「石降りて、神震わす」

Uamo

第1話 その神、石につまづく


宇宙空間を想像してみて欲しい。

ばらばらと浮かび、影響し合う星々を頭に浮かべて欲しい。

おそらく大半の人が図鑑や動画などで目にしたものを思い出しているだろう。

その星々の部分をお祭りの屋台に置き換えてみて欲しい。

ブース間隔の空いたマルシェでもいい。


黒を背景に、色とりどり、多種多様な屋台がてんでばらばらに浮かび、

それぞれに店主が一人ずつ。

それは強面のおじさまかもしれないし、巨大な猫かもしれない。


つまりこの世界ヒダマリとはそんな世界だ。


女神や主神しゅしんがそれぞれの多種多様な各々の小さな世界を造る。

その小さな世界のことを神域しんいきと呼ぶ。

当然、他の人の店に勝手に押し入ってはならない。

神域は個々の境界でもある。


この世界にいわゆる人間はいない。

ここは神々の世界だ。

人間に会いたいなら異世界ミズタマリへ飛ぶしかない。

だが、残念ながら行ったが最後、帰りの切符には厳しい条件が付く。

異世界ミズタマリとヒダマリは互いにその存在を知りながらも、

気楽に船旅空の便、往来旅行とはいかないのだ。


人間はいないが、神々はなぜか本来の姿とは別に人の姿を持つ。

本来の姿というやつも、なぜか人の世界のものに準拠している。

これはヒダマリ世界永遠の謎だ。


そもそも、人間はおろか祈りもないというのに、何が神々なのか。

人間の世界であれば論争が起きるところだが、ここは神々の世界。

自分たちがこの世界に生きる主役であり、

自分たち自身が何を以って神なのかなどと考えても詮無きことだ。


神々が人の姿をとる時には男女の形がある。

なぜ性別が必要ない神々の姿が、人間に似たことになっているのか。

そこはさておき、

彼らは人の姿の時の形を以って女神と主神と呼び方を変えられる。

そして、生まれつき階級が決まっている。

最初から級数がついているのだ。

どこに、といわれても存在に、としか言えない。

我々は地震が起きた時に、震度がいくらかと予測をしたりする。

多少の誤差はあれど、震度一と震度六を間違えたりはしないだろう。

そういった感覚的なところで、互いに級数がわかるのである。

なお自身の級数は生まれた時から解っている。

小鹿が教えられずとも生まれてすぐに立つのと同じくらいの原理で。


上級神は単に強い。下級神は単に弱い。

だが、上級神も数に負けることがある。

上級神は下級神を従えることがある。これを従神じゅうしんと呼ぶ。

従神は女神や主神といった区別をしない。どんな姿だろうが従神で括られる。


あと、もう一つ。

大事なことだ。


神は、神を捕食する。


捕食した相手の力を以って、その級数を上げることができる。

どの段階で級数が変わるかという明確な線は無い。

だが、ある状態から突然級数が変わったことを自覚する。

だが捕食にも相当の力を要する。

強すぎるものを喰おうとすれば返り討ちにあうかもしれないし、

消化不良で喰えないこともありうる。

つまりは、生きるための捕食ではなく力を得るための手段である。


神は老いない。基本そのままでは、死にもしない。

だが、長い間には自身が捕食対象になる事もある。

必然的に古い神々は、喰われることがないような最強の部類である。


この世界の神々の力の総量は変わらない。

強い神が一人消えれば、弱い神が無数に生まれるかもしれない。

または少し劣る神が複数名生まれるかもしれない。



とにかく、主神イディオウスは人型の姿で疲れ切っていた。

彼自身は間違いなく最強の部類、屈指の古い神でありながら、

とにかく低級神のいざこざに巻き込まれるのである。


考えてみて欲しい。

大盛況のお祭りで、誰かが売り物の金額にケチをつけ、

大乱闘になる。

そこで近づきもせずに、遠くから笑うのが賢いかもしれない。

しかし誰かがこれを止めてくれと、彼の袖を引っ張るのだ。


放っておけばいい。

そうだ、放っておけばいいのだ。

わかっている。

だが、放っておくと、彼の弱き従神たちが巻き込まれるのである。

騒ぎの只中に引きずり込まれ、気が付くと喰われてしまう。


従えられない神、イディオウス。

彼は、とかく多くの従神を求め、

多くの従神を持ちながらも、

多くの従神を失う神としても有名であった。


彼は誰のものでもない空間を漂っていた。

そうここは、みんなの通行路みたいなものである。

星々の合間を抜けるように、廊下での挨拶さながら神々は行き交う。

自分の家から出られる神は上級神に限られるのだが。


元々はなんだったか。

神域間の距離が近すぎるとか、そんなご近所の揉め事だったような気がする。

そんなに強い神なら一喝すれば済むだろう。

それは甘い考えである。

イディオウスにとって大半の神々は、軽い。

言い直せばひどく脆いのである。


一喝すれば一帯の神域ごと吹き飛ばし粉々神を消してしまう。

しかも己の従神まで消しつくす自信があった。

たんぽぽの綿毛を吹き飛ばすのは容易いが、

