デートへ

「うん? 今日は休むのか?」

「はい、ちょっと昨日の疲労が残ってまして...

朝起きた時に自主練習をしようと思ったんですが、昨日の様に上手く形成させれませんでしたので...」

「そうか、まぁそれなら仕方ないな。

ゆっくり休むという...あぁ、疲労が薄れて魔法の形成が出来る様になったら撃ち出すところまではいかなくても良いが、属性の付与まではやっておけ」

「はい!!」


……うーむ、今日も昨日と同じように指導しようと思っていたんだがな。予定が無くなってしまったな。

どうしようか...あぁそうだ! 時間が出来た事だし、グレイスとデートに行こうか。


「先生はどうするんですか?」

「グレイスとデートにでも行ってくるかな」

「ほほーー、行く場所って決まってるんですか?」

「ヒノクニ亭と森林宿舎とやらには行こうと思っているな。あとは適当に興味を持てた場所に、だな」

「なるほどなるほど、でしたらこちらをどうぞ!!」

「うん? これは、街の地図か?」

「ですね。えっと、ここがヒノクニ亭でこっちが森林宿舎ですね。ヒノクニ亭はお昼に訪れた方が人も少ないですし、おすすめですよ」

「ほう、ありがたく貰っておこう」


………ふむ、それならば昼食はヒノクニ亭で摂るとして、それまでは商業地区を適当に回ってみようか。

そうなると、早速出発しようかな。


「それでは、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい先生」


目の前に座っているレメに出発の挨拶をして、返事を受けながら部屋を退出して、屋敷の出口に繋がる廊下を歩いて行く。

その道すがら、レメのいる部屋から離れた位置でスッと呼吸をするように簡単に放つ。


「グレイス」

「お呼びですか?」

「時間が出来たんだ。今から俺とデートにでも行かないか?」

「行きます」

「良かった、準備はあるか?」

「いえ、今日はお茶会も無いので特にしておく事もないですし、準備はありません」

「なら早速行こうか」

「…はい!」


名前を呼べば最初からそこにいたかのように現れたグレイスをデートに誘い、了承されたので立ち止まって顔を見ながら左手でグレイスの右手を握る。

少し驚いたように目をパチクリしているグレイスの様子を小さく笑って、手を引きながら歩いて行く。


自由に旅をしていた時とは違う、歩幅も並びも合わせて歩いていく。愛しい相手だと、そうはっきりと言える女の手を握って。


────────────────────────


「行きたい場所はあるか?」

「そうですね...特に、ありませんね。

まぁ急ぐことはありませんし、ゆっくりと歩きながら決めましょうか」

「あぁ、そうだな」


屋敷の門番に声を掛けて、閉じられていた門を開けてもらって外に出ながらそう会話をする。

俺が行きたい場所は無いので、グレイスがあるのならばそこに行こうと思ったが、グレイスも無いようなので手を繋ぎながらゆっくりと歩いていくことにする。

取り敢えずは店の中、ではなくその前の空いた空間に広げている露店を見ていこうかな。



「ここは、手芸の露店か?」

「えぇ、そのようですね。マフラーに手袋、それからあれとあれは何でしょう?」

「あれは、確かカーディガンに毛布だな。サルバのところで見た覚えがあるぞ。確か防寒具だったか」

「なるほど...あの道具、何処かで見た記憶が」

「あれは手芸をする道具だな。龍峡でも一般に広まっていたから、見覚えがあるんじゃないか?」

「なるほど...少しお待ちいただいても?」

「うん? いいぞ」

「それでは……………お待たせしました」

「おかえり。それで、道具を買ってどうしたんだ?」

「いえ、私も少しやってみようと思いまして。

出来上がったら、お渡ししますね?」

「そうか、それは...楽しみだ」

「はい、是非ともお楽しみにお待ち下さい」




「あれは、何でしょうか?」

「髪留めの一種だな。確か海に囲まれた小さい島国から由来した物で、確か簪だったか」

「ほう、中々に綺麗な髪留めですね」

「あぁ...うむ、少し寄っていこうか」

「?? はい」

「ありがとう...すまない、少しこれらに触れてみてもいいだろうか?」

「うん? おぉ!? どうぞどうぞ!!」

「感謝する。………ふむ、この装飾は何だろうか?」

「それは、妻の自作の装飾ですね。旅行先でみた珍しい真紅に輝く牡丹にその周りを飛び続ける青い蛍、そしてそれを支えるように生えた十二本の蔓。

それを一つの装飾の形にしたそうですぜ」

「ほう...良い代物だな。値段は幾らだ?」

