第20話 装備の前に片付けたい事がある
ザーレさんから全身隈なく採寸された後、装備の事を含めて諸々打ち合わせをする事になった。
何時までも伯爵家令嬢のフランソワーズさんを放置できないしな。
一応、秘密裏に師匠からオートギュール伯爵にフランソワーズさんの無事は報せてあるらしい。
拐われて奴隷になった証拠はもうないので、帰ろうと思えば帰れるのだが、それで問題が解決する訳じゃないので、オートギュール伯爵からも暫く教会で預かって欲しいと報せてきたそうだ。貴族とはいえ教会に表立って敵対はしないし、加えて有名な放浪の聖女の元なら安全だろうと言う事らしい。
「ただ、実行犯とその周辺はどうにかしたいね」
「大元は無理なのか? 誘拐を依頼した奴を潰すべきだと思うぞ」
師匠がフランソワーズさん達を拐った奴らの事を言ったのだが、俺は逆に手を下した末端の奴らより、そのもっと上、敵対派閥の黒幕貴族をどうにかした方がいいと思う。
「ああ、小物の貴族ならサクッと潰すんだけどね。大物の貴族は潰した後の周辺への影響が大きい。それと犯罪組織の大元は対象が大き過ぎる。私達も幾つも潰してはいるんだけどね……」
「あの手の輩は、権力とも密接に繋がっているからな」
確かに一つの力のある貴族を潰すと言っても、それが周辺に与える影響を考えないといけないか。俺が一つの貴族家を潰した所為で、この国が揺らぎ他国から攻められる切っ掛けになるのも避けたい。
だいたい大まかなこの西大陸の国の数や配置は勉強した。それで俺の感想は、思った以上に国の数が多いという事だ。
そして安定した統治をする国もあれば、今も周辺国への野心を隠さず、常に戦争状態にある国もある。
この西大陸では、一度過去に大陸統一まであと一歩というところまでいった大国も存在したらしいが、その国を牽引する覇王と呼ばれた者が寿命で没すると、後継者争いで内乱となり、群雄割拠の戦国時代となったそうだ。
幾つもの小国に分かれて争い、滅亡と興国を繰り返し、今は比較的落ち着いている時代だそうだ。
そんな中、大陸中の国を跨ぐ闇の組織が出来上がった。
犯罪組織なら潰すのに躊躇いはないし、世間に与えるマイナスの影響も少ないと思うが、この組織が厄介なのは、一つの大きな組織ではないってところだ。
強力な権力を持つボスが君臨する組織ではなく、幾つもの組織が集まって出来ている。
ヒュドラの頭のように、九人のボスが存在し、例え一つの組織を潰しても、違う頭がそれを補い、次の頭を用意する時間を稼ぐ。
教会の情報網を持ってしても、一度に九人のボスを潰すのは難しいらしい。
「教会本部のクソ坊主の中には、その組織と繋がっている恥知らずも居るからね」
「まぁ、居るだろうな」
俺も日本で力ある宗教組織の人間を誅した事があるので、宗教家だから善良だなんて幻想だと知っている。
特にこの世界では、形は違えど同じ神を崇める。
ただ、地球でのキリスト教や仏教のように、色んな宗派に分かれ、ともすれば宗派間の血で血を洗う抗争すらあり得る。
話が逸れた。ようするに、諸悪の根源である貴族はタイミングを見て潰せそうなら潰す。このまま放置するなんて有り得ない。犯罪組織に関しては、結局もぐら叩きにはなるが、やらないよりはマシなので、今回の実行犯とその指示を出した組織を潰す方向で話はまとまった。
「クズども相手なら装備が無くても大丈夫だな」
「そうだね。犯罪組織の構成員なんて、高くてもランク4が居ればいい方さ」
犯罪組織なので、当然荒事には慣れているが、基本的に自分たちより強者とは争わない。当然、日々真面目に鍛錬などする荒くれ者など居ない。
「いや、でもランク4って、世間的には高いんじゃないのか?」
