第10話
港で暴れる巨大トカゲ――リグラント・ゲッコーを気絶させると、ペルーシュカはサーラと共にルーデットの元に戻った。
「二人とも、お手柄だな。よくやった」
そういって、華奢な手が二人の頭をなでなで。
ペルーシュカとサーラは、「「えへへ」」とちょっと照れた様子ではにかんだ。
戦いを眺めていた周囲の人たちからも、二人に賞賛の声が送られた。
小さな女の子二人の、超人的な働き。
本来であれば逆に怖がられてしまいそうだが、アマルセアの住民たちからは「魔女先生の弟子だから、彼女たちもスゴイ魔法で戦っているんだ!」と、楽観的に解釈。
調律兵とか獣人とか、余計な詮索はほとんどされることはなかった。
「もう夜だし、さっさと殺しちまおう。また暴れられたら、俺達だけじゃどうしようもないからな」
騒ぎがおさまったところで、木工ギルドの親方が怖がるアマルセアの自警団を引き連れ、オオトカゲの檻に接近。
みな、手に長槍や大剣を握りしめている。
硬い鱗を貫くことの出来る、強力な武器だ。
目を覚ましたオオトカゲは、何が起こっている分からず、視線をきょろきょろと動かしている。
そんな檻の、すぐ近く。
気がつけば、そこにサーラが歩み寄っていた。
魔獣と獣人。人間でも獣でも無い二つの種族は、互いに何か感じ合う様に見つめ合う。
「ねぇ、ルーデットさん、この子、殺されちゃうんですか?」
聞かれ、ルーデットは潮風に遊ぶ前髪を指で整えながら、小さく首肯。
「ああ、アマルセアや歴王国アルピアでは、魔獣は駆除指定の害獣だ。こいつは密輸入されてきたわけだし、引き取り手も居ない。殺して動物性生薬にでもするのが一番だろう」
懐からパイプを取り出し、疲れたように煙を吸い込むルーデット。
けれど、答えてた直後。
ぞわっ、と背中に悪寒が走る。
ゆっくりと視線を上げると。
サーラが、涙ぐんだうるうるした瞳でルーデットを見つめていた。
「可哀そう……この子、無理やり連れて来られただけなのに……」
言いながら、サーラは檻に手を伸ばし、リグラント・ゲッコーの鱗でつやつやした頭を撫でる。
なんだか、ルーデットの知らないところで少女と動物が心を通わせていた。
「サ、サーラ。トカゲなんて撫でるな。ほら、もう帰るぞ」
言って、ルーデットが振り返ると。
背後に、同じくらい目をうるうるさせたペルーシュカが立っていた。
「ルーデット様……トカゲさんが可哀そうです」
「お前までっ……なにを言っているんだ! 相手は魔獣だぞ、魔獣! 危険生物だ! さっさと殺した方が良いに決まっている!」
「ふんっ!」と鼻息荒く言い放つルーデット。
けれど、ペルーシュカとサーラ、そしてリグラント・ゲッコーが、泣きそうな瞳でルーデットを見つめる。
「トカゲまで……おい、いい加減にしろ。トカゲなんて、絶対に助けないからな! 魔獣に温情をかける医者なんて、聞いたことが無いッ!」
波の音を打ち消すくらい、ルーデットははっきりと、有無を言わさぬ勢いで怒鳴った。
▽▼▽
その夜。
『で、そのアマルセアで暴れていた魔獣を、君が飼育したい、と』
「は、はぃ」
ルーデットは片膝をつき、首を垂れながら低い声で返事をした。
アマルセアにある、礼拝堂。
燭台に灯された炎が薄暗い闇に、ルーデットとズオウ五世の
青白い幻影体であるズオウ五世が『うーむ』と難しい声で唸る姿は、まるで幽霊。
無人の礼拝堂において、ルーデットは主への定期報告を実施。
魔力に長けたルーデットとズオウ五世は、互いに魔力を飛ばして連絡を取り合い、たとえエルムンド施療院に居なくても、交信することが出来た。
ズオウ五世が顎髭を撫でながら、困ったように首を傾げる。
『魔獣を飼いたいとは――何を考えているんだ、君は』
「何を考えているん……で、しょうね」
もごもごと口ごもるルーデットに、幻影体のズオウ五世は悩むように頭を抱える。
『先ほどの話を整理しよう。巨大トカゲ――リグラント・ゲッコーは貴重な研究材料。アマルセアで暴れる魔獣を鎮圧し、謝礼としてその所有権を得たから、エルムンド施療院で飼育、素材の採取を行いたいということだったね』
「……そうです」
消え入りそうな声は、ルーデットが「我ながらアホなことを言っているな」と自分で呆れているから。
