第40話 祝福に包まれて

 白いカーペットの敷かれた道を、セドリックと共にゆっくりと歩く。

 先導するのは、花冠をかぶったフラワーガールのブルーベルだ。籠から花びらを一生懸命に撒く姿は大層可愛らしく、一同に笑みが溢れる。

 

 祭壇まで歩き花を撒き終わったブルーベルは、振り返ってうやうやしくお辞儀をした。拍手に包まれながら上げた頬は桃色に染まり、どこか誇らしげだ。


「坊ちゃん……俺たちの奥様を頼むよ!」


 新郎の元まで辿り着くと、セドリックはアリシアから腕を離し、レイモンドの背中をバシンッと力強く叩いた。レイモンドの頷きを見届けて、司祭役のヨゼフが咳払いをする。


「えー、ゴホンッ。この後は僭越ながら、私ヨゼフが司祭を務めさせていただきます」


「なかなか様になっているじゃないか、ヨゼフ」


「からかわないでくださいよ! これでもちゃんと出来るようにと、街の教会まで修行に行ってきたんですからねっ!」


 二人のやり取りは軽快で、共に過ごした年月と信頼を感じさせた。アリシアはそんな二人を見て、ベールの下で思わず頬を緩ませてしまう。

 

 ──旦那様に、信頼のおける仲間がいてくれて本当に良かった。からかいあったり、冗談を言ったり、お互いを想って叱ることが出来たり……それはもう、友人と呼んでも良いはずだわ。主人と従者で立場は違っても、友にはなれるはずだもの……。


「えー、では早速……汝レイモンド=スノーグースは、ミーシャ……ちょっと待ってください、ここは旧姓でいいんですかね?」


「ははっ、修行の成果はどうした?」


「ふふっ、どちらでもいいですよ。でもせっかくなので……スノーグースの姓でお願いします」


「うう、すみません……。では、レイモンド=スノーグースは、ミーシャ=スノーグースを妻とし、いつ如何なる時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで……妻を愛し妻を想い、妻と添い遂げることを、大いなる太陽神に誓いますか?」


「ああ、誓おう。死が二人を分かとうとも、永遠に」


 ヨゼフの問いに、レイモンドはハッキリとした口調で答える。その横顔が眩しくて尊く、アリシアは胸を熱くしながら目を細めた。


「では……ミーシャ=スノーグースは、レイモンド=スノーグースを夫とし、いつ如何なる時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで……夫を愛し夫を想い、夫と添い遂げることを、大いなる太陽神に誓いますか?」


「はい……誓います」


 アリシアの答えに、ヨゼフは優しく微笑んだ。


「では皆さん……今夫婦となるこの二人を祝い、祈りましょう。神が二人を守り、永遠に幸せに導いてくださいますように!」


「「「せーのっ、おめでとう〜!!」」」


「二人とも、お幸せに〜!」

 

「仲良くやるんだぞー!」


 温室中が温かな拍手と歓声に包まれ、二人は顔を見合わせて笑った。


 大切な仲間に祝われ、隣には愛する人がいて……。何て幸せな日なのだろう。

 こんな日が来るなんて、今まで想像できただほうか?

 

