5-9
僕は、ただ白い空間を歩いている。天井、床、壁、そんな概念が捨てられてしまったような場所だなと、僕は思う。
僕はただただ歩いている。まるでそうしなければならないと遺伝子か何かに命令が組み込まれているみたいに、脚が勝手に動いている。
目の前には、僕の知らない少年が僕と一緒に歩いている。少年はスケッチブックを後ろに持っている。どんな絵が描かれているのか気になって目をやろうとしたけど、なぜかぼやけて絵が見えない。
「ここは……」
僕はぽつりとこぼす。いつの間にか戦闘衣装を着ているし、状況が把握できない。普通なら混乱してもいいはずなのに、心は嘘みたいに澄んでいる。
「食虫植物が発生した場所に、模倣の世界を作ってヒーローを呼ぶ。普通、これは姉ちゃんのやることなんだけどね。僕は神様に無理を言って、こんなことをしてるんだ」
目の前の少年は、歩きながらそう言った。
「君は、誰?」
そう訊くと、少年の足が止まる。僕の足も一緒に止まる。少年は、僕に振り返る。やっぱり、僕の知らない顔。少年は言った。
「うーん……。ヒーローの原案者って言ったらいいのかな。まあ、そんな感じ」
「原案者……」
「ねえ、僕、カブトに訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいことって……」
少年は、少し間を置くようにして、ちょっとだけ明るい顔で言った。決して希望から目を逸らさない。そんな顔だった。
「ねえ、カブトの正義って、どんなもの?」
「僕の、正義……」
「ほら、正義と正義のぶつかり合いって、漫画とかでよく見るでしょ? 正義って一言で言っても、その中身は多分人によって違う。君の正義は、一体どんなもの?」
僕は、少しの間熟考した。
そして、僕は声に出す。
「……僕、小さい頃は今まで一つの正しさで世界が回ってるって思ってた。だけど、いつからかそうじゃないってわかって、僕は動揺してたんだと思う。だけど、だからこそ、自分のやりたいことを貫くべきだと、自分にはそれができるんだと思った。僕は、悩み苦しむ子供達を救う。救える命があるのなら、僕はその子に向き合う。前を向く助けになる。これが僕の、今の気持ちだよ」
僕は今まで、自殺願望のある子供たちを救ってきた。その誰もが、ヒーローを必要としている子供たちだった。子供たちの救われたような顔が、それを証明していた。子供たちが見せてくれた光景に心を痛め、時には涙を流し、どう声をかけていいのか迷うことだってあった。
「どんなに否定されても、僕は自分のやりたいことを貫く。僕達のことは、笑いたいなら笑えばいい。嫌いたいなら嫌えばいい。どんなに苦しくても、希望を信じて戦うヒーローとして、僕は戦うよ」
きっと、そんなヒーローを望む人たちが、この世界にはたくさんいるのだ。そこには、単純な数じゃ表せない感情がある。きっとそんな存在が、僕に力を与えてくれるはず。
賛否両論くらい、どこにでもある。賛否両論という便利な言葉だけじゃくくれない声だってある。それくらいあって当然のもの。だけど、みんながみんなを否定し合うのは、だめなんだ。そうなれば、僕はヒーローとして戦えなくなってしまう。
目の前の少年は、目を瞑り、そして優しく口角を上げた。
「そう。君は、立派なヒーローだ」
少年は目を開ける。その瞳は、どこまでも澄んでいる。
「さあ、行っておいで。そろそろ、君達の最終回が迫ってきているんだ。そこに、希望は必ずある。だから、負けないで。カブト、そして、クワ」
少年はそう言い放つと、淡い光を放ちながら消えていった。
いつの間にか、僕のいる場所も変わっていた。僕は、夜の住宅街の中に立っていた。さあ、くよくよしてなんかいられない。僕の信じるヒーローとして、僕はこれから戦うんだ。
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