晩餐

「はいよ、あそこの17って書いてある個室で食ってくれや!! 魔道具を使ってスシが流れてくるから好きに取って食べてくれ!! 一応メニューがあるから食べたいのがあれば部屋の中のマイク、黒い棒に向けて食べたい物の名前を言ってくれ!!」

「あぁ、感謝しよう。支払いは?」

「普段なら食い終わったら払って貰うんだが、さっき大金貨八枚も貰っちまったからな。好きなだけ食ってくれや! 店の在庫全部食い尽くす勢いでも全然構わんぜ!!」

「なるほど、では楽しませて貰おう」

「おう! 楽しんでくれや!!」


店の中に入ると身長3m越えの巨漢、確かオークという種族だったと思うそれが元気よく出迎えてくれ、俺たちの人数を聞いて店の説明をそのまましてくれた。そのまま店の個室に入って食べに行く、その前に初めての体験であるから店に色々と迷惑を掛ける可能性を考慮して、大金貨を八枚程度先に渡してみた。

まぁ前金感覚だったし、良い店であろうことは入った時点で分かっていたから多少多めに支払うつもりではいた。そんな旨を話せば対応してくれたオークの元気良さがさらに跳ね上がり、例えるならば強敵と戦っている龍と同じくらいには元気良さが跳ね上がった。

そのまま個室の鍵を手渡されて、前金で渡した金で好きなだけ食べて構わないと言われる。遠慮の言葉を返そうかと思ったが、心底気分を良さそうに話して来ていたのでやめておいて、グレイスたちを連れて17と扉に書かれている個室の鍵を開けて中に入る。


────────────────────────


扉を開けた先には、ソファが二つ対面を向いて並びその間に色々と物が乗った机、それから机の上を小さい皿に乗ったスシと呼ばれていた料理が二つの黒い楕円形の穴の間をゆっくりと流れていく光景があった。取り敢えず、思う事とか考える事は幾つかあるのだが先に席に着くことにしよう。


「取り敢えず、座るか」

「はい、それでは私はこちらに。ラビ助もこっちに」

『キュ!』

「それじゃあウチは、ご主人様の隣に失礼するっす」


俺とグレイスが対面でソファの奥に、グレイスの隣にラビ助が多分だが子供用のシートの上に乗り、俺の隣にヘルディが座る。座って、それからどうすればいいのか分からんのでヘルディに視線を送る。


「あ、はいっす。それじゃあ説明させて貰うっすね」

「頼もう」

「お願いね」

「はいっす。まず何を食べるかっすけど、これは目の前に流れてるのを好きに取って食べてくれて大丈夫っす。こんな感じっすね」

「ほう」

「それでどうやって食べるかっすけど」


俺とグレイスが説明を頼めば、ヘルディは実演を交えながら教えてくれる。

まずは目の前を流れるスシを皿ごと持ち上げて自分の前に置く。次にその取ったスシにせうゆと書かれた瓶から黒い液体をかける、濃い味であるから数滴ぐらいが丁度いいらしい。そしてそれを、箸という二本の小さい枝みたいなので持ち上げて食べる。

こういう手順とのこと。ちなみに箸の取り扱いが難しければフォークがあるのでそれで食べてもいいし、あれだったら素手で手に取って別の皿にせうゆを出して食べても大丈夫らしい。結局美味しく食べれればそれで何も問題はないということ。あとは、注意点として取った皿は戻してはいけないという事も聞いたな。


「なるほど、助かった。感謝する」

「いえいえ、全然大丈夫っすよ」

「ふむ、難しいと思っていましたが意外とすんなり扱える物ですね。ラビ助、どれを食べたいですか?」

『キュ、キュキュイ』

「白いの、あぁこれですね。持ち上げて、これを数滴ほどかけて...はい、どうぞ」

『キュ! ……キュー!!』

「美味しかった様でなによりです。……さて、何を食べましょうか。んー、私はこちらの綺麗な物にしましょうかね」


「ラビ助が心配だったっすけど、満足してくれているみたいでなによりっすね」

「うん? あぁ、まぁ確かにそうだな。ラビ助がかなり特殊とはいえ、見た目はウサギだしな」

「そうっす。肉を普通に食べるし、千切って焼いて軽い味付けが出来るっすけど、見た目はウサギっすから....見た目しかウサギ要素なくないっすか?」

「鳴き声もウサギだぞ。まぁ、無駄なことを考えるのはやめて食事を楽しもうじゃないか」

「そうっすね、それでご主人様は何を食べるんっすか?」

「取り敢えず、全種類一つずつ食べてみようとは思うんだが、最初はどれにしようか悩んでいる」

「なるほどなるほど、それならオーロペッシェはどうっすか? 赤身っすけど、味はさっぱりとしていて食べ始めにはいい物っすよ」

「ふむ、ならそれにしようか。どれだ?」

「少し待って下さいっすね...今、流れて来たのっすよ」

「これか、では頂こう」

「はいっす。それじゃあウチも同じのを」


せうゆを数滴かけて、では食べるか。箸は...難しいな。持ち方は教えて貰ったが、使えそうにない。

……仕方ない、フォークで掬い上げて食べるか。


…………美味い、美味いな。魚本来の味、この場合はオーロペッシェが持っているスッとした甘み、それがこの下の米から香る酸味とせうゆの持つ風味によって引き出されている。それもただただ引き出すのではなく、甘みを際立たせながら米とせうゆの味も同時に口の中で広がる。それに、これは切り方か? よく分からんが魚もただ単純に切り出して食べるのとは違って、しっかりとした食感と溶けてゆく様な感覚が混在している。美味い、それ以上の言葉はないな。