一本だけつまめと言われるとこれが難しい。


結果的に大多数の低級神達の神域の位置調整をしてきた。

それはひどく骨が折れることだった。


「イディオウス様!ありがとうございました!」

空間をふらふらしながら、

横から聞こえてきた感謝の声のほうを向いて手を振る。

低級神からの信頼は篤い。


ガンッ。


最強の一級神は、火花を見た。

目の前がキラキラしている。

誰だ。

こんなところに石を置いたのは。


それは平たい円形の石。

突如として空間に浮かんでいたのである。

他には何もない。


もう一度思い浮かべよう。

宇宙空間に、浮かぶ石。

遠くには様々な神域が見えるが自身の付近にあるのはその石のみ。


イディオウスは急に腹が立った。

「俺は温厚と言われているが、別にそう宣言したわけじゃないからなッ!」

言葉のままに、手に力を込めて石を叩き割る。

大きさにして自分の片腕分くらいの直径。

ただの、石。

疲れも相俟って、八つ当たりには最適だった。

一級神にぶつかるほうが悪い。

動かぬ石相手に、ぶつかってきたと言い切る。

よほど疲れていた。


叩き、割れなかった。

石はその姿のまま不動だった。


「は?」


いやいやいやいやいや。

腐ってはいないが一級神。

これでも最も古い神の一人。

二級神でさえ複数人でかかっても勝てないような神。


思いきり叩いた。

そんな、ばかな。

イディオウスは改めてその石を打つ。


ゴッ。


鈍い音を立てて、石は当初の姿で静まり返る。


その石は、何をどうしても割れなかった。

これは誰の神域だ。

相当な一級神の持ち物だろう。

なおさら気に入らない。

こんなところに放置するなんて。


自分の前方不注意を棚上げして、イディオウスは本来の姿に換える。

茶色の毛並み。

巨狼がそこに出現した。石の何倍、何百倍だろうか。

二階建てアパートを優に超えてくる大きさの巨体はその石を踏もうとした。

ヒュッ。

当然、固定する地面がないのだから石はその巨大な肉球に、

いつのまにこぼしたのかわからないお浸しのゴマのように貼りついた。


……これでは体格差がありすぎる。

大型犬サイズに縮んで嚙み砕くことにする。

ガッ。

いかなるものをも貫いてきた鋭利なその牙は、石を貫けなかった。

また、石に傷一つつかなかった。

顎が痛い初めての体験に、イディオウスは思わず耳を下げてしょんぼりした。

その姿は飼い主に散歩に連れて行ってもらえない犬のようだ。


はー---

ため息をついて人の姿に成る。

神々は大体が人の姿で生活していた。

本来の姿は弱点がわかりやすい等、神々としての個人情報が特定されやすいのだ。

木を隠すなら森に。

全員が人の姿であれば紛れるというもの。


銀色の腰まである三つ編みが揺れる。

石はその腰の高さに、そのまま居た。


そもそも、自分にぶつかって割れなかった石だ、と思い当たる。

ヒダマリに存在する全てのものが誰かの神の力で具現している。

神々の力以外で成り立つものはこのヒダマリには存在しない。


もう一度ため息をついて、主神イディオウスはその石に腰かけた。

誰のものかは知らないが、一人分の尻でほどよく埋まるその大きさ。

椅子にくらいはなるじゃないか。


足をぶらぶらしながら、少し胸を逸らす。

両手の指を外側にして後ろの淵にかけて腕に体重を乗せる。

そのまま顎を上に向けて、座ったまま伸びをする。


ひどく疲れた。

あれだけいた従神も、今日のいざこざでいつの間にか喰われていた。

最近はどうもいけない。

低級神を従えても喰われてしまう。

上級神である二級や三級神を従えてもお互いに喰おうとして自滅する。

一級神は、一級神を従えない。

単に捕食リスクが互いに高すぎるのだ。

これは等級同士ならどの級数でも言えることだが、

一級神は最上位だ。

リスクを冒してまで上がる必要がない。

というよりも、のぼる場所がない。


大多数の従神を持つ神々は、自身の神域内での従神同士の捕食を禁じる。

そして多くは持たない。

これは管理が面倒になる、いざこざが増える、そういったことも要因だ。


だが、イディオウスの神域は捕食が禁じられていない。

なぜか。

それは多くの神々が疑問に思っている。


公平、公正、公明、にして低級神の最後の拠り所、主神イディオウス。

どんな級数のものでも従神として迎え入れてくれる救済の神。

級数が極端に低く、

個別の意思を持てども誰かにぶつかられただけで霧散してしまうような神でも、

この主神は望めば従神にしてくれる。

だが、神域内で捕食が禁じられていない以上は、

どうしたって力を欲しがる他の低級神に喰われてしまうのだ。

そして二級神にまでなったとしても、今度は主神に反旗を翻すのである。


伸びをやめて、深呼吸をする。

ふいに、体が温まる。

じわぁと溶けるような、気持ちよさ。

この石が眠れるほどの大きさなら今すぐにでも後ろに寝っ転がるだろう。

岩盤浴のようでいて、ほどよく。

ああ、これはいいな。



心底、気が緩んでいた。

