夏休みのふーちゃん6

 何度目かになる大きな溜息をついたのは、佳比古おじいさまか、オリーか。


 暁子姫は、お父さまが南条家まで送って行った。もちろん、料理長のお手製のスコーンとジャムとクロテッドクリームのお土産つきだ。


「ごめんね、ふーちゃん」


 何度目かになる謝罪の言葉をオリーが言った。


「おじさま、私は大丈夫だよ」

「でも、気分は良くないよね。告白する気じゃなかった女の子に、あなたとは付き合う気はありませんからって言われたようなものだし。本当にごめんね、うちの孫が」


 佳比古おじいさま、なかなか上手いこと言うな。ほんと、そうかもね。


 暁子姫は、しっかりと私の側近になる気はないと言い放った。それは、もう清々しいほどに、はっきりと。私としては、そこは、何のわだかまりもなく、冷静に受け止めたかったんだけど、暁子姫の決断理由を聞いて、もやっとした。


「嘉承の君、本当に申し訳ありません。私は、小さい頃から、嘉承の大姫に憧れておりますの。それで、お姉様の支えになろうと、学園を卒業次第、将来の幹部候補として、東久迩の大姫や、他のお姉様方のご指導を受けようと思っております。ですから、嘉承公爵の側近の座は、ご辞退申し上げたく、ご了承のお願いにまいった次第ですわ」


 西都姫の会。謎の超武闘派の集まりで、またの名を百鬼夜行。


 私の側近の座を辞退する理由が、サブ子を支えて、そんな集団の幹部になるだなんて、複雑な気分になってもしょうがないよね。私が嘉承宗家の当主として、器が足りないから嫌だとかなら、傷つくけど納得はできるけど。


 これは、佳比古おじいさまの言葉を借りて言うなら、告白する気なんかなかった子に、何故か一方的に断られ、あげくに「私はこの人と付き合っているから」と野生のゴリラを連れて来られたような気持ちだよ。こちらとしては、ただ、一言。「は?」だ。


 あんな反社会派団体を相手にできるほど、私は命知らずじゃないから、間髪入れずに了承しちゃったけどね。オリーの顔が分かりやすく強張ったので、心情を察しはするけど、無理を通しても、お互い傷つくだけで、全く意味がない。


 そして、胸の内を全て明かした暁子姫が爽やかな笑顔と完璧な淑女の礼で暇を乞い、瑞祥のお父さまのエスコートで食堂から去っていくと、お祖父さまが、小野に【遠見】で我が家に夕飯に来てほしい旨を伝えた。父様は東条に【遠見】を送り、私は、にゃんころを作り出して、西条と北条の火の二侯爵家に今日は早めに夕飯になることを伝言をすべく【風天】を付与して送り出した。南条親子は、「これで吹っ切れた」と口では言いながら、暁子姫が帰宅してからは、溜息ばかりだ。全然、吹っ切れていないよね、この二人。


「でも、ふーちゃんも、もう少し、駄々をこねてくれてもよかったと思うんだけど」


 オリーが拗ねたように私を見た。まだ言うか。


「織比古おじさま、私には無理ですよ」

「そうだ、織比古。相手は西都で一番質の悪い反社団体だぞ」


 父様が、にやにやしながら、魂が半分抜けたような顔の織比古おじさまに言った。


「織比古、南条の名を持つ男なら、去り行く女性は追わず、むしろ笑顔で送り出し、幸せを祈るくらいの懐の広さを見せよ」

「いや、一人しかいない娘に去られては困りますよ。せっかく彰ちゃんもいたのに。ふーちゃんが駄々をこねたら、絶対に、瑞祥の良い笑顔で彰ちゃんが暁子を説得してくれたはずなのに」


 他力本願も甚だしいな、オリーは。自分の娘なんだから、そこはちゃんと話し合ってよ。


「織比古、お前も大概しつこいな。嫌がるやつを側近にしても、寝首を掻かれるだけだろうが」


 私と父様とオリーと佳比古おじいさまで、さっきから会話が堂々巡りだ。全然、前に進まないよ。早く、明楽君と真護が来てくれないかな。そうしたら、面倒な会話は大人に任せて、美味しい夕飯を堪能できるのに。


