異形、現出

自由大都ミゴン、悠久ダンジョン地下大領域アンダーグラウンド入り口前

喧騒が絶えず広がっているその場所に多くの人間が武器を構え防具を身に付け、緊張の面持ちで入り口に繋がる大穴を見続ける。

最前線に立っているのは白い鎧の騎士、黒い甲冑の武者、深い青い色の装束に身を包んだ少女、身の丈以上もある長さの槍を持った青年の四名。

彼らの後ろに武器を抱えた多くの人間が待機し、その後ろには大量の瓶が乗った馬車の荷台とその周りに複数の人間が立っている。


ピリピリとした痺れる様な空気が広まり続ける中、彼らの視線の先にある大穴からゴソリという何かが崩れる音が薄らと発される。

騎士が固く剣と盾を握り、武者が腰の刀に手をやり、少女が何処からともなく杖を取り出し、青年が肩に乗せていた槍を構える。


断続的な音の発生に続く様に緊張が走る

僅かな時間が永遠に感じ続けているその中で揺れと共に大穴が弾け飛ぶ



『閻ケ縺梧ク帙▲縺滂シ∝ッ?カ翫○??」溘o縺帙m??シ』



大穴を覆っていた建物を吹き飛ばしながら、血が混じった石と砂を振り撒きながら、異常な重音を轟かせながらそれが飛び出してくる。


まず目を引くのは異常にまで肥大化した腹だ。石と水を同時に詰め込んだ風船の様に、所々で何かが飛び出そうとしている雰囲気を感じさせる大腹。深い裂傷の痕が無数に残り、その傷痕からはドロドロとした血がゆっくり流れているのが目に見えて理解できる。また中身がまだ生きているのか気のせいなのかは分からないが、時々その膨れ上がった大腹は短くそして小さく痙攣を不定期に繰り返す。


次に目を引くのは異常に伸びた細長い両腕と強引に折り畳まれた細長い両足だ。指が無ければ枯れ枝が突き刺さっているのだと思える骨と皮だけの四肢は、ぶら下がっているかの様に力無く揺れ、伸びた腕は何箇所にも渡って千切れる事なく捻られている。折り畳まれた足は明らかに骨や関節を無視しており時々ピクピクと蠢いているが、それに対して一切の反応を異形は示さない。痛みや苦しみがある筈なのにだ。


そして最後肉に埋もれ、滴り落ちる流血、異常すぎる腹に四肢に目を引かれて認識が最後になった頭部。元々は竜か蜥蜴か分からないが鱗のある生物だったのだろうが、酸を頭から被り続けた様に溶けて何もかもが繋がっている様に見え、鼻と側頭部まで大きく裂けた大きな口だけしかない異常としか言えない頭部。閉まり切らずに薄く開いた口の端からは布の欠片や噛み千切られた鉄片、ぐちゃぐちゃになった肉片が零れ落ちて地面の上に転がって行く。



「ひっ、あ、あぁ...」

「うっぷ、おぇ..はぁ、ぁ、ぁ」


嗚咽と悲鳴が集まった人間たちの中から溢れる。

小さくごく僅かから始まったそれは、冷酷で残酷な感染症の様に集まった人間たちの間に広がって行き、膝を屈し武器を落とし恐慌していく。


「……悍ましいことこの上ないな」

「……だの。それにこの声はダメだ、竜種の咆哮ハウルの方が遥かにマシに感じる」

「スゥー、フゥー、ハァー...ちょっとヤバくないですか? もうなんか、怖すぎるんですけど」

「こりゃヤベェわ。軽口叩く暇も、後輩の育成がどうとかも言ってる暇ねぇわ。引けるなら引けよ」


「………動ける奴らは動けないのを連れて行け、サポートは俺とスタラが担当する」



人間たちの会話が終わるのを待っていたのか、喉に引っ掛かった何かが落ちるのを待っていたのか、異形は恐慌していない人間たちの話が終わった瞬間にごくんと大きく喉を鳴らし、重音を轟かせながら動き出す。


