第19話 追跡
侯爵は矢継ぎ早に指示を出していったが、彼の怒りはキルカッツが声を掛けられぬ程高かった。
いくら愚かなキルカッツとはいえ、それを感じるだけの感性の待ち合わせはあった。
むしろ日々人、の顔色を伺い続けている事から敏感だった。
「キルカッツ、お前は屋敷にいて、敷地の内を捜索する指揮を執り、私が戻るのを待て!」
「父上は?」
「セルカッツを捕らえに行く。まだそう遠くには行っておるまい」
ダイランド侯爵は側近を集め、急ぎ町の入口に向かった。
昔、戦場で名を馳せただけあり、座して待つのは性に合わなかった。
町の出入口を管理し、守護する警護兵達に直接指示を出す為、第1陣として僅かな手勢のみを自ら率いて出発した。
また、準備ができ次第増援を寄越すよう指示をしていく。
実に手際が良い。
短気だが流石に領主をしているだけの事はあり、頭の回転も早い。
その一方でセルカッツの言い分すら聞かずに、即決で追放するといった訳の分からない行動が家臣達がこの侯爵を恐れる原因でもある。
例えばハーニャを目に掛けているのは、単に憐憫の念だ。
従順で実によく尽してくれ、娘のように可愛がっていた。
とはいえ、息子と同じ年の女性と関係を持つ事はできない為、せめて女癖の悪くない者のところへ情婦として送り込む事を考えている等、政の道具やカードの1枚としか見ていなかったりする。
例え性奴隷となっても子を産みさえすれば、セルカッツの母のように第X夫人になれる。それが彼女の幸せだと、我がダイランド家への恩返しができて良いだろう!このように、この世界の貴族の考えそうな事を考え、本気で彼女の為と思っている辺り救いようがなかったりする。
門を守る兵士の詰め所へ先触れが行き、皆心身恐々としていた。
また、通りも先触れが領主が通るのを妨げるな!と怒鳴り散らしたのもあり、民衆は避けるように脇に避けるも、領主が通過すると元の通りになった。
領主は台風だ。
何もしなければ無害だが、関わると碌な事にならないと皆知っていたから、顔を伏せ間違っても目が合わないようにしていた。
しかし、その急ぎ様から何かあったのでは?と町中に噂となるのは必須だ。
この中世の文化レベルだと、噂話が大好物となり、特に醜聞や貴族や王族のそれが好まれる。
正門近くで領主が馬を降り、出入りで並んでいる者達を一瞥した後兵士がいる詰め所に向かう。
話を聞いた責任者の騎士が現れたが、領主がくいくいと顎で詰め所の中を示したのでお辞儀だけして案内した。
既に信託の儀の後屋敷に戻ってから3時間ほど経過していた。
「セルカッツと先程信託の儀を負えた我が家の奴隷の娘3人が行方を眩ませた。何か知らぬか?」
「あっはい。2時間ほど前にセルカッツ様が隣町に向かうと出立いたしましたが、理由はその、聞いておりません」
「その後戻ってはおらぬのだな?」
「あっ、はい。戻っておりません。それと奴隷の娘達ですが、セルカッツ様が忘れ物をしたとかで渡しに向かわれました」
「何故奴隷のみを外に出した?」
「はい。元々その中のメイヤは休暇を貰っており、セルカッツ様が1週間の外出許可を出しておりまして、同行者がいればそれも通すように記載されておりましたので」
「メイヤが持参したのか?」
「いえ。1週間前にセルカッツ様が門を預かる私にダイランド家嫡男の指示として出された命令書に記載されておりました。それと恐れ多い事ながら、領主様の印もありました」
「おい、誰か事実を知らぬか?何故印まである?」
「はっ。確かにメイヤについてはセルカッツ氏より1週間の休暇を許可した旨、1週間前に聞いております。それと領主様が1度信託の儀式の準備に際し、執務室に呼び出し、出された書類に印を押させておりましたので、その時に紛れ込ませたのではないかと思います。
「ぐうぅぅ!頭だけはキレたが、してやられたか。で、残りの2人は?」
「誰からも何も聞いておりません」
門を預かる騎士が部下に指示を出していた。
「領主様、部下によりますと3人は町を出てからは戻っておりません。また、町を出た後の足取りは特に気にしていた者もおりませんので分かりません」
領主は怒りで真っ赤だ。
そこへ更に別の者が現れた。
「領主様、部下が戻りました」
領主の私兵を束ねる騎士がほうこくをする。
「何だ?」
「はっ。町を出たセルカッツ氏について指示通り30分ほど尾行しまして、先程その者が帰ってきました。また、帰路の途中1時間ほど街道に隠れて様子を見ていたそうですが、セルカッツ氏は戻らなかったそうです。ここまでは命じられていた内容の報告です。それと3人組に限らず、若い娘は誰も見なかったそうです。屋敷にいる者ですので、見掛けたら顔を隠していない限り分かるような者で御座います。また、怪しげな馬車も見なかったとの事です」
「元々メイヤには外に出る許可が出ていたのか。くうぅ、偶然とはいえ条件が悪い。よし、国境まで追うぞ!念の為反対方向の町へも賞金首として懸賞金を掛けろ!」
「領主様、それはなりません。それをするとセルカッツ氏の生死はともかく、3人の命や貞操も無事ではなくなるでしょう」
「今日中に捕えられなければ同じ事だ!うむ、だが確かに惜しい。生きて捕らえた場合、賞金を倍にすると国境まで出すのだ!」
そうしてセルカッツを捕まえるべく追跡隊が送られたが、その足取りを掴む事は叶わなかった。
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