第2話 東宮さまのおでかけ

 ごきげんよう。私は、曙光聖明しょこうまさあき。帝都大学から、この春、西都大学に編入するため、西都の瑞祥公爵家にお世話になることになった。


 今日は、瑞祥家の二の君で、同じ年齢の瑞祥真人ずいしょうまひとと一緒に、西都のダウンタウンにある、一度行ってみたかった憧れの場所に来ている。ゲーセンだ。


「これだよ、真人。これを一度やってみたかったんだよ」


 騒々しいゲーセンの中で、夢にまで見た、クレーンゲームを目の前に、心が躍る。ここには、何と400台ものクレーンゲーム機があるそうだ。


「そうなんだ、そんな嬉しそう顔をしてくれると、SPを巻いた甲斐があるよ」


 真人には、普段は、同じ年の友人として接して欲しいと頼んである。彼の土の魔力【潜伏】を使ってSPを巻いたのだが、陰陽寮から送り込まれたSPだけに、なかなか手強く、軽い魔力切れの真人はげっそりしている。


「よし、真人。私が、何か甘いお菓子をクレーンゲームで取ってあげよう」

「稲荷屋で買う方が、美味しいお菓子が確実に手に入ると思うよ」

「真人、それではロマンが無さ過ぎる」


 真人が手持ちの千円札を両替機なるもので、百円玉にしてくれた。なんと、世の中には便利な機械があるものだ。


 まずは、やけに派手なパッケージが目を引くチョッパーチャップスという飴を狙う。球状の大きな缶に何十本か入っているようで、この缶をアームで取りにいき、うまく穴に落とせばいいらしい。ここに硬貨を投入すればいいんだな。真人にもらった百円玉を投入して、ボタンを押してアームを動かす。


「へえ、聖明、使い方知ってたんだ。なかなか上手いね」

「VousTubeで研究したからな」

「やってることが、ふーちゃんと同じだよ、それ」

「不比人はVousTubeで何を見てるんだ?」

「魔力持ちのお兄さん達が効率の良い魔力の使い方を教える、魔力ノックっていうチャンネルを観ているね。それと、オヤッキーさんとドーヤさんという金髪のお喋りの面白いお兄さん達がやってる都市伝説のオヤスタチャンネルが大のお気に入りで、毎日観てる。都市伝説のチャンネルなのに、むしろお兄さん達のコンビ漫才のようなお喋りが好きらしいよ。それと、私達に隠れて、こっそりと大食い動画を観ているんだ」

「あははは。魔力効率と都市伝説漫才と、こっそり大食い動画か。不比人らしいな」


 不比人は、真人の父方の従弟で、嘉承公爵家の嫡男だ。まだ若干、七歳というのに、内裏に巣食う牛鬼という妖を一人で退治した、末恐ろしい魔力持ちの小学生だ。


 真人と喋りながら、クレーンゲームのアームを操作していると、ガタンという音を立てて、チョッパーチャップスのボール状の缶がレールに落ちて、ごろごろと転がって来た。そして、ゴトッと鈍い音を立てて、取り出し口につながっている穴に落ちた。思わず真人と顔を見合わせる。


「真人、取れた!」

「すごい、聖明」


 大喜びで聖明とハイタッチをして、取り出し口からボール状の缶を取り出した。結構、重量がある。


「ほら、真人、魔力切れの応急処置」

「ありがと。この飴、濃厚過ぎて、あんまり好みじゃないけど、今は甘味が欲しいから、喜んで頂くよ」


 せっかく人が取ってやったというのに、あんまり好みじゃないとか言うか。これでも一応、殿下からの「御下賜品」だぞ。


「コーラ味なんかあるんだね。魔力切れなんで、そこそこ食べれそうかも」


 棒の先の丸い飴をまじまじと見て、真人が言った。そこそこか。嘘でも忖度して「美味しい」と言わないところが真人の良さだ。瑞祥家というのは、当代の公爵のように、雅で優しい人か、公爵の弟達のような遠慮のない人のどちらかになる傾向がある。全員、素晴らしい美形揃いだが、兄の理人は公爵に似ていて、弟の真人は、双子の叔父達と似たような性格だ。


「100円で、12本入ったボールか。ビギナーズラックだ」

「失礼な、これが私の実力だ、真人。何なら、もう一つ不比人にお土産用に取ってみせる」


 また百円を入れてアームを動かすと、また、ゴトッと音を立てて、ボール状の派手な模様の缶が落ちてきた。


「すごい!聖明、プロだよ」

「あはははは。もっと崇めてもいいよ」


 すらりとして手足の長い真人が身をかがめて、投入口から缶を取り出してくれた。


「今度はイチゴ味だって」

「不比人は、イチゴ味は好きかな」

「ふーちゃんは、美味しいものは何でも食べるけど、お菓子は稲荷屋のものしか食べないよ。あの子、料理長に溺愛されて、異常に舌が肥えているから、稲荷屋の開発顧問をしているくらいだし」