結局、リグラント・ゲッコーがすぐに殺されることは無かった。
オオトカゲを殺そうと集まった自警団に、ルーデットがその所有権を主張したから。
自治都市アマルセア及び周辺地域である歴王国アルピアにおいて、所有者不明の遺失物は、発見者の物とされる。
そして、リグラント・ゲッコーは体を解体され、魔術道具や生薬として使用される予定だった――と、予想される。
つまり、生きてはいるが、リグラント・ゲッコーは生薬などの『物』の集合体である。
回りくどい、面倒くさい、理屈っぽい言い方をすると、密輸入され引き取り手の見つからないリグラント・ゲッコーは、持ち主の居ない『落とし物』と定義することも出来た。
そして、そんなトカゲを鎮圧した自分には、『落とし物』を引き取る権利があると説明。
そんな滅茶苦茶で、面倒くさいことを言うと、自警団員達もデカいトカゲを殺すのが嫌だったのか、「じゃ、持って帰って下さい」とあっさりリグラント・ゲッコーをルーデットに譲ってくれた。
今、リグラント・ゲッコーは人気の無い港の端っこの檻の中に居る。
そんな事情を知らないズオウ五世は、淡々と話を続ける。
『リグラント・ゲッコーは大人しく、魔獣の中では危険度も低い。とはいえ、素材が欲しいのならば、すぐに殺して解体してしまえばいいだろう』
「いえ、あの……今すぐに殺すのは、少し惜しいと申しますか。リグラント・ゲッコーは馬の数倍の力とスタミナを有します。こいつに馬車を引かせれば、移動に何かと便利でして――」
『そんな機動力が、施療院に必要かな』
「いらない、ですよね」
もう、自分で言っているのが馬鹿らしくなってくる。
ペルーシュカとサーラには悪いが、やっぱりオオトカゲの寿命は、明日の朝までになりそうだ。
『ルーデット。私はトカゲの安否よりも、もっと他のことが気になっている』
「と、申しますと」
『なぜ、君がこんなバカげた相談をしてきたか、だ』
怒ってはいない。
ズオウ五世はむしろ、楽しそうにルーデットに話しかける。
『魔獣を飼いたいなんて、君が言い出すはずが無い。おおかた、ペルーシュカに懇願されたんだろう。殺すのが可哀そうだとか、何とか言われて』
図星。
でも、ルーデットは答えない。
自分は、そんなに甘い人間ではない。
ペルーシュカは、”調律兵”として少しばかり特別扱いはしているが、欲しい物を何でも与えてやるほど、甘やかしてはいない。
でも、なぜか。
なぜかは分からないが。
ペルーシュカやサーラが『可哀そう』という気持ちに、少しだけ――本当に、ちょっとだけだが、共感してしまった。
ルーデットは自分でも驚いていた。
他の生き物――まして、デカいトカゲを可哀そうと思える気持ちが、自分に存在したことに。
ルーデットの短い沈黙に、ズオウ五世は笑い声を漏らした
『結論を言おう。リグラント・ゲッコーの飼育を、許可することは出来ない』
ルーデットの頭上に、厳かな声が落ちてくる。
けれど、続くズオウ五世の声には、いつもの砕けた調子が戻っていた。
『しかし、自治都市アマルセアにて魔獣を鎮圧した功績は認めなくてはならない。君には、魔獣の素材を私に届けるという任務を命じる。採取は……君のタイミングに任せる。寿命でトカゲが死んだら、鱗の一枚でも届けてくれ』
それは『飼育』では無い。
長い時間をかけたリグラント・ゲッコーの素材の採取――寿命で死んだら『鱗を持ってこい』という命令。
「良いのですか?」
『ああ、君やペルーシュカ――”調律兵”は戦うためだけの存在ではない。自分達が助けた”命”と向き合うことも、大切な仕事だ』
ズオウ五世が、小さく頷く。
ルーデットは困ったように尖がった目つきを緩め、苦笑しながら深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
『ああ、それではよろしく。すべては”月の家族”のために』
「はっ、すべては”月の家族”のために」
ルーデットが視線を上げると、そこにズオウ五世の幻影体は消え去っていた。
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