異世界で私はなにができるだろうか?

壱六

第1章 turning point

第1話 Restart/再始動

 趣味、夢、目標、この世界に生きる多くの人々にはそれがある。

 しかし、諦めて現状を飲み込み、ここを終着点だと思う人もまた多くいる。

 私は諦めた。

 諦めて、趣味も夢も楽しみも失った。

 心の奥底でそれを取り戻したいと願っている。

 だが、この実力主義で才能が全ての現代社会では、それは叶わぬ願いだった。



 そんな田切たぎり導華みちかというものの26年間の人生はいつも中途半端だった。


「……よく寝た」


 嫌な夢を見た。自己嫌悪と自問自答にのまれた最悪な夢。この夢をもう何度見ただろうか。知りたくもないし、もう考えたくない。


「……ん?」


 起きようとすると奇妙なことに気づく。


「ここ……どこ?」


 少し肌寒さを感じる。見渡すと、そこは路地。そこにダンボールを敷いた状態で私は寝ていた。


「え……え!?」


 さらに、服が変わっている。黒のスーツに白のシャツ、黒いズボン、そして革靴。いつも職場で見たから見覚えは多々ある。これはまるでメンズスーツではないか!


「男になってる……わけじゃないよね?」


 体を弄るが、特にこれといった身体の変化はない。


「ここは?」


 周りを見渡しても、遠くから光が見えて、横にはビルの壁しかない。至って普通の路地、と言った感じにしか見えない。

 

「ギャオオオオ!!!!」


 瞬間、混乱する私の近くで何かの咆哮が響いた。ビルが少し揺れる。


「なになになに!?」


 私は思わずたじろぎ、姿勢を低く頭を抱える姿勢をとった。やがて、咆哮は聞こえなくなり、辺りが再び静まり返った。


「……止まった?」


 正確には、信号機の音、何かが動くような音のみが聞こえるようになった。


「一体何が……」


 私は顔を上げた。そして、その眼前に広がる光景を目の当たりにした。その光景に、私は驚愕する。


「ドラ……ゴン……?」


 辺りに広がるのは、電光掲示板に高層ビル、信号機や横断歩道といったよくある都会の風景。

 そこにいるのは、その光景に似つかわしくない、赤いドラゴンだった。


「ど、どうなってんの……?」


 理解が追いつかない。都会の路地で寝ていたと思ったら、目の前にはドラゴン。私の身に何が起きているのだろうか。


「わけわかんないんだけど……」


 そんな中、人が来た。推定で5〜6人ほどだろうか。中年から若い女の子まで年齢は様々だ。

 そして中年が持っている大きめの木の杖? を構える。


「何する気?」


「『サンダー』!」


 瞬間、男の前にいたドラゴンに向かって雷が落ちた。


「……は?」


 私はその光景を見て、思わず呆然とそう呟く。


「『ファイア』!」


「『ナックル』!」


 その後も人々が何かを唱えると、次々に炎、鉄の拳、風など様々なものがドラゴンを襲う。

 そのうち、ドラゴンはぐったりと地に伏した。そこに防護服のようなものを着た人々が10人程度やってきた。


「お疲れ様です!」


 1人が中年たちに向かって敬礼をすると、残りの人たちがドラゴンを大きな布に素早く包んで運ぶ。そしてドラゴンと中年たちがいなくなり、誰もいないスクランブル交差点が目前に広がった。


「……一旦、元の場所に戻るか」

 

 少し歩いて元のダンボールに戻り、ため息をついて、ぐったりと座り込む。


「……はぁ」


 なぜこうなってしまったのだろうか? 思い返しても日々の労働が終わり、ばたりとベッドに倒れ込んで、そのまま寝た記憶しか自分にはなかった。


「……ん?」


 ふと、落ちていたガラス片に目が止まる。


「これ……私?」


 そこには自分が写っている。顔立ちや目の色があっている自分の顔だ。しかし、決定的に違うものがあった。


「髪が灰色になってる!?」


 そう、黒髪だったはずが灰色になっていたのだ。別に髪の毛を今まで染めたこともなし、特段何か薬品を塗っていたわけでもない。


「……私、マジでどうしちゃったの?」


 その言葉しか出なかった。


「カツン」


「ん?」


 そんな私の手に何か金物が当たった。気になって手に取り、それを見る。刀だった。


「綺麗……」


 橙と金を基調とした鞘は神々しい輝きを放っており、鍔は少し黒っぽい。博物館にある工芸品のように綺麗で、どこか神秘的な感じがする。そんな刀を見て、少し見惚れるような感覚に陥る。