 人生において、辛く苦しい日の方が多かった二人にとって、その幸せは信じられないほどに大きかった。

 嬉しくて今にも飛び上がりそうになる一方で、夢なのではないか……と疑う自分もいる。


 だが目の前の愛する人は、間違いなく血の通った人間だ。繋いだ手から伝わる温もりが、それを思い出させてくれる。


「旦那様……これを」


 感動の涙を拭きながら、ヨゼフが美しい小さな箱を取り出した。


「結婚式用ではなかったですが……頼まれていた例の物です。急いで今日に間に合わせたのですよ」


「……ありがとう。こんな良き日に渡せて良かった」


 小箱を受け取ったレイモンドはアリシアに向かって跪き、ゆっくりと小箱を開いた。

 そこには眩いばかりに青白い光を放つ氷の魔石が嵌め込まれた、銀の指輪が入っていた。


「婚約指輪だ。受け取ってもらえるだろうか?」


 感動のあまり言葉を詰まらせながら頷くと、レイモンドが指輪を取り、丁寧にアリシアの薬指に嵌めた。


「俺の指輪にも新しく氷の魔石を嵌めこんだから、お揃いだ。──これで貴方も、雪合戦が上手くなるな」


「ふふっ……氷の魔石があれば百人力です。次は負けませんからね」


 もう一度会場が拍手に包まれ、サリーがヤジを飛ばしてくる。


「最後は……ねえ、あれでしょ!」


「そうだ〜、キスしなさ〜い!」


「そうだぞ、やっちまえ坊ちゃん!」


 やんややんやの歓声の中、アリシアが顔を真っ赤にしてレイモンドを見つめた。


「そ、そんな急に言われても、心の準備が……! どうします、レイモンド様……」


 レイモンドはしばらく考え込んだ後、無言でアリシアのベールを上げた。

 迫り来るレイモンドの美しい顔に、アリシアはギュッと目を瞑る。


「わ、わ、わ……! ちょっと待ってくださ……」


 レイモンドはそのまま……アリシアの額に、優しくキスをした。


「貴方の心の準備が出来るまで……いくらでも待とう。今日は、ここで」


 間近でいたずらっ子のように微笑むレイモンドの顔に、ときめきと鼓動が抑えられない。

 

「なんだ〜、つまんないの〜」


 ブルーベルの目を両手で塞ぎながら、マールが呟く。


「後は二人のお楽しみっつーのかい。ケチだねー!」


「まあいいじゃねえか、二人には二人のペースがあんだ。ゆっくりやれよー!」


「ちょっとセドリック、アンタどっちの味方なのさ!」


「そりゃあ俺は、いつだって坊ちゃんと嬢ちゃんの味方だよ!」


 賑やかな中式典が終わり、続いて食事の運びとなった。


 白い長テーブルの上には、色とりどりの果物やサラダ、鮮やかな料理などが所狭しと並んでいる。


「わあ……! すごい、すごいです!」


「驚くのはまだ早いよぉ……ほら!」


 続いてエリオットが運んできたのは、巨大なウエディングケーキだった。

 タワー状の空色のケーキは真っ白なアイシングクリームで繊細に飾られ、氷の紋章や白い花々が緻密に描かれている。


「まあ……! これ、エリオットが作ったんですか!?」


「ふふん、そうなの! ぼく、お菓子作りの方が向いているみたい。将来はパティシエになろうかなぁ?」


「ああ、驚くほど上手く出来ているな。ここの細工なんか、工芸品みたいだ。……でも、パティシエになって何処かへ行ってしまったら、困るな……」


「えへ、だいじょうぶ! そしたら、ここでパティシエとして雇ってもらうからぁ! 三食おやつに夜食まで、全部ケーキになっちゃうかもだけど……。あ! このケーキ、デザインはマールがしてくれたんだよぉ」


「マール! 流石です、こんなの王宮のパーティでも見たことがないですよ……!」


「ふふん、二人をイメージしてデザインしたのよ〜! ベースは雪の降るスノーグース領を、周りの装飾とアイシングクッキーで氷と花を〜……」


「あー、はいはい! マールのセンスが良い事はみんな承知なんだから、早く食べちまおうよ!」


「なによサリー! さっきの仕返し〜!?」


「まあまあ……とにかく、本当に素晴らしいケーキです! 食べるのがもったいないくらい……でもせっかくなので、いただいちゃいましょう!」


「奥サマのそういう潔いとこ、好きだわ〜」


「ふふっ、ありがとうございます。ケーキはいくら綺麗でも、食べられないと可哀想ですからね!」


 その後和気藹々とケーキカットが行われ、楽しい食事会となった。笑顔が弾け、たくさん食べ、たくさん飲み……会の終盤で、アリシアが呟いた。


「ふう……一生分くらいいただきました……。こんなに豪勢で色鮮やかな食卓、ハレ巫女の洗礼の儀式の時みたいです……」


「あ、そうだ。奥サマって、前は巫女だったんだろ? 巫女の洗礼式ってどんな感じなんだ?」


「別に面白いものでもないですよ? 祭壇に太陽の恵みを並べて踊ったり……」


「ええっ、おどるの? どんな感じか見てみたい〜!」


「さんせ〜い、ちょうど余興にいいんじゃない? 二次会ってことで」


「余興って! 一応神聖な儀式なんですからね! まあ正式なものでもありませんし、力を失った私がやっても、何も起こりはしませんけど……うむむ、そう考えれば、確かに余興ですね」


「貴方が良いなら、俺も見てみたいな。巫女の儀式がどんなものなのか」


「レイモンド様まで……もう、仕方ありませんね。本当に別に面白くもないですよ?」


 しぶしぶ立ち上がったアリシアを、皆の歓声と拍手が包んだ。

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