 はぁあああ。

 最後に大きな溜息をついたのは、私だった。




「こんばんはー、あっ、今日は織比古がいる。お前、生きてたのか、よかったな」


 能天気な声が食堂に響いた。一番に到着したのは、東条の享護おじさまだった。言うことが父様と同じだよ。少し遅れて、誠護おじいさまと真護も到着して、真護は、祖父と父と別れて、迷うことなく、私の隣に座った。


「ふーちゃん、今日は、僕も夕食に来いって、殿から【遠見】で呼ばれたんだけど、何かあるの?」

「うん。あるっちゃあ、あるし、ないっちゃあ、ないんだけど、皆が揃ってから話すね」

「何それ、あるの、ないの?」


 私の歯切れの悪い返答では、真護の反応もそうなるよね。


「ごめん。でも、皆が揃ってからね」


 暁子姫の側近辞退は、南条の将来の立場もあるし、もちろん、小野家に影響するので、私が気軽にぺろっと漏らすような話ではない。ここは、嘉承一族を率いる現当主の父様から話してもらうのが正しいと思う。小野側は、嘉承に組するのは、私の代だけという条件付きで、これは峰守お爺様が望んだ結果なので異論はないとは思うけど、大人達には、話し合うことが色々とあるらしいからね。


「ごっきげんよーんっ。あれ、織比古がいるね。生きてたんだ」


 ちゃらい挨拶と共に、西条の英喜おじさまが入って来て、やっぱり、父様と同じことを言った。


「こんばんは。おお、織比古、久しぶりだな。まだ生きていたとは、重畳、重畳」


 そして、北条の時影おじさまが、いつもの表情筋が一切仕事をしない顔で、淡々とオリーにトドメを刺した。ほんとに、皆まとめて、ロクでもない側近だな。仲間なんだから、労ろうよ。

 まーた、オリーのメンタルがやられちゃうよ、と思ったが無用の心配だったようだ。


「暁子がいいなら、もういいよ。私の心配は、将来の彼女の立場だったんだけど、あれだけ、すっきりとした顔で言われたら、もうしょうがない。しつこい男は女性ウケしないからね。私は諦めることにするよ。一族とは、これから厳しい話し合いになるかもしれないし、将来的には明楽君の下に行きたいっていう者も出るかもしれないけどね」


 まだ、いつもの顔色ではなかったが、うちに暁子姫と一緒に来た時とは別人のようにしっかりとした声で、織比古おじさまが宣言した。事情は既に察していたのか、皆が静かに頷いた。同じ風の東条家の当代と先代は、ちょっと痛ましいような表情になっていた。


「一代だけでも東条につきたいという者がいたら、うちは、いつでも引き取るぞ」

「そうだ。うちは、優秀なやつは、東風、南風関係なく、どんどん取り立てる。遠慮しないてくれ」


 東条が珍しく、まともな反応を示したが、南条親子は、ぶんぶんと首を横に振った。


「「遠慮する」」


 速攻で断っちゃったよ。東条と南条では、同じ風でも家風が違い過ぎるから当然の反応ではあるけど。先祖代々、女たらしで聞こえた一族が、これまた、先祖代々脳筋な一族に行きたがるはずがない。それなら、まだ人たらしの小野の方が家風的に近いんじゃないかな。


「享護、誠護、ありがとう。でも、明楽は、篤子の孫だから、南条の血縁とみなす者が多くてね。暁子のこととは関係なく、明楽がふーちゃんの側近になりたいというなら、私は大伯父として、嘉承宗家の側近として、嘉承の次代の側近に相応しくなるように、それなりに体裁を整えてやれないかと考えていたんだよ。そこを峰守と話し合って、一条に仲に入ってもらって正式に書面を取り交わすつもり。なー君には、もう相談にのってもらったしね。一応、敦ちゃんとふーちゃんにも話を通しておきたいんだけど、ふーちゃん絡みは、彰ちゃんがいないとダメなんだよね」


