第6話 追跡

 三保松原文化創造センター[みほしるべ]の駐車場に数台のタクシーが止まった。真ん中のタクシーから降りた男と女が、他の車から降りたいかにもSPらしき男たちを従えて、天女の松へと歩き出す。


「止まれ!」


 ブラウンの髪の優男が、髪と同じ色の目を前方に向けたまま、偉そうに命令を下す。

 ザッザッと靴音を揃えてSPたちの足が止まった。


「あいつらだ!やっぱりナディアが言った通り、沖縄にいた奴らは偽物だったんだな」


「うふふふ。だてに危険をかい潜って生きてきたわけじゃないもの。敵の目をくらませるなんて常套手段だから、見抜くのも簡単。あなたのお役に立てて嬉しいわ。コナー皇太子」


「僕を皇太子と呼ぶのはナディアだけだ。父上でさえ、王位継承権の順位を無視して、翼の乙女を見つけた者に王位を継がせるなんて言い出したんだから、やってられない」


 ブスッと膨れるコナーを宥めるように、ナディアが背中に手を添えると、それに気をよくしたコナーが、抱えているどす黒い思いを吐き出した。


「僕の母は、王族の血も引く高貴な侯爵家の令嬢で、敬われるべき存在だった。なのに父上は、血統書付きのペット同然の翼の乙女に手を付けて、あの憎ったらしいカミーユを生ませたんだ。卑しい身分の男と同じ壇上で、王の座を競うなんて耐えられないよ」


 ナディアは栗色の髪をかき上げながら、濃いまつ毛に縁どられたダークブラウンの大きな瞳をパチパチと瞬かせて、苦悩を浮かべるコナーの顔を覗き込んだ。


「あなた以外に皇太子に相応しい人はいません。銀色の刃などと異名をとって、かっこをつけているカミーユなんか、コナーの足元にも及ばないわ。もし、あの男が翼の乙女を見つけても心配することはないのよ。私たちの仲間が黙ってはいないもの。だから、コナーが王様になった時は、約束通り移民の国を作るのに手を貸してね」


「ああ、僕が国王になったらな。それより、あの二人は何をうろついているんだ?ここからだと遠いし、大木が邪魔して見えないけれど、松の周りを調べているようだ」


 前へ踏み出そうとしたコナーをナディアが止めた。


「見て!あの二人から離れたところに、アジア人の男がいるわ。公園の監視員かしら?それにしては隠れるようにして見ているのが変よね?」


 しばらくすると、カミーユとレオが通りの方へと歩き出すのが見えた。すると、木の陰から覗いていた若いアジア人の男も動き出し、二人の後を追っていこうとする。


「監視員なら、二人が悪さをしていると思った時点で声をかけるだろうな。怪しい奴だ。正体を暴いてやる」



 カミーユとレオに見つからないように気を配っていた守哉は、自分まで追われていることに気が付かず、二人が衣望里の家族の経営する旅館【天女(てんにょ)の羽音(はおと)】に入って行ったことに驚愕した。

 これはまずいと、美羽にスマホから電話をかけたが、衣望里は既に家を出たという。美羽から衣望里に連絡を入れてもらったが、繋がらないらしい。


 美羽はあの二人が支配者だと言ったが、守哉の目から見れば、ただの外国人観光客にしか見えない。気になったのは、二人が守哉の目には映らないものを見ながら、話す様子をみせたことだ。

 残念ながら遠すぎて会話が聞こえなかったので、二人が支配者だという確証は得ていない。

 衣望里は心配だが、【天女の羽音】に踏み込んで、今チェックインした外国人は支配者かもしれないと言っていいものかどうか、守哉は迷っていた。


 家族経営といえど、対応する相手が衣望里の親類かどうかは分からない。あやふやな話をして混乱させた後、もし勘違いで、普通の観光客だったと分かったときには、営業妨害どころか、美羽も自分も信用を失ってしまうだろう。

守哉は衣望里と会えることを願いながら、海岸沿いの道を通って、自分の家に戻ることにした。

 歩きながら美羽に電話をかけて、送っていくから部屋で待つように伝え、ついでに公園で見た二人の男の怪しい行動を伝える。

 その後を、一人のSPがつけていることに守哉はまだ気づいていなかった。



 一方支配者たちと出会わないように、海沿いの道を避けて帰宅した衣望里を待っていたのは、祖母の衣里の外出禁止令だった。それと同時に甦った祖母の言葉。


『保管しそこなった羽衣は、その子が成長して誰かと結ばれるまでは、姿を色々変えて、その子を近くで見守るらしいの。でも、支配者たちは羽の気配を感じることができるから、翼の乙女の居場所を知らせる役割も果たしてしまうのよ』


 怖すぎる!