「そうなのか。じゃあ、これは理人兄りひとにいにあげるか」

「うちの兄様も食べないってば。第一、イメージに合わないよ」


 真人は、とんだブラコンで、兄の私としては、理人兄が羨ましくもある。とりあえず、この飴の缶は取りやすいが、誰も食べないらしいので、違うブースにトライしてみるか。ゲーセン内を次のターゲットを物色するため、歩いてまわった。


「そうだ、真人、次は、このパカットモンスターのカビタンを取ろう」

「聖明、カビタンって、何か気持ち悪いよ。もっと可愛いのにしなよ」


 子供達に人気のパカットモンスターのぬいぐるみがあるブースが並んでいるレーンを見つけた。先ほどのスコップタイプではなく、三本爪というタイプのクレーンゲームだ。


「末の弟が大好きなんだ。誕生日が近いから、この兄が取って贈れば喜ぶと思う」

「宮様、大内裏で、パカモンを観てらっしゃるんだ。しかもカビタン好き。相変わらず独特のご趣味だなぁ」


 私の弟二人は、ちょっと独特だが、それでも可愛い弟達だ。末の弟が好きなカビタンは、暗いジメジメしたところで蔓延るモンスターで、いかにも末の弟の趣味に合いそうな、独特の色味の、ちょっと気色悪いキャラクターだ。人気がないのが明白で、他のブースのキャラのぬいぐるみが、あまり残っていないのに、カビタンは、まだぎちぎちにブースに在庫が詰め込まれている。ぎゅうぎゅうに詰められているので、変形していて、気持ち悪いくせに、変な愛嬌があるヤツだ。


「よし、真人、これを取らねば、私の兄としての矜持が許さない」

「そのおかしなプライドは、他に向けた方がいいと思うよ」


 真人は、弟なので兄の気持ちが分からないのだ。失敬な視線を無視して、硬貨を投入した。大きな三本爪がゆらゆらと動いて行く。獲物が大きいので照準を定めるのが楽かもしれないな。


「よし、ここだ!」


 狙いを定めた位置で、三本爪をカビタン目掛けて落とした。爪がいい具合にカビタンを捉えて、ゆらゆらと持ち上げる。


「やったぞ、真人!」

「すごい、聖明!取れるよ!」


 素晴らしい。私はクレーンゲームの天才かもしれない。・・・と思った途端に、ぽろっとカビタンが三本爪から落下した。


「あああっ」

「ぐっ。慢心は禁物ということか」


 思わず、真人と二人でクレーンゲームのガラスに両手をついてがっくりと肩を落としてしまった。


「くそっ。でも、コツは掴んだぞ、真人。再チャレンジだ」


 また硬貨を投入して、三本爪を動かしたが、良いところで落下してしまう。このゲームは、なかなか人の強欲な部分を引きずり出すのが上手い。あっという間に五回も失敗してしまった。


「くそっ、真人、次だ!」


 隣に立っている真人に、掌を突き出して硬貨を要求した。


「聖明、それ、完全に負けの続いているギャンブル狂の態度だよ」


 真人の目が呆れている。


「何を言う、弟思いの麗しい兄の気持ちだ」

「ほんとかなぁ。単に聖明が遊んでいるだけにみえるけど」


 二人で揉めていると、後ろから、「あの~」とおどおどした感じの声で、誰かが話しかけた。真人が瞬間、私に張っていた水の守りを、さらりと強くした。さすがは瑞祥、全てが流れるようにスムーズな魔力展開だ。


「何でしょう」


 瑞祥家特有の優雅な物腰で、真人が微笑みながら振り向いた。こいつは兄の理人と違って猫を被っているだけだが、このいかにも「都の優雅な公達」の猫被りを見抜いている者は身内だけだ。

 

私たちの斜め後ろに、遠慮がちに、公達学園の制服を着た高校生と思われる三人組が立っていた。


「あの、瑞祥先輩と、と、と、東宮殿下でいらっしゃいますか」

「私はそうだけど、この方の御身分は明かせないよ」


 真人、それは明かしているのと同じだ。


「す、すみません。あの、その、カビタン、要るなら、僕たちが取ります、けど」


 何と、この小心者風な少年たちは、私の窮状を見て、声を掛けてくれたのか。


「真人、大丈夫だ。彼らは忠義な曙光国民だ。私の窮状に助けを申し出てくれているのだ」


 真人は、一瞬だけ被った猫を外して「お前は黙ってろ」という視線を私に投げ返たが、小心者な少年が親切心から勇気をもって声をかけてくれたのだ。応えねば私に今上陛下であられる父上の後を継ぐ資格はない。


