫の獣人が前線に飛び出し構える。狼の獣人は片方が鉈を取り出して構え、もう片方が猫の獣人に鉈を投げ渡して素手で拳を握り締めて構える。


そして激突する。


最初に突撃したのは最初と同じく斧を持ったゴブリン。狙いは無手の狼、ではなく鉈を持って構えている狼であった。まず一人目の突撃を狼狙いであることを悟った猫の獣人から横合いから妨害をして止める。次の斧の突撃を狙われていた狼が受け止めて重心を整える事で最小の力と最短の動きで受け止める。最後の突撃は無手が走っている前に飛び出して腕と胸を掴み取って振り回すようにして投げる。そこでゴブリンたちは狙いを変えて最前列に飛び出た無手の狼を狙い、左右に広がってフェイントと時間差を交えながら槍による攻撃を仕掛ける。左から迫るゴブリンは足の踏み出しを遅らせ、槍の突き出しを遅らせ、槍を短く持って全身を使って横に薙ぐ。右から迫るゴブリンは左よりも速く足を踏み出し、槍を長く持ったまま下から上に突き出し、狼によって上に逸らされた槍を踏みつけて勢いそのままに叩きつける。


「ルゥゥォォォォォオオオ!!!!!」


狼の絶叫にも似た咆哮が鳴り響く。左肩に深々と槍の刃が抉りこみ、右の脇腹にも同様に槍が抉りこんでいる。赤い血液が湧き水かの如く吹き出し続けている中で、無手の狼は自由を失い始めている肉体を動かしていく。

左腕を動かして肩に突き刺さっている槍、ではなくその槍の柄に乗っているゴブリンへと全身ごと突き出す。右の脇腹に突き刺さっている槍はその柄を握っているゴブリンの手を握りつぶす勢いで掴み、自身の動きに巻き込んでいく。


「グゥッ!!!」


伸ばした左腕が槍に乗っていたゴブリンの首を掴み取る。皮膚にその爪が食い込み流血させてもなお食い込み続けるほどの力で掴み取り、出血で真っ赤に染まった体をコロシアムの舞台の外に走らせる。ただでは死なない、是が非でも道ずれにする、ただそれだけの思考で狼は己の体を走らせていく。掴まれているゴブリンたちの抵抗を意にも解せず、真っすぐに舞台の外へと向かってい走っていく。目的を理解した他の獣人はその狼の助けになるために目の前にいるゴブリンを抑えることを重視する。鉈を持つ猫と狼は立ち位置を変えて邪魔しに行けないように、弓を持つ猫は投げ飛ばされて来たゴブリンに向けて弓を放つことで状況の理解をさせないように。鳥の獣人は彼らに送れて戦況を把握し、司令塔の役目を振り捨てて最後の一人である剣を持っていたゴブリンへと自身の機動力を活かして強襲する。


ゴトリ


音を立てて崩れ落ちる音がする。音の正体を探ろうとした獣人たちは、人数の不利を無くすために2人のゴブリンを道ずれにしようとしていた狼が倒れているのを視界に捉える。背中にゴブリンが持っていた筈の剣が突き立てられ、半ばで止まっていた筈の槍が振り切られて捕まえていた筈のゴブリンたちが解放されていた。首に手を当てて咳き込み、腕を赤を通り越して青くなっているのを見るに無傷では済まなかったというのは察せられるが、それでもまだ戦意は潰れていない。槍を握り締めてその目を戦場に向けている時点で、その事実を獣人たちは理解して覚悟を決める。が、そもそも音と嫌な予感に気を取られて対峙している相手から意識を逸らしてしまっている時点で彼らの末路は決定している。


鳥の獣人は剣を放り投げて無手になったゴブリンに首を抱え込まれて地面に叩きつけられて、そこから胸を全力で踏みつけられてボキボキという音と口から血を吐き出して意識を失う。鉈を持っていた狼は鍔迫り合っていた斧から手を放されて重心を崩し、その隙に懐から取り出された鋭利に研磨された石で四肢を突き刺されて外に蹴り飛ばされる。鉈を持っていた猫は斧の振り上げで重心を上に逸らされて、無防備になった胴体に斧を叩きつけられて部隊の外に弾き飛ばされる。弓を持っていた猫は弓矢の射撃が終わったその瞬間に距離を詰められて、そのまま顔を蹴り飛ばされて部隊の外に吹き飛ばされる。



