【短編】あなたの隣に立てるように

宮鳥雨

第1話 私とあなたで1役を

「私があなたを新しい世界に連れて行きます」

 そのセリフと共に王子はお姫様の手を引いた。


  *


 私――琴葉ことはは演劇部に所属している。そして来週開催される演劇大会に向けて練習に励んでいた。


 演劇部とは名乗っているものの部員の人数は5人と正式な部活と呼べていない。今年作ったばかりの部活だからしょうがない話なんだけどね。


 この高校では10人以上の生徒が所属しているか、実績があれば正式な部として認められる。そこで私たちは演劇大会で入賞することを目指した。


 演劇大会は市内で行われるもので、10組程度の応募しかないものの、年齢制限がないこともあってか毎年実力の高い人たちが集まっているらしい。


 ただでさえ演劇部には5人しか所属していないのに、私たちにはそれ以外の問題もあった。


 1つは照明技術に関して。演劇大会に出るとなると照明も私たちで行わなければならなかった。だけど5人の中で唯一上手にできたのが真彩まやのみ。みんな覚えようとはしたみたいだけど、どう頑張っても真彩まやには及ばなかったらしい。そのため、真彩まやは照明に回ってしまうため演者をすることができない。


 そしてもう1つの問題は、私が演者として舞台に立つことができないということ。生まれつき体が強くないせいで、1つの劇を演じられる保証がないんだよね。だから、今まで演者は全て3人で行っていた。


 部活動の一環として近くの幼稚園で劇をしたときには、主人公とヒロインをひびき綾香あやかに演じてもらい、残りの1人である梨恵りえが複数のモブを演じていた。声さえ変えれば、変装するだけで別人に思わせることができるからね。


 大会本番もこの5人だけで挑むことになるかと思ってたけど、クラスメイトに演劇大会に出場することを話すとありがたいことに協力を申し出てくれた。


 そのおかげで、私の負担も大きく減ることになった。演者が増えればその分、演じ分けがいらないし、1つの役に集中することができるからね。


「お疲れ様〜、ひびき


 王子役を務めたひびきが舞台から降りてくる。ひびきは女の子なんだけど、スタイルの良く、ボーイッシュな見た目から王子役も見事務めることができている。


「凄かったよ響ちゃん!」

「ホント、ホント。響ちゃんの動きとても良かった」


 響は友人たちから褒められたことで頰をかいて照れている。


「ありがとう。でも、琴葉がいたから私は動きに集中できるんだよ」

「そうそう、琴葉ちゃんも凄いよね。響ちゃんの動きに合わせて声を当てれるんだから」


 今まで響を褒めていた子たちの視線が、今度は私の方に集まる。


 体の弱い私が演劇部に所属している理由、それは多くの声色を使い分けることができるから。私は舞台袖で響に代わってセリフを読みあげている。


 響は舞台に立つと緊張で声が出ない。私が響のセリフを読むことで2人で1役を作り上げている。


「迫真な演技で私ビックリしちゃった」

「それはみんなが協力してくれたおかげで1つの役に集中できたからだよ」


 私の仕事は舞台袖でセリフを読むだけであるが、相当な集中力を要する。演者の口パクに合わせるのはもちろん、どの方向を向いてしゃべるか、どういう表情なのかでどういった声の大きさや出し方が良いかが変わる。


 普段は10役ほど声をあててるけど、友人たちのおかげで今回は響の王子役だけに集中できるのはとても助かっているんだよね。


「本当に琴葉を誘ってよかったよ。ありがとうね」


 私が演劇部に入った理由は響に誘われたから。体が弱いこともあって、入るかどうか悩んだけれど、少し考えた末に入部することにした。


 舞台に立つことはできないけど、この場所は私の力を必要としてくれている。それが嬉しく楽しかった。


「知り合って1年も経っていないのに、息がピッタリだから余計に驚くよな」


 照明を担当していた真彩がそうつぶやいた。私たちの劇を見た人たちがそのことを知ればみんな驚く。私と響は今年の入学式の時に初めて出会った。だから知り合って半年も経っていない。


 それにも関わらず2人で1役を演じられているのは余程相性が良かったのだろう。


「ちょっとちょっと、2人を褒めるのはいいんだけど、あたしたちにも言うことがあるんじゃない?」


 立派に姫役を演じた綾香が自分の演技を褒めてもらえずに口を膨らませていた。


「もちろん綾香ちゃんも凄かったよ」


 この演劇部で一番演技が上手なのは誰かと聞かれたら、私は間違いなく綾香と答える。響の動き、私の声で作り上げた1役には及ばないものの、1人で完璧に1役をこなせているのだから、お見事としかいえない。


 ふてくされた綾香の横にいるのが、梨恵だ。普段は様々な役を1人でこなしているが、負担が減ったこともあってか今まで一番と言っていいほど演技が上手にできていたと思う。


「梨恵も凄いね。やっぱり1役だけだとだいぶ違う感じ?」

「そりゃね、覚えるセリフも少なくなるし、動きもその分集中できるからね」


 梨恵のセリフも私が当てていたとはいえ、セリフをちゃんと覚えていなければ口パクも上手にできない。間違いなく、大きな負担を掛けていたはず。


「でも、いい感じじゃない? もしかすると、もしかするんじゃない」


 誰かがそんなことを言った。確かにこの調子で行けば間違いなく入賞はできると思う。あとはどこまで仕上げられるかそれだけだと思った。


「あとはあたしがどれだけ、響たちの演技に合わせられるかだよな~」


 姫役を務める綾香がそんなことを呟いた。


「いや、私たちのは少し反則みたいなものだし、あんまり気負い過ぎないでね」

「うん、それはもちろん。ただ頑張らないと思っただけだよ」


 綾香は姫役という重要な役に少し責任を背負い過ぎているのだと思う。私たちはリラックスをするように声を掛けた。


「よし、来週の演劇大会に向けて頑張るぞ~」


 響の気合の入った声が辺りに響き渡る。そして何事もなくこの日は練習を終えた。




 ここまで問題は何もなかった。だから、このまま順調に行くかと思った。


 この調子で行けば大会でもいい結果を残せる。


 それは全員が思っていることだった。


 だけど、現実はそう甘くないことを思い知らされた。


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 全4話構成です。

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