恋!(プロット集)#03

進藤 進

第8話 ひとみ23歳の恋(1)

時はバブル崩壊後、間もなくの頃。

中堅商社の恋バナです。


ひとみは早くから両親を亡くし、ファザコン気味のキュート(古い?)なオフィスレディ。

一回り以上年上の青井課長に反発しながらも恋心を抱くようになっていた。

その夜も同期会の後、忘れ物を取りにいった深夜のオフィスで青井が一人で残業しているのを見かけたのだった。


時代は平成の初期。

パソコンは高価でオフィスの主体機器も「ワープロ」だった。


オジサン世代は四苦八苦してOA機器に挑戦していた時代でした。


※※※※※※※※※※※※※※※


大きなエレベーターに一人、ひとみは乗っていた。

階の表示は27階を指している。


二次会に行く途中、会社に傘を忘れた事に気がついて取りに来たのである。

みんなと別れ際、つき合うという優子にひとみが言った。


「一人で大丈夫よ。

たぶん、誰かは残ってるだろうし・・・。


守衛さんに言って、誰もいなかったら上に行かないでおくわ。

駅のそばの、いつものカラオケボックスでしょ?

店の人に、何号室に入ったか伝言しておいて・・・」


エレベーターをおりると、営業部はまだ一部明かりが点いていた。

守衛さんに聞いたら、まだ誰か残っているという。


もう十時に近いというのに、日本のサラリーマンはよく働くものだ。

ドアを静かに開けるとパチン、パチンと断続的な音と共に、人の話し声が聞こえてきた。


「せ・・・いー・・・いっぱい、と・・・。

いっ、やな・・・?


い・・・?

ええいっ・・・

ちっちゃい「つ」はどこやねん?


これかぁ・・・?

ハテナと、ちゃうわいっ・・・。


もぉ・・・。

消すんは、どれやったかいな・・・?


おー、これや・・・。

やるやないか、俺もー・・・?


つー・・・つー・・・

と、もうええわいっ・・・


「せいいつぱい」と・・・。

何で、漢字にならへんのやー?


アホとちゃうか、このワープロ・・・

ちょっとぐらい、まけてくれやー・・・。


ええ?

ほーか・・・。


どうしてもまけん、ちゅうんやな・・・?

わかったわい、ええわ、ひらがなで。


その方が味が、あるちゅうもんや・・・」


ひとみは、コピー機の影からずっと見ていた。

笑いをこらえているのか、細い肩が小刻みに震えている。


(プーッ、何やってんだか・・・・。


いるのよねー、今時、こんな人が・・・・。

TVに出してもいいぐらい。


こんなおかしーの、お金出してもいいわ・・・) 


しばらく声を殺して笑っていたが、ハンカチを取り出して笑いすぎて滲んできた涙をふき、手伝ってやろうと立ち上がった瞬間、青井の携帯電話が鳴った。


「ああ・・・俺や、何や美都子か・・・。

おお、案外、時間かかってな・・・。


うん、メシはええわ、さっきパン食ったから。

先に寝とってくれ・・・。


うん・・・もうすぐ帰るさかい・・・。

えっ・・・?

勇太にかわる?

そうか・・・。


勇太か・・・

パパやないやろっ、お父ちゃんって言えて、

いうとるやないか・・・。


明日仕事やけど何ぞ、みやげでも買うてったるわ、

何がええんや?


ビー玉?

ビーダマン・・・何やそれ、

それがええんやな・・・

えっ・・・色んなタイプがある?


わからんわ、そんなゴチャゴチャした名前・・・

いくらぐらいするんや・・・・。


五百円から七百円ぐらい・・・

安いな・・・えっ、パーツがある?


ええわ、適当に十個ぐらいこうてったらどれか当るやろ・・・。

ママにかわるて・・・おお美都子か・・・

ほしたらな・・・。

ああ、鍵は持っとる・・・おやすみ・・・」


電話を切ると、青井は再びパソコンに向かっていった。

部屋から、ひとみの姿は消えていた。


エレベーターの中で、ひとみは一人腹をたてていた。


せっかく手伝ってやろうと思ったのに、家族愛丸出しの青井の電話を聞いて、すっかりやる気をなくしてしまったのである。

同期会の席で、奥さんが美人と聞いていたせいもあった。


「何が、おとうちゃんよ、

でれでれしちゃってさぁ・・・・。

確かにパパっていう顔じゃないけどさ。

美都子さんっていうのね、奥さんの名前・・・」


エレベーターが1階に近づいてくるに従って、ひとみの怒りもだんだんおさまってきた。 

守衛のオジさんに挨拶して、ビルの通用口を出る頃には、かえって後悔していた。


本当の夫婦であり家族なのだから、嬉しそうに話したっておかしくないのだ。

むしろその方が家族を愛しているのだから、いい事なのだ。


でも・・・と、ひとみは思った。

何か、おもしろくないのだ。


青井の嬉しそうな声を聞いたとたん、足が前に進まなくなって思わず部屋を飛び出してしまったのである。

明日の役員会に提出する大切な書類だというのに、そんな小さな理由で帰ってしまうなんて。


暫くビルの前の歩道にたたずんでいたひとみだったが、タクシーを止めると中に乗り込んで自分の家の住所を告げた。

そして携帯電話を取り出すと、ボタンを押して耳に当てた。 

 

「あっ、優子・・・私、ひとみよ。

ううん・・会社には誰もいなかったの・・・。

それで、ごめん・・・何だか疲れちゃって、

今、タクシーの中なの・・・。


悪いけど今日は帰る。

ごめんね・・・山中さん・・・?

いいわよ、気にしないで、優子さんにさしあげますわぁ。


どうせ、私はアブノーマルな中年好きでございますから。

オホホホホ・・・・なーんてね。

冗談抜きで楽しんでね・・・。

じゃあね、おやすみ・・・」


携帯電話をポケットにしまい、後ろを振り返ると高層ビル群の影が夜空を切り取っていた。 

まだ明かりが点いている窓が、ちらほら見える。


青井がいる辺りはどこだろうと探してみたが、タクシーが大きく右折して見えなくなってしまった。

春とはいえ、夜は少し肌寒いと思った。


明日は土曜日、役員会は朝の十時から始まる。


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