第四十四話 ︎︎想い想われ

 陽が暮れ始めた空の下を、優斗と律は手を握り家路につく。まだ昼間の暑さが残り、汗ばむがその手が離される事は無い。


 いつもは煩い律が、なんとなく落ち着いた様に感じられた。お喋りな所は変わらないが、口調が柔らかい。


 優斗も静かにその声に耳を傾ける。


 律の声は心地良い。少し高めだが、ハスキーで色気もあった。


 その声が自分の名前を呼ぶと、幸福感に満たされる。こんなに穏やかな気持ちは感じた事が無い。


 段々と近付いてくる我が家。

 エレベーターに乗り込むと律が顔を寄せる。


「ね、キスしていい?」


 ワイヤーの音が低く響く狭い空間で、壁に追い込まれた優斗は頬を染め、そっと逞しい胸を押す。


「も、もうすぐ部屋だろ。それくらい我慢しろよ」


 上目遣いで律の様子を伺う様は扇情的だ。自分の胸に添えられた手を掴み、瞳を覗き込む。


「ねぇ、優斗。それって……」


 律が何事か言いかけた、その時。軽い電子音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。


 すると、律が優斗の手を引き、暗い廊下を足早に部屋へと向かう。半ば引きずられるようにして歩く優斗は、律の変化に戸惑った。


 部屋に着くと、鍵を開ける時間も惜しむように、ガチャガチャと鳴らす。


「お、おい。静かにしろよ。他の部屋に迷惑だろ」


 声を潜めて優斗が注意しても、律は気にも止めない。そうして鍵が開くと、乱暴に扉を開き優斗を引きずり込む。


 素早く鍵を閉め、そのまま優斗を壁に押し付けた。


「律……?」


 何が起こったのか、訳も分からず律を見上げる。その顔は苦しげに歪められていた。


「ねぇ、優斗。優斗も俺の事好き? ︎︎そう思っていいの?」


 思いがけない言葉に、優斗は息を呑んだ。やっと認める事ができた恋心だ。まだ伝える勇気などない。


「そ、それは……まだ」


 言い淀む優斗に律は更に迫る。


「どうして? ︎︎好きだって言ってよ。優斗、今までとは違う目で俺の事見てるの気付いてる? ︎︎すごく色っぽいの。今日の試合でハッキリした。俺の事、好きでしょ?」


 言い切る律に、優斗はたじろぐ。言うなら今だ。しかし、不安も大きい。意を決して口を開いた。


「じゃあ聞くけど、お前はどうなの? ︎︎僕の事、好きだって言うけどさ、それってどういう意味でだよ? ︎︎共切じゃなくて、本当に僕が好きなのか?」


 これは優斗にとって大きな意味を持つ。例え結ばれたとしても、そこに共切の存在が必要ならば、優斗で無くてもいいという事だ。律には自分を欲してほしい。この身も、心も全て。


 優斗の反論に、律は柔らかく微笑んだ。


「うん。俺は優斗が好き。共切なんて今はどうでもいいよ。そりゃ家族の仇は取りたいけど、それが優斗じゃなくても好きな気持ちは変わらない。他の誰かが共切を抜いたとしても、俺は優斗から離れないって誓う。ね、好きって言って? ︎︎俺、それだけでなんでもできちゃうんだ。だから、お願い。優斗の気持ち、聞かせて?」


 それはいつも軽口を叩く律とは、全く違う声音だった。ただ真っ直ぐに、想いを告げる。その鳶色の瞳に見つめられて、優斗の心臓は跳ねた。一心に自分を求めるその姿に、下腹部が熱を孕む。


「優斗……」


 耳元で囁く声に、胸が切なく、きゅうっと締め付けられる。じんじんと身体が疼き、もどかしい。


 優斗は律を抱きしめ、その胸に顔を埋めた。そしてか細い声で告げる。


「……うん。僕も、律が……好きだ……」


 そう言うが早いか、律はたまらず強引に顔を上向かせて唇を塞ぐ。噛み付くようなキスに、優斗は目眩がした。二度目のキス。今度は逃げず、自分から舌を差し出した。まだぎこちない動きに律も煽られ、貪欲に食らいつく。


 何度も舌を絡め、唇を食み、銀糸が滴る。優斗も、律の首に腕を回し、必死についていった。


 つっと唇を舐め、律が笑う。


「すごい。優斗、もうこんなになっちゃてる」


 優斗の下腹部に指を這わせて、囁く声が羞恥心を掻き立てる。


「さ、触るな馬鹿!」


 それでも律の指は止まらない。


「や……ヤダって、りつ、や、ぁ……」


 抵抗しつつも、逃げ場の無い優斗は快楽に溺れていく。律も猛ったモノを擦り付け息が荒い。


「はぁ、優斗……俺、もう我慢できない」


 一度深く口付け、優斗を横抱きにすると、自室の扉を器用に開けた。そのままベッドに優斗を横たえ、足を開きその間に身を滑り込ませると乱暴に自身のシャツを脱ぎ捨て、そっと優斗の頬を包み込んで額に口付ける。


「優斗……いい?」


 涙で滲む律を見上げながら、優斗はこくんと頷いた。その様にごくりと喉を鳴らし、律はキスを落としながら、シャツのボタンに手をかけた。

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