「……ちょっと待てよ」


 私はここであることを思いつく。


「護身用にこれ持っていけないかな?」

 

 先程のドラゴンがいるこの場所で、迂闊に外に出るのは危険に思われる。ドラゴンでなくとも、他にも何か危険生物かいることも考えられる。

 であれば、多少なりとも身を守るものとしてこの刀を持っていけないだろうか。


「刀使ったことないし、綺麗な刀だけど……持ってくか!」


 最悪、何かの間違いで窃盗犯扱いされたとしても、このまま誰も助けてくれずに野垂れ死ぬよりはよっぽどマシだろう。


「とにかくまずは、何が起きたか確認しなきゃ!」


 いつまでもタラタラここで時間を潰しているわけにはいかない。

 意を決して、私は路地を出た。




 先程とは違い、人に溢れた街がそこにはあった。変わらずある電光掲示板や、信号機。それぞれが光を放っている。


「……ここ、本当に日本?」


 だが、そこにいる人たちは髪型から服装まで個性豊かだった。髪色は黒や金色、紫色から虹色まであり、ウエスタンのような格好をした人がいれば、ただのジャージの姿の人もいる。


「あれって人……じゃないよね?」


 さらには、ロボットが歩いていたり、ライオン、蛇のような頭を持った人までが歩いており、近未来とファンタジーが混ざったような、一言で言うなればカオス。生きていてこんな景色を見ることになるとは夢にも思わなかった。


(刀つけて歩いてたら危ない人みたいに思われそうだけど、これなら遜色ないのでは?)


 この中だったら、腰から刀を下げていても、何の違和感もない気がする。

 今見えている光景はそんなことが頭をよぎるような摩訶不思議な光景だった。


「いや、そうじゃなくて!」


 呆然としていたことに気がつき、気を取り直した。とにかく、自分の身に何が起きているのか把握しなければ。


(ここって結局どこ? 日本……というか、そもそも地球?)


 建物などの雰囲気はよく見た光景と同じだが、周りの人々の見た目が、知っているものと明らかに違う。


(なんか考えても仕方ない気が……)


「すみません、お嬢さん」


「えっ、アッ、はい!」


 唐突におばあさんが話しかけて来た。


「背中に何かついてますよ」


「ああどうもご丁寧に……」


 そして、背中についたものを払うと、何かが落ちた。


「これって……地図?」

 

 それはとても簡易的な地図。建物があると思われる四角に、赤い点と青い点が打ってある。そして、上には「ココニイケ」との記載まである。


「あらこれ魔地図? 懐かしいわね〜」


「ま、魔地図?」


 聞き慣れない単語に私は思わず聞き返してしまった。


「あら知らないの? そうよね、随分昔のものだものね」


 おばあさんは私を見ながら、謎に1人で納得したらしい。


「これはね、魔地図って言うの。この赤い点があなた。青い点が目的地を表してるの」


「へ〜」


「この赤い点はあなたが動けば、少し動く。そうやって動きを確認しながら、目的地に向かうものなのよ」


「そうだったんですね。助かりました」


「あ、後」


「はい?」


「魔地図自体かなり古いものだから、それくれた人にスマフォ教えてあげた方がいいわよ! もっと便利なものがあるって!」


 そう言いながら、おばあさんは自慢げにスマートフォンのようなものを取り出した。どうやらこちらでは「スマフォ」と呼ばれているらしい。


「あ、ありがとうございます」


 優しいお婆さんと別れ、私は魔地図を凝視した。


(行くとこないし、とりあえずここ行ってみるか。私にくっついてたなら、何か今の私の手がかりになるかもしれないし)


 こうして、私は魔地図を頼りに目的地へと行ってみることにしたのだった。


 



「……ここだよね?」


 10分ほど歩いただろうか。今、目の前にあるのは、謎の事務所。魔地図を確認してみてもここが目的地であることは間違いない。


「……とりあえず入るか」


 入るのに少し躊躇ったが、他にできることもないので、入ることにした。

 事務所の一階はガレージのようになっており、二階へと続く階段の壁には『ようこそ! 竜王事務所へ!』と書かれた、少し古びた看板がかかっている。


「コツ、コツ、コツ……」


 階段を登る音が廊下に響く。ドクンドクンと心臓の胸打つ音が大きくなる。進めば進むほど、不気味な雰囲気が強くなる。


「ちょっと怖いな……」


 階段の先の廊下には茶色のドアが数個。突き当たりには黒い重厚なドアがある。さらには黒いドアの前にもまだ階段がある。廊下自体が少し暗く、不気味な雰囲気を放っている。


「お?」


 歩いていくと、壁に矢印があり、それは一つのドアを指している。そのドアの前に立ち、周りを見る『こちらです!』と書かれた看板。


「なんか、主張強いな」


 先ほどまでの恐怖感はどこへやら。この看板で不気味な印象はかなり薄れた。


「……よし、行くか!」


 この選択が吉と出るか凶と出るか。意を決して、私はドアを開けた。




「いらっしゃいませ。本日はどのような要件でしょうか?」


 出迎えてくれたのは、とても可憐なメイドさんだった。私よりも少し小さめの身長。綺麗な黒髪にメイド服がよく似合っていて、尚且つ腕につけている白と青のブレスレットも良いアクセントになっている。


