第15話 黒兎、ドワーフの職人に会う

 目覚めると、リルが俺の身体に抱きついて寝ていた。


 そっとリルを剥がして起きようとすると、リルの目が開く。


「……にぃにぃ」

「おはようリル」

「おはよう、にぃにぃ!」


 起きて俺が居なくなっていないか心配だったのか、目覚めても側に俺が居ると安心したのか、満面の笑顔で朝の挨拶をすると、顔をぐりぐりと擦り付けている。


「リル、顔を洗いな。一人で洗えるか?」

「うん! リル、ひとりであらえる!」


 ベッドから起き上がり、結局リルが顔を洗うのを手伝うはめになり、何とか支度を済ませて下へと降りる。


 俺の部屋は教会の居住区の二階の一室。一階には皆んなが集まる広めのリビングとダイニングがあり、住み込みの神官や下働きの人達が使っている。


 とは言っても、教会の規模の割に、そもそもの人数が少ないので、俺も昨日からパメラさんとマリアさんを除けば、料理を作ってくれるオバちゃんのマーサさんくらいしか見ていない。




 テーブルに着くとマーサさんがパンとスープを出してくれた。


「さあ、たんとお食べ」

「ありがとう」

「……ありぁとう」


 リルも俺の真似をしてマーサさんにお礼を言う。その姿が可愛くてマーサさんがリルの頭を撫でて行った。


 リルが時々甘えてアーンをしてくるのに応えていると、生温かい視線を感じた。


「おはよう師匠」

「……おはよう」

「ああ、おはようさん」


 師匠がドカッと座り、測ったようにパメラさんが師匠の朝食を持って来た。


「今日のシュートの予定は?」

「俺とリルの服や下着、それに日用品を買って来ようかと思ってる」


 師匠に今日の予定を聞かれたので、予め決めてた予定を言う。

 まだまだ沢山あるが、この街に辿り着くまでに討伐した魔物の素材を師匠がマリアさんとパメラさんに売るように手配したので、今の俺は小金持ちだ。


 魔物の肉や素材は、物にもよるが高値で売れるらしい。


 魔物の肉は美味しい物が多く、貴族が好んで求める為に、魔物肉を専門にするハンターも居るそうだ。


 魔物肉を少量売るなら肉屋に、大量に売るなら商業ギルドへ、毛皮や他の素材は商業ギルドや工業ギルドにと、売り先も色々あると教えてもらった。


 ハンターギルドに登録しているハンターなら、ハンターギルド一択だそうだ。


 俺は神官見習いだからハンターギルドへ行く事はないだろうけどな。


「なら私も一緒に行こうかね」

「師匠が? 仕事が溜まってるんじゃないのか?」


 師匠は放浪の聖女と呼ばれているように、教会の無い辺境の村や集落を巡る旅に出る事が多い。そうなると、教会運営はパメラさんとマリアさんに任される訳だが、流石にこの教会のトップである師匠じゃないとダメなものも多い。お陰で、師匠は戻ってから、司祭に与えられた部屋に缶詰にされていた。


「シュートの装備を作る鍛治師は、私の昔からの知り合いでね」

「ふーん、俺は別に構わないよ」


 師匠が俺の装備を用意してくれる話は、俺と師匠が二人で移動していた時に決まってた。


 日本とは違い盗賊などの犯罪者の存在が身近にあり、それに加え魔物という人類にとっての脅威があるんだ。グルカナイフだけじゃ心許ないと師匠から街に着いたら装備を整えると言われてたんだ。


「なぁ師匠」

「なんだい?」

「師匠の魔銃ってヤツは簡単には作れないのか?」

「ほぉ、魔銃に目を付けたか」


 装備の話になった時に、前から気になってた魔銃が作れないか聞いてみた。


 俺は日本で色々な種類の銃を扱ってきた。日本で銃って、完全に銃刀法違反だけど、そこはジジイのする事だ。あのマッドサイエンティストに銃なんてどうって事ないわな。


「で、魔銃って珍しいの?」

「オモチャのような魔銃は有るが、私のフラガラッハに比肩する魔銃は無いね。それどころか、まともな魔銃を作れる職人は、東大陸、西大陸を見渡しても、私が知るところ一人だけさね」