 佳比古おじいさまが私を見たので、自然と皆の視線が私に集まってしまった。


「えーと、一条家に入ってもらって、正式な書面となると、それが明楽君のことでも、ゆくゆくは私に影響するような内容だと、お父さまに一緒にお話を聞いてもらいたいです」


 一条家は、瑞祥家側近の筆頭の他、瑞祥家と嘉承家以外の嘉瑞山の公家のほとんどの法律顧問をしていて相続など、揉め事になりそうな案件は、一条が仲立ちに入ることが多い。一条にお世話になっていない家は、嘉承くらいかな。うちには、瑞祥のお父さまがいるからね。


 そんな話をしていると、満を持したようなタイミングで、小野家の三人が現れた。篤子おばあ様がいらっしゃるので、全員で立ちあがって歓迎する。


「ごきげんよう。長人様からのお呼び出しなんて珍しいこともあると思ったら、皆さん、お揃いでしたのね」


 篤子おばあ様が、先ほどの暁子姫と同じように美しい礼を返してくれて、南条の姫の持つ独特の華やかさで、峰守おじい様のエスコートで優雅に着席されたので、私達も続いた。


 それにしても、三つ子の魂ってやつだなぁ。小野に嫁いでも、南条の血は、見事に現役で仕事をしている。本家の南条の二人がしょぼくれているだけに、南条一族の中に篤子おばあ様を慕う人が多いというのも信憑性があるよ。


「篤子、峰守、明楽、突然、呼び出して悪かったな」


 小野家の年長者と一番近しい関係にあるお祖父さまが声をかけた。


「ああ、それがね、明楽が、ふーちゃんのにゃんころちゃんがバタバタと走って西条と北条の家に入ったいったのを見たって言うから、火の一族に何かあったのかとは思っていたんだけどね。同時に私達が呼び出されて、そこに火と風が揃っているということは、明楽の話かな」


 正解。さすがは峰守お爺様。毎度のことながら、読みが鋭いね。皆が着席して、南条家の佳比古おじいさまが口火を切るのかと思いきや、明楽君が、ぴっと片手を上げた。いやいや、明楽君、ここは公達学園の教室じゃないんだから。


「僕、ふーちゃんに緊急の話があります」


 皆の視線が明楽君に集まったが、明楽君は臆することなく言った。


「ふーちゃん、にゃんころもちが大変だよ。嘉瑞山の猫ちゃん達に絡まれてて、パンチお兄ちゃんが様子を見に言ったんだけど、帰ってこないんだ。お兄ちゃんを助けて」


 明楽君の言葉に、意識をにゃんころに切り替えると、目の前に黒いものがあった。パンチ君の後頭部だ。状況を察するに、私のにゃんころの前に立って庇っているようだ。ひょいとパンチ君の頭をよけて、前を視てみると、えらく高そうな猫が数匹、パンチ君の前で、うにゃうにゃと鳴いている。


「ああ、にゃんころが、何か文句を言われているね。パンチ君も一緒に絡まれているみたいだから。ちょっと助けてくるよ」


 食堂に集まった皆に、数分だけ待ってもらえようにお願いすると、話はお父さまが戻ってくるまで出来ないので問題ないと言われた。にゃんころは、猫の形をとってはいるものの、土と風の魔力で作られた存在なので、本物の猫からすると「俺の縄張りに変なやつがいる、おもしろくねーなー」というところか。にゃんころは、野生のゴリラに絡まれても、魔力を解消すれば土に戻るだけなので問題はないが、律儀に庇ってくれているパンチ君は救出してあげないとね。私、一応、親分だし。


 意識を完全ににゃんころに移すと、目の前に一際目を引く金色の猫がいた。


「あれ、君って、南条家のろーらんだよね?」


 嘉瑞山に住む猫たちのボスで、南条侯爵家では「風雅」と呼ばれる長毛種の猫だ。


「その声、嘉承の若様だな。来てくれたのか。俺、緊急で頼みがあるんだ」


 そう言ったのは、パンチ君でなくて、ろーらんだった。



 ・・・えええええええええええええっ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る