「生憎それは一点物なんで...えー、88万モネになりますね。どうします?」

「買おう...これで幾らだ?」

「ワァオ……あぁ、それで90万モネですね! ちょっと待ってください、今お釣りを」

「あぁ釣りは要らん、貰っておけ」

「へ?」

「うむ、実に綺麗な簪だな。

……グレイス、受け取ってくれるか?」

「…えぇ、勿論です。今は髪を結っていないので着けられませんが、後日着けてお見せしますね?」

「あぁ、よろしくお願いする。

…楽しみが増えてばかりだな」

「ふふ、それも良い事じゃありません?」

「まぁ、そうだな。実に良い事だ」

(熟年夫婦!? この見た目でものすっごい熟年夫婦みたいなんだが!? スゲェ! 良い物見たわ!!)




「うん? あれは、何だ?」

「ん、あれは確かクレープとかいう物ですね。

ルズナさんから聞きましたが、柔らかい生地へ生クリームとフルーツを挟んだ甘味らしいですよ」

「ほう...グレイス」

「はい、食べてみましょうか?」

「…すまんな、こういう物には弱い男で」

「お気になさらず、私も食べてみたかったですし。それに私は、可愛らしいと思いますよ」

「……ありがとう」

「いえいえ」


「こんなに直ぐ焼ける物なんだな。

それに、んく、甘さが控えめで美味いな」

「そうですね、うん美味しい。あのプレートがあれば多分再現出来そうですね」

「うむ、保管してある食材で何とか出来そうだ。

………あの丸いプレートじゃないが、焼き物用の鉄板ならあるな。仕切りでも作ればプレートの代わりになりそうだな」

「あら、でしたらまた後日試してみませんとね?」

「あぁ、そうだな」




「あれは、武器を売っているのか?」

「んー、武器だけじゃなさそうですよ。薬草に防具、それから鞄に中身が入った瓶がありますね」

「ふむ、という事は冒険者の戦利品の露店か。

確かあの塔の中で見つけた代物に似ているしな」

「そう見たいですね、見に行きます?」

「いや、やめておこう。買う気も無いのに訪ねては失礼だろうしな。それに興味もそこまで湧かない」

「まぁ、そうですよねぇ...あ! そういえばあの塔から持ち帰って、読んでいる本がありますけどどんな本なんです?」

「本? あぁアヴェスターか、あれは黒系統の魔法に召喚魔法が載っている本だな。まだ触りの部分しか読んでいないが」

「へー...読み終わったら貸して貰ってもいいですか?」

「勿論...何か気になるのか?」

「召喚系が気になりますね...次回までにはあの蛇王を召喚出来るようになっていたいですし」

「ほう、そうか...

あぁ、そうだった。頼みたいのだが、いいか?」

「大丈夫ですよ、貴方の頼みなら何でも」

「そうか、ありがとうグレイス」




「あら? 結構良い装備をした人たちがいますね」

「うん? あぁ本当だな。周囲の人間の反応を見る限り有名な奴らなんだろうな」

「そうみたいですねぇ...あ、建物に入って行きましたね。薬草特有の匂いがするので、あそこは病院か何かでしょうか?」

「病院、というより薬品店じゃないか? 弱っている気配というものがないしな」

「はえー、何だか忙しそうですねぇ」

「龍峡じゃ絶対に利用する奴がいないからな。

揃いも揃って傷を負ったまま生活してるし、治せるのに治そうとしないしな」

「まぁ、うん、私は何も言えません。ママンもパパンもそういう性格ですし、そもそも気が昂った時は抱き合っているか戦っているかのどっちかですしね」

「俺が見ていたあの優しいヴァイスは...最初からいなかったな。普通にジジイどもを縛り上げてたわ」

「ママン、現在の龍峡で上から数えた方が早いくらいに強いですし、パパンも基本的に喧嘩になったらボロ雑巾にされてますし」

「そうだなっと、馬車が来ているぞ」

「あら、話が面白くて見てませんでしたね。

ありがとうございます、ドラコー様」



────────────────────────



_:(´ཀ`」 ∠):難産だった、本当に。

デートってこれで良いのか? 分からんぞ、俺には一切経験が無いんだからな。


ちなみにこいつらデートに出掛ける前からずっと恋人繋ぎで手を繋いでます。途中で物を買ったり、受け取ったりする時以外はずっと。

物を持たなくて良いとかいう利点を活かしてずっと手を繋ぎながら幸せ全開で歩いてますね。


それをずっと頭の中に浮かべながら、今話を書いていた作者の口の中はジャリジャリよ。ブラックコーヒーが美味しい。

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