「あのー、大丈夫ですか?」


「あ。ああ、すみません」


 気づかぬ間に、少し見惚れてしまっていた。


「それでご用件は?」


「あの、この紙を見て来まして……」


 スッと魔地図を出して、メイドさんに見せる。ひとまず、私の現状は伏せておいた。もしかしたら、この紙を見せれば、何かわかってもらえるかもしれない。


「なるほど……申し訳ないのですが、私にはわからないですね」


「そ、そうですか……」


「大丈夫ですよ。ひとまず、マスターを呼びますね」


 そういうとメイドさんは奥へと引っ込んだ。

 改めて内装を見ると空間の真ん中には長机とそれを挟むようにソファが2つ。そしてその隣には書類とライトスタンドが置いてある事務机。事務机と反対側には台所があり、周りを見るとファイルが入った棚が数個ある。中々オーソドックスな事務所だ。



「あんたがこの紙の持ち主か?」


 しばらくして奥から黒髪で白いTシャツにジーパン。そしてジャケットを着た赤い目の男がやってくる。少し目つきが怖い。


「は、はいそうです」


「なるほど……」


 男は私をまじまじと見る。なんだか動物園の動物になったような気分だ。そして、私の腰の刀に目をつけた。


「……そりゃなんだ?」


「ひ、拾いました」


「ほーん」


 反応が薄い。先程おばあさんにも何も言われなかったあたり、ここの人たちはみんなこうなのだろうか?


 そんな中、唐突に男が聞いてきた。


「単刀直入に聞くが……お前異世界転生者だろ?」


「異世界……転生……?」


 急になんだかどこかで聞いたことにある言葉が出て来た。前に行った本屋でそういうコーナーがあったような気がする。


「あー、そういうタイプか」


 男はなぜか私の反応を見て、納得したようだった。


「まあいい。1から説明するか。とりあえずそこ座れ」


「私、お茶淹れて来ますね」


「おう、ありがとう」


 軽くお辞儀をしてソファに腰掛ける。反対に腰掛けた男は、改めてこちらを向く。


「まず、一つ聞くがお前は異世界転生を知ってるか?」


「一応、言葉だけなら聞き覚えがあります」


「まずはそこからか」


 男はいつのまにか出されたお茶を飲んで説明を始めた。


「異世界転生っつーのは簡単に言えば、元の世界で死んで、他の違う世界に行くこと。まあ、あれだ。パラレルワールドってやつだな。ちなみにここは日本。お前のいたところと同じ名前だろ?」


「パラレルワールド……?」


「そうだ。信じられないかもしれないが、お前はそういうことに巻き込まれちまったんだ」


 パラレルワールドならば聞いたことがある。しかし、私には死んだ記憶がない。もしかしたら、寝ている間に地震でも来たのだろうか?


「それでだ。ここはな、時々そういう奴らが来るんだ。が、大抵は警察に連れて行かれる」


「……え、警察?」


 警察という言葉に思わず聞き返してしまう。


「そりゃ、あったりまえだろ。なんのルールも知らない奴らを警察が野放しにはしない」


「じゃあ、なぜ私は声をかけられなかったんですか?」


「んー……お前は多分、あたふたしてても、腰の刀と銀色の髪でバレなかったんだろうな。そいつは異世界転生者には中々ない特徴だ。大抵は反応と見た目でバレるからよ」


 なるほど。この髪色も悪い事ばかりではないらしい。助かった……と言えるかは何とも言えないが。


「で、話を戻すぞ。警察に連れてかれた後、そこでいろんなルールを教えてもらう。それが、大体の異世界転生者だ。だからまあ、連れて行かれるって言っても逮捕されるわけじゃない」