「真人、私は、彼らを信じる。少年たち、そうなんだよ。このカビタンが欲しいんだが、なかなか手強いのだ。君たちなら、取れるのかな」


 私が鷹揚に応えると、少年たちは、恐縮しながらも、こくこくと頷いた。彼らの手を見ると、大きな袋に景品がこれでもかと詰まっている。


「なるほど、君たちはプロなんだね。能ある鷹は爪を隠すというが見事な隠し方ではないか」

「聖明、それ聞きようによってはディスってるからね」


 真人が耳元で囁いた。おかしい。純粋に褒めているのだが。


「実は、もう三百円しかないんだけど、三回で取れそう?」


 真人が手の中の硬貨を見せると、少年たちは、また、揃ってこくこくと頷いた。


「いいじゃないか。真人、少年たちに残りの三百円を預けよう」


 私が続けても、同じ結果しか期待できなさそうだ。それなら、手慣れている少年たちの方が、まだ可能性がある。どうだ、真人、私はギャンブル狂予備軍ではないぞ。きっぱりと、止まることが出来るからな。また、真人の失敬な視線を感じた気がしたが、気にせず、少年たちにクレーンゲームの前の場所を譲った。


 真人から三百円を受け取った少年たちは、三本爪がゆらゆらと動き出すと、二人の少年たちが、ブースの横に立ち、「もうちょい前」と声を掛け合った。なるほど、色んな角度から、三本爪のポジショニングを決めるのか。やはりプロの技は勉強になる。


「うん、そこ!」

「これは行けたね」


 少年たちの声に、私と真人も慌ててブースにへばりついた。本当に三本爪ががっつりとカビタンを掴んで、ゆらゆらしながらブースの景品取り出し口に向かって、そして、ぽとりと落とした。


「やったー!」


 思わず、少年たちと気安くハイタッチをしてしまったぞ。少年の一人が、ぬいぐるみを取り出して、恭しく私に渡してくれた。


「ありがとう。助かったよ」


 少年達が、ぎこちなくお辞儀をすると、そのうちの一人が残った二百円を真人に返そうとした。


「いやいや、いいよ。少な過ぎるけど、取っておいてよ」


 真人がそう言うと、少年たちが遠慮するので、私からも声をかけた。


「ゲーム代の足しにしてくればいいから。二百円だけだから遠慮することもない」


 少年たちは、遠慮がちに頷き、またぎこちなく頭を下げた。このぎこちないところに、好感が持てる。


「そうだよ。私達じゃ、絶対に取れなかったからね。あ、それと、この飴も、良かったら持って行って。この方が、初めてお取りになったんだよ」


 真人、お前、嫌いな飴を、さりげなく通りすがりの善良な少年達に押し付けていないか。


「え、そんな記念の御品をいいんですか」

「もちろんだよ。コーラ味とイチゴ味だから、美味しいよ。朝ごはんの足しにして」


 真人、お前は、毎日、どういう朝ごはんを食べているんだ。


「あの、瑞祥先輩、それだと申し訳ないんで、これを受け取ってください」


 少年の一人が持っていたゲーセンの袋を真人に手渡した。


「え、ダメだよ。それは君たちが取ったんでしょ」

「いえ、僕たちは、しょっちゅう来てて、これくらいはいつでも取るんで。ぜひ受け取ってください」


 そう言うと、少年たちは、ぺこりとお辞儀して逃げるように去って行った。


「何と無欲で健気な少年たちだ。西都公達学園の学生たちは、素晴らしい。東久迩の大姫の努力の賜物だな」

「うん。母校にあんな可愛い後輩がいるとは、嬉しいことだよ」


 真人も嬉しそうな顔を見せた。


「ところで、これどうするの?もらっちゃったけど」


 真人が、少年たちからもらった袋を開けると、ものすごい量の板チョコが入っていた。


「うーん。不比人にお土産だな」

「不比人は、稲荷屋のお菓子しか食べないって」

「じゃあ、カビタンと一緒に内裏に送ろう。そうだ、宰相にあげればいい。激務が続いているから、甘いものは喜ぶだろう」

「だから、要らないものを人に押し付けるのやめなよ。聖明がやると御下賜品になって、大袈裟になるんだから」

「宰相だから問題ない」

「そうだね。宰相なら、まぁ、いいか」


 数日後、末の宮の誕生日に宮内省から発表されたビデオには、真ん中の弟の奏でるピアノ曲をBGMに、大きなソファに一人で背筋を伸ばして座る弟の姿があった。そして、その後ろには、あの独特な色味の気持ち悪いぬいぐるみがちょこんと置かれていて、ビデオの終わる直前に、弟の口が「にいさま、ありがとう」と動いたのが分かった。


