第72話
大手三友不動産では、カゲオダンジョンの周りにある土地を買い占めていた。
三友不動産の会長であるワシはカゲオダンジョンの周りを視察し、ビルの最上階で会議を聞く。
ワシは不動産をこの目で見る事にしている。
この目で感触を確かめ、そして通る人々の雰囲気、生活の導線などを確認する。
「現在三友不動産では、カゲオダンジョン周辺半径3キロ地帯にある不動産の内3割を買い占めました。大手ライバルでも最大で2割に達していない事を考えると、同業他社と比較して遥かに優位に立っております」
うむ、ワシの計画は順調なようだ。
「続いて、再利用可能なビル物件はすでにリフォームが終了し、収入の高い冒険者が高い賃料で契約しています。稼働中のマンションはすでに96%を超える入居率で、テナントビルの契約率も順調に推移しております」
「会長の計画通り、階数を低く抑えた20階建てタワーマンションの建設は進捗率が65%を超えました。低めの階数にした事で一年以内に工期は終了する予定です。早めに土地の投入を決めたおかげで、ライバルに大きく差をつける事が出来るでしょう」
「会長から改善点やお言葉などあればお願いします」
「うむ、我々三友不動産はITバブル、リーマンショック、そしてコロナショックと、不動産価格の下落時に不動産を安く買って次の好景気まで耐える事で業績を伸ばして来た。今回のカゲオショックも同じだ。今は身を屈めて大きく躍進する前の状態だ。今が耐え時!今が勝負時!この1年で我々の躍進が決まる!」
バチンと両手を叩いて、皆の注目を集める。
「成功の暁には、この1年の成果に応じて、特別ボーナスを支給する。君たちは選ばれた優秀な社員だ!頑張ってくれ」
社員の顔色が変わる。
会議が終わって最上階から街を眺める。
ダンジョンの出現で暴落したこの土地は、カゲオダンジョンに変わってからも不動産を購入する者が出ず、暴落したままだった。
だが、周りに家が建ち始め、収入の高い冒険者がいい家に住み始める前からワシは動いた。
安く、固定資産税だけを払い続ける事を恐れる者、ビルが傷み、将来取り壊し費用を迫られるリスクを抱える者はこの土地を安く手放した。
不動産はいい。
一度マンションを用意してやれば入居者が毎月高い金を払ってくれる。
部屋の数だけ払い続けてくれる。
後は、エアコンや水回りなどの故障が無い限り、ほとんど手間をかけず毎月金が入って来る。
不景気でも不動産は必要とされ続ける。
だが多くの貧乏人は自分で土地や家を買う余裕が無い。
金があっても出張やリストラリスクがあるこの時代だ、家を買う事はリスクにもなる。
費用が掛かると分かっていても何万、何十万の金を毎月貢ぎ続けてくれるしかない転勤族もいる。
生活費に占める住居費の割合を調べてみれば、不動産の市場がいかに大きいか分かるだろう。
住宅に住まない選択肢を取る者はほとんどいない。
住むしかないのだ。
その上で、
日本人高所得でなくても50%近くを税金や社会保険で国から取られる。
更に余った50%から高い住宅費を払い、好きな事を思うようにできないまま金を吸い取られ続けて生きていく。
不動産市場は大手が強い。
強者が弱者から吸い取り続けるこの構造はワシに有利だ。
「ぐふふふふ、情報弱者に経済弱者!すべての弱者よ!ワシに富を運び続けるのだ!ぐはははははははは!」
ワシは会社が運営している最高級のホテルで過ごした。
【次の日】
「会長!大変です!マンションの解約者が急増し、テナントの契約終了申し込みが殺到しています!」
「……何を、言っている?」
「会長、失礼ですが、ネットでカゲオチャンネルの方は、その」
「見ておらん!ワシはネットなど見ない!」
そう言えば、何院もの若手社員がカゲオチャンネルを見るように言っていた。
カゲオリスクがあると何度も言われた。
だが、ネットなど、批判だけでニートが悪口を書き込むだけのくだらない流行りものにすぎん。
秘書が頭を下げながらノートパソコンを開いて言った。
「会長!どうか、この配信動画を見て欲しいのです!昨日のカゲオチャンネルがきっかけでカゲオダンジョンの周囲にある不動産は解約の申し込みが殺到したと思われます!どうか!」