『き、き、決まったぁぁぁ!!!!!!』

『勝者はヴィーザル!!! 終始戦況を優位に進め、躊躇も容赦も油断もなく今大会初参加の戦士たちが勝利を掴み取ったぁぁぁぁ!!!!!』

『第二試合!! 明日へと駒を進めたのは絶死の大森林より出てきた戦士たちだぁぁぁぁ!!!!』

『『『『『おおおおおおおお!!!!!!』』』』』


長いようで短い不思議な静寂の後、司会の興奮した声で勝者が宣言され、それに遅れて観客たちの様々な声が重なり合って咆哮の様に響き渡る。それを頭の上から受けながらゴブリンたちは各々の得物を回収しながら集まり、コロシアムの舞台から退場していく。


「未熟だったな、すまん」

「俺も油断した、堰き止められるとは思わんかった」

「それを言うならばあっさりと飛ばされた俺も悪い」

「いや、おれも判断が遅かった」

「俺もだな」

「私の判断が悪かったのもある。戻ったら一度動きを見直して、色々な状況に対応が出来るように考えを纏めよう。我らが王を失望させないためにも」

「「「「「うむ」」」」」


今の戦いの反省を話し合いながら。


────────────────────────


アッサルトとヴィーザルの苛烈な戦いの熱気を籠らせたまま、ドラコーたちの初戦の幕が開かれる。全くの未知数であるドラコーたち、それの相手をするのは昨年度準優勝を飾ったヴァイスリッター。第二試合で無名が名を世間に轟かせる強者を打ち倒したという事実があっても、観客たちはヴァイスリッターが勝つであろうと考えて、少し気を抜いた状態で観戦していた。


『第三試合!! 海獣殺しの英傑ヴァイスリッター!! 対!! 未知数の挑戦者マレディクタス!! 開幕です!!!!』

「さようなら」


小さな呟きと共に、灰色の長い髪を揺らしたグレイスが鎌を振るう。空間が圧に耐え切れずに悲鳴を上げて、振るわれた鎌が華奢な悲鳴を上げて、対峙して得物を構えていた騎士たちが疑問を浮かべるよりも早く全員同時に意識を落とす。胸元に付けられた参加証明のバッジを切り落とされながら、膝から崩れ落ちて倒れ伏す騎士たちを後目に下手人であるグレイスは静かに告げる。


「終わりましたよ、さぁ幕引きを」


『へ? あ、え? ………何が起きたのか私にも分かりませんが!! 勝者の宣言をさせていただきます!!!』

『勝者はマレディクタス!! 戦闘時間は数秒!! まさに文字通りの瞬殺で第三試合を終わらせたぁぁぁ!!!!』

『これが予選の枠を独り占めにした実力なのか!!! 実力の末端すら見せることも無く、前回大会準優勝まで駒を進めたヴァイスリッターを打ち倒す!!! 今大会で彼らの全力を引き出す猛者は現れるのか!!!!』

『当然のごとく!! 明日へとその駒を進めたぁぁぁ!!!!』


観客が驚きで固まっている中で、ドラコーたちは司会の声を背中に受けながらコロシアムの外へと歩き去っていく。最強、眉唾でもなんでもない文字通りの最強。それを彼らの背中に観戦している観客たちも、この大会を進行している司会者も幻視する。


声は少ない、だがそれはこの場で決定した。今大会の主役は彼らであると。英雄でも前回覇者でもジャイアントキリングの若者でもない、無名だが最強という呼び名以外似合わない彼らこそ今大会の主役であると。



────────────────────────


どうも、作者です。

何故グレイスが瞬殺したかは次回で語ります。まぁ、理由はものすごく単純な理由なんですけどね。


それでは作者でした。

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