だから自分の名を轟く声で叫ぶ怪鳥に気づかなかった。


「イディオウスウウウウウウウウウウウウウ!!!」


はっと目を開けると、もうそれは嘴の中。

丸呑みにされる。

はずだった。


巨大な嘴がいつまでも閉じない。

垂れ下がる両足の下には怪鳥の舌、

上は口内の壁。

上と下の真ん中にイディオウスは漂っている。

その口が、閉じない。


次第に鳥はそのまま後退する。

嘴の範疇から元の何もない空間に出たイディオウスは、

真正面にあんぐりと口を開いたままの間抜けな鳥を見た。


そして鳥は嘴を閉じ、大きく羽ばたくと、そそくさと遠くへ去っていった。

風圧でイディオウスは石ごと空間をくるくると回る。

はたから見れば、イディオウスもとんでもなく間抜けに見える。


「なんだったんだあれ……」


半ば呆れながら、もう一度座り直す。

自身の神域、いわゆる家に戻ってもどうせ誰もいない。

莫大な広さを誇る、流れる迫力ある滝、豊かな土壌、緑青々しい森林。

深い山々と緑、川と滝と湖、それは観光地まっしぐらの美しさ。

そこには神の力で循環する人の世界によく似た神域生物はいても、神はいない。

誰も観光してくれない観光地。


「おまえはなかなかいいやつだな。

いっそここを神域にしてやろうか」


この石はなかなか座り心地がいい。

固いし、見た通り石なのだが、なぜか座ると真冬の炬燵の中のような安らぎがある。

なんでこんな石を作ったかは知らないが、椅子としては上々だ。

持ち主がちょっと羨ましい。


「なんで俺の従神はみんないなくなるんだろうな

居なくならないやつがたった一人いれば、それでいいんだけどな

大体、居なくなる従神より

毎日座らせてくれる石のほうがなんぼか価値があるし役に立つよなあ」


一人空しく呟く。

どのぐらい時間が経ったか、イディオウスはしばらくずっとそこに居た。

さて、帰るか。

イディオウスは決心すると、石から降りる。

突如、なにか拠り所を失ったような感覚に陥る。

じっとその石を眺める。


「おまえが欲しいな……」


よし、持って帰ろう。

突如その石を掴む。

持ち主が誰かは知らないが、なあに、持ち主ごと従えてしまえばいいだけだ。

そうして、イディオウスはその石をテイクアウトした。


神域内に他の神の力は基本的に入れられない。

入れることができるのは従神の力のみだ。

または招き入れて、相手も了承した時には可能だが、

誰のかわからないものを勝手に持ち逃げしている。

しかし相手が自分より弱い神のものなら、力業でなんとかできる自信があった。


ガンッ。


何故だ。

こんなところで引っかかるのは。



神域は目の前、一歩先にすばらしい絶景が広がるというのに、

石はイディオウスの神域に反した。

持ち主はどこだ。

いったい誰なんだ。

こちとらイディオウス様だぞ。


かつてこんな経験はない。

生まれついての一級神様だ。

大概のことが思い通りだ。

いや従神についてはちっともそんなことはないが。

いや結構なにも思い通りになっていないが。


ただの石。

わかってはいるが、どうにも後ろ髪を引かれる。


「大事にするから中に入らないか?」


ついには話しかける。

天下の一級神が、ただの平たい石話しかけるその様は、

とんでもなく、その、危ない感じがする。

従神をまた失って、終には石を従神にするのか、と

彼と対等に話せる神々は抱腹絶倒するだろう。


そして、少し考えてから、

イディオウスはその石を名残惜しそうにその場に放すと、己の神域に戻った。



遠くに滝がきらめき、碧い海、緑、緑、緑。

最も高い山の頂でイディオウスは自分の世界を眺める。


人間の世界を模したようなその神域の中には朝と夜も、重力も流れもある。

なぜ、神々の造る神域が、見たこともないミズタマリの世界と酷似するのか。

互いの世界を知らない住人たちは誰も疑問に思わない。

イディオウスは頂から少し降りたところのいつもの定位置に座ろうとして沈黙する。


ででん。


なんてホラーだ。

あの石だ。

紛うことなき、あの石だ。


地面にそっと敷かれているその石の淵にしゃがみこんでじっと見る。

手で掬って裏側を見る。

石の座布団のようなものだから当然それなりに重い。

小さい足などがついているかと思ったが、ただの石だ。

宝石でもなんでもない、そこらの河原に転がっていそうな、石。


ひょいと持ち上げて、さっきの頂のところに置いて座ってみる。

一望できる景観、最後の光が影と夜の境界を連れてくる。

逢魔が時。

奥で燃えるような空、上に拡がる宵闇の端切れ。

いろいろなものを内包するかのようなその魔法の時間。

イディオウスは、頂の石の上に座って今日の世界の終わりを見た。



この日から、

その石はいついかなる時もイディオウスだけを乗せる台座となった。






※タイトル(サブではなく表題)は以降、変更する可能性があります

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