『縺?◆縺?縺阪∪縺シ?シ?シ?シ』


異形は垂れ下がっていた両の腕に力を込めると地面を砕く様な勢いで腕を叩きつけ、それから弾かれた様に尋常ではない速度で人間たちのいる場所まで飛ぶ。

移動の衝撃で周辺の地面と建物の壁へヒビを入れながら真っ直ぐと飛び込んでくる。


「起動せよ、アイギス」


人間の中で最初に飛び出したのは騎士だ。

短く淡々とした呟きと共に片手の盾を構える。その瞬間盾が白い光を放ち、半透明の大きな盾を形成する。

その盾を地面に突き立て、片手に持った剣も地面に突き立て衝撃に備える体勢を取る。


そして異形が盾に激突する。

ドンという音とピシリという音が異形と盾の接触面から発され、受け止めた騎士は地面を削りながら後方に後方に数m程度押されるが、そこで停止しきり盾が砕かれる事も無く異形を押し留める。

止められた異形は己を止めた盾を煩わしそうにして、それから腕を大きく横に広げて盾のない場所から騎士を掴み取らんとする。


「下がれ、ドンナ」


短く小さな呟き。

その呟きを聞いた騎士、ドンナは地面に突き立てていた盾と剣から手を離し後ろに飛び退く。

制御する者が居なくなった盾は音も無く霧散し、その半透明の実体を消していく。盾にもたれかかる様な体勢だった異形は、支えを失った事で倒れ始める。


「死ぬがいい」


倒れ始めた異形の前に武者が飛び出す。

そのまま刀に手を添えて小さく呟きながら抜刀、刀の残影を残しながら振るう。六度に渡って刀を異形に向けて振るい、最後に大きく一文字を描く様に刀を振り下ろし、そして地面に突き立てられた騎士の盾と剣を回収してその場を飛び退く。


「ザ・キューブ・オブ・アブソープ」


武者が飛び退く瞬間に詠唱が締め括られる。

帽子を深く被った少女が、青く輝く宝石が複数付いた杖を真っ直ぐに向けながら魔法を解き放つ。

四肢が首が胴体がばらけ始めた異形が後方、少女の放った黒いキューブの魔法に吸い込まれていく。

大きさが足りずに異形の全てを吸い込み切れなかったが、崩れ始めた赤く輝く心臓を表に見せた状態で異形を止める事に成功している。死が近いことを悟った異形は腕を心臓へと伸ばそうとするが、その腕はもう異形の胴体に繋がっていない。


「翔けろ幻想、グラム・アナザ」


槍を構えた青年が、掬い上げる様に槍を投擲する。

投げられた槍は黒と赤の閃光を渦巻かせながら飛び、音を超えて異形の心臓へと届き、そして刺し貫く。

貫かれた心臓は赤い結晶を交えながら弾け飛び、未だに吸い込まれていた異形は声を上げることもなく灰へと変わり果てていく。灰になった異形はキューブに吸い込まれて行き、残骸を一つ残らずかき消す。


それを見て少女は安堵したかの様に息を吐き、杖を振るってキューブを破壊する。青年も同様に息を吐き、投げて転がった槍を回収しようと歩いていく。



だが、異変は終わらない。


ぐちゅり、そんな生々しい音が青年が回収しようとした槍から轟き響く。


咄嗟に駆け出した騎士が盾を構え、武者が青年を掴み下がろうと動き出したが、遅い。


枯れ枝の様な腕が青年の槍の持ち手から伸び、そして青年の体を握り締める。



『豁サ縺ュ谿コ縺呎ュサ縺ュ谿コ縺呎ュサ縺呎ョコ縺ュ豁サ縺呎ョコ縺ュ豁サ谿コ豁サ谿コ』


呪詛の様に重音を轟かせながら、青年の槍を取り込みながら、心臓を砕かれて消滅したはずの異形が再誕する。圧倒的な怒りと殺意と怨嗟をその重音の中に含みながら、異形は元通りの姿へと戻り再誕する。


そして掴み取った青年を口に運び噛み砕く。躊躇いも抵抗感も何もなく、一瞬で噛み砕く。鮮血が吹き上がり、異形の頭部を真新しい鮮血が塗り潰す。



『谿コc縺ゅ§djs鬟歸縺都縺代>縺冽!!!』


異形が重音を轟かせる。



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惜しかったね、人間諸君

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