第17話 黒兎の装備
ガンツさんと師匠は、俺の服を糸から作るつもりみたいだけど、教会の制服みたいなのはないか聞いてみた。
「なぁ師匠」
「ん、何だい?」
「いや、神官服って、教会で決まったやつがあるんじゃないのか?」
「ああ、うちの教会以外は決まったのを着てる事が多いね」
やっぱりあるじゃん。
「いや、それでいいんじゃねぇの」
「白にグレーの縁取りのやつがあるけどね」
教会本部の神官服は、白い色がベースのものを着ているらしい。
「あれ? 師匠やパメラさんとマリアさんも黒だよな」
「同じ神を信仰している教会でも、うちと他所は違うのさ」
「まぁ、イーリスの教会の事はおいおい分かるじゃろう。どちらにせよ、糸の調達は決定じゃ」
ガンツさんから服を仕立てるのは決定だと言われ、ここでこの世界に疎い俺が否定しても話が進まないので納得する事にした。
因みに、糸を撚り布に織り服の仕立てまではパメラさんがしてくれるらしい。
この世界の人は自分で服を一から作れるのか?
よく聞いていると、何やらクロウラーがどうたら、スパイダーがどうのと師匠がガンツさんと話している。
あれ? 綿やシルクじゃなさそうだな。
「……郷にいては郷に従えか」
「ん? 何か言ったかい?」
「いや、別に」
師匠やガンツさんなりの考えがあるんだろう。俺はこの世界の常識をもっと学ばないとな。
「剣は持たないのか?」
「剣ですか……剣ねぇ……」
次にガンツさんから言われたのは、剣は持たないのかという事だ。
この世界の剣は、大きさは色々とあるが、基本的に両刃の剣で、斬るというより押し潰すような使い方だ。西洋風の剣をイメージすれば近いだろう。
片刃の反りのある剣や細身の剣もあるが主流じゃない。多分、戦う相手が人間だけじゃないのが理由だろう。
俺としては、背丈程の大剣であろうが片手剣であろうと、使い熟す自信はあるが、日本で一番使ってたのがナイフの系統なんだよな。
「武器の切り替えに関しては考えなくても大丈夫じゃぞ」
「えっと、どういうこと?」
この街でも長剣を腰に差した奴は普通に見かけた。俺もあの手の剣にした方がいいのかな? 悩んでいると、ガンツさんが悩む必要はないと言う。
「バルカの作品に便利なマジックアイテムがあるからな。それをシュート用に一つ作らせよう」
「??」
ガンツさんの言葉足らずの説明に、俺が訳が分からなくて戸惑っていると師匠が説明してくれる。
「シュート、ガンツが言っているのは、装備換装の魔導具の事だよ。私のマジックバッグの劣化版って感じだけど、アクセサリーサイズに造れるのはバルカだけだからね」
「おお、それは便利だな」
「すまんすまん、説明が足りんかったか」
武器の換装なんてめちゃくちゃ便利じゃないか。師匠の話では、慣れると一瞬で装備の換装ができるらしい。
収納量は少ないが、腕輪やペンダントに付与できるそうだ。
「そうなると選択肢が増えるな」
ここはナイフが通用しない敵も多いからな。
あの凶暴な兎擬き、キラーラビットくらいなら、俺のマジックアイテムと化したグルカナイフでも大丈夫だ。因みに、普通の鉄の剣や槍ではキラーラビットを斃すのは難しいらしい。
魔力やオーラで強化すれば大丈夫なんじゃと聞くと、確かに鉄の剣でも魔力やオーラで強化は可能らしいが、10の基本性能の剣を100に引き上げるより、50の基本性能の剣を強化する方が楽だろう? て言われた。確かにその通りだ。
師匠の話では、ベルガドまでの道中に遭遇した魔物は、ランクは兎も角、そのサイズは比較的小型なんだとか。俺からすれば、有り得ないデカさの狼や兎だったんだけどな。
中には象より大きな魔物も珍しくないって話だから、流石にサイズ的にナイフじゃきついだろう。
そこで師匠とガンツさんと話し合った結果、剣は大剣とロングソード、打撃武器として戦鎚と棍、投擲武器として投げナイフを造る事にした。
その中から俺がしっくりくる武器を見つけるんだとか。
それから眠るリルを師匠に預け、ガンツさんの工房の裏に設けられたスペースで、色々な武器を試してみる。
試作するにも使い手の技量が分かっていた方がいいのは当然だからな。
「……こりゃたまげたな」
俺が色々な武器を順番に使ってみせると、ガンツさんが呆れたように言う。
俺が高ランクのパワーファイター用の重量武器(バトルアックス、ロングメイス、戦鎚)を軽々振り回しているからなんだが、確かに普通の人間なら持ち上げるのも辛い重量かもしれないな。しかも力任せに振り回しているんじゃないってガンツさんには分かるだろうしな。