周りが高ランクばかりで、師匠に至ってはランク7の英雄クラス。俺の感覚がおかしくなりそうだが、世間ではランク4は十分強い筈だ。
「まぁ、この国の騎士団長やベテランハンターと同等の強さだね」
「そんなのはヒュドラにもそんなに居ないさ」
師匠が言う騎士団長やベテランハンターという例えがピンとこない。バルカさんは、そもそも犯罪組織にはそこまで警戒する強者は居ないと言う。
因みに、バルカさんは犯罪組織の名をヒュドラと仮称する事にしたみたいだ。俺が命令系統が複数あり、一つ潰しても再生する犯罪組織の仕組みを、地球の神話に出て来るヒュドラみたいだと言ったら、ちょうどいいと仮の呼称になってしまった。
「ならその点は問題ないな。あとは動くとしても土地勘がないのと、少し常識があやしいくらいか」
「シュート、教会の情報網は甘くないよ。ボスクラスは難しくても、末端の奴らを特定するくらい簡単さね」
「それにイーリスの使い魔は偵察向きだからね」
「使い魔ですか?」
俺はまだこの世界に来て浅い。一人で情報収集は難しい。だけど師匠は、今回はヒュドラのボスの居所を特定する訳じゃない。末端の組織を特定するくらいなら簡単らしい。教会の情報網は優秀だと言う。だけど俺がそんな会話の中で一番反応したのは、バルカさんが言った「使い魔」と言う言葉だった。
俺もマッドなクソジジイから様々な知識を強制的に与えられたが、何もまったく自由がなかった訳じゃない。その自分の時間を読書に使う事もあったし、その中には魔法使いが出て来るようなファンタジー小説もあった。
バルカさんが言う使い魔が、俺の想像するモノと似たようなモノなら、少しワクワクしてしまう。
「シュート君には見てもらった方が早いだろう。イーリス、呼んでもらえるか」
「ああ」
バルカさんに頼まれ、師匠はその場で魔法を発動させる。
普段師匠が使う魔法と違い、地面に円の中に模様が描かれた、魔法陣と言うのだろうか、それが浮かび上がる。その魔法陣が回転して中心部から黒い何かが出て来る。
現れたのは、漆黒の梟。
「シャドウオウルというランク5の魔物だよ」
「ミネルヴァ、おいで」
師匠がミネルヴァとシャドウオウルの名を呼ぶと、音も無く翼を羽ばたかせ黒い梟が師匠の肩に停まる。
猛禽類の鋭い爪で、肩に停まらせて大丈夫なのかと聞くと、師匠の神官服はバルカさんとザーレさんの特製で、ランク5の魔物の爪程度では傷すらつかないらしい。ランク5の魔物が出没すれば、一つの街が壊滅しかねないって言ってたような気がするんだけどな。
「これは召喚魔法。無属性魔法の一つさ」
「もう少し説明すると、召喚魔法は無属性だから、魔物との相性はあるけど、誰にでも使える魔法なんだ」
「自分のランク以下の魔物しか召喚出来ないけどね」
「へぇ~、なる程」
バルカさんは誰にでも使えると言ったが、後で調べてみると実際には、師匠やブラッディロータスのメンバーくらいの高ランクだから有用な魔法だった。
ランクが2や3の人間が、自分以下のランクの魔物となると、現実はランク1や2の魔物になる。自分と同じランクの魔物も可能らしいが、召喚の難易度は高いのだとか。
ただ、一つだけ自分よりも高ランクの魔物を使い魔に出来る場合がある。それは、魔物を卵から育てて契約する方法。
「もしかして、俺があの馬車から持って帰って来た卵って……」
「ああ、飛竜やワイバーンの可能性もあるね。実際、竜騎士は卵から慣らして使い魔にするからね」
あのフランソワーズさん達やリルを助けた時に見つけた不思議な卵は、もしかするとそういう類いのものかもしれないな。
