僕が本当に欲しいのは
瑞野 明青
第1話 隣の人
「あの、すいません。ここ空いてますか」
スマホを眺めていたら、声をかけられた。
「あっ。ここですか。大丈夫ですよ」
「すいません。ありがとうございます」
僕は、少し腰を上げて、少しでも通りやすいように体を動かした。声をかけた女性は恐縮しながら前を通り過ぎ隣の席に座った。
「良かったです。自由席売り切れなのに出遅れてしまって」
「代表戦で、相手がブラジルなんて、みんな見たいですよね」
「あぁ、私、対戦相手がってあまり考えないんですよね。もともとは、誠ちゃんが好きで、代表も見るようになったけど。チームも2部じゃ選ばれないし。でも応援しないとって思うから来てるんです」
「えっそれじゃ千葉のサポですか」
「そうですよ」
「それじゃ。良かったら試合の後一緒に飲みませんか。あぁ、僕だけじゃなくて、この辺に仲間もいるんですよ。今なら追加ができるはず。もちろん女子もいますから」
彼女は怪訝そうな顔をしていた。そりゃそうだ。さえない男にナンパされたんだから。そんな時仲間の一人が買い物から席に戻るらしく僕に声をかけた。
「裕太、ここにいたのか。僕らはいつものゾーンにいるから。試合終わったら来てくれよ」
「わかった。合流する。そうだ、俊輔。こちらの人千葉のサポなんだって。飲み会に誘ってくれないか」
「ちょっと待って、由美子がそこにいるから」
「由美子ちょっといいか」
「はい、なんか呼びました」
「由美子、裕太が話をしてくれって」
「はじめまして。由美子っていいます。千葉のサポでゆる~くグループ作っていて、ネットで色々やっているんです。私以外にも女子いますし、せっかくなので一緒にどうですか。結構楽しいですよ」
彼女は少し考えていて、ニコっと笑った。
「せっかくのお誘いありがとうございます。ぜひご一緒させてください。私は絵美といいます」
僕は結構うれしかった。絵美さんは背はそれほど高くなく丸顔で、笑い顔がかわいくて好みといえば好みだった。
そして試合後の宴会から、グループの一員になった絵美は、千葉の試合でも一緒に観戦するようになった。そうして僕はきっかけを作ることに成功した。アウェイで群馬に行ったときだった。
「絵美ちゃんの家ってどこだっけ。ここからじゃ帰りづらくない」
「市川。ちょっと乗り継ぎが難しいかも」
「結構みんな車で来たから、分乗して帰るんだけど。こっちに乗っていけば」
ラッキーなことに僕の船橋・市川組には他に乗る人がいなかった。
「結構面白いでしょ。このグループ、異業種交流会みたいなものだしね」
「たしかに、学校、業種みんな違ってすごく気が楽。こういう繋がり方もあるんだなぁって」
「あぁそうだ、寝るのはだめだからね。僕の話し相手になってくれないと」
「はいはい、わかってますよ」
反応がすごく良くて、僕はこんなに気が楽に話せる女性は、そうそういないと思い始めていた。こうやって二人で車に乗ってくるのも、嫌われてはいないはずだと感じていた。だから家の近くで降ろす時、彼女がシートベルトを外した、その手を握って抱き寄せていた。そして、キスをすると、彼女はぎこちなく僕を受け入れてくれた。一度唇を離すと、その顔をしっかり見て、もう一度キスをした。彼女は口を少し開けていたので、思い切って舌を絡めにいった。それにも嫌がる感じはなく、僕は彼女の口をしっかり感じていた。そして離れると、彼女は車のドアを開けて、降りようとしていた。
「それじゃまた。今度の土曜日」
今度の土曜日はホームでの試合だ。それを確認するように声をかけた。
「ありがとう。今度の土曜日にね」
そう言って絵美は降りていった。
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