「そんなに難しいのか。カッコイイんだけどなぁ」

「クックックッ……」


 師匠の持つクラスの魔銃を作れるのは、この世界に一人しか居ないらしい。


 ランク7の英雄である師匠が使う事で魔銃は一躍有名になったそうで、同じような魔銃を作ろうと多くの職人や錬金術師がチャレンジしたらしい。だけど高ランクの魔物を斃せるレベルの魔銃は、未だに作られていないらしく、今では魔銃を作ろうとする者も居ないそうだ。


「あれ? 師匠の魔銃を作った職人はもう作らないのか?」

「そう簡単じゃないんだよ。魔銃を作るには、最高の素材に最高の鍛治師、それに最高の錬金術師が必要なんだ。この中でも最高の素材ってのが難しいのさ」

「へぇ~、なら仕方ないか」


 師匠の話を聞いていると、作れたとしてもとんでもなく高価になりそうだ。今の俺には到底無理だ。


 師匠の魔銃は信号銃のようなフォルムに、リボルバーのシリンダーのような部分で属性を切り替える。精密な飾り紋様と白銀の輝きはメチャかっこいいんだけどなぁ。




 先に俺とリルの服や下着と日用品を揃えてまわる。


 リルにはシルプルなワンピースやショートパンツにシルプルなシャツ、あと下着を何セットか。選んだのは勿論師匠だ。俺に女の子のファッションなんて分かる訳ない。

 俺は下着と、丈夫そうな黒のパンツに黒のシャツ。


 日用品も最低限必要な物を買ったので、師匠の案内で鍛治師の元へと向かう。


「武具屋じゃないんだな」

「武具屋でも武器や防具は買えるけどね。シュートが望む武器や防具は難しいだろうね。まぁ、今度暇な時に覗くといいさ」


 師匠が知り合いの鍛治師の工房へ行くと言うので、装備を買うのは武具屋じゃないのかと聞くと、武具屋には一般的に売れ筋の武具が中心に置かれてあるらしく、師匠や俺のランクに見合う装備を探すのは難しいのだとか。




 着いたのは、街の外れの職人街。


 その区画に、鍛治工房、皮革工房、細工師工房が並んでいた。


「流石に居住区や貴族街から離れてるんだな」

「音や臭いが嫌われるからね」


 師匠は煤と埃が積もった一軒の鍛治工房にズカズカと入って行く。


「ガンツ! ガンツ! ガンツほ居るかい!」

「喧しい! 誰じゃ、儂を呼ぶのは!」


 師匠が大きな声で名前を呼ぶと、暫くすると奥からドカドカと足音を立てて一人の男が出て来た。


「何じゃ、イーリスか。戻って来てたのか?」

「ああ、ガンツ、久しぶりだね。私は昨日帰ったばかりさ」

「まぁ、中に入りな」


 師匠がガンツと呼んだ男は、身長は150センチ程しかなさそうだが、胴体はガッチリとして手足は短いが太く筋肉隆々だ。濃く長い髭を生やしたその容貌は、物語の中に出て来るドワーフそのものだった。


 まぁ、獣人族のルルースさんやリル、エルフのユミルさんを先に見ているので驚きはないけどな。


 ガンツさんに工房の中へと招き入れられ、無骨で丈夫そうなテーブルと椅子のある部屋で、ガンツさん自ら淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。