 どうやらとりあえず、警察に行けば色々と教えてもらえるようだ。捕まるわけじゃないのならば別に問題ないだろう。


「なるほど。それじゃあ私も警察に行けば……」


「待て待て待て! 最後まで話を聞け!」


 男が席を立とうとする私を止めた。


「そこに行くとな、ほぼの奴らが戦いに行かされるんだ。お前がどうかはわからんが、危ないのが嫌なら、ちゃんと話は聞いておくべきだ」


「……何と戦うんですか?」


 もしやあのドラゴンだろうか……? まあそもそも戦いたくはないのだが。


「そうだな……。この世界には化ケ物っていうヤベー奴らがいるんだ。こいつらはな、突然にどこかから現れて、街を荒らしていく謎の生物なんだよ。人型でしゃべるのもいるし、巨大なやつも、大群で押し寄せてくるやつだっている」


「……もしかして、その中にドラゴンは含まれますか?」


「おっ、そうだぞ。お前もさっきのドラゴン見てたのか」


 うーん、大正解。


「それで、だ。ここのお国の人は『守護者しゅごしゃ』っつー制度を作った。ま、守護者なんて大層な名前がついてるが要は化ケ物ハンターってことだ」


 ここで一つ疑問が浮かぶ。


「どうして多くの異世界転生者がその、守護者?になるんですか?」


「それはな……。異世界転生者は強いんだよ、他の奴らより格段にな」


 そして、男はお茶を飲み干して、おかわりを頼んだ。


「コレを説明するには、まずこの世界の説明をしないといけない」


「規模が大きいですね……」


 世界の説明だなんて気が遠くなりそうだ。


「んまー、規模がでかいだけで簡単だ。詳しい説明は省くが、この世には『魔法』と『スキル』っていうのがある」


 最初に聞いて理解できないのは、仕方がないと理解した。そこで、まずは説明を聞くことにする。


「まず『魔法』っつーのはこの世に溢れてる力、例えば空気とか水、人にもある力だな。そういう何にだってある不思議な力を、『魔力』って言うんだ。それを変換していろんなことをする。例えば、炎を出したり、傷や病気を治したりとかだな」


 さっきやってたやつか。


「んで、『スキル』が自分の中の魔力を使う。そして魔法みたいにいろんなことをするんだ」


「それってどう違うんですか?」


 聞いただけだとあまり変わらないように聞こえるが……。


「簡単に言えば、魔法は空気中とかにある周りにある魔力を吸っても、自分の魔力を使っても使える。だけど、スキルは自分の魔力しか使えないってな感じだな。さらに魔法は杖とかを媒介して使うがスキルはそれがいらない」


「なるほど……」


「それで異世界転生者はな、そのスキルが強いんだ」


「具体的にどう強いんです?」


「そうだな……例えば、普通の魔力の消費量で十倍以上の炎を出せたりする。スキルはその性質上自分に対しての負荷が大きいが、その負荷が少ない。さらには常人よりも自分の魔力の量が多いとか、スキルを使うにはもってこいの人材なんだ」


 なるほど、異世界転生者は戦闘向きの能力を持っているようだ。


「なるほど……てことは、そんなスキルってものが私にもあるんですか?」


 あるのであれば、少し使ってみたい。決して戦いたいわけではないが。


「ああ、おそらくある」


「おお!」


「だけどな、今はどんなスキルかわからない。なんでかって言うとスキルは使ってみないとわからない」


「ああ……」


「しょうがねえよ。何かの拍子に突発的に出ることもある。大抵ふわっとした感覚があって、それをこう、引っ張り出すような感じにしてみると使えたってなことで大体が自分のスキルに気づく」


 なかなか抽象的な説明だ。しかし、言わんとしていることはわかる。


「それじゃあ、私も気づいていないだけってことですか?」


「そーいうことだ。ま、勉強したりすれば習得できるスキルもあるが、自分のスキルはわかるまで気長に待ってみるしかないな」


「なるほど……」


 一旦頭の中でここまでの情報を整理してみよう。この世界には魔力というものが溢れていて、それを使って魔法やスキルを使う。さらに、その魔法とかを使って魔物を退治する守護者がいて、その管理は国が行っている。

 なんというか、とても現代風なファンタジーな世界に来てしまったらしい。



「マスター、結局この方の処遇はどうするのですか?」


 メイドさんが男に話しかける。


「ん? ああレイ、そうだったな。その辺も考えないとな……」


「その方のお名前はレイさんっていうんですか?」


「はい。私の名前はレイ。この事務所専属のメイド型アンドロイドです」


「え、レイさんってロボットなんです!?」


「ちょいちょいちょい。ロボットじゃなくてアンドロイド! 間違えないでくれ。俺の自信作なんだから」


「……あなたが作ったんですか?」


「そうだぞ。なんたって天下に名を轟かせる、竜王玄武その人なんだからな! まあ、レイは正確には共同制作なんだがな」


「竜王玄武?」


「マスター、自己紹介しましたか?」


「ヤッベ、忘れてた」


 忘れていた自己紹介をするつもりなのだろう。男がバッと立ち上がって言い放つ。


「さて遅くなったが、自己紹介をしよう。俺の名前は竜王りゅうおう玄武げんぶ。ここの事務所のオーナー兼玄武団の団長で、ガンマンしながら発明家もやってるスーパーすごい人だ!」


