第22話 気まずい晩餐会
荷ほどきが終わって寝室を覗いたけど、シャルはもういなかった。
空っぽの部屋は広すぎて、心細くなってくる。
……うん、晩ごはん食べに行こう。
上級寮の食堂はフレンチレストランみたいだ。
分厚いカーペットの上に、高級家具が並ぶ。ピアノの演奏まである。食事をする聖女もみんな、ドレスアップしている。
自分の姿を見る。セーターにロングスカート。私、場違い?
「まあ、カナデさん。嫌だわ。ドレスをお持ちでないの?」
イザベラだ。いつにも増してイザベラ。お姫様みたいな紫色のドレスを着ている。アップにした紫の髪の上にはティアラまで。しかも、似合ってる。
「もう、ほんっと仕方ないわね。早く皆様に挨拶に行くわよ」
頼んでもいないのに、腕をつかんで上級生のテーブルへ連れて行かれた。きれいなカーテシーをするイザベラの横で、頭を下げた。
「新寮生のカナデですわ。契約精霊は、男爵。わたくしがお世話係を受け持ちます」
四人の女性の中で、茶色の髪をした優しそうな顔立ちの女性が座ったまま会釈した。
「そう。よろしくね。カナデさん。わたくしはジョゼフィーヌよ。こちらからチョコラ、キキィ、デミアンナよ。契約精霊はわたくしとチョコラが男爵で、後の二人は準男爵よ」
なんと、この寮に入っているのは、ここにいる六人だけだそうだ。こんなに広いのに。先輩方はあまり新人に関わりたくなさそうにしていたので、挨拶だけして、すぐに席を離れた。校外研修が多くて忙しいので、上級生はめったに寮に帰ってこないそうだ。
イザベラと二人だけの夕食は、気まずい。
「ごめんなさい。わたくし、あなたを誤解していたようね」
貴族との契約を隠していたと責められると思っていたら、謝られた。
「こんなに小さな子供が、異世界でやっていけるのかと心配で、手助けせずにはいられなかったの」
ん? 手助け、あれが?
「わたくしの助けなど、必要もなかったのですのね」
イザベラは美しい所作で、ナイフで食事を切り分けた。
いや、今は助けが必要かもしれない。
空腹の私の目の前には、美味しそうな食事がある。そして、ナイフやらフォークやら先の割れたスプーンやらマイナスドライバーみたいなものまで、たくさん置いてある。すごくたくさん。
いったいどれを使えばいいのよ。
フランス料理のマナーさえ知らないのに、なに、この異世界コース料理!
「余計なお世話でしたのね。でも、ね、あなたにサークルに入って欲しいと思うのは、今でも変わらなくてよ」
どうしよう? 内側から使うのかな。外側から? イザベラは、どのナイフを取ったの? うん、イザベラの真似しよう。このサバイバルナイフっぽいのを使うの?
ああ、この石の上のお花と草みたいなの食べてもいいんだ。うん。おいしい。味は意外においしい。
「わたくしのサークルは、皆がそれぞれ得意なことを教え合うの。わたくしは礼儀作法やダンスが得意よ。他には格闘術や刀術が得意な子もいるわ。お互いに教えあって高め合うの。カナデさんが得意なことは何かしら?」
ふわぁ、この、ピンク色のもじゃもじゃした塊、美味しーい。おかわりしたいなぁ。ちょっと、このパン。今まで食べたことのない食感。どろふわ最高じゃない!
「カナデさん? ねえ、あなた聞いてますの?!」
うーん。グラスの中身はワインかな。一応まだ19歳だからお酒はだめだよね。お水もらえない?
「カナデさんっ!!」
あ、いつもの癖でイザベラ・スルーが発動してた。
とりあえず、首をかしげとく。
「ですから、カナデさんの得意なことはなんですの?」
「数学」
うん。数字は得意だよ。計算能力検定も受けたことあるし。
「まあ! ちょうどいいですわ。ブルレッドさんが数字を覚えるのが苦手でしょ。あなたがサークルで教えて差し上げればいいのよ」
ブルレッドさん。イザベラの取り巻きの青髪の体格のいい女性。確か参観授業で1人だけ呪文が覚えられなくて、居残りになってた。
面倒だな。
「とにかく、明日サークルにいらっしゃい。約束ですわよ」
えー。
急いで気まずい夕食を終わらせて、食堂を出た。上品な料理は、お腹は満たされるけど、なんか食べた気がしない。ロビーの横に自動販売機があったよね。何か買ってから帰ろう。
魔道昇降機の手前で寄り道して、自動販売機に向っていると、話し声が聞こえてきた。
女子寮で男性の声。
隠れてそっと覗くと、ロビーのテーブルで3人の男が談笑していた。二人の女性を侍らせている。先に食堂を出た先輩の聖女だ。
椅子でくつろぐ2人の男性は頭に獣耳が付いていた。精霊に腕をつかまれたジョゼフィーヌさんとチョコラさんは顔色が悪く、ぐったりと座っている。その2人の精霊の前に立って、ペコペコしてるのは、授業参観に来ていたコウモリの精霊だ。イザベラの準男爵の契約精霊。
「いやぁ。さすがベンジャミン様。ご教授頂いたとおり、私もAランクの聖女と契約し聖力を吸収して、このとおり、魔力が満ちとります。後は、若い男爵を殺して成り代わるだけですな。ははは」
コウモリ精霊は、ピンク色の耳をつけた精霊のグラスに酒を注ぎながら笑っていた。
「そのとおり。人間界に残された元死刑囚のAランク聖女との契約を、汚らわしいとバカにする他の精霊を見返してやれ。たとえ犯罪者でも指輪で縛ったら、ほら、この通り、おとなしく聖力を差し出すさ」
灰色の耳をつけた精霊が酒を飲みながら、愉快そうに話す。
背中をたたかれて、チョコラさんがびくりと震えた。
なにこれ。この会話は、何?
ものすごく嫌な会話。
見つからないように、その場を離れようとしたけど、足が動かない。
「ところで、今日、2年の参観で、うまそうな聖力のにおいをぷんぷんさせた女がいたのですが、あれも元死刑囚でしょうかね」
「いや、去年の処刑死召喚は1人だけだったぞ。Aランクで事故死召喚の聖女は皆、後宮に入るからな。それはBランクじゃないのか」
「Bランクなら我々貴族が聖力を吸い上げたなら、すぐに死んでしまうじゃないか。もう一人ほしいなら、次の召喚聖女をねらえばいいさ。私もそろそろ、こいつに飽きてきたから、新しいのを探しに行くか」
「だが、死刑囚を異世界から召喚することに、反対する議員が増えてきているだろう。第一王子の後宮の選定も始まるから、この先、良いAランク処刑死聖女が来るかどうか」
「全くな。早く子爵に上がらなくては、陛下の後宮からお下がりがもらえるのは子爵以上だからな」
いやな会話。いやな会話が勝手に耳から入ってくる。
お酒を飲んで笑いながら話す精霊は、声が大きい。
先輩女性二人は、死んだようにうつろな目をしていた。
ここは異世界。平和な日本じゃない。
私たち聖女が命を救われて、質のいい暮らしができるのは、何か魂胆があるからに決まっているじゃないか。
階段の側にシリイさんが立っていた。唇に人差し指を当てて、反対の手で手招きしている。
ロビーの精霊達に気づかれないように、そうっと、シリィさんの方に行った。
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