飛竜のランクは6、ワイバーンのランクは5。現在の西大陸の国々で、飛竜を使い魔にしている竜騎士は居ないらしく、ワイバーンを使い魔にしている竜騎士も卵の入手が難しく、数は多くないらしい。
それでも高くてもランク4程度の竜騎士が、ランク5のワイバーンや6の飛竜を使い魔に出来るのは大きな戦力になる。
その所為で、大陸の国々では、自国の軍事力アップと周辺国への牽制の為に、ワイバーンや飛竜の繁殖を研究すると共に、ハンターに卵の採取依頼を常時依頼として出しているらしい。
次に、バルカさんが実際に召喚魔法を使う方法を教えてくれる。
「最初の召喚には、この魔法陣を使うんだ」
バルカさんが取り出したのは、羊皮紙に描かれた魔法陣だった。
「これに魔力を流しながら召喚すると、術者と相性の良い魔物が召喚されるって訳さ。勿論、呼び掛けに応えない場合もあるけどね」
召喚で使い魔になるのは、魔物側にもメリットがあるらしく、召喚契約が結ばれている間は、その魔物は死ぬ事はないそうだ。
斃されても一定の期間の後、復活できるらしい。
「さらに、使い魔となった魔物は、ランクアップしやすくなるというメリットがあるんだ」
「魔物のランクアップですか?」
「そう、自然界でも稀に自力でランクアップする魔物もいるにはいるが、基本的に魔物はリスクを避けるからね」
「それもそうか」
考えれば当たり前の事で、自分より強い相手に挑むなんて、野生の生き物はしない。例外的に、子を守る親くらいか。
「ミネルヴァ、頼んだよ」
「ホォー!」
俺がバルカさんから召喚魔法の説明を受けていると、師匠はミネルヴァに何かを託して空へと放つ。
ミネルヴァは、一鳴きすると大空へと舞った。
「ミネルヴァは何が出来るんだ?」
「シャドウオウルは魔法を器用に使うのさ。属性は風と闇。影に潜る事も出来るし、気配を消して偵察や哨戒させるのさ」
梟の魔物だから闇夜でも行動できるし、明るい昼間でも影に潜み諜報活動が出来るらしい。
使い魔と術者との間には、魔力のパスが繋がっているので、視覚や聴覚を共有する事も出来るので、諜報活動にはもってこいみたいだな。
「今は手紙でも持たせたのか?」
「ああ、オートギュール伯爵の領都に居る教会関係者に指示をね」
フランソワーズさんは、領都で拐われたので、先ずは領都から調べるらしい。それにオートギュール伯爵との遣り取りもミネルヴァに任せているようだ。
「じゃあ、シュート君も召喚魔法にチャレンジしてみるかい?」
「是非!」
バルカさんから召喚魔法を勧められると、食い気味に返事してしまう。
使い魔なんて欲しいに決まっているじゃないか。
バルカさんから魔法陣が描かれた羊皮紙を一枚手渡される。
俺はワクワクする心を落ち着かせて、中庭のテーブルから少し離れる。
リルは師匠の膝の上でお菓子を食べている。
最近やっと、師匠やパメラさん、マリアさんにも懐くようになってきた。
まあ、今も俺が視界の中に居るから安心なんだと思う。
俺は精神を集中させ、羊皮紙に魔力を流し込む。
すると思ってた以上に魔力が持っていかれる事に驚きながらも、集中が途切れないように気を付けていると、羊皮紙が光り、やがて地面に羊皮紙に描かれていた魔法陣が光りで描かれる。
魔法陣の中心部に光が集まってくる。
俺は緊張から思わずゴクリと唾を飲み込む。
やがて光が収束し、地面に描かれた魔法陣の光も消えて……
「へっ?」
「あっ! にぃにぃのおおきなたまごだ!」
思わず変な声が出てしまうくらい困惑する俺をよそに、リルは楽しそうに声を上げた。
魔法陣があった場所には、紛れもなく先程話題に出ていた、俺の部屋にある筈の例の卵が鎮座していた。
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