占星術者、或いは

「おやおやおやぁ? 珍しい、というか見た事がないお客さんだねぇ? 今は出払っていてこんな末端のババしかいないけど、それで良いのならば相手をしてやれるよ」


占星術を掲げた店の中に入れば、店の中には特定の条件下で起動する呪具と祝具が壁全面に立て掛けて並べられていた。目線をやれば数字にモネと書いてある事から売り物なのだろうと推測出来る。


店の中にいたのは、黒い長髪で耳が長い女とその後ろで姿を薄めている霊体スピリットだった。

実力としてはそこまでではないのだろうが、何処か奇妙と言うべきか特殊と言うべきか、普通ではない何かを抱え込んでいるのは感じ取れた。

少なくとも末端、なんて言葉で言い表せる様な存在であるのは確かだと思うが、態々指摘する理由は一切ないので何も言わないが。


「……表を見て気になってな。相性とやらを見てくれるんだろう? 俺たちを見て貰えないか?」

「ひひ、いいよぉ。さぁ、そこの椅子に座って待ってなぁ? アタシは必要な物を持って来るから」

「あぁ」

「失礼します」


用件を話し、座る様に示された椅子にグレイスの手を引いて座る。女はそのまま何処かに行ったが、霊体はその場に留まってその視線をこちらに向けている。

気付いているか、そういった意図を込めてグレイスへと視線を送れば肯定を意味する頷きが返ってくる。


つまり、この霊体は自身の姿を掻き消していないという事になる。俺とグレイスでは直視できる霊体の状態が異なっており、姿を意図的に掻き消した霊体をグレイスは直視出来ない、というのをあの大草原地獄で潜ったダンジョンで確認済みだ。

姿を掻き消していないという事は敵意や害意がある訳でもないという事なので放置しておいていい。

仮に今はいない女に取り憑いているならば離れないだろうし、もう少し悍ましい姿をしている筈だからその点で心配する事はない。


「ひっひ、待たせたねぇ」

「気にするな、この店の中は見た事がない代物ばかりで、見ているだけでも楽しかったからな」

「ひひ、欲しい物があれば言うさね? ババが調整してやるからさ...っと、そんな事より相性を見るんだったね?」

「あぁ」

「ひひ、それじゃあ始めるよぉ。

儀式中は静かにしておくんだよぉ?」



始める。そう女が言った瞬間、店のあらゆる場所から青空と夜空が混ざった様な空に浮かぶ十七の星が両面に描かれたカードたちが飛び出し、俺たちが座っている目の前にあるカウンターの上に積み重なっていく。

魔法の反応はない、霊体も微動だにしていない、ただ当然の様にカードたちは飛び出して集まった。


「星は導きさね。前を向けなくなって立ち止まってしまったモノ、道を閉ざされて見失ってしまったモノ、否定された末に諦めてしまったモノ。

そんなモノのための導きが星さね」


じっくりと染み渡らせる様に呟きながらカードをパチン、パチンと音を立てながらカウンターの上に並べていく。そのたびにカードの星は輝く様に明滅する。

その明滅はカードを置くたびに強く、そして明るさを増していく。


「ひひ、星は何でも見ているのさ。

善も悪も罪も業も宿痾も何もかもをね。

──だからこそ星は導くのさ。神なんかよりもずっと正しく、残酷に、真実を叩きつけながらね」


十七枚を並べ終えた女はそう語り、いつの間にか取り出した黒白の水晶体を音も無くカウンターに乗せる。それからパンパンと二回手を叩いて、音を鳴らす。

その直後、黒白の水晶体は粉々に砕け散って砂の様になり、並べられていたカードたちは端から順番に赤い炎に這われる様にして燃え尽きていく。


「ひっひっひ、驚いてちゃいけないよ?

今までの工程は準備さね、ここからが本番じゃぞ。

─────星は此処に、そのレプリカを。十七の星辰は揃い、掲げられた願いを返還する。

セプテンデチィ・ステライ・クワィ・オブセルバ」

「落とせ墜とせ堕とせおとせ...

確たる事実ではなく、星が見出したる理を。

セプテンデチィ・ステライ・クオッド・エスト」

「星は廻り、彼方の時にその輝きは潰える。

その悲しき定めの中で、生命の輝きを見届けたまへ。

セプテンデチィ・ステライ・ミラクルム・デテルミ」


三度の詠唱、それに合わせて机の上に散らばった砂となった水晶体と燃え尽きて残骸となったカードが再び輝き出し、カウンターの上を這う様に動いて一つの形をゆっくりと成していく。

詠唱が進む毎に輝きは増し、形は完成していく。



数秒か数分か。女の詠唱は終わり、這う様に動いていた砂と残骸は形取る。十七個の星から光の線が伸びて捻れ合い円を成した奇妙な絵の形を。


「ひっひっひ、面白い結果だねぇ?