「それでそっちの兄ちゃんは?」

「この子はシュート、私の弟子さ。この子はシュートの妹になったリルさ」

「……ふむ、シュートにリルか。儂はガンツ、イーリスとは古い友人じゃ」

「俺はシュートです」

「……リルなの」


 リルが俺に隠れるように挨拶するが、ガンツそんはリルに優しく微笑んで頭を撫でる。


 ガンツさんが俺に見透かすような視線を向けて言う。


「シュートか、お主若いのに相当やるな」

「えっと、分かるんですか?」

「相手の実力を測るのも鍛治師の仕事じゃからな。それとそんなにかしこまった話し方せんでもええぞ。イーリスの弟子なら身内みたいなもんじゃ」

「まぁ、俺も師匠の弟子っていう事は神官見習いっていう事ですし、多少言葉遣いを直さないとと思ってるので……」

「いや、シュートの若さで丁寧過ぎると、あの胡散臭い教会関係者と同じようで良くないな」

「神官見習いは、教会関係者じゃないのか?」


 司祭の師匠を前に、教会関係者をディスるガンツさんだが、師匠は気にせず笑っている。


 日本に居た頃のジジイしか話し相手が居なかった頃とは違い、パメラさんやマリアさん、それに暫くは貴族の子女であるフランソワーズさんやエルフの偉いさんのお孫、ユミルさんたちと話す事も増えるだろう。そうなると神職見習いらしい言葉遣いが求められると思ってたがそうでもなさそうだ。


「クックックッ、ガンツの言う通りだよ。中央の胡散臭い神官どものようになる必要はないさ。まぁシュートの言葉遣いはさて置き、ガンツにはこのシュートの装備を頼みたいのさ」

「ふむ、普段は何を使ってるんじゃ?」

「ひと通り何でも使えるが、今あるのはコレだけかな」


 そう言ってグルカナイフを後ろ腰から鞘ごと外して差し出すと、ガンツさんが目の色を変えた。


「なっ、なんじゃコレはっ!!」


 ガンツさんほ、凄い勢いでひったくるようにグルカナイフを手に取ると、鞘から抜き本当に舐めるんじゃないかと思うくらい、色々な角度からチェックしだした。


 指で刃を弾いて音を聞いたり、光に刀身を透かして見たりと、俺たちが側に居るのも忘れてそうだ。


 ゴンッ!


「っ!?」


 これは終わらないんじゃないかと思っていると、おもむろに師匠がガンツさんの頭をゲンコツで殴った。


「いい加減におし! 今日はシュートの装備の話で来たんだよ!」

「痛っ、痛たたたっ、イーリス、お前、ランク7の拳は凶器じゃぞ!」

「五月蝿いね。ガンツだってランク6だろ。しかも頑丈なドワーフなんだ。私のゲンコツでどうにかなりゃしないよ」


 何と、ガンツさんはランク6らしい。


 師匠からランク6は、東西の大陸を合わせても二十人程度しか居ないと聞いている。ガンツさんが、そのうちの一人とは、師匠の周りにはバケモノが集まってるのか?


 実は、優しそうな中年の女性といった外見のシスター、パメラさんや若いマリアさんも、一般人を装ってはいるが、只者じゃないのは分かっている。


 教会っていうのは、存外危険な場所なのかと思ってたが、普通じゃないのはきっと師匠の知り合いだからだろう。


「頼む! このナイフを暫く預からせてくれ!」


 ガンツさんはテーブルにグルカナイフを置くと、額を打ち付ける勢いで頼み込んできた。

 俺のグルカナイフは、ジジイ特性の合金製だったものが、この世界へと来た時点でマジックアイテムと化している。鍛治師のガンツさんが興味を持つのは当然だろう。


 師匠を見ると、やれやれって感じの顔をしている。


「えっと、そのナイフは大切な物なので、壊さないと約束してくれるならいいよ」

「も、勿論じゃ! 壊すなんてとんでもない!」


 俺が許可すると、ガバッと顔を上げて満面の笑みで俺の手を取りブンブンと振って喜んでいる。


「その代わりと言っちゃなんだけど、シュートほ装備は頼むよ」

「おう! 最高の装備を打ってやるぞ!」


 バンバンッと俺の肩を叩くガンツさん。


 嬉しいのは分かるけど、それ、俺じゃなきゃ骨折ものだからな。




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