「クックックッ、ガンツ、驚いただろう? 当然さ、シュートは戦う技術だけなら、私よりも遥かに上なんだからね」
「なんじゃと!?」
「何せ私はこの歳になって、シュートとの模擬戦で成長を感じているからね」
「師匠との模擬戦、本当にきついからな」
俺と師匠が模擬戦をしても不思議じゃないだろうが、ガンツさんが口を開けて驚くのはやっぱり師匠がランク7故だろう。
ランク6と、この世界では一握りしか存在しない十二分に高いガンツさんだから分かる、ランク7の壁。その師匠に戦闘技術では上だと言わしめる見た目は背だけ高いヒョロイ若造。うん、俺でも信じられないかな。
「ガンツもどうだい? 随分と錆び付いてるんじゃないかい?」
「……面白い! いいじゃろう! 儂も鍛治師じゃ! 自分が造る武器ならひと通り扱える。シュートとの模擬戦をすれば、儂の為にもなるな」
何だか、俺の装備を造る話から、ガンツさんを含めた模擬戦の流れになっている。
俺としても格上との模擬戦は願ったり叶ったりだ。師匠もそうだけど、高いランクに至るまで、生き抜いてきた人との戦いは得るものが大きいからな。
それから本当に師匠とガンツさんと俺で模擬戦をする事になった。
師匠は俺から近接の格闘術や武器術を学び、ガンツさんとはお互いに色々な武器を試しながら、どんな種類の武器を造るか考察する為の模擬戦になった。
ガンツさんは、自分で言ってたように、ひと通りの武器を無難に熟していたが、やっぱりドワーフ特有の膂力を活かした重量武器、ポールウェポン(ハルバード、バトルアックス、戦鎚、メイスなど)が得意のようだ。
特に、分厚い鎧で身を固め、片手に大盾、片手にメイスやフレイルを持つガンツさんはまさに重戦士と呼ぶに相応しい。
ブォーン! ガッ!
「クッ、ちょこまかと」
「当たったら大変じゃないか!」
ガンツさんが振り下ろしたメイスを避けざまに蹴りを放ち、その反動で距離をとる。
模擬戦なので、発勁や浸透勁のような攻撃は使えないので単純な打撃だ。それなのでガンツさんには効きづらい。
「その辺にしときな!」
師匠からストップの声が掛かり、俺とガンツさんは模擬戦を終える。
「ふぅ~、流石にこれ以上やると仕事に響くな」
「少しは錆が落ちたかい?」
「ああ、これからは偶に参加させて貰うぞ」
「げっ、俺は一人なんだけどなぁ」
地面に座り込んで息を整える。
幾らナノマシンで強化された俺でも、師匠に引き続きガンツさんとの模擬戦二連ちゃんはきつかった。
ランク7と6との模擬戦だから当たり前と言えば当たり前の話だ。
俺の場合、ガンツさんと同じランク6と言っても成長限界の蓋が開いただけだ。ここから鍛錬と実戦で成長していかないといけない。ランク6の限界近くまで鍛えられたガンツさんとは比べられない。
結局、模擬戦で色々と武器を試した結果、片手剣と大剣、それとナイフを何種類か、ポールウエポンとしてバルデッシュ、それと棍を長さを変えて二種ほど造る事になった。
造る装備の種類と数が決まると、ガンツさんが待ちきれないという様に、早速素材収集に出かける話をし始める。
「シュート、魔銃の素材もそうじゃが、他の装備にも使う素材が足りん。ザーレとバルカが到着次第、素材の収集に行くぞ」
「ちょっとガンツ、急過ぎるよ。私とシュートはベルガドに着いたばかりなんだよ」
「イーリスは教会で書類に埋れとればいい。儂とシュート、それとザーレで出掛けるわい」
「シュートは私の弟子だよ! 私の仕事を手伝うべきじゃないかい」
「その弟子の装備を揃える為じゃろうが」
師匠とガンツさんの言い合いが始まった。
でも師匠が言ってる事が無茶なのは、ガンツさんが指摘するまでもない。だいたい、この世界に来たばかりの俺が、書類仕事を手伝える訳がないじゃないか。
そもそも、俺の装備を造る為に、ガンツさんの工房に来たのに、目的を見失っているよ師匠。
「師匠、俺が師匠の仕事なんて手伝える訳ないじゃないか。暫く教会を空けてたんだろ? 大人しくしてた方がいいと思うぞ」
「むぅ……」
何とか師匠をなだめた俺は、ガンツさんと少し打ち合わせしてから、眠るリルを抱き、機嫌の悪くなった師匠を連れて教会へと戻る。
あーあ、結局ベルガドの街をほとんど見れなかったな。
まぁ、これから此処で暮らす事だし、慌てる事もないか。
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