 衣望里は祖母の外出禁止令に素直に頷いたものの、浜辺で会った外国人のことを話すかどうか迷った。

 祖母はニュースを見て心配はしていたものの、翼の乙女の話をし終えた後、ここに来ることはないだろうから、冗談として聞いておきなさいと言った。

 そのことから、今まで衣望里たちの一族は、支配者に会ったことがないのだろうと推測できる。


 美羽も、多分あれが支配者だとは言ったけれど、遠目に見ただけで、ただ単に気持ちが引きつけられるだけでは断定できないと思う。

 祖母を心配させるのはどうかと迷ったけれど、衣望里は一人で抱え込むには不安が大きすぎて、恐る恐るあったことを話し始めた。


「あのね、おばあちゃん。美羽と天女の松で待ち合わせた時に、海岸で外国人を見かけたの。美羽が支配者じゃないかって言ったんだけど……」


「二人に気づかれたの?」


「ううん。気づいていないと思う。まだ距離があったし、私たちの姿は松林で見えていないはずだわ」


「…………」


「おばあちゃん、どうかした?何で黙っているの?」


 衣望里の部屋の前に立つ祖母は、じっと何かを考えているように、ドアの一点を見つめている。やがて視線が動いて衣望里を捕らえた。


「美羽と待ち合わせた時に、いつもと違うことをしなかった?天女の松を触るとか、翼の乙女を想像するとか」


「えっ?いつもと違うこと?松は触ってはいないと思うけれど……あっ!垂れ下がった長い枝に、衣をかける真似をしたかも。この枝なら天女も羽衣をかけやすいだろうなって想像して、つい……何?それがどうかしたの?」


 説明するうちに、どんどんいけないことをした感覚が強くなり、衣望里は否定してほしくて、祖母の何でもないという言葉を待つ。

 怖がりの衣望里に言うのをためらっているのか、祖母の視線がさまようのをみて、衣望里はふと、祖母との会話に引っかかりを覚えた。


「二人?おばあちゃん、さっき二人って言ったわよね?私は外国人の人数を言ってないのに。美羽から電話があったの?」


「落ち着いて衣望里。よく聞きなさい。あなたの見えない翼が支配者たちを呼び寄せてしまったらしいの。さっき旅館に泊まることになった外国人二人が、ヴァルハラの住所を書いたと、羽音(はのん)から連絡があったわ。翼を失ったあなたのお母さんとお姉ちゃんでは、彼らが支配者かどうか判断できないから、念のために衣望里を外に出さないでと頼まれたのよ。今の衣望里の話を聞いて、彼らが支配者に間違いないと分かったわ」


「ど、ど、どうしよう。隠れる?どこに隠れたらいい?」


「だから、落ち着きなさいってば。翼に案内されたのかもしれないけれど、姿を見られていないのなら、あなたが翼の乙女だとは分かっていないはずよ。しばらく外に出てはだめよ」

 うん、分かったとコクコク頷く衣望里を残し、祖母は衣望里の母と姉の羽音に伝えてくると言って、隣の旅館に行ってしまった。


「怖いよ~。こんな大きくなってから、鬼ごっこや、かくれんぼをするはめになるなんて思わなかった。美羽にも知らせなくちゃ」


 そういえば大学の授業の時に、スマホの電源を切ったまま忘れていたと思い出し、衣望里がスマホを操作すると、美羽から着信があったことが表示される。録音された留守電話には、「天女の羽音」に二人が入るのを、守哉が見たから気を付けてとあった。


「う~っ。天女の松に羽衣をかける真似なんて、しなければよかった」


 いくら祖母の話にビビったからって、すぐその場で美羽に真実を確かめようとしなかったら、支配者に存在を知られることがなかったのに……

 「たら」「れば」の仮定の話が頭を駆け巡り、後悔ばかりするけれど、起きてしまったことを嘆いたって問題解決にはならない。

 分かってはいるけれど、自分の羽なら、主人の首を絞めるような行動を、勝手にとらないで欲しいと文句も言いたくなる。


 落ち着きなく部屋を歩き回って疲れた衣望里は、ベッドに上がり、壁に背をもたせかけるようにして腰かけ、東隣にある旅館の日本庭園に目をやった。

 木々の間にきらめいて見えたのは、池の水だろうか、それとも……?

 シャッとカーテンを閉めた衣望里は、そのままベッドに突っ伏すと、確かめたい衝動と戦いながら寝返りをうち、悶々とした気持ちを持て余して身体を丸めた。

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