「…満足出来そうっすか?」

「これで満足出来なければ、それは強欲が過ぎるな」

「ふふ、確かにそうっすね」

「あぁ」


「ではヘルディ、もう少しお前のおすすめを教えてくれるか?」

「えぇ、いいっすよ。グレイス様とラビ助はどうするっすか?」

「私は、遠慮しておきましょう。見た目と香りで気になった物を取っていますしね」

『キュイ!』

「ラビ助も、遠慮するとのことです」

「了解っす。それじゃあご主人様だけっすね」

「その様だな。では、頼もう」

「お任せ下さいっす」



────────────────────────



それから、見聞きしたことのある魚から見聞きしたことがない魚まで多種多様なスシを食した。

見聞きしたことがある魚はブランルパレ、シュスタブリア、ノツヴォダといった海の魚たち。見聞きしたことがない魚はゴルザガス、エスカリオ、グライテン、ラヴシュカといった温暖な海や河川の魚たち。どれも美味しかったのだが、特に衝撃が走るくらいに美味しいと感じたのは、ソレイユナジェとマードレイヴの二つ。スシ自体の完成度も込みで考えるのであれば、個人的には王肉を相手に勝るとも劣らない味だった。


ソレイユナジェは太陽が出ている間は空を泳ぎ、太陽が沈んだあとは海底に潜って眠るという特殊な生態をした魚らしい。味を例えるならば太陽そのものを食べている様な感覚で、舌の上に乗った時点でその身は溶け出し暖かく朗らかで甘みと旨みが混ざり合ったかの様な深い味わいが口の中に広がる。さらにそれだけでは止まらず、食感もまた途轍もない。まるで肉を噛んでいるかの様なしっかりとした食感、そして口の中で溶けることを考えられた分厚過ぎず薄過ぎない、職人の業とでも呼ぶべき技術を感じられる身の食感。ただ一つ言うのであれば、単品で完成しているがためにこの後に食すスシが味気ないと感じられてしまうことくらいだろうか。実際、何皿分かのスシは少々物足りなさを感じながら食べることとなってしまった。


マードレイヴは月光が海に降り注ぐ間だけ活動し、それ以外の時間は海に溶け込んで何処にいるのか分からないという生態をしている魚らしい。味としてはとてもまろやかで、舌の上にいつまでも残らないあっさりとした綺麗な味わい。後に続く物を際立たせるかの様にスッと、まるでそよ風の様に突き抜けて月明かりの様に自然と流れていく様な淡い味わい。そしてそれらを塗り潰すまるで肉を食べているかの様な歯応えを叩き込んでくる食感。控えめな味わいからは想像も出来ないインパクトの塊の食感に一度目は驚いたが、二度三度と繰り返していると癖になり食べ続けたいと思えてくる不思議な魅力があった。個人的には温められた酒が欲しくなったが。



と、こんな感じで食事をゆるりと進めていった。

初めて食べる魚に舌鼓を打ち、生では食べた事がなかった魚に舌鼓を打ち、ミソとかいう調味料を使って作られた味噌汁という名のスープを飲み、最初に案内してくれた店主から多種多様な魚が盛られた丼を食べたりと充実した食事の時間を過ごした。ちなみにグレイスのお気に入りは俺と同じソレイユナジェとマードレイヴ、ヘルディのお気に入りはイカとタコ、ラビ助のお気に入りは味噌汁らしい。ヘルディを除く俺たちはイカとタコという生物を今日初めて見聞きしたので、いつか生きている姿を見たいなと話しているとヘルディから、リザードマンの村の近くにある海に生息しているらしいので決闘大会後の目的地はリザードマンの村になることが決定した。


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オークの店主

この道に入って30年の自称新参者。故郷から出て来て行き倒れていたところを拾ってくれた男に師事し、後継も弟子もいなかった男の技術を受け継ぎ、そのまま男の亡き後は店を継いで経営している。モットーは美味しいと言って貰うこと、満足して貰えればそれでいいという考えで寿司を握り、味噌汁を作り、揚げ物を揚げている。主人公に対する好感度が高いのは、己の誇りでもある店を良い店と言って貰え、まだまだ拙い己の腕を一目見て信じて貰えて好感度が跳ね上がり、その上で目を疑う大金をポンと出してくれたことでテンションも同時に跳ね上がる事になった。ちなみにこの後満足した顔で礼を言ってくるドラコーたちに米と酢と醤油を売ってくれと頼まれたので、仕入れたての在庫を無料で渡した。総額で言うと大金貨8枚では足りないくらいだったが、後悔はしていない。

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