第12話 令嬢、慰められる5

アイリーシャは、机に向かいミハイルへの手紙の返事に再び悩んでいた。

経験値が少ない彼女には、このような場合に適切な文面が直ぐに浮かんでこないのであった。


酷く悩んで、あまり馴れ馴れしくならず、礼節を欠かない文面を心がけた結果、出来上がったのは非常に事務的な文章になってしまったのだった。



〜〜〜


ミハイル・メイフィール様


お招きいただきありがとうございます。

丁度私もお渡ししたいものがございましたので、ご都合がよろしい日にお伺いさせてください。


アイリーシャ・マイヨール より


〜〜〜



「どうかしらエレノア。変なところはないかしら?」

兄は既に自室に戻ってしまっているので、唯一側にいる侍女に書き上げた手紙の内容の確認を求める。


「特に……おかしなところはないと思います。」

エレノアは、主人からの変なところはないか?の問いに忠実に答えた。


(アルバート様がこの文章を聞いたら、手紙と花束をもらって嬉しかったとか、訪問を楽しみにしていますとかそう言ったことを書くように直させるだろうな……)


アイリーシャの文章におかしな所は無い。ただし、飾り気のない文章だなとは思ったが、侍女として聞かれてない事には口をつぐんだ。


エレノアにお墨付きを貰えたことに安心すると、アイリーシャは早速手紙をメイフィール家に届けさせた。

すると直ぐにミハイルからも返信が届き、メイフィール家訪問は、ミハイルが登城予定のない五日後に決まったのだった。




そしてメイフィール公爵家訪問の当日を迎えた。


あの夜会の日からずっと引きこもっていたアイリーシャにとって、これは実に十日ぶりの外出だ。


「やぁ、リーシャ。これからメイフィール公爵家へ伺うのかい?」

「はい、お兄様。これから行ってまいります。」

玄関ホールで馬車の支度を待っていると、兄がやって来た。


「そうか。うん、今日のドレス姿も可愛いよ。ミハイル様も見惚れるんじゃないかな。」

本日のアイリーシャは、青と白のドレスを身に纏い、顔の横でゆるく三つ編みを結いていた。

「まぁ、お兄様ったら。」

兄のお世辞に、アイリーシャはふふっと笑った。その笑顔は実に愛らしい。


「それはそうと、お前に頼みがあるんだ。この手紙を僕からだってミハイル様に渡してもらえないだろうか?彼とは一度話してみたかったんでね、お前がきっかけになってくれないか?」

そう言って、アルバートは一通の封筒をアイリーシャに渡したのだった。


「まぁ、お兄様はミハイル様とお話ししてみたかったのですね。わかりましたわ、お預かりしますわ。」

そう言ってアイリーシャは深く考えずにアルバートから封筒を受け取ると、メイフィール家へと向かった。


この手紙によって、事態が進展するとは知らずに。



***



昼下がり、ちょうどお茶の時間にアイリーシャはメイフィール家を訪れた。


「よくいらしてくださいました。」

「お招きくださり有難うございます。ミハイル様。」

到着すると、ミハイルが出迎えてくれたので、アイリーシャは最上級のカーテシーを持って応えた。


登城予定のない今日、ミハイルは普段の城仕えで着ている正装とは異なり、装飾の少ない非常にシンプルな服を着ていたが、その出立ちは洗練されていた。


(流石、美丈夫は何を着ていても美丈夫なのだわ。)

などと、アイリーシャはミハイルの容姿に目を奪われたが、それは一瞬の出来事だったので、相手には悟られなかった筈だ。


そして、その逆も然り。

ミハイルも同様に本日のアイリーシャの出立ちに心を奪われたが、平然を装い相手に悟らせなかった。


「ではアイリーシャ様。早速ですが我が家の薔薇園にご案内いたします。どうぞお手を。」

そう言って、手を差し出されたので、アイリーシャはそっと手を添えた。


男の人にエスコートされる経験など殆どなかった。身内である兄をノーカウントとすると、それこそ、婚約者候補の令嬢達で持ち回った、王太子殿下の夜会でのパートナー役になった時位しか覚えがない。


(あの時も随分とドキドキしましたが、今も同じくらいドキドキしますわね……)


王太子殿下の時は、憧れの人の隣を歩けることに胸がいっぱいとなりドキドキしていたが、今のこのドキドキは一体どこから来るのだろうか。そんな事を考えながら歩いていたが、風に乗って漂ってきた薔薇の香りに気に取られてその答えは有耶無耶となってしまった。

目的地に到着したのだ。


「さぁ着きました。こちらです。」

ミハイルは満面の笑みで自慢の庭をアイリーシャに紹介した。


案内された先には、庭一面に薔薇が咲き誇り、荘厳たる絶景が広がっており、その美しさにアイリーシャはただただ目を見張ったのだった。

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