「……分かった」
秘書が動画を再生する。
『よ!カゲオだ。カゲオダンジョンの他に9カ所ダンジョンを作ったんだけど、問題が発生した。急に人が集まらなくなり、カゲオダンジョンから人が移住する流れも止まった。簡単に言うと、想定したより他のダンジョンに人が集まらない。ダンジョンを作りすぎた』
ダンジョンの11階に行けばダンジョンの壁で出来たセーフゾーンがある事は知っている。
1つのダンジョンの中に100万人が住める。
だが、10のダンジョンがあったとしても、ダンジョン内には1000万の人が住むのが限界なはずだ。
痛手ではあるが、それ以上の不動産流出は起こらない。
いや、人々は10あるダンジョンの周囲に移住した事で、住宅市場は新たに活況を迎えていた。
もっと言えば、ダンジョン内は人々の恐怖イメージによって獣系ダンジョンが多く出る。
食料不足を恐れた政府が意図的に食料魔物の恐怖イメージを拡散させたことで、すべてのダンジョンから獣の魔物が多く出る。
ダンジョン内の魔物は肉系魔物で定着している。
レッドハットやゴブリンの出現に対抗して政府もまたあらゆる手を打っているのだ。
肉資源と魔石によるエネルギー資源がある以上、ダンジョンの外には産業が生まれる。
魔物肉の解体や物流の企業が参入し、ダンジョンの11階に行けない冒険者はダンジョンの外に住む。
クレイジーカゲオのデマに皆が先導されたか?
『そこで、カゲオダンジョンを消滅させる。だが、ダンジョンを消滅させると、前回と違ってダンジョン内にいる魔物がそのまま外に出てくる。みんなは避難して欲しい!消滅期間は3日後の今月19日、昼の12時からだ!今月19日、昼の12時にスタンピードが発生する!冒険者は集まって稼いでくれ!戦えない人は逃げて欲しい!』
「なん、だと!」
『もう一度言う!冒険者は今月19日、昼の12時までにここに集まって欲しい!そして戦えない者はそれまでに逃げて欲しい!今回は以上だ!配信終わり!』
「バカな!政府は何をしている!」
「政府はカゲオ氏にダンジョン消滅をやめるよう働きかけているようですが、カゲオ氏からは返答が無く、代わりにカウンターの配信が行われました」
次の動画が配信される。
『よ、カゲオだ。政府からダンジョンの消滅は中止するよう連絡があった。言ってなかったが複数の予言が出ている。ダンジョンは日本に9つあるのが適正らしい。それと、政府は県制度を見直すのがいいと予言に出ていたそれも伝えておく。皆、予言者のチャンネルも見て欲しい。それが無理でも、他のインフルエンサーが予言をまとめている、それだけでも見て欲しい』
隣にいた予言者が前に出た。
『本当です。ダンジョンは今の時点では9つが適正です。そして、政府は県制度から9つのダンジョンに居住区を集約する方向に国の運営を切り替える事で日本はコストを圧縮しつつ、今の状態より魔物に備える事が出来るようになります』
『政府は小手先の政治PRじゃなくて根本の改革を進めて欲しい。今日本には広く分散した居住区を魔物から守る力が無い。県制度を廃止する苦しい改革の道を進んで欲しい。今は魔法と科学の力で早くインフラを整えられるようになった。国民は政府の決断を待っている!次の配信では地方自治体の既得権益や県なんかの縦割り行政についての解説をする。配信を終わる』
「会長、会長?」
「……水を、一杯くれ」
「はい」
ワシの喉がカラカラに乾き、水を飲みほした。
「今すぐにこの地域から撤退する。すぐに資料を作ってくれ」
「はい、すでに皆準備を進めています」
ワシの会社は、大きなダメージを受けた。
若手社員の言う事が正しかった。
ワシは、老いたのか?
時代について行けず、話を聞かなかった。
ワシは、老人経営者が会社を傾けるのを見て、馬鹿にしていた。
だが、ワシもそうだったのか。
ゴマすりをする役員で周りを固めすぎた、のか。
……会長を、退く時か。
三友不動産は会長が変わって数年で大きく躍進した。
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