 ふふっ、心温まるいい話だろう。



 エピローグ 内務省


「皆さん、ワタクシと皆さんのために、西都にいらっしゃる東宮殿下がわざわざ、差し入れを送って下さいましたよ」

 目を輝かせる部下たちに頂き物のチョコレートを配る。


「あの、宰相閣下、失礼ながら、これは本当に殿下からですか」

「あなた達の言いたいことは分かります」


 西都から届いた大きな袋には、瑞祥家の誰かのものと思われる流麗な手蹟で、東宮殿下の思し召しで激務の続く内務省に慰労の品を送る旨が書かれた文が入っていました。雅な香も焚き染められて、さすがは公家文化の頂点にある家から届けられたものだと思ったのですが・・・。


 袋の中には、大量の板チョコレートが入っていて、それぞれの箱には、折り紙がセロテープで張り付けられ、三つの筆跡の異なる子供の字で「かし」と平仮名で書かれているではないですか。


 あの恐怖のちびっこ三人組が、瑞祥家におられる殿下から、おかしな内職でも引き受けたのでしょう。悔しいですが、ヨレヨレの字を見ている間に、少しだけ顔の筋肉が緩んだことは認めましょう。ただ、「下賜」です。もう小学生なのですから、それくらい頑張って書きなさい。



 エピローグ 嘉承家


「あれ、これ、東宮殿下と真人兄様だよね」


 クレーンゲームの前でうなだれるお二人の姿が隠し撮りされているショート動画がVousTubeに投稿された。三人の西都公達学園の制服を着た少年達が、お二人に話しかけ、見ただけで呪われそうな気色悪いぬいぐるみをクレーンゲームで取ってあげたようだ。


「何やってんだ、あの二人は、こんなものを隠し撮りされて。みっちーが、きーきー文句を言って来るぞ」


 父様が面白そうに、にやにやしている。


「この変なぬいぐるみって、宮内省が発表した末の宮様のお誕生日ビデオで、宮様の後ろにあったやつだよ。やっぱり、やんごとない御方のご趣味は謎だよね」


 そう言えば、うちのお祖母さまも、高貴な血筋で、キモカワイイものがお好きだしな。


 宮様のビデオが公開されたとき、「背後霊が宮様の後ろにいるかと思いました」とテレビの人気情報番組のメインMCさんが顔を引きつらせた。それを受けて、SNSでは、「悲報、カビタン、背後霊扱いW」と大騒ぎになった。


 よく見ると、東宮殿下のショート動画も、恐ろしい数の閲覧数になっている。いやいやいや、誰か知らないけど、東宮殿下をネタに儲けちゃダメだって。後で怖いことになるよ。


 数日後、西都公達学園の校庭に、高等科の学生達五名が首まで埋められて発見された。笹倉君たちの話によると、学園では珍しい不良学生たちで、気の弱そうなクラスメート三人を脅して、東宮殿下と真人お兄様がゲームセンターにいるところに話しかけさせ、陰で隠し撮りしていたようだ。


「あれ、すごい閲覧数だったよね。儲かったのかな」

「儲けはないよ。VousTubeが閲覧禁止にしちゃったもん」

「うわぁ、内裏の圧力だね、それ」


 笹倉君と塩見君は、高等科にお姉さんやお兄さんがいるので、事情通だ。それはともかく、私は、校庭に埋められた高等科のいじめっこのお兄さん達の額に張られた、謎のお札のような紙が気になって仕方がないよ。


「天誅」


 見事な手蹟で書かれた、その文字は血のように赤かった。そして、紙には牡丹の透かしが入っていた。牡丹は、「あの会」の紋章だ。


 そして、五名が掘り起こされ救出された時、東久迩先生と、公家出身の女性教師と女子生徒たちは、皆、扇を広げて、「まぁ、怖いことがあるものね。おほほほほ」と笑っていた。


 西都では、公家の姫が扇を広げて笑うと、誰も、絶対にその理由を聞いてはいけない。世の中には、そこらの特級呪物よりも遥かに厄介なものがあるからだ。


 くわばら、くわばら・・・。

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