 なるほど。この玄武があの扉の装飾をしたのだろう。


「で、こっちがレイで俺が開発したアンドロイド。ここの専属メイドをやっている」


「どうぞよろしくお願いします」


 自己紹介をして、自慢げな玄武とその横でぺこりとお辞儀をするレイさん。なんとまあ対照的な二人であろうか。


「そう言えば名前を聞いてなかったな。異世界転生者さん、あなたの名前を教えてくれ」


「あ、私は田切たぎり導華みちかって言います。よろしくお願いします」


「よしわかった、導華だな? お前の処遇のついて、ここである程度決めたい」


 突然かなり大事な話になった。というか、この人がそんな話をする権利はあるのだろうか。


「ここの世界は、自由で何でもある。欲しいものは努力すれば手に入る」


「は、はぁ……」


「それを踏まえて、だ。お前は何をしたい?」


「何を……?」


「正直、この魔地図でここに来たことに俺は運命を感じる。ここの事務所と、お前のな。きっと、それには意味がある。だから聞かせてくれ。お前が何をしたいか。内容によっては、俺も手助けができるからよ」


 どうしたい……か。まず、私はあの世界に戻りたいとは思わない。地獄みたいな労働地獄にはいたくない。

 とりあえず、私はここに私がいる理由を知りたい。そしてもう一つ。


「私がこの世界に来た理由を知りたい。そして、変わりたい。ここでもう一度人生をやり直したい」


 後悔していたことを全部消して、新たな自分に変わりたい。これが私の率直な思いだ。


「具体的にどう変わりたいんだ?」


「それは……わかんないけど……」


 そういう詳しいビジョンは今は浮かんでこない。ただ漠然と変わりたいという意識があるだけだ。


「なるほど……わかった」


 玄武は身を乗り出しながらビッと私の目の前に人差し指を突き立てて言った。


「導華、お前に一つ提案だ。ここに所属する気はないか?」


「は……?」


 思わずキョトンとしてしまう。


「お前に一つ話してなかったことがある。さっき、守護者は国が管理するって言ってたがあれはちょっと違う。正確には厳しく管理されておらず、間接的に管理されている人たちがいる」


 玄武は指を突き立てたままの状態で、語りながら歩く。


「それが『だん』だ。コレは自営業のように自分たちで好きなように任務をこなす少し特殊な守護者の形だ。コレなら管理されずに自由に動ける。自由に動けるならばやりたいことができる。それすなわち!」


 ピタッと止まり、指を下ろして私の方を向く。


「言い換えれば、なりたい仕事をやって、なりたい自分になれるってことだ」


「……」


「ここに所属するんだったら空き部屋も貸すし給料も出す。それに飯はレイが作ってくれるから衣食住も保証できる」


 職と家を失った私にとって、それは魅力的だ。


「そして何よりも、異世界転生者のお前なら強さも保証されているから、おそらく十分戦える。別に辞めたくなったら辞めてくれて構わない。さあ、導華。お前はどうする? きっとここでなら、なりたい自分を見つけられるぞ?」


 前にいる玄武が悪い人にはとても見えない。衣食住の保証だけで即決してもいい。が、戦うことはリスクがある。私にはあんなに大きな爆発をくらって生き残れる自信がない。


(でも戦って死ぬのは別にいいんだよね)


 私にとって死ぬことはそこまで嫌なことではない。あの生活自体が死ぬよりも辛く、苦しいと思うからだ。

 そのため、本当に大事なのは、そこではなかった。それ以上に大切なことが聞けていない。その大切なことを玄武に聞く。


「……ここでなら私は変われる?」


 ここで戦っていても変われないなら意味がない。

 それを聞いて、玄武はニッと笑った。


「お前次第でどれだけでも変われる」


 だったら、答えはもう一つだろう。




「じゃあ、所属する。守護者になって、ここで戦う」




「決まりだな」


 玄武がスッと手を出して来た。


「……何を?」


「きまってるだろ。握手だ」


「なるほど、わかった」


 私はその手を取った。


「これからよろしく」


「こちらこそ、だな!」


 こうして、私はここで人生を変える決意をしたのだった。

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