普通は二、三個くらいには出てくるもんなんだがねぇ……まぁいいさ、結果は結果さ。

………うんうん、素敵じゃないか。綺麗で美しく、それでいて歪まない、素敵な結果さねぇ」

「………どういった結果だ?」

「ひっひ、すまないねぇ忘れていたよ。

相性占いだったね? あんたたちの相性は最高、なんて言葉じゃ言い表せないよ。

互いが互いにとって唯一無二、その混じり合い始めた運命は新しきを受け入れながらも決して解けない。誰も否定出来ず、邪魔する事が叶わない文字通りの永劫をあんたたち二人は生きていけるみたいだねぇ。

アタシの見出した十七の星々はそう示したのさ」

「……ほう」

「ふむ、なるほど」


まぁ、悪くない結果だったな。

当然誓っている事実を示されただけだったが、他人からそれを確固たる物として言われるのは悪くない。

それに、占星術というのも非常に興味深い。魔力に魔法の反応は微弱に感じるが、それ以上に全く未知の技術を直接間近で見れたのは良かった。


「色々と興味深かった。代金だ、受け取ってくれ」

「んん? こんなには貰えないねぇ。占うだけならば百モネだよ、戻しなぁ?」

「いや、占星術を見せて貰った礼も含んでいる。

それに俺は金に困っていない、持っていても余るだけだから貰ってくれ」

「………はぁ、仕方ないねぇ。

ならついでにこれを持っていきな。あんたとあんたの家族への害意を逸らす御守りさね」

「ふむ...ではありがたく貰っていこう」

「ひひ、そうしてくれると助かるよ。

ささ、もう用が終わったのならば次の場所に行きな」

「そうさせてもらおう。行くぞ、グレイス」

「はい」

「ひひ、あんたに星の見守りがある様にね」


グレイスの手を握り、女に空いている手を振ってから店の中から出ていく。ついでにそのまま貰った御守りとやらをグレイスの手首に結んで着けておく。




────────────────────────




薄暗く外からの光が遮断された屋内で、すれ違えば老若男女関係無しに全ての人が振り返る様な美女が大きなため息を吐きながら椅子にもたれ掛かる。

女性の周囲には紅茶が入ったカップが二つ空中に浮かび上がっている。


「はぁぁぁ、本当に疲れたわねぇ。

そんな興味を引く様な建物じゃないし、寧ろ薄気味悪い雰囲気だったんだがねぇ。

…………あれが最後の呪い背負いねぇ」


長く尖った耳を揺らし、心底疲れた様な顔をして女性はカップを手に取り中身を飲む。その動作は非常に美しく、女性の気品の高さを表していた。


「本当に元人間なんだか分からないわねぇ。

底は一切見えないし、表層でさえ全力を出さないと見れないし...なにより占星術が魔法じゃないことに気づいていたみたいだし。隣の伴侶も含めて、存在を希薄化させているアンタに気づいていたみたいだし。

………化け物、というより神みたいなモノかねぇ」


椅子の背もたれに全身を委ねて、天井を見上げながら女性は心底疲れた様に言葉を重ねる。




女性の名はアルヒ。長命種であるエルフ、その中でも史上で三人しか存在していないオリジン原初の名を冠するエルフである。ハイ高位でもエルダー最高位でもない、神々が創り出したエルフの原型であり創世の初期から生き続け、現在において唯一生き残っているオリジンエルフである。

占星術と呼ぶ自身で作り出した儀式を使い、視点の一点だけは神々と同列になった存在でもある。


「…………まぁいいわ。どうやら本人たちは温厚な様だし、人間が要らないことをしなければ影響は出ないでしょう。サタン、干渉しそうな奴を事前に消しておくか、すり潰しておいてくれない?」


椅子から立ち上がり、カップの中身を飲み干しながら彼女は背後に佇む存在に向けてそう告げる。

背後に佇んでいた存在は同じ様にカップを飲み干し、そのまま姿を部屋の中から存在を掻き消して行く。

それを認識してから彼女は空中に浮かんでいるカップをかき集め、カウンターの上に置きながら深いため息を吐く。


「はぁ………なんか嫌な予感するし、最も新しい勇者がこの街に来るって言ってたし、遠出しようかな。

……あ、ダメだ。オーナーが近々来るって言ってたから店を閉めて遠出してられないや。

…………………もう寝るか、店も閉じよう」


そう言って彼女は指を軽く振り、そのままカップを持ち上げて店の奥に消えていく。



オリジンエルフの占星術利用の占い屋。

入れたら御の字、会話出来たら幸運、占いまでやってくれたなら向こう数十年は運の巡り合わせが良い。

そんな評価をされている事を彼女は知らずに、今日もまた気の向くままに店を閉じて怠惰に過ごす。


彼